カミングアウト
──シェリオ視点──
俺はギルドの入り口付近で腕を組んでハルを待っていた。集合予定は、開門の鐘の頃。
なのに、ハルのやついくら待っても来ない!
「おそいっ!!!」
俺は舌打ちをして、貧乏ゆすりをする。別にしたくてこんな態度を取っているわけじゃないが、そろそろ昼の鐘が鳴っちまいそうな時間なんだ、こんだけ待ちぼうけを食らわされたら誰だってイライラするだろ。
「くそっ! こんなことならあいつの宿を聞いておくんだった……」
俺がブツブツ文句を言っていると背後から声がする。
「ああ、ハルさんなら月夜のペガサス亭に泊まっているはずですよ? もしかして知らないんですか~?」
ローラが口に手を当ててニヤニヤしながらププッと笑い、俺をおちょくるような目線を向けてくる。だが、俺はそんな事気にも留めていなかった。
なぜなら──
「あいつ! 自分だけ良いところに泊まりやがって!!!」
俺に借金しておいて、なんで俺より良い宿に泊まってるんだ! 俺は、いつも寝泊まりしている寒くて狭くてカビ臭い屋根裏部屋を思い出す。同じ金額で寒くない4人部屋に泊まれるが、俺の持っている能力のせいでそれは無理だ。こんな力……無いほうが良い……。もっとお金を出せば一人部屋にだって泊まれるくらいには稼げるようにはなってきたが、いつまた怪我で稼げなくなるか分かんねえし。
それはともかくあいつには一回ガツンと言ってやんなきゃ気がすまねえ!
「あ、待ってくださいリオさん!」
ローラの静止を振り切って俺は月夜のペガサス亭まで駆けた。
◇
事情を話して店主から部屋を聞き出し、部屋の前に立つ。ここまで立派な作りだった。きっと部屋の中も快適に違いない。
叩き起こしてやる!
ドンドンドン!
俺は扉を乱暴に叩き、声を荒げる。
「おい! ハル! いつまで寝てやがるんだ! 集合時間はとっくに過ぎてるぞ!」
慌てて飛び起きたのか、中からドタバタと物音が聞こえる。騒ぎを聞いた隣室の人がちらりとドアを開けて見てくるが、俺が睨むとすぐに引っ込んだ。ややしてから、ゆっくりと扉が動きほんの少しの隙間が開いたところで静止した。
「シェ……シェリオさん……どうしてここに居るんですか?」
「は!? お前がいつまでたっても来ないからだろ! いいから早く迷宮に行くぞ!」
俺はそう言って、扉にかかっていたハルの腕を掴んで強引に引っ張る。部屋の中に高価そうな椅子や机がちらりと見えた気がして、一段と怒りが増す。俺はその気持ちをハルにぶつけるように腕を掴んでそのまま強引に宿の廊下を引きずる。
「え?」
ハルが驚きの声を上げるが、構ってやらん。
「え? じゃねえよ! とっとと行くぞ!」
「ごめん! 私が悪かったから! ちょっとまって着替えさせて!」
「あ?」
振り返るとやけに薄着で変な格好をしたハルの姿が目に入る。ハルが「パジャマ伸びちゃうから待ってよ」とか言いながらはだけていた胸元を隠した。ちらりと見えた胸元と、目も合わせずに慌てて走っていくハルの後ろ姿を見て、俺の溜飲は下がった。
その場に突っ立って見ているとハルが部屋の扉から顔だけだした。
「ちょっと着替えてくるから下で待ってて」
「あ、ああ」
くそ……なんだか急に暑くなった気がする。特に顔と耳が暑い。
……少し頭を冷やそう。
俺は頭を振って思考をリセットし、一階に降りてハルを待つことにした。
◇
──遥香視点──
着替えて下に降りると、リオに謝られた。なんでも私の下着姿を見てしまって申し訳ないということだった。
「気にしてないよ」と伝える。
そもそも違うからね? 下着じゃなくてパジャマだからね? だいたいこの世界に来てからずっとコスプレで──ゲーム内の装備であるクリムゾンシリーズを着て──生活しているからさ、今更パジャマ姿を見られたくらいじゃ、どうってことないし。
っていうか、透明化してなかったアイカを見られなくてよかったよ。リオになら頃合いを見て言っても良いかもしれないけど、今の時点で見られて人目も多い宿屋で騒がれるとめんどくさいことになりそうだからね。
◇
そんなこんなで、私の準備も終わってアイカとリオと私の三人で迷宮へと向かう。
迷宮デビューだよ!
