あの子のこと
「じゃあテーマは、フランス革命におけるバスティーユ牢獄事件で決まりね!」
十分ほど話しあったり、吉塚が飽きたらスマホをいじり始めたり、祇園さんがそれを咎めたり、僕がどうフォローするか迷ったり、古賀が上手くフォローしたりするうちにテーマは決まった。
これなら吉塚が提案した戦闘もあるし、スパイも入れたい古賀の案もカバーできる。
調べたところ、バスティーユ牢獄事件では女官が王族の会話を盗み聞きした。その秘密を革命軍に洩らしたという。祇園さんも最初に提案したフランス革命の案が受け入れられて、ほっとしている様子だ。
「じゃあとりあえず、大筋をまとめてくるよ」
僕は議論が出尽くした隙を見計らいそう言った。
結論が出るまでに僕が話した言葉は、他の三人に比べ圧倒的に少ない。
キャンプ、文化祭、体育祭。場の雰囲気で作業に参加できなかったとしても、何もしていない人間は後から責められるのだ。
『お前何もしてなかったじゃん』
『それで俺らと同じ点数ってわけ? ないわ~』
『えっち…… いえ、ずるなのはいけないと思います』
大体こんな言葉が返ってくるだろう。過ちは繰り返さない。
それなら議論に参加すればいいとは思うけど、僕が何か言おうとしても大体は別の人の声にかき消され、聞いてもらえないのだ。
雰囲気がおどおどしているせいか、声が小さくてはっきりしないせいか。カースト下位にいるから話を聞かなくても構わないと認識されているせいかはわからない。
それなら言わなくても議論に参加できる方法を使うしかない。
普段ならこんな目立つような物言いをすれば吉塚あたりが色々言ってくる。だけど、話し合いで疲れたせいか取り敢えず僕の提案は受け入れられた。
家に帰ってからは、森から聞こえてくるヨダカの声を聞きながら作業を進めていた。
スマホで色々とググりつつ、教科書や資料集からも引用しながら適当に文をまとめていく。
意見をまとめて形にするのは、バイトで慣れているからそれほど苦にはならなかった。
僕は歴史は主に学習漫画で勉強した。だからフランス革命はおおざっぱにしか知らないし、祇園さんが話したドラマチックな部分はほとんど知らない。
でも祇園さんと共通の話題が欲しい。
その思いで、今まであまり興味のなかった分野を必死にまとめていった。
夜の十二時も過ぎる頃、ようやく形になった。まだまだつたない箇所はあるけれど、叩き台としてみんなに見てもらうなら十分だろう。
椅子に背をもたれて大きく伸びをしながら眉間のあたりを指でほぐす。
疲れはしたけれど。色々と調べたり書いたりするのは、やっぱりすごく楽しい。
「……どうかな?」
次の歴史総合の時間、まとめてきた資料をみんなに見せた。
ルーズリーフ数枚に走り書きしただけの、つたない文章だけど。タイトル、項目分け、面白そうなネタも時系列に沿って並べて一応は見られるレベルにしたつもりだ。
まずタイトル。先頭に、余白を取って、大きめの文字で色を付けておく。
白黒で文字の大きさに差がなく全て同じように並べると、それだけで見向きもされなくなるのだ。
それからバスティーユ牢獄襲撃の主要人物と主要事件。これは教科書とwikiからの引用だから、ルーズリーフの左端に一列に並べるだけ。余白を大きくとってみんなが意見を書き込みやすいようにしておく。
面白そうなネタはwikiからだけだとキリがないし味気ないので、フランス革命が出てくる漫画から引用する形を取った。
近頃は異世界転生ものや悪徳令嬢ものの小説をコミカライズしたものも多い。スマホからプリントアウトした絵をのり付けすると、字ばかりで自分でも読むのが苦痛だった資料が一気に読んでみたくなるのを感じた。
こういうのは特に、勉強が嫌いなタイプや小さな子には有効な手だ。吉塚も一科目をのぞいて成績はよくなかったはずだし、効果はあるはず。
教室では別の班も話合いしているが、彼らの話し声がまったく耳に入って来ない。
目の前で資料をめくる三人の、手付きや表情だけをびくびくしながら見ていた。
そこそこ自信があるつもりだったけれど、やっぱり同年代に見せるのは怖いしプレッシャーだ。
やがて吉塚が資料をめくる手を止めて僕の方を向いた。彼の肉厚で筋張った手と腕が、無言でも重圧を醸し出す。
目力に気押され、資料を確認している振りをして思わず目を伏せてしまった。
あの野太い声でなんて言われるのか、そればかりを想像してしまう。
僕よりもだいぶ発達したのどぼとけが震えた瞬間、体中がこわばった。
「西戸崎、お前まとめんの上手いな」
吉塚の第一声は、珍しく僕をバカにした風もなく、感心した感じで。
その様子を見て、僕は思わずほっとしてしまった。
「私もそう思う…… 歴史は好きだけど、同じ事柄でもこんなにわかりやすく伝わってくるの、初めて」
「俺も。なんていうか、小慣れてる感がすごいって思う」
鈴の鳴るように澄んだ祇園さんの声と、男性の保育士が子をあやすのに似た古賀の声。
三人全員から褒められて、胸が熱くなる。ちょっとしたことだけど、自分が打ちこんできたもの
が陽キャに認められると、自分が陽キャ以上になったようで承認欲求が満たされる。
こうやって自分がまとめたものを説明していると、あの子のことがふと思い浮かんだ。
それからは僕も話に参加しやすくなった。下に見られることがなくなったわけじゃない。けど大分少なくなってはきた。
自信が一つでもあると、他人から認められるものを持っているって自分で信じられると。
びっくりするくらいに心が楽になるのがわかる。
相変わらずおどおどして、おっかなびっくりにしか言えないことも多くて。
そのたびに吉塚からにらまれ、祇園さんからフォローされ、古賀から生温かいまなざしを向けられるけど。
「この前言ってた~」
「ああ、それならこのサイトが良いんじゃね?」
「この漫画、マイナーだけど意外とまとめてあるよ。参考文献まで載ってる」
「え? 見せて見せて! うわほんとだ、難しそうな本。異世界転生ものでここまで調べてあるの、すごいね」
少し上手くいかなかっただけで、恋愛なんて面倒臭いと思ってしまった。
でも一緒の班になって。同じ目標を持って、自分の役割ができてくると。
今までが嘘みたいに、自然に楽に話せる。
気になった人と目を合わせていると嬉しくて、笑顔を見ると顔が熱くなって。
他の男子と笑っているのを見ると胸が苦しくなる。
でも。恋愛は面倒くさいことばかりじゃない。