かばってもらえる
「よろしくね、西戸崎くん」
机をくっ付けて向かい合わせになった状態で、祇園さんにそう言われた。
真っ黒な髪も瑞々しい唇も、輝かんばかりの瞳も今までよりずっと近くにある。
日本史・世界史・公民が一つになった「歴史総合」の授業。その授業でグループワーク
のための班を組むことになり、くじ引きで決められたためたまたま一緒になった。
あれだけ苦労して作れなかった接点が、諦めかけた途端にあっさりと出来た。
運命は残酷だけど気まぐれでもある。高一の時もそうだった。
ちなみに班のメンバーは僕、祇園さん、吉塚という背の高い男子に、妹がいると噂で聞
いた古賀という男子だ。
確か吉塚はバスケ部、古賀はテニス部か。祇園さんが部活に入っているという話は聞いたことがない。
「じゃあ早速だけど」
祇園さんの号令で役割分担が僕以外のメンバーの主導で決まっていく。
議題は近現代史で印象に残る出来事、だ。
先生がテーマを提示してそれについて調べるのではなく、示されるのは大枠だけで細部はこちらの裁量に任される。
各自がこの時間だけ使用を許可されたスマホでググったり、教科書や資料集を斜め読みしてメモ書きしていく。
「何にする? メジャーなところだとフランス革命とかもギリギリ入るけど」
「やっぱ派手なのがいいだろ! 大合戦とかよ!」
「スパイとか出てくるのが良くないか? 妹が今推理物のドラマにはまっててな」
「そうだね…… マタハリとか?」
ほとんど初対面に近い相手に対してもなんとか受け答えできた。祇園さん相手に必死に話しかけていた成果が、こんなところで出たのかもしれない。
もともと話しかけるのは苦手だけど、話しかけられればなんとか受け答えできる。
見知らぬお年寄りに道を聞かれれば説明できるし、ハイキングですれ違う人に挨拶するのもお茶の子さいさいだ。
でも議論や討論となると話が別。
口下手で声も小さい僕の提案が受け入れられたことは今までの人生で一度もない。
だから自分から意見を出すことはせず、みんなの意見に同調したり足りない部分を指摘したりしていく。
話し上手は聞き上手ともいう。きっと僕は社会に出れば話し上手になれるさ。たぶん。
「大合戦か…… 戦争ものだとテーマが重くなりやすいから、気を付け……」
「ああ? 文句あんのか?」
でも反論するようにしゃべってしまうと、こうやって吉塚の怒りを買う。
糸のように細くそろえられた眉の下の、大きな目が僕を見据えた。ただそれだけで身がすくむ。
「まあまあ、戦争だと先公から色々うるさいだろ」
「そうだね、やりやすいテーマで考えてみようよ」
古賀や祇園さんがフォローに入ってくれて、なんとかやっていけている。
ごく当たり前のこと、ありふれたことかもしれない。でも。
他人からかばってもらえるのは、こんなにも嬉しいことだったのか。