ギルドを抜けて城の地下へと降りると、大きくて頑丈そうな扉が設置されていた。
「ここが迷宮の入り口だ」
ギルドの入り口の扉と同じグリフォンが描かれているが、こちらの方は威嚇するように怖い顔をしている。扉の両脇には武装した兵士が二名常駐しており、中よりも外から入るものを警戒している様子だった。時間的な問題なのか、他の冒険者の姿は見当たらない。
初めての迷宮を前に期待と緊張が入り混じった感覚になる。
「迷宮ってどんな感じのところなの?」
「簡単に言うと──穴だな」
「簡単すぎ!」
こうして所々ツッコミをいれつつ、迷宮についてのレクチャーを受ける事になった。
「第一層は魔物の数は極端に少ない。いても弱い魔物ばかりだが、迷宮での油断は命取りになるから気をつけろ。俺も何度も痛い目に合った」
リオ曰く、迷宮には階層があり、階層間は必ず階段で行き来するらしい。その階層が深くなるにつれて敵の強さ、数、凶暴性も増して、得られるドロップアイテムの量と質もそれに比例して良くなるようだ。
第三層までは下へ向かう階段も複数あるので階層間の移動が比較的楽だが、第四層よりも奥は下階層へ向かう階段も一つしか無いため移動に時間が掛かるらしい。
「迷宮の中に安全な場所はないの?」
「ああ、階段付近なら魔物が寄ってこないから安全だ」
「それならそこにゆっくり休める施設でも作っちゃえば良いんじゃない?」
「それは無理だ。というより作っても食われるから意味がない」
リオが言うには、迷宮内に放置された物は時間が経過すると消えてしまうらしい。それに迷宮は一定周期で構造が変化する。その際に迷宮内にある物は一掃されるんだとか。もちろんその時迷宮内に居た人間もその例外ではないらしい。
「俺たちの間では、これを迷宮に食われるって言うんだ」
今はギルドがその前兆を調査していて事前に分かるので、昔のように知らないで探索に行って迷宮に食べられちゃう人は少ないみたい。ちなみに、その構造変化の直後は迷宮全体が活性化するので稼ぎ時らしいんだけど、調子に乗った冒険者が最深部を目指して攻略に向かって亡くなる人が後をたたないんだって。
どこの世界でも欲で身を滅ぼす人はいるんだね。
ということで迷宮の探索は基本的には、第一層から第五層までの地図が出回っている階層で、安全地帯である階段から階段へ移動しながら敵を倒してドロップを狙うことになるみたい。さらに深くまで進んで攻略エリアである第六層に行くと、敵が一気に強くなる上に分かれ道も多くて性格な地図も無い。しかも異常に強いユニークモンスターが徘徊しているため攻略が進んでいないそうだ。数え切れないほどのパーティーがその敵に全滅させられているらしい。
鬼門ってやつだね。
「でも倒せば良いアイテムが手に入るんでしょ? もっと攻略進める人がいてもいいと思うけど?」
「お前全然分かってねえな。
良いアイテムが手に入る"かも"だ。それに手に入っても、せいぜいが一年分の稼ぎくらいのもんだし、死ぬかもしれねえってのに割に合わねえんだよ」
「そっか……」
確かに一生遊んで暮らせる訳でも無いのに命をかけるって全然釣り合ってないね。
「まあ、今日の所は様子見だろ?
