目で追う
今日もちらちらと、彼女を目で追ってしまう。
「でさー、昨日の韓ドラ見た?」
「見た見た。主演、マジイケメンじゃない? やばくない?」
「そうそう、マジやば、い」
同じ言葉を使っているのに、グループの中でどことなくトーンが違う祇園さん。やがて話題は人の悪口に移ってゆく。
「隣のクラスの香川、マジうざくない?」
「そーそー、頼んでもないのに話長いっていうか、空気読めてないよねー」
「……」
ギャル二人の会話を笑顔で聞き、頷きを返すが急に口数が少なくなる。さらに悪口でヒートアップする中、眉根を寄せて苦笑いだけを返していた。
本心から楽しめていないのか、笑顔がいつも張り付けたように見える。僕の考えすぎだろうか。他の女子に気にする様子はない。
いや、気のせいのはずがない。陽キャは陽キャの空気には敏感だが陰キャの空気には鈍感だ。
思索、妄想、忍耐。そんな感情に敏感な陰キャの僕には読める。
そのまま廊下の様子をぼーっと眺めている振りをして彼女たちを観察する。話題はドラマ、流行りのスイーツ、ファッションへとめまぐるしく変化していった。
どんな話題でも祇園さんはぱっと見は嫌な顔一つしない。場の雰囲気に合わせ、二人が笑う時は笑って怒る時は怒る。
「祇園、ノリいーね」
「そーそー、空気読むの上手いっていうか」
ペンキを塗って砂粒を張り付けたかのような爪を見せびらかしながら、ギャルの一人が祇園さんの首に手を回す。
どうしてああいう人種は許可も取らずにスキンシップがとれるのだろう。
それにああいった人種は目が合っても怖いが、会話を聞いているだけでも怖い。いつ地雷を踏まれて痛みを感じるかわからない。
陽キャやリア充にとっては何のこともない一言が、陰キャにとっては胸をえぐるような痛みを伴うこともある。
学校。修学旅行。体育祭。告白。受験。
青春の一ページであるはずのそれらが、人によっては震えるようなトラウマにもなる。
だが決して配慮しない。盛り上がっている時に嫌な顔をする人がいても、大体スル―される。
空気を読まないのか、無視しているのか。
陽キャが空気を読むのに長けているというのは、ごく一面でしかない。
そうしているうちに祇園さんと談笑しているギャルたちと目が合った。手鏡と幅の広い爪切り
のようなものでまつげの手入れをしていたが、僕の視線に気がつくと手を止めた。
何見てんだよ、この陰キャが。
何て名前だっけー、覚えてないわー、
口以上に物を言うのは、目。僕を蔑むようなギャル二人の視線に顔を俯かせながら視線を机の上に落とす。
そのまま僕は学校では使わないノートを取り出し、授業の準備以外に、もう一つの準備をする。
本当は家でやってくる方が良いのだけど、時間がない。
それに見られた所でまず気付かれない。頭悪いと思われるくらいだろう。