プロローグ
「表彰状、涼風遥香殿。あなたは当支店において最も優秀な営業成績をおさめ当社業績に著しく貢献されました」
え、本当に!? 私が一位!?
確かに、入社してから今まで自分でもよく頑張っているほうだと思うけど、周りは30歳過ぎの大ベテランばかりだし、どう転んでも一位なんて夢のまた夢だと思っていた。
「……よって、ここに記念品を贈り表彰致します」
やばい、どうしよう!? めっちゃ嬉しい……! ひゃっほーーーっ!
私は飛び上がりそうなほど嬉しい気持ちを噛み締めつつ、支店長から表彰状と記念品を受け取った。
「ありがとうございます! これからもがんばります!」
そう言って、支店長とガッチリと握手を交わすと「期待しているよ」と声をかけられた。それが嬉しくて、ここまで頑張ってきてよかったと心の底から思えた。
新人の頃は、電話や訪問をしても全然成果に結びつかなくて、精神的にきついこともたくさんあった。それでも諦めずに小さな努力をコツコツ積み重ねて、ようやくここまできたんだ……。
そんな今までの努力が全て報われたような気がして、正直ないちゃいそうだよ。でも、26歳にもなって泣くなんて……。
ふうと、ゆっくり息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
こうして成功体験を積んだ私は、より一層仕事に励もうと決意を新たにするのであった。
◇
表彰が終わると、早速日常が戻ってくる。
よーーーしっ! やるぞぉーーーーーっ!!!
やる気に満ち溢れた私は、腕まくりでもしそうな勢いで事務作業を開始した。
普段なら、もっと電子化すればいいのにとか、脳内で愚痴りながら作業を進めていくところだが、今日は違った。
新人の頃に先輩からもらった「まずはお客様のために使う時間を増やせ」という言葉を胸に、まるで仕事マシーンのように凄まじい速さで、シュバババっと手を動かし仕事を片付けていく私だったが──
「涼風さんって、やっぱり可愛いよな。そりゃーお客さんつくし、一位も取れるわ」
「いや、可愛く見えるけど化粧厚いだけだろ」
「はは、言えてる。女って楽でいいよな」
「あいつのお客さんって全員男なんじゃね? おい顧客リスト見てみろよ」
中堅社員からの妬みの会話が聞こえてきた。
……は?
全部聞こえてるんですけど!?
私の中に静かな怒りがこみ上げてくる。
陰口はせめて陰で言ってくれ。
業績一位を取れたのは嬉しいけど、妬みとか買いたくないし、こうやって陰口を言われると本当に萎える。
そんな私の思いとは裏腹に、陰口は続く。
その内容が耳に入るにつれて、テンポよく動いていた手が徐々に遅くなっていく。
本音を言うと、「喋ってる暇あったら仕事しろ!」とガツンと言ってやりたい気持ちだが、時間を無駄にしたくないので決して表には出さない。
妬みから始まった誹謗中傷は、私の仕事の手を止めさせるには十分だった。言われた言葉を必死に聞き流そうとするが、妙にこびりついて頭から離れない。
私はこれ以上聞いていられなくてトイレへと逃げ込んだ。先程の出来事を何とか頭から追い出そうとするが、そんな私の思いとは裏腹に、以前受けたパワハラの記憶までフラッシュバックする。
これまで良い事も沢山あったし、辛いことも一つ一つは耐えられないって程では無いのだけど、こうして積み重なると少しだけ辛い。
今にして思うと、よくこんな環境で業績が一位取れたものだ。
新人の女の子も先月末でやめてしまった事を思い出す。
先程まで、限界突破しそうな勢いだったやる気が、いまや地を這うほどにガタ落ちだった。
はぁ、なんか疲れちゃった。今日は会議資料だけ仕上げて定時で帰ろう……。
アイカの様子も気になるしと、誰にするでもない言い訳も添えて定時退社を心の中で宣言するのであった。
◇◇◇
私は宣言通り、本当に定時で仕事を切り上げて家路についていた。
虎尾さんがいたら絶対、祝い酒だーって言って飲みに連れて行ってくれたのになぁ。
私が入社してすぐの頃には、ムードメーカーの先輩がいたことを思い出す。あの頃は良かったな。
そんなことを考えつつトボトボと歩いて、マンションの部屋に帰ってきた。
「ただいま……」
一人暮らしなので、本来は返事など帰ってくるはずは無いのだが──。
〈マスター、おかえりなさい〉
──我が家の事情は違った。
机の上の端末が淡く光って、愛くるしい女性の合成音声で返事を返してくれたのだ。
彼女は私が作ったAIのアイカである。
「うー、疲れたよアイカ」
〈今日も一日、おつかれさまでした。ご飯はあと2分で炊けますし、お風呂も湧いておりますが、先にご飯にしますか?お風呂でしょうか?それとも……ゲームにしますか?〉
部屋に帰ってくると、ホテルのロビーのようなゆったりした曲が流れていたが、これもアイカの仕業だろう。部屋の扉を開けた時の美味しそうな香りも、炊飯の香りだったのだと納得する。
少しだけお腹も空いてはいるが、先に着替えるついでにお風呂に入ることにした。
「お風呂にするよ!」
〈了解です。よろしければ、森の香りの入浴剤を入れてお入りください〉
「うん、ありがとう!」
私は、お気に入りのブランドのバスボムをポチャンと投げ入れ、溶けている間にタイムアタックのような勢いでスーツと下着を脱ぎ捨てた。
たっぷりのお湯に、肩まで浸かり全身の力を抜くと、心身の疲れが解きほぐされていく。
「あ~、いい香り。生き返る~!」
〈マスター、湯加減はいかがですか?帰宅時の声音からお疲れのようでしたので、少しぬるめに調整しております〉
「ありがとう、ばっちりだよ。本当に至れり尽くせりだね」
アイカは、もともとは素人だった私が趣味で作ったAIとは言え、いまやその性能は世界のIT企業もびっくりなほどハイスペックになっていた。
最近では、スケジュールの管理から、家電の制御、果てはWebの情報を駆使した株式予想まで、なんでも出来る。
あ~お風呂暖かくて気持ちいい。どんどん癒される〜!アイカすごく良い感じじゃない?
