旅 その3 ~異世界の夜空~
私たちは、再び巨大蟹に乗って洞窟の奥へと進んでいた。
地底湖からつながる支流に沿って洞窟は伸びており、しばらくすると、出口の明かりが見えてくる。
「さあ、そろそろ出口だぞ!」
「ふー、ようやくだね!」
座り続けて凝った身体をほぐすように伸びをする。
「ここがダクロストの谷だ」
洞窟を抜けた先は、ダクロストの谷と呼ばれる渓谷につながっていた。
左右に垂直に切り立った崖がどこまでも続く、絵に書いたような渓谷で、中央には細い川が流れていた。地底湖からの支流もこの細い川に合流しているようだった。
しかし、水があるのに植物の類は一切生えておらず、生物の気配もまったくない、奇々怪々とした雰囲気の場所だった。その上、霧が立ち込め空気が淀んでいて、昼間なのに薄暗く、ここに居るだけで気分が悪くなりそうだった。
「なんかここって不気味だね」
私がそう言うと、ポルックがいたずらっぽくニヤリと笑い、この谷の説明を始めた。
「ここは別名死者の谷って呼ばれる所でな……」
「死者の谷!?」
〈死者の谷!?〉
私たちは気味の悪いフレーズを聞いて、思わず叫んでしまった。
谷に私たちの叫び声が響く。
アイカは怯えた様子で、辺りを警戒してキョロキョロと見回している。
幸い辺りには私たち以外には何もいないようだけど。
ポルックはそんな私たちの怯えた様子を見ながら、説明を続けたそうにしている。
本当は詳しい説明なんて怖いから聞きたくない。だけど、安心材料は少しでも欲しい。私は耳を塞ぎたい気持ちをグッと我慢し、ポルックに説明の続きを促した。
「昔あった戦争でな、ドラゴンクロー作戦っていうのがあったんだ」
ポルックが言うには、ここの谷ではその昔戦争で大規模な掃討作戦が行われ、多くの人々が亡くなったらしい。無残に殺された彼らの彷徨える魂は、今でもこの辺りを漂っているのだとか。
「え、怖っ! ガチなやつじゃん!!!」
〈マママ、マスター! こ、怖いです!!〉
物怖じする子鹿のような表情で、膝がガクガクなり震え上がる私。
カタカタと顎を鳴らしながら必死に怖さを訴えるアイカ。
そんな私たちをよそに、ポルックの説明は続く。
「その後もな、近くで戦があると、この谷に敵軍のし……」
〈きゃああああ!!!〉
「もういいです! 聞きたくない!」
「なんだぁ嬢ちゃんたちビビってんのか?」
怖くてしゃがみ込む私を、ポルックがニヤつきながら見下ろしている。
「まぁ、そんな訳で夜になるとアンデットが出るが、昼間は大丈夫だから安心しろよ」
(ほんとに出るのかあああああ! 聞きたくなかったあああああ!!!)
絶叫したい所だったが喉の奥がはりついたように強張ってしまって、うまく言葉にできなかった。
アイカも、声を出せずに唇がわなわなと震えている。
最後にポルックが安心材料を述べていたのだが、私たちの耳には届いていなかった。
アイカをぎゅっと抱き寄せて必死に恐怖を押し殺すが、心の中ではすでに半べそであった。
ポルックは「流石にやりすぎたか」と小さくつぶやいて、頬をかきながらこの道を通った言い訳を始めた。
「ここは近道なんだ。まあ、薄気味悪いんで通るやつはあまり居ねえが」
「じゃなんで通ったの!?」
思わず立ち上がって、ポルックを問いただすように詰め寄った。
「なんで私がこんな怖い思いをしなきゃならないの!?」
「いやあ、今回はラウネルから多めに報酬を貰っちまったからな。サービスだ。それに……」
「ラウネルさぁあああん!!! ぜえぜえぜえ」
こんなに怖い思いをしているのにサービスと言われて、たまらず頭を抱える形で叫んでしまった。
ラウネル村長の好意が、完全に裏目に出た形だった。
ポルックはまだ言い訳を続けているが全く耳に入ってこない。
(はあ、もっと普通の旅が良かったよ。村長)
そう思って、トホホと肩を落とす。
「よし、こんな所さっさと抜けちまうとするか」
「ここから離れるのは大賛成なんだけど、どうやって?」
見た所、谷を登るための階段はもちろん、はしごの類はない。
まさか、この薄気味悪い谷のなかを進んでいくんじゃないよね……。
「んなもん決まってんだろ。なあ相棒?」
巨大蟹がそれに答えるようにカチカチとハサミを鳴らしている。
〈マスター嫌な予感がします……〉
「アイカ、奇遇だね。私も……」
私たちは、妙に機嫌良さそうにハサミを鳴らす巨大蟹の姿を見て既視感を覚えていた。
そして、私たちは蟹の背に背負われた小屋に乗り込み、つり革代わりの紐を手に巻き付け、両手でグッと力を込めて握った。アイカも私の服にしっかりとしがみついている。
「相棒! 行くぞ!」
ポルックの掛け声の直後──
──巨大蟹は垂直に切り立った崖を勢いよく登り始めた。
「うぎゃぁああああああ!!!」
〈いやぁぁあああ!!!〉
先端の尖った多足を器用に使って、猛スピードで崖を駆け上がっていく。垂直に上がる分、遥香たちの感じる加速度と恐怖は平地を駆けた時の比ではなかった。
しがみついている小屋がきしんでいて、今にも壊れそうなのがより恐怖を掻き立てる。
「もう止めてぇえええええ!!!」
〈壊れそうですぅううう!!!〉
生命の危機を感じて全身の筋肉が緊張し、生存本能のままに小屋に必死にしがみつく。
永遠感にもじられるような時間がすぎ、気づくと谷を登り終えていた。
下を見るとゾッとするほど高かった。
谷底が見えないよ。
(これって……ゆっくり登っても怖かった……やつ……だ……)
緊張が解けると同時にそう思ったのを最後に、意識を手放すのであった。
◇
「んん、アイカ?」
〈う、マスター……?〉
目が覚めると辺りはすっかり暗くなっていた。私と一緒に気絶していたアイカも目覚める。
星あかりを頼りに、ゆっくりと外へと出て巨大蟹の背から降りる。
「ようやく起きたか。今日はここで野宿だぞ」
外へ出て辺りを見回すと、丘の上にちょうど屋根になるような形をした岩があり、ポルックはその岩の下で焚き火をしていた。
「ここは?」
「モレスの丘だ。今日はここで野宿するぞ」
確かに名前の通り丘っぽいと思いつつ、野宿という言葉を聞いて辺りを見回す。
〈マスター、あれが首都でしょうか?〉
アイカの指差す方向を見ると、写真で見たような美しい夜景が見えた。
城塞都市なのか、城壁には松明が掲げられ、その内側の家々や街灯が、2つのお城の篝火がひときわ明るく輝いている。
「キラキラしてる……」
城塞都市の夜景は、周囲の暗さによって際立っており、とても美しく感じられた。
「夜景も良いが、嬢ちゃんたち上も見てみろよ」
そう言われて見上げると、見慣れていたはずの月が──
──2つ見えた。
「月が2つある……!」
1つは地球でみる月とそっくりに見えたが、その奥には青白い不思議な光を放つ、大きな満月があった。その月を飾るように星々の作る天の川が煌めいて見える。
この世界に来て3日目にして初めて見上げる夜空であった。
「きれい……」
あまりの美しさに思考が止まって、それ以上の言葉が出てこない。
月が2つあるなんて本来なら違和感を感じそうなのに、その違和感を打ち消すほど圧倒的に美しい光景だった。
(星空なんて見るのいつぶりだろう)
地球で見上げた夜空よりも、ずっと多くの星が見える気がする。星々が瞬いているのがとても幻想的で、天の川が本当に流れていると錯覚してしまいそうだった。
〈マスター、夜空ってこんなに綺麗だったんですね……〉
「うん、すごいね……」
星屑がまるで宝石のように輝いており、心が洗われるような気すらしてきた。
「今日はニノツキが満月だからな。綺麗なもんだよな」
「ニノツキって?」
私がそう聞くとポルックは少し驚いた様子だったが、すぐに納得したように軽くうなずいて説明をしてくれた。
「ニノツキってのは、イチノツキの奥に見えるでっけえ月のことさ。
若い頃に行商に言った村で聞いた昔話なんだが」
ポルックがそこで一度言葉を切り、月にまつわる昔話を教えてくれる。
私とアイカは、ここが異世界だと再認識させられながら、2つの月を見上げてその話を聞いた。
「嘘かホントか知らねえが、大昔に魔法も魔道具もなかった時代があって、その頃は月は一つだったらしいぞ」
ポルック曰く、イチノツキは1ヶ月周期で満ち欠けを繰り返すようで、季節によって見える位置や時間も変わるらしく、地球の月と同じような天体であることが分かった。
一方のニノツキは不思議な天体だった。ずっと同じ位置に見え2ヶ月かけて月が満ちていくらしい。そして一度満月を迎えると、次の日には一気に新月になる。イチノツキのように徐々に欠けることはないらしい。一部の学者がイチノツキとニノツキの違いとその原因について調べてはいるようだが、宗教的な意味合いも強いらしく、その辺りの話が公になることは少ないのだとか。
「そんで魔法が無かった世界に、あるとき魔法と一緒にあのニノツキが現れたんだとさ。魔法がねえなんて荒唐無稽な話だよな」
(私にとっては魔法がある方が荒唐無稽なんだけど……こっちの世界の人にとっては魔法がある方が当たり前なんだね)
こうしてこの世界に来て3日目の夜が、ゆっくりと夜が更けていくのであった。
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第二章 ポルクス村 ─ 終 ─
次回、『首都エルドミトス』。
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ここまで読んでくださってありがとうございました!
第二章完結です!
首都ではどんな人との出会いが待っているのでしょうか!
次章では観光しながらダンジョンについて情報収集をします!
(ミッションとしては情報収集がメインですが、二人にとっては観光がメインです。
あくまでも楽しみます!)
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