この時間からだと行っても第三層までだな。それなら今からいっても今日中に戻ってこられるだろうから、今日はそこを探索するぞ」
「えーっと、探索じゃなくて攻略がしたいんだけど?」
「は? 攻略!?
お前攻略の意味わかってんのか?」
私が"攻略"という単語を口にした途端リオの耳がピクリと動き、立ち止まる。そして、振り返って私を問いただすように詰め寄ってきた。
「えっ! 誰も行ったことがない深部を進むこと……ですよね……?」
「お前、元から攻略に向かうつもりで黙ってやがったな!?」
「ごめん! どうしても用事があるの……!」
そう言う私の目をリオがじっと見つめる。まるで心を見透かされているんじゃないかと思うようほど真っ直ぐに。
「ふん、用事があるのは本当のようだが、このままじゃ無理だ。俺もだが、特にお前は弱すぎる。どうしてもと言うなら、それができる理由を説明してみろ」
「どうせ攻略なんて無理だろうがな」と最後に付け加えて私を突き放すようにそう言うリオの顔には、怒りだけではなくどこか悲しい空気も感じる。
でも大丈夫! 私には──いや、私たちにはアイカがいる。
「……わかった。紹介するね」
「え? 紹介?」
リオはびっくりした表情になるが、本当に驚くのはこれからである。リオの表情を見たアイカは得意満面の笑みを浮かべ透明化の指輪に手をかけた。私の目を見て〈いつでもオーケーです!〉とうなずく。
「最強のサポート妖精! アイカだよ!!!」
ババーーーーーン!
魔法か何かで、ライブでのアイドルの登場シーンのような演出まで加えたアイカが、透明化魔法の対象を変更してリオの前に躍り出た。
「は? 妖精……さま……なのか……!?」
〈はじめまして、アイカです。訳あって迷宮攻略を手伝って欲しいんです〉
リオは信じられないといった表情で私とアイカの方を交互に見てくるのでうなずいておいた。
しばらく混乱して口をパクパクさせていたリオだったが、やがて何かを決意したような表情を浮かべる。
「よ、妖精様が言うなら俺としては手伝ってやれなくもないが……攻略は本当に危険なんだ。
試しに行ってみるだけだし、それも無理そうなら途中で引き返すからな? それと……」
リオはそこで言葉を切り、ゴクリと唾を飲み込む。
「……握手をさせてもらえないか?」
「握手? なんで?」
何の脈絡もなく握手と言い出したリオに、私は質問した。
「ああ、妖精様に触れることができた者は幸福になれると言われているんだ。俺は今の生活から抜け出したい……!」
迷信なのか、本当にそんなファンタジーなことがあるのかわからないけど……なるほど交換条件ってことね。
〈うーん、それで手伝って貰えるなら良いですが、握手だけですよ? 身体や羽を掴んだりしないでくださいね?〉
ポルクス村で揉みくちゃにされた事をアイカはまだ根に持っていたみたい。
「ああ、もちろんだ」
リオが差し出した手を、アイカは恐る恐る握る。ポルクス村のことがあったから警戒している様子だったが、軽い握手だけで済んだようだ。ちらりと見えたリオの横顔は、見たこともないほど嬉しそうだった。
「リオ、ありがとう! これで攻略進められるよ!」
「なんでお前が嬉しそうなんだよ」
あ!
そりゃあ、女神様のミッションを進められそうだからなんだけど、そんなこと言えないなあ。
私は笑ってごまかしつつ、話題を変えることにする。
「あはは。なんとなく嬉しくて。
それより、この首飾りのこと気にしてなかった?」
「ああ、それか。故郷のものににているんだよ」
リオはそう言って一房だけ三編みにしている後ろ髪を見せてくれる。綺麗な白銀の髪だった。
リオはその髪を留めている組紐を指していう。
「この紐、お前のそれと似ているだろう? これは母さ……いや故郷のものなんだ」
「もしかしてリオの故郷ってポルクス村だったりする?」
「え!?」
「え???」
見つめ合う二人。
混乱している様子のリオ。
どうしてそんなに驚いているか分からない私。
ひと目見れば故郷のものって分かるんじゃ?
