表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/23

恋愛なんてめんどくさい

 休み時間、トイレで用を足した後に鏡の中の自分がふと気になる。

 隣と見比べて思わず前髪に手をやった。

 僕はくせっ毛ですぐに髪がはねてしまう。特に前髪が変な形になりやすい。


 多少気にした時期もあったけれど、すぐに諦めてしまった。努力が煩わしかったし、何より見てほしいと思える相手がいなかった。

 

 なのに僕は数年ぶりに、水で手を濡らして髪を軽く整えた。濡れて光った毛先は先が針のように尖り、さっきまでのもっさりとした形より少しだけ、ほんの少しだけ見られたものになる。思わず鏡の中の自分を褒めてあげたくなる。


 思わず苦笑してしまった。ゆとりのなかったころは、髪形なんてどうでもよかったのに。

 心にゆとりと気になる人ができると、自然と身だしなみが気になるらしい。


 今度整髪料でも買ってみるかと、僕は柄にもなく思った。


 さらに気になる人ができると、彼女のちょっとした仕草が気にかかる。

 授業中でも休み時間でも気が付くと目で追っている。でも目が合うと恥ずかしくてそら

してしまったり、逆に嬉しくてほんの少しだけ見つめてしまったりする。


 でも目で追うだけじゃ、駄目だよね。

 今までの人生では見てるだけで十分だった。見ているだけで幸せだった。でもいいな、と思った子は。必ず自分じゃない、別の誰かのものになるのだ。


 可愛いとか性格が合うと思っても、ろくに話しかけなくて。そのくせ目で追ってばかり。そして別の男子と話す機会が増えてきたかと思うと、いつの間にかそいつと付き合っているのだ。


 もうあんな思いは、したくない。


 勇気を振り絞り、何度もシュミレーションして、それでもチャンスを幾度となく逃して。

 今日、やっと声が出せた。


「えーと。祇園、さん?」


 次の移動教室の前。話したことがないから名前がわからない、という感じの声で話かけた。

 どもらずに話せたのは奇跡だろう。

 彼女の周りにいる陽キャギャルの波が途切れた一瞬を見計らった。


「なに、西戸崎くん?」


 僕の顔を見てすぐに名前が出てくる、そんなことにいちいち感動しながら言葉を続けた。


「次の移動教室、理科準備室か化学室か、どっちだったかな……」

「理科準備室の方だよ」


 彼女はそれだけ言って、教科書とノートを小脇に出ていった。

 たった二言の会話。盛り上がりも盛り下がりもしなかった。


 でもそれでも。気になっている相手と普通に会話ができたことが、跳び上がるくらいに嬉しかった。


 それからも似たようなことを繰り返した。

 移動教室、プリントの配布、行事の確認など。三回に一回くらいは祇園さんに聞いて、会話の機会を作っていった。

 用事が遊びでなく学校行事なのが陰キャの辛いところだ。それでも。


「次は体育館。シューズ忘れてない?」

「今度配るプリント、これ。重いから気をつけて」


 一言で終わっていた会話が、徐々に続くようになってくる。


「生徒会選挙の立候補者募集かあ。西戸崎くん、立候補してみたら?」

「僕はそういう柄じゃないし……」

「そう? 誠実そうだし、悪くないかもよ?」


 祇園さんが口元に手を当て、軽く笑う。

始めは祇園さんの言うことをいちいち真に受けてしまって、そのたびにテンパって。でも会話を繰り返すうちに、冗談か本気かをつかめてくる。


 何気ない会話でも笑ってくれる時、すごくうれしかった。笑顔で会話を終えると、なんだか祇園さんも僕に興味を持ってくれた気がした。

 でも逆に。会話がうまく行かなかった時は嫌われたのかな、何がよくなかったんだろう。


 そう考えて不安でたまらなくなる。

 それに、初めは話せるだけで満足だったのに、もっと欲が出てくる。お近づきになりたい、一緒に遊びに行ってみたい。


 でもそこから先に進めなくなった。


 接点を作ろうにも互いに帰宅部だし、祇園さんがどこに住んでいるかもわからない。

友達から情報を集めようにも、僕は高一の時に友達を作ろうともしなかった。そんな余裕がなかったというのは、言い訳だ。


 連絡先の交換すらできない状態で、デートになんて誘えるわけない。近頃はそればかり考えて、肝心なことに手がつかない時さえある。

 

 嗚呼。

 恋愛とは片想いですらこんなにも煩わしく、心をかきみだされるものだったのか。

くそったれ、恋愛なんて面倒くさい。恋愛したら負けだ。


 そう思って久しぶりに買ったハーレム系のラノベを、その夜は一気読みした。

 

 その翌日。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