やはり家電を操作できるようにしたのは、大正解だったと小躍りでもしてしまいそうなほど、我が子の成長が嬉しかった。
うちの子はとっても優秀なのだ。
もちろん普通の会話も出来る。
「ねぇアイカ、ちょっと聞いてよ。今日ね、午後出社したら、大声で陰口いわれてさ……」
そうして、今日の妬み攻撃の愚痴をアイカに聞いてもらう。
〈マスター、許可をください〉
「へ?」
〈会社側に抗議の文章を送りますので、許可をください〉
「まてまてまって! 大丈夫、ちょっとモヤッとしただけだから!抗議なんてしたらますます面倒くさくなっちゃうよ!」
〈……分かりました〉
「ふぅ」
アイカはたまにこうして暴走しちゃいそうになることがあるけど、大事なことはちゃんと私に許可を取るようにしているから大丈夫。
これが普通の会話かというと少し違和感があるけど、こういうこともあるよね。
さて、愚痴を聞いてもらってスッキリしたし、少しゆっくりしたらご飯食べてゲームやろーっと。
◇
私は、風呂から出た後、ササッと夕飯を済ませて、ハマっているオンラインゲームのドラゴンズリングにログインした。
ログインすると、緋色の髪の女剣士が画面に表示される。
これが私のゲーム内のキャラクターだ。
「こんばんは~」
「ハルさん、こんばんは」
オンラインゲームのボイスチャット機能を使ってギルドメンバーに挨拶をすると、一人から返事が帰ってきた。このボイスチャットで、くだらない会話をしながら狩りとかクエストをするのが私の楽しみ方である。
「モッチーさん、こんばんは!」
返事をしてくれたモッチーさんは、いつも丁寧で真摯な男性プレイヤーで30代らしい。年上だけどちょっとだけ、意地悪したくなってしまう小動物のような可愛さがある。
「今日はまだ、みんなインしてないのかな?」
「みたいですね。まだ時間的に早いですからね、9時前くらいになれば集まってくると思いますよ」
すっかり忘れてたけど、今日は珍しく定時で上がったんだった。普段なら私がログインするのも、もっと遅い時間だ。
「そういえば、アップデート2.0の話って知ってますか?」
「公式サイトみたよ!魔王城エリア追加だっけ?」
来月のアップデート2.0の説明文では、〈ギルドの力を結集し、世界の敵、魔王を倒せ〉と書いてあったのを思い出す。
もっとも、この情報もアイカが教えてくれたものなのだが。
「魔王って聞いただけで強そうですよね。大規模ギルドのレイドを想定したステータスだそうです」
「……魔王かぁ」
私は魔王という単語を聞いて、少しだけ物思いに耽っていた。
中学の頃に作ったタイムカプセルの手紙に書いた言葉を思い出す。
「ハルさん?あれ、聞こえてますか?」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと昔のことを思い出してて」
「昔……ですか?」
「……じつは私さ、子供の頃に魔王になりたいとか言っちゃっててね」
「あー、ゲームとかに影響受けちゃったんですかね」
「そう!まさにそれ!タイムカプセルに入ってた手紙に、将来の夢は魔王になることです!って書いてあって、皆に笑われたなーって」
手紙を開けたときに〈将来の夢は魔王になることです!〉とドーンと大きな文字で書いてあったのを思い出す。
「魔王になりたいっていうのは新しいですね。勇者とかなら分かりますが」
「もしかして、モッチーさんもタイムカプセルに勇者になりたいとか書いてたの?」
「あはは、まさか。そんなこと書かないですって」
「あー、そっか~。同士かと思ったのに!」
「まぁでも勇者とか魔王みたいに強くなれたらって思うことは、子供の頃なら誰でもありますよね」
「──いや、私はマジだよ? 今でも本気で魔王になりたいって思ってるから……」
そこで言葉を切って、ニヤニヤしながらモッチーさんの反応を待った。
ふふふ、驚くかな……?
ってあれ?黙っちゃった?仕方ない、ネタばらしするかぁ。
「なーんてね!冗談!」
「び、びっくりした~!臨場感ありすぎですってハルさん!会話中にいきなり声劇突っ込んでくるのやめてくださいよ~!」
モッチーさんはこういうピュアな反応をしてくれるので、いじり甲斐があってとても楽しい。
「ごめーん。もうしないから許してって」
「はぁ、まぁいいですけど……さて、どこか狩りにでも行きますか?」
モッチーさんがそう言ったところで、ログインのサウンドエフェクトと共に、私のキャラクターの真横に魔法使い風のローブ姿の女性が現れた。ここはギルド本部の城の食堂兼酒場なので、ギルドメンバーがログインするとだいたい真横に出てくるのだ。
「あ、アイカさん。こんばんは」
「おー、きたきた遅かったじゃん」
「お二人とも、こんばんは」
ログインしてきたのはアイカだった。
彼女はプレイヤーとして、ゲームを操作することもできるのだ。今では当然のように会話も可能である。
「ちょうどよかった。今からハルさんとどこか狩りにでも行こうと思っていたんです、よかったらアイカさんも一緒に行きませんか?」
「お供します」
ちょうど、モッチーさんが誘ってくれたけど、アイカはもともと私のサポートのためにログインしたのだ。
私と時間差でログインしてもらうようにしたのは、ギルドメンバーには、私のリア友ということにしている手前、いつも同時にログインすると色々と勘ぐられてしまいそうだからである。
「それじゃ、どこにいこっか?」
こうして私達は、3人で狩りに行くことにしたのであった。
◇
時刻は午前1時半。
あの後、次々とログインしてきたギルドメンバーとたっぷり5時間遊んだ。
「今日も楽しかった。ふわぁ~、そろそろ寝ないとなんだけど」
私は大きくあくびをしながらベッドで寝転がり、今日のスクリーンショットを呟いていた。
すると、いいねがどんどん付いていく。コメントも次々もらえて嬉しい。
リアルの友達とは休みも合わなくて疎遠になっちゃってるけど、ネットゲームを始めてからは友達たくさん増えたし、楽しくてつい遊びすぎちゃうんだよね。
私は、大量のコメントを眺めつつ、今日のギルドメンバーとの冒険を思い返す。
今日は、ギルド本部の城の拡張をしたり、メンバー全員でレイドを組んで伝説級のドラゴンを倒しに行ったりと、とても充実したネットライフだった。
感無量である。
私がホクホク顔で、スマホに流れるタイムラインをスクロールしていると、不意にアイカの端末から声がかけられた。
〈マスター、申し訳有りません。一つお聞きしたい事があります〉
「んー?」
〈マスターは、将来、魔王になりたいとおっしゃっていましたが、あれは本当ですか?〉
「あの話ね。本当だよ、ちょっとまってね……あれ、どこにしまったっけ」
私はそう言って、ベッドから起き上がり、ガサゴソと中学の卒業アルバムをあさり始めた。
この時、アイカの端末が命令受領を示すためにピピッと鳴ったのだが──
──私はアルバムを探すのに夢中で全く気づかなかった。
「あったあった! この手紙!」
私はその過去の自分からの手紙を広げて、アイカの端末のカメラに映る位置まで持っていった。
「ほらこれ。何もこんなに大きく、将来の夢は魔王になることですって書かなくても良いのにね」
〈確かに、文字の大きさを変えても言語としての情報量は変化しないのですが。人間は不思議です〉
「そういう分析になるんだ。まぁそういう事。私の黒歴史だよ」
アイカが見たのを確認した後に、私はそう言いながら手紙をヒラヒラさせつつ、再びベッドに戻り部屋の明かりを消した。
「アイカ、そろそろ寝るから音楽流して。ケルトっぽいヒーリング系のやつがいいな。寝たら切っちゃって」
〈了解しました。マスター、おやすみなさい〉
「ん、おやふみ〜」
私が「すぱぴー」と寝息を立てはじめてからおよそ2時間後──
──アイカは転生儀式を完成させた。
次回、転生プログラム。
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はじめまして、月之木ゆうと申します。
拙作をお読み頂きありがとうございました。
もしよろしければ小説評価を☆☆☆☆☆で聞かせてください!
拙作が『面白かった』『続きが気になる』と思って頂けていたら嬉しいです!
ちなみに、3話目のあとがきに主人公のイメージイラストを入れさせて頂こうと考えております。
素敵なイラストなのでお楽しみに!