そう思いつつ念の為にお母さんの名前も聞いてみるがリオに追い打ちをかけることになる。
「リオのお母さんってシェリーナさん?」
「え!?!? な、なんでお前が知ってんだ!?」
驚き果てるリオに首飾りをアーシェから貰った経緯を説明する。
首飾りを外してリオに渡し、「見てすぐ分からなかったの?」と聞くと知っているものと形が少し違っていたらしい。
「そうか、アーシェがもうこんなものまで作れるようになったのか」と感慨深そうにため息をついていた。
妹さん好きなんだね。ウンウンとうなずく私。
世間って本当に狭いなあ。
◇
「この首飾り、大切にしろよ」
リオがそう言いつつ私に首飾りを返してくれる。
「うん」
私が首飾りを受け取って首に付けると、リオが何かを決意したように言う。
「しばらくお前たちについていってやる」
「え? 良いの?」
「ああ。守ってやる」
あんなに嫌そうにしてたのにと思って思わず聞き返すが、リオははっきりと肯定した。一呼吸置いてから「だが──」と言葉を続ける。
「今日は一旦出直しだ。
さっきも言ったが、攻略は甘くない。泊まりの支度も必要だし、今日は入念に準備を整えてから明日の朝、開門と同時に6階層へと向かうぞ」
えー! ここまできてまた戻るの!?
「そんなのダメダメ!!
面倒くさいもん。泊まりの道具ならあるよ? アイカお願い」
私の言葉にうなずいたアイカが、アイテムボックスからドーンと天幕付きの豪華なベッドを取り出す。
〈はいマスター! どこでも快適ベッドー!〉
アイカの顔はまさしくドヤ顔であった。
「どこから出したぁあああああ!?」
と驚愕するリオ。
あ、懐かしい。その反応、ちょっと前の私と一緒だね。
◇
それからしばらく、リオが必要な品物名を言って、アイカがそれをアイテムボックスから取り出すというやり取りを繰り返していた。
もちろん、人気のない所に移動してから。
先程迷宮の入り口の門番さんが、突然ベッドが現れるのを見て腰を抜かすほど驚いてしまっていたからである。ちなみにベッドについては、すかさずアイテムボックスに収納して、無かったことにした。
一人の門番さんが目元をこすりながら何度も「あれ?」と繰り返し、もう一人の門番さんに「さっき空からベッドが……」と言って「ははっ! お前なに言ってんだ? 夜遊びのしすぎじゃねえのか?」と笑われていたのが、少々気の毒だった。
私がそんな事を思い出していると、アイカとリオのやり取りが一段落したようである。
〈他に必要なものはありますか?〉
「いや、もうない……」
〈ふふふ、では私の勝ちですね!〉
何が勝ちなのか分からないが、フフンと胸を張るアイカ。
「くそっ! もういい俺の負けだ! 攻略に向かうぞ!」
何が負けなのか分からないが、ヤケになったように声を荒げるリオ。
色々あったけど、こうしてアイカの紹介も済んでリオも協力してくれる事になった。
これから本格的な迷宮攻略が始まるのである。
次回、『攻略開始』。
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読んでくださってありがとうございます!
評価&ブクマ頂き、ありがとうございます!!!
とても嬉しかったので、今回は6千文字ほど頑張ってみました!
そして……
ついに始まります! 迷宮攻略!
攻略の成果に期待です!!!
『何が手に入るのかな』『うまくいくといいね!』と思って頂けていたら幸いです!
ぜひ今後も、小説評価☆☆☆☆☆や感想、ブックマークなどで応援よろしくお願いします!!!




