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脱リア充のススメ。~発達障がいの子に家庭教師をしていた陰キャの僕はいつの間にか生徒会長~  作者: 霧


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19/23

私、どんなことでもします。この状況から抜け出せるのなら

 休耕田のそばに集められたメンバーに飲み物が配られ、引率の先生たちが締めの言葉を言う。その後、協力してくれた猟友会の人たちへのお礼の言葉で解散となった。

 その後、迎えに来たという静音ちゃんの親御さんと出会う。


 栗色の瞳と彫りの深い顔立ちはそのままに、静音ちゃんが大きくしたような女性だった。服装やちょっとしたしぐさに育ちの良さが垣間見える。


僕に寄り添うように立つ娘を見て驚き、警戒の色を露にしたが静音ちゃんから事情を聴くと納得したようだった。

 そのまま二、三、軽く立ち話をする。


 静音ちゃんのことに加え、僕がどの高校でどういう生活を送っているかなど。

 高校名を話すと少し笑顔になる。


 まあ、うちの高校は古いけど偏差値はそこそこで、評判も悪くないし。

 帰宅部ということを話すとなぜか僕に狙いを定めたような眼をした。


「アルバイトとか、なさってますの?」

「いいえ、今探してはいますが」


 そんなに疲れなくて高給で、できれば人とあまり会わず、勉強の役にも立つバイトがいい。冗談交じりにそんな都合のいい希望を話すと、静音ちゃんの母親は。

 話している間中ずっと僕から離れない娘と僕を交互に見て、何かを決心したかのように口を開いた。

「あの、こんなことを突然お願いするのも恐縮ですが…… 娘の家庭教師をお願いできないでしょうか? 娘は、非常に勉強が遅れていまして」


 家庭教師? 唐突な申し出に戸惑ってしまう。


「僕はまだ高校生ですよ?」

「いえ、今までも何人かに頼んだことはあるのですが、娘との折り合いが悪く。相手が帰るまで口を一言も聞かなかったことさえありました。娘がこんなにも話すのは、笑顔なのを見るのは、いつ振りか……」


 すがるような、必死な口ぶり。鬼気迫るという感じで、静音ちゃんの将来をどれだけ心配しているのかが伝わってくる。それが娘のためになっているかは別問題だけど。


「でも静音ちゃん…… いえ玉名さんのお嬢さんは、すごく頭がいいですよ。僕が教えることなんて多分ありません」


 正直、学校の授業なんて必要ないんじゃないかって思うレベルだ。


「いえ、それも障害の特性の一つらしくて。お恥ずかしながら、教科によっては全然で」


 苦笑いしながら手を振るその仕草は、謙遜というより自嘲だ。

 この親は娘に障害というレッテルを貼って、何をしてもそのレッテルの中でしか静音ちゃんを見ていない。


 かわいそうな私の子、とでも思っているのだろうか。かわいそう、守らないと、それが優しさと親の義務のように考えているのだろうか。


 同情される方がどれほどみじめになるのか、全くわかってない。さっき声をかけていた陽キャたちと、根っこの部分では変わるところがない。


 それなら。せめて僕くらいは、彼女を普通の人間として見よう。


「わかりました。僕でよろしければ」


 その言葉に静音ちゃんも彼女の母親も、笑顔になった。


 条件や給料など、詳しい条件を聞く。週二、三回で一回に三時間程度。時給は普通のバイトの二倍以上。


 破格の条件だった。



 家庭教師を始めたばかりのころ。

 静音ちゃんは座っていると、首を左へ傾けていると思えば、次は右へ傾ける。指はせわしなげに動かされ、視線はあちこちへと向いた。


 時折何の前触れもなく顔をしかめて苦しげな表情を作り、目を激しくしばたかせる。

 落ち着きがない、と普通の人は捉えるだろう。イライラする人もいるかもしれない。


「障害の特性だそうです。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「別に、落ち着きのない子なんて珍しくもないですよ?」


「いえ、いわゆる『多動性』というものらしいです。学校の先生からも、度々ご指摘をいただきまして……」


 そう自嘲気味に言う静音ちゃんの母親に腹が立った。なぜ、医者や先生の言葉ばかり鵜吞みにするのか。なぜ静音ちゃんの味方になってあげないのか。

 実際、僕と座るのに慣れてくると徐々に静かに座れるようになっていった。


 あとは教科書や僕が作った演習問題をわき目もふらずに解いていく。

 初めての状況というのが、彼女にとっては相当のストレスになるらしい。それを取り除いてあげると後は集中できるようになった。


「休憩かな」


 何度目かの家庭教師の日、僕は麦茶をすする。


 窓の外から見える木々の葉は、徐々に色づき始めていた。

 静音ちゃんの部屋の広さは、僕の倍以上はあるだろうか。天井の木目や梁の柱は古びているけれど、庭園のような庭に瓦の葺かれた門がある。いわゆる名家というやつだろう。


 あれだけのお給料を提案してきたのも納得できる。

 小学校は、相変わらずらしい。一人だけ話しかけてくれる子がいるけど、それ以外の子からの風当たりが強くずっと針の筵に座らされていると。


 給食の時間は自分をあからさまに無視して盛り上がるし、班決めの時は必ず最後の一人になる。修学旅行なんて、考えただけで憂鬱らしい。


「でも、先生」


 ぽつりと、だけどすがるような声を上げた。


「中学に行けば他の小学校からの子も来るから、そういう子たちと友達になれるかな」


 なれない。残酷だけどそれが現実だ。同じ学校の子が「あいつ不登校だったぜ」と心ない噂を広めて、始めから色眼鏡で見られて、友達を作る前から孤立する。


 今はラインもあることだし、同級生がどんな奴かの情報が拡散するのも早い。


 公立の中学校と小学校は近い場所にあるから、いじめる対象を見つけに中学生が母校を訪れることもあるという。


「そんな……っ」


 静音ちゃんは泣き出した。感情が爆発した。教科書もノートも破って、机の上の鉛筆も消しゴムも払い飛ばす。


 お母さんが何事かと入ってきたけど、そのままにしておいてください、と頼み込む。やがて彼女が泣き終えたとき、


「方法はあるよ」


 僕は広い間取りと、上品で高そうな家具の並ぶ家を見て言った。

「ほんとですか!」


 その言葉を聞くや、静音ちゃんは泣きはらした目のままで顔を勢いよく上げた。


「誰にでもできることじゃないし、失敗する可能性もあるけど」

「それでもいいです。この地獄から抜け出せるなら、なんだってします」


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