カフェ
──ミンティー視点──
私はこのダンジョン都市にあるカフェでウェイトレスの仕事をしている。
10歳の頃に働き始めて、もう3年も経ったしベテランだよね。店長からはまだ半人前扱いされるけど、そんな事は気にしない。
店の制服は黒地の半袖のワンピースに白いエプロンを組み合わせたような、比較的シンプルなデザインなのだ。
犬獣人である私には尻尾があるので、最初は尻尾を自由にできなくてとても着心地が悪かった。でも、裁縫が得意な母さんが尻尾用の穴を開けて、穴が目立たないように前側のエプロンと同じようなデザインの穴隠しをつけてくれた。そのついでに、リボンで装飾もしてくれたので、とっても可愛くなったのですごく気に入っている。
カフェの名前は、イルファンの庭。
庭というだけあって、店の中には植物がいっぱいある。確か店長は「ぼたにかるかふぇ」と言っていた気がする。意味はよく分からなかったけど、いい匂いがして綺麗で明るくてすごく驚いたのは覚えている。
天井には大きな窓があって、その光でたくさんの植物を育てている。この植物に水をやるのも私の仕事なのだ。
今日も普段と同じように、開門の鐘の後に水やりをしていた。開門までに朝食を終えて帰る客がほとんどなのでこの時間は専ら水やりの時間なのだ。
店中の植物に水をやらなければならないので、これが意外と重労働なのだ。
「ふわぁ~」
私は大きなあくびに合わせて伸びをして尻尾のストレッチもする。
じつは今日はちょっと寝不足なのだ。
理由は、昨日の夜に父さんと母さんが夜遅くまで喧嘩をしていたせいだ。
(喧嘩とは言ってもうちではよくある事で、次の日の朝には仲直りをしていつも通り仲良くしているんだよね)
喧嘩の原因は、父さんが昼間会った女の人の事を長々と話していたからだ。要するに母さんがヤキモチを焼いちゃったのである。
父さんは、昨日の仕事中に会った緋色の長い髪の女性のことが、とっても心配らしい。父さんが言うにはその女の人は、この街に来るまでに色々あって有り金を全部なくして、しかも審問官に家宝まで巻き上げられちゃったみたい。
そりゃー確かに不憫だとは思うけど、別にそれほど珍しいことじゃない。
それにここは仮にもダンジョン都市だし、仕事なら探せばいくらでもあると思う。お金が無かったら働けば良いんだよ。
まあでも誰からの紹介も無いとやれるのはせいぜい冒険者くらいだろうけど。
私がそうして考え事をしながら水やりをしていると店の入口のベルが鳴る。
カララン
その聞き慣れた音に反応し、耳が自然と店の入り口の方へと向く。
「いらっしゃいませー!」
私は反射的にそう言ってから、水差しを置いて入り口の方へと素早く向かった。毎日繰り返している事なので、身体が勝手に動く。寝不足なんて言ってないで最速記録を更新するんだ。
店の入口に目を向けると、そこに立っていたのは豪奢な緋色の髪の女の人だった。
長くて綺麗な緋色の髪と赤い瞳、背は私よりちょっと大きいかも。
父さんが言っていた人と見た目が同じだ。
「この人もしかして……」
「え? いま何か言った?」
彼女の一言で私は慌てて思考を打ち切った。
余計なこと考えてないで接客しなきゃ。
「ああ、いえ! なんでもないです! あはは」
私は慌てて両手を振って笑顔を作ってごまかし、そそくさと席へと案内した。
案内した先は窓際の二人席。
ここはカウンターからも見やすい位置にあるし、日差しも心地よくて店長のイチオシの席なのだ。席に腰掛けたのを確認してから、私は普段通りに1つの質問をする。
「文字は読めますか?」
客の中には文字が全く読めないという人もいるため、初めてきた客には予め聞いておくのが、この店のルールなのだ。
私が尋ねると、彼女はコクリと頷いて店の壁に掛けられたメニューボードを眺めて、何を注文するか考え始めた。この人は文字が読めるみたい。
彼女の横顔をまじまじと見ながら思案する。
(うーん名前が思い出せないけど、やっぱり父さんが言っていた人としか思えない。
でも聞いた話だと、こんなお店に来るお金なんて無いはずだよね……)
自慢する訳では無いけど、うちの店はこの辺りでも高級な部類に入るのカフェだ。少なくとも昨日まで一文無しだった少女が簡単に来られるような店では無いはず。
そこまで考えて私は、彼女の耳元にあるはずの耳飾りが見当たらないことに気づいた。
父さんが言っていた事を思い出す。
『たぶん彼女はどこかの大商人か、お貴族様の娘だ。髪も綺麗で持ってた剣も高級品だったし、耳飾りも良かった』
確かそんな事を言っていた。
(文字も読めるみたいだし、きっと良いところのお嬢様なんだ! それで、耳飾りを売ってお金を作ったに違いない。それならお金があるのも納得だけど、こんなことに使っていて良いのかな? うちの店に来てもらっていてこんな事思うのもなんだけど……。
でもなんでわざわざ一人で……? もしかして誰かに追われてるとか!?)
