ギルさんの第一印象は猫です。
隣で死んだように眠るギルさん。
身動きもしなければ呼吸音すらしない気がして少し焦る。
よく見れば胸元がかすかに動いているので生きてはいるようだ。
ふーむ…。
ギルさんが寝てしまったので外でちょっと煙草吸ってきまね〜ってわけにもいかなくなってしまった。
ひまだ。
ぼっーっとギルさんを見ていたら、ほのかに珈琲の香りがすることに気が付いた。
一体どこから…?
外にいるときは分からなかったし、アリシアさんのお屋敷では感じたことが無かったから、この世界には紅茶しか無いと思いこんでいた。
がしかし!これはまさしく珈琲の香り!
香ばしい芳醇な香り…。くんくん。
あぁ珈琲と煙草で一服したい…。くんくん。
「…あの…。」
ギルさんの体を不躾にかぎまわっていたら、いつの間にかギルさんが起きていた。
眠そうだった目を思い切り見開いて、思いっきり眉間に皺が寄っている。
さっきまで、日向でまどろむ猫みたいだったのに。
今は野良猫に牙を向けられている様だ。
もしかしたらめちゃくちゃ引かれてる?
もしかしなくても、引かれてる?
「す…、すみません!寝込みを襲っていた訳では無くてですね!!!あの、ギルさんから良い匂いがするなーと思って…」
「…は?」
これでは変態の言い訳みたいじゃないか!!
「いや!あの…違うんです!そうじゃなくて!」
ギルさんがソファーから身を起こして2、3歩後退った。
泣きたい!
「あの!何か、香水か何か、付けてらっしゃいます?」
「…つけてないっすね。」
あわわわわ。
どうしよう、なんて言えば…。変態の烙印は嫌!うぅぅ
「すみません。懐かし香りがした気がして…。すみません…。」
ギルさんが自分の袖や襟口を嗅いで、あぁ、と何かに納得したように、それまで漂わせていた警戒心を解いた。
「…これっすか?」
そう言いながら胸元から匂袋のような物を取り出した。
そこから広がる香りはまさしく珈琲!!
「それ!それです!!それなんですか!!?」
「…これは、エナナの葉を乾燥させたものっす。眠気覚ましになるんで、俺はいつも持ってます。」
エナナの葉っぱが珈琲の香りの素!
なるほど!
欲しい!!めちゃくちゃ欲しい!!!!
「それって食べられますか?」
「…毒は無いっすけど、美味いもんじゃないっすよ?めちゃくちゃ苦いから食べたく無いっすね。だから眠気覚ましになるんすけどね…。」
この葉っぱを煎じて紅茶を作ったら珈琲っぽい味になるかなぁ?
「その葉っぱってどうやったら手に入りますか?」
「…こんなの、ここらの森にはどこにでも生えてるから、すぐ手に入るっすよ?」
何でこんなことも知らないの?という、馬鹿な子を見るような目で見られたけど、気にしない!
「教えていただいてありがとうございます!」
ひゃっほー!珈琲の香りの葉っぱは、そこら中に有るなんて最高〜!私の癒やしのうちの1つが満たされるかもしれないー!香りだけでも充分幸せ!
あとは煙草をつくれれば…!!!
一人で考え込んでいる様子を訝しげに観察していたギルさんが、急にドアの方を振り向いて姿勢を正した。
どうしたのかと思ったら、ドアのノック音がして、お待たせいたしました、とレイさんