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泣き虫に手を振って

私のヒーローが男に恋をした。




女嫌いの気があるヒーローと一緒にいられるように男のフリをした。

でも、紛い物の男ではダメだったらしい。


あんなに努力して女らしさを捨てたのに。

もう完全に元のようには戻れないのに。


私のヒーローの、微笑んでなくともあんなに柔らか表情を、眼差しを、私は初めて知った。

他人に向けるその顔で初めて知った私の顔はちゃんと笑顔を保てているだろうか。


早くこの時間が終わらないかと願うのに、時間というものはままならない。



会話は私の気なんて知らんぷりして続くのだ。


ヒーローの恋する人に、男だと間違われた。

かっこいいねと笑顔で言われた。


「よく言われるんだけど、女なんだ」

「ご、ごめん」

「いや」


そう笑顔で言って私は首を振る。



でも本当は。



大丈夫なんかじゃない。

私がどれだけ努力してヒーローの側にいると思っているの?

どうして何の努力もしていないあなたが私のヒーローの隣で笑って楽しそうにしているの?


あなたは私のヒーローを愛していないくせに、私からヒーローを奪うのだ。

なんて惨いのだろう。


口の中まで溢れ出すどろどろとした罵声を必死に飲み干して、ただ耐える。



それでも、もう涙だけは止められそうにない。


「私、これから用事があるんだ。ごめんね」


とうとう限界で私は抜け出す。

まだ涙は溢れていなかったと思うが、大丈夫だった自信はない。



仕切りをなくした涙は止まることを知らず、どうしようもないのでそのままに私は此処が何処かも分からぬまま走り続け、見つけた公園のベンチに座る。


「うああぁっ……、ふうゔ」


私がヒーローと出会った時から流れることをやめたはずの水は、今当たり前のように作り出され排出されている。



強くなったはずの私は幻のように消え、残ったのは幼き頃の私だけ。


私はヒーローへの変身道具を取り上げられて、一般人に戻ってしまったのだ。


これからどうすればいい。

私を導いてくれる光がないのに、どうやって歩けばいい。



わからない。



その事実だけが虚しく私の胸に積もり、とても喚きたい気持ちに駆られる。




「みーつけた。だいじょぶ?」

「凛太郎」


私を見つけてくれたのは、私の欲しい人ではなくて。

情けなさでさらに涙が溢れる。


「あははっ!違うって顔してるよ~」

「うん、違うもの」


勝手に私の隣に座ってくる金髪でヘラヘラとした男。


思わず詰ってしまいたくなる笑顔だ。


「どうして事前に教えてくれなかったの」


きょとんとした顔を返されたるが、そこに何かを言う気力はない。



「え、僕に総長は好きな人ができたんだよぉって言われて君信じた?」

「………………」


絶対信じなかった。


でもそう言葉に出して凛太郎の予想を当ててしまうのは癪で無言を貫く。

でもお見通しだったようで。


「でしょ?だから実際に見てもらったほうがいいかなぁって思ってさ~」



ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。

慰めが気に障って私はその手を払うが凛太郎は気にした様子がない。


「好きだったの」

「うん」

「ずっとずっと前から好きだったの」

「そうだね」


私が無言になると、風と葉の擦れる音、車のエンジン音だけがこの公園に木霊する。



「…………何がダメだったんだろうね」

「ダメとか、そーゆーんじゃないんじゃない?」

「じゃあどーゆーのなの」

「ええーー?……さあ?」

「何それ納得いかない」

「だよねぇ」


何かがいつもと違う気がしてふと凛太郎の顔を見ると、何故か彼も悲しそうな顔をしていた。


自分から「あなたこそ大丈夫?」と声をかけるのはなんだか嫌で、私は何も言わずにただ凛太郎にもたれかかる。


とても安心する温かさだ。








私は、いつも些細なことで泣いてしまう女の子だった。

そして、それは普通からは離れていた。


違うことに敏感な子供達は異物を排除したがる。


それが強さを持つ異物だったら皆の上に立てるのだろう。

しかし私は弱さを持つ異物だったから、いじめられるしかなかった。



いつものように、泣いているからという理由でいじめられて、皆が怖くてさらに泣く。

そしてさらにいじめられる。

そんな悪循環の中にいた時。


彼はヒーローのごとく颯爽と現れた。


子供なのにも関わらず顔つきは恐ろしく不穏だったが、私にはまさしくヒーローに見えたのだ。


「ピーチクパーチクうるせぇよ」

「は!?なんだよお前!!」



彼に怯むいじめっ子が精一杯の去勢を張るが、そんなこと彼にはお見通しだったのだろう。

彼は鼻で笑う。


「泣いてるやついじめて楽しいかよ?男ならもっと堂々と喧嘩しろよ」


彼をよく知って彼は私のためでも正義感からでもなく、ただうるさくて鬱陶しかったから言った程度なのだと理解したが、それでも何度思い返しても彼はヒーローにしか見えなくて。


この瞬間、私は彼に恋をして、私の中で彼は唯一のヒーローとなった。



ヒーローの隣に立つには私もヒーローにならなくてはと思い立って、私はまず泣くのをやめた。

これは結構簡単だった。

彼に助けてもらってから不思議と泣き虫がいなくなったのだ。


そして次に強さを求めて努力した。

これは辛かった。

元々運動が得意でない私は人一倍の努力を要して、怠けてしまいたくなることもやめてしまいたくなることもあって、それでも彼の隣に立ちたいと思い留まる。


最後に私は女を捨てた。

彼が女嫌いの気があるとわかったからだ。

とりあえず隣に居れさえしたらいいのだと、そう思って。



でもそれは間違っていたのだろう。


結局私はヒーローの恋にはなれなかったのだから。




凛太郎が私のヒーローを総長とする暴走族を作って、私は無理やりそこに入り込んで幹部となった。


ヒーローの役に立てるように、喧嘩も沢山して。


本当は拳が痛かった。

本当は怒声が怖かった。

本当は喧嘩なんてやりたくなかった。


それでも。

ヒーローと共にいられるならって。



実際は、泣き虫に手を振って和やかに別れたわけではないって理解していた。

彼に釣り合うようにって、私が無理矢理自分から泣き虫を引っぺがして捨てたのだ。


私が捨てた私から目を背けていただけ。


それでも、これが本当の私なのだと言うように、湧いてでる。

必死にひた隠していたというのにその意志が消えて泣き虫が私の元へと帰ってきた。






「結局、私は私なのね」


ぽつりと吐いて捨てた言葉に返事がくる。


「そ。ずっとね、君は君だよ」


穏やかな声は私を落ち着かせると共に泣かせるのだから、やめてほしい。


「そっかぁ。…………泣き虫な私を愛してくれる人っているかなー」

「いるよ」


力強い返事に笑う。

何処からその自信が来たのか。

しかし、今だけはその返事に縋ってもいいだろう。


「だといいな」


またぽつりと吐く。

今度はちゃんと返事を待つ言葉を。


「いるよ」


右肩から熱が全身に回っているような気がする。

それは嫌なものではなく、むしろ心地よい。





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