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 私は知っていました。ロラン様の心が私に向けられることはないと。


 またこちらとしても、革命家になど心奪われている場合ではありません。なりゆき任せでは、気がついたらギロチンの真ん前、ということにでもなりかねませんので。


 わかっていました。わかってはいるのに、それが難しい時もあります。


 漫画の中で革命家ロランの心は、ただ愛国にだけ向けられています。生真面目で一本気な性格で、革命計画にひた走るのです。画家ルオールの弟子として宮廷に潜り込んだのも、情報収集に勤しむためです。


 盲目的に突き進むロラン様。その姿はひどく私を惹きつけましたが、一方で、とても危うい可能性を孕んでいました。


 宮廷に入りこんだ彼ですが、ロラン様は私よりももっと、この魑魅魍魎の棲む世界には不案内です。入ってもいい場所、よくない場所。礼儀作法や言葉遣いは身分によって厳格に決まっていて、部屋での過ごし方、家具の使い方まで細かく定められているのです。しかもそれは明文化されておらず、人に教わるしか知る方法がありません。


 暗黙のルールばかりが山ほどあり、それを破れば貴族でも弾き出されることがあります。いかに宮廷画家の弟子という触れ込みがあったとしても、ロラン様は平民です。しくじれば出入り禁止となるでしょう。


 そうなってくれれば、いっそよかったのかもしれません。

 ですが――。


「そこに物を置かないで下さい!」

「え……はい」

「こちらに。……まったく、これは物置きではなくてよ」


 ある時私の侍女が腹立たしげに、ロラン様が飾り用テーブルに置いた道具をどけました。確かに漆塗り仕上げのそこに物を置いて、傷でもつけば大変なのですが。


 意味がわからず不満そうにしているロラン様の様子に、私はこっそり腹心の侍女を呼びます。


「シュザンヌ」

「妃殿下? 何か」

「教えてあげてちょうだい、宮廷のエチケットを。あれでは困るわ」

「まあ……そうですわね。あの不調法者に何か壊されてからでは遅いですものね」


 そういうことではないのですが、そういうことにしておきましょう。


 私はロラン様が宮廷で自由に動けるように、暗黙のルールを教えてあげてほしかっただけです。今のままでは彼が目的を遂げる以前に、追い出されてしまうと思いました。見るに見かねたのです。




 また、こういうことも起こりました。


 ある夜、宮廷で大きな舞踏会が開かれました。煌びやかな夜会には居場所のない私ですが、王太子妃という立場が欠席を許しません。高位の貴族の何人かと踊った後、夫が取り巻きに囲まれてご満悦なのを確認し、私はそっと舞踏の間を離れました。


 とりあえず最初だけでも顔を出しておけば、出席したことになります。自室に帰りましょう。


 灯りを持たせた侍女に先導させて、暗い廊下を進みます。

 T字の曲がり角でふと感じた気配。私は自室とは反対の方向へと、なんとなく目を向けました。


 息が止まるかと思いました。


(ロラン様だ!)


 ロラン様です。廊下の突き当たりに誰かがいます。暗過ぎて人の輪郭がかろうじて見える程度なのですが、私にはそれがロラン様だとわかりました。


 と、同時に思い出します。


 舞踏会の夜。宮廷の、本来ロラン様が出入りしてはならない一角――国王の私室近くへと忍び込んだ彼。今夜はロラン様が、部屋の主がいない隙を狙い、ある手紙を捜しに来るエピソードが発生するようです。


 遠い異国との密約を結んだ手紙です。内容は、ガリア国王が莫大な戦費と人員を相手国に送ることを約束したもの。見返りは色々ですが、国王個人の利益が主なものです。お金も人も、負うのは国民だというのに。


 その手紙の存在が明かされれば、もともと離れつつある人心はもっと離れていくのでしょう。本当にそうなることを私は知っています。ロラン様がそれを手に入れれば、ためらいなく公表することも。


「――お前! いったいそこで何をしているの?」


 私は高い声を上げました。国王の私室の扉を見張っていたロラン様は驚き、とっさに逃げようとします。


 戸惑う侍女を残し、私はつかつかと彼に歩み寄りました。逃げ場を塞ぐように。

 逃げる機会を失くしたロラン様は、その場に片膝をつき、顔を深く伏せました。


「そこはお前がいていい場所ではないわ」

「……申し訳ありません。その、どうかこのことは」

「愚かな平民が何をしようがわたくしには関係ないことよ。ただし、即刻消えなさい」


 扇で顔を隠しながら、なるべく偉そうに、威丈高に命令します。すぐにこの場を離れてほしかったので、必要以上に強く。


(ロラン様、悪いけどここにはないの)


 実は、リディアーヌ王太子妃が原作にない動きをしているせいもあり、ストーリーには改変が起こっています。


 手紙は国王ではなく、ある大臣が預かっています。さらにもっとまずいことに、今、国王の寝室では、義父が愛人である公爵夫人と密会中です。近づいてもし衛兵に捕えられたら、ロラン様は口封じに消されかねません。


 私は焦ります。


「さっさとお行き! 早く」


 叱るように言って、ようやくロラン様は引き下がってくれました。渋々と。

 私はほっとします。危ういところで彼を守れたのですから。


 ロラン様が高いこころざしを持って宮廷に入りこんだことは知っていますが、そのせいか、彼は少し性急過ぎるのです。無鉄砲と呼べるほど。あまりに強引に動こうとするせいで、さっきのようなぎりぎりのピンチがたまに起こります。


 危なっかしいロラン様。でもロラン様のこの危うさが、気持ちにストップをかけようとする私を乱すのです。革命家などを助けては己の身が危ういというのに、私はどうしても、彼を放っておけません。


 でも、そろそろやめるべきでしょう。


(そうよ、リディアーヌ。ロラン様なんか放っておけばいいんだから)


 そう心に言い聞かせましょう、強く。二度とロラン様を助けてはいけません。


(――あ! だめだわ、あれだけ伝えてからにしないと。ロラン様がまたピンチになる前に)


 思い出しました。

 密約の手紙。あれだけはなんとかしないと。どうにかして、手紙の在りかをロラン様に伝えましょう。宮廷内を下手にかぎ回って、彼が危険な目に遭わないようにしなければ。



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