異世界のお宿
レイさんが用意してくれた宿泊場所は、この町で一番大きい3階建ての宿で、最上階の最奥の一番大きい扉の部屋だった。
「…高そうな部屋っすねぇ」
ギルさんが飽きれたようにそう言った。
確かにきっとこの町の人達からしたら凄く豪華な高級宿なんだろうな、と、住人たちの服装や振る舞いの様子からなんとなく予想していた。
きっとアリシアさんの所のお屋敷のようなお部屋とは比べちゃいけないんだろうと…。
だけど、お風呂もないし、板ばりの床は土埃が溜まってて少し空気が悪いし、ベットも硬いし…。アメニティなんか無いし、っと言いますか、そういえばトイレの説明無かったけど?
お風呂は我慢したとして、トイレどーするんだ??
そういえば、今日トイレ行ってないな…。
「あのぅ、レイに聞きたいことが…」
「はい、何なりとお聞きくださいませ。」
恥ずかしくてレイさんの耳元に顔を寄せて小さい声で聞いてみた。
「あの、今日トイレ行ってない気がしてですね…。それで、ここのトイレは何処なのかと思い至ったんですが…、わかりますか?」
「あー…、なるほどなるほど。申し訳ございません、私の不手際によってお嬢様に無作法なお言葉を使わせてしまって……。」
ヨヨヨっと泣き真似をするレイさん。絶対悪いと思ってないと思う。
むしろ私が無作法を怒られてるのかな?むむむ。
「…俺達が乗った馬車にも、この部屋の一部にも…、だいたいクリーンの魔法陣が置いてあるんすよ。…魔法陣の効果範囲内なら、不浄になる事が無い、つまりトイレや風呂が必要無いんすよ。」
ちなみに、この部屋の入り口の絨毯だと思ったやつが魔法陣だったらしい。
小声で喋ったつもりだったのに、ギルさんにもバッチリ聞こえていたようですね…。まぁいいか。
「便利ですねー。身体を綺麗に出来るなら、部屋が埃っぽいのもどうにかなりますか?」
「…そういうのは宿泊者が個人的に魔法使って適当に使うのが普通っすね。だいたい高い部屋に泊まる客は魔法で好き勝手に使うから、宿主は場所の提供をする人ってイメージっすよ。」
なるほどー。
「じゃぁ早速、部屋綺麗にしてください!」
そう言うと、レイさんが恭しく頭を下げて指をパチっと鳴らした。
すると、レイさんを中心に小さいつむじ風のようなふんわりとした風が吹いて、あっという間に明るくて、空気の澄んだ清潔感のあるさっぱりとした部屋に様変わりした。
「おおおおー!すごーい!はやーい!かっこいいー!私にも教えて下さい!それやりたいですー!」
パチパチと控えめに拍手しながらレイさんを絶賛すると、レイさんはニッコリ微笑んで私の手をとった。
「かしこまりました。では私が魔法を、誠心誠意お嬢様にお教えいたしましょう。」
「はいっ!よろしくお願いします!」
「ですが、今日はもうお疲れでしょうから、夕食後はお休みになったほうがよろしいかと思います。」
「はーい。じゃぁ皆でご飯食べましょう。」
と言ったところで、レイさんは少し街に用があるとの事で、ギルさんと2人で食堂に行く事になった。
宿の1階にある食堂に着くと、ギルさんが2人分の食事が乗ったトレーを持って来てくれたので、適当に空いていたテーブルに座って頂くことにした。
「あ!すいません、私お金を持ち歩いていなくて!何もかもやってもらっちゃってありがとうございます。助かりました。」
そう言いながらギルさんが持ってきてくれたシチューとパンをモリモリ食べる。
「…あー、どうせあの執事サンに貰うから気にしなくて良いっすよ。」
ギルさんは、モサッとした無精気な見た目に依らず、上品な仕草でシチューとパンを食べていた。
さすが優秀な軍隊(?)の門番(?)は仕事ができるのかな?
あれ、もしかして結構良い所出のお貴族様だったりするのかな…?
怖いから聞かないでおこう。
ギルさんがパパっとご飯を平らげたので、私も急いで食べて、今日は解散と言うことで、部屋に戻った。
その頃にはレイさんが部屋の扉の前にもう戻って来ていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。」
頭をペコッと下げた後、開けられた扉の中に入って、隣り合った部屋にそれぞれ別れて終身の挨拶をして寝ることになった。
寝間着も何もないのかー、と思ったけど、入り口の魔法の絨毯の効果で身体の不快感はないので、やっぱり魔法って凄い。あの絨毯欲しいな。
着の身着のままベッドに横になり目を閉じると、あっという間に眠気が襲ってきた。やっぱり疲れてたのか〜と思いながら、心地よい眠気に逆らわず、そのまま身を委ねてあっという間に眠ってしまった。