人間観察をしてその人物について色々と妄想までしてしまう悪い癖が出てしまっていた。
そうして私が思案に耽っていると、彼女が声を掛けてきた。
「すみません。注文してもいいですか?」
「あ、はい!」
「卵ミルクトーストとフレッシュハーブティー、それから虹色雲のパフェをください」
「かしこまりました!」
私は注文を受け取って厨房へと向かった。
◇
「おまたせしました。虹色雲のパフェです」
虹色雲のパフェ。
うちの店の看板メニューである。
背の高いグラスにアイスクリームとツヤツヤ光る果物を盛り付けてあって、その上には虹色の雲が浮かんでいる。
初めてこれを見た客はだいたい同じような反応をする。
「雲!? 本物……?」
彼女の反応もその例に漏れなかった。
私はいつもの調子で返す。
「はい。本物です。初めて見るとびっくりしますよね」
「うん。食べられるの?」
「もちろんです。フワフワで美味しいですよ!」
彼女は慎重にゆっくりとスプーンを雲に差し込む。
そして、ふわりとすくい上げ口へと運ぶ。
「甘い……!」
少女の表情があっという間に幸せそうな笑顔へと変わった。
(でしょー!? 私も店長に味見させてもらった事があるけど、フワフワの食感で生クリームみたいに甘くて、とっても美味しいんだよね!)
朝ごはんはちゃんと食べたのに、見ていると食べたくなるから不思議だ。
まあ、それだけ美味しいってことだよね。
「この雲ってどうやって作るんですか?」
「作るっていうより、ある場所でこの雲が取れるんですが、それに果物の果汁と……」
聞かれた私は、鼻高々な気持ちで説明を始めた。
看板メニューの説明は店長から、最初に仕込まれたんだよね。
「ある場所って?」
「ダンジョンです」
〈ダンジョン……!〉
「わっ!」
私がダンジョンと言った瞬間、パフェの中から女の子の声が聞こえたような気がした。
私が訝しむようなジトッとした視線をパフェの方へと向けると、彼女は慌てて何かをごまかすようにお茶のおかわりを注文した。
私は一度引っ込んでお茶を入れ、再び戻ってきた。
お茶のおかわりを注いで、彼女がそれをホッとした顔で飲んでいるのを眺める。なんてことはない微笑だったが、なぜか雪解けに合わせて咲く花が思い浮かんだ。
その花の事を考えたとき、先程からずっと思い出そうとしていた彼女の名前を思い出した。
──その時、私の口は勝手に動いていた。
「ハルさん」
ブーッ!!!
少女が盛大にお茶を吹き出した。
◇
──遥香視点──
結論から言うとウェイトレスの少女は、昨日の門番の娘さんだった。
彼女の名は、ミンティーと言うらしい。
活発で話すのが好きそうな犬獣人の女の子で、栗色の綺麗な毛並みの尻尾と頭部の耳が特徴的だ。身長は私より少し小さいので160cmくらいだろうか。13歳と言っていたがその割に見た目は高校生くらいに見える。
私のことは、父から聞いていたらしい。
(不思議な縁もあるもんだね)
ミンティーは人懐っこい性格の持ち主でなおかつ話し好きなおかげで色々と話が弾み、彼女とはすぐに仲良くなった。
主にこの都市の観光名所の話をしていたが、ついでにダンジョンについても聞いてみる事にした。
「私これからダンジョンに向かおうと思うんだけど、ダンジョンについて何か知ってる?」
「えーっと、どこから話せば……ダンジョンの場所は分かります?」
「お城? かな?」
「なるほどそこからですか……あはは」
父親譲りの親切な性格も相まって、丁寧に説明をしてくれた。
ダンジョンは城の地下から入れること。
入るには冒険者登録が必要であること。
冒険者登録時には簡単な試験があること。
ダンジョンでは、魔石や不思議な素材、マジックアイテムなどが取れるのでこの国の一次産業的な存在であること。
「そうそう、この国以外にもダンジョンはあるみたいですね」
「え!? ほんと!? それってどこにあるの!?」
(もしかしてそれ全部攻略しなきゃいけないんじゃ……!?)
私はそう思って身を乗り出しそうな勢いで質問する。
「えーっと、私もお客さんからチラッと聞いただけなので、詳しいことは……。
ごめんなさい。私、この都市から出たこともありませんし」
「そっか」
残念。
(できればもっと詳しく知りたかったけど、ただのウェイトレスの女の子にそこまで求めちゃいけないよね。
でも、やることは決まった。まずは城に行って冒険者登録だね。詳しい事はそこで聞けばいいし)
ダンジョンについて聞けたところで、私はお礼を伝えて店を出ることにした。
「お父さんにもよろしく伝えて」
そう言って銀貨3枚を渡す。
「あの、え!? こんなにたくさん。良いんですか?」
ミンティーがびっくりした顔になって目をパチクリさせている。
「うん、ミンティーさんにもお父さんにもお世話になったからね。おかげで助かったって伝えて欲しいんだ。1枚はミンティーちゃんが使って良いから、2枚はお父さんにちゃんと渡してね」
「わ、分かりました! 必ず伝えます。渡します!」
彼女は真剣な様子で私の目を見て約束してくれた。私は、渡す金額多すぎたかなーとも思いつつ彼女を見ると、尻尾がぶんぶん振られていた。まあ少なくとも喜んでいるみたいだし良いかな。
最後に「また来るね」と言って店を後にした。
「よし、アイカ。冒険者登録に行くよ!」
〈了解です! マスター!〉
次回、『冒険者』。
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読んでくださってありがとうございます!
賄賂で都市に入ってお金と地図を作って夕飯食べて……
……朝ごはんを食べたら次こそ冒険者ギルドへ!
ちなみに、卵ミルクトーストはフレンチトースト(はちみつ味)です!
ご飯ばっかり食べていて、いつまでもダンジョンに行けなくなりそうだったので
描写は省かせていただきましたが、きちんと美味しく頂いております(笑)
グルメ回が続きましたが、これから先しばらくはお預けです!
もし、『適度にグルメ回挟んでほしい』『卵ミルクトーストの詳細知りたい』と
思っていただけていたら、ぜひ感想などでお聞かせください!
小説評価☆☆☆☆☆やブクマも執筆の活力になるので、お待ちしております!!!




