甘い疼き
彼女が欲しいと思い始めて以来、クラスのリア充の会話や振る舞いをよく観察するようになった。
リア充は始めて話す相手にもはっきりと、相手の目を見て響きのいいトーンで話しかける。僕とは大違いだ。
すぐに仲良くなり、打ち解ける感じがする。正直今日初めて会話をする相手同士とは思えないくらいだ。
引き際も上手い。相手の顔色や空気の変化を素早く察し、地雷を踏んだと思ったらすぐに話題を変えるか、声の調子を変えて場を仕切り直す。
だがあれは、リア充同士、コミュ強同士だから成り立つものだろう。
実際僕がリア充に目を見られ、大きめの声で話しかけられるとすくんでしまう。
相手もそれを察すると、僕との会話を早々に打ち切り「必要時に話すだけの相手」と位置付ける。
一応コミュニケーションアプリの連絡先の交換くらいは持ちかけてくるけど、ほぼ会話なく、連絡先だけがまた一つ、増えるだけ。
放課後になる。ホームルームを終えた後、カビ臭い本と空調の臭いが充満した図書館を訪れた。
ラノベ・大衆文学・純文学・学習漫画・科学やスポーツの雑誌と幅広くそろえてある。
無料で暇つぶしも勉強もできるから、良くここに来る。
純文学の棚から一冊の本を取り出し、設置されている机に腰掛けてページを開いた。
高校になって純文学にも手を出し始め、わかったことがある。
純文学は意外とエロい。特に三島由紀夫とかは直接的な描写に近いし、太宰治は婉曲表現が逆にエロイ。
挿絵が一切ないのも、かえって妄想を誘う。脳内でラノベ風のイラストに置き換えるのもまた乙なものだ。
背筋を伸ばし、肘を伸ばして机に立てた本と向き合うようにして読んでいる少女が目に留まった。
ここではなぜか、祇園さんをよく見かける。
教室でワイワイやるグルーブと、図書館でおとなしそうにしているグループとは交流が少ないから初め見た時彼女だと一瞬思えなかった。
でも後ろからでもわかる彼女の特徴的な鴉の羽色の黒髪と、大きな白いリボンですぐそれとわかった。
一人で本を読んでいるときだけ、生き生きとした表情を見せている。
物語の進行にあわせてか、彼女の表情は笑いを押し殺したり、涙ぐんだり、怒りだしたりと目まぐるしく変わる。
そんなに一人が楽しいなら、なんで友達なんかと一緒にいるんだろう。
そんな疑問を心に抱いていると、向かいの席に座っていた僕たちは本越しに目が合った。
「……」
会話はない。図書室だし、そもそも普段から話すような間柄じゃない。
でも彼女はすぐに目をそらすことも嫌そうな顔をすることもなかった。
それだけで、胸に甘い疼きが広がっていく。