ちょっと待って
男は立っていた。
誰もが浮き足立つ金曜の夜の喧騒を、小さな穴から覗いていた。
「なにあれ?」
「見ちゃダメだよ」
ひそひそと交わされる嫌悪に満ちた会話が自分に向けられていることも
男は十分に理解していた。
木のような、甘いような、紙袋独特の匂いを定期的に肺に送り込みながら、当然だろうと首肯する。
誰だってーーーー
頭から紙袋を被って改札前に突っ立っている男と、
関わり合いたくなどないだろう。
俺だって嫌だと男は心の中で周囲の白い目に激しく同意した。
男の至ってまともな部分がこの行動を恥じようとしていたが、意地だけが彼の2本の足をどうにかそこに縫い付けていた。
人々は楽しそうに、もしくは急足で、時にはこの世の全てを諦めたような顔をして、金曜の夜の改札を通り抜けていく。
なんだって俺はこんなところでこんな格好で突っ立っているのか。
定期的に訪れる泥のような後悔に、男はまた思いを馳せ始めた
男の名はスイといった。
誰もが振り返る、綺麗な顔を持っていた。
日本人の母親と、
彼も彼の母親も知らない国の男との間に生まれた彼の、その透き通るように青い瞳は
彼が6歳になる頃には何も写していなかった
正確に言えば、母親による度重なる暴力と、慢性的な飢えによって
人間らしい感情の機微の一切を
その瞳に映し出さなくなっていた
ほとんど喋らずほとんど動かない子供であった彼だが
その後も真っ暗闇に浸りきって生きてきたのかと言われればそうでもなかった。
彼の元来綺麗な顔は人を惹きつけ、学校という特殊な箱は
彼を人の渦の中に投げ入れた。
辛うじて彼の母親が下した学校に入れるという模範的判断は、彼女が彼にしてくれたのことの中で
彼が最も感謝していることの一つである。
気の良い友人達は彼が多少薄汚い服を着て、少しばかり髪がベタついている日があっても変わらず彼を取り囲んだ。
環境とは偉大なもので、段々と無感情なその子供の瞳にも生気が戻り、
周囲の子供の中に馴染み始めた。
それにしたってどう見ても衛生的ではない彼を嫌厭する者も確かにいたが、それも彼がある世話焼きな友人一家とつるみだしてからは改善された。
「おまえ汚ねえな」
そう言って彼を家に連れ帰り、その後もことあるごとに彼に構った世話焼き男の存在は、彼の人生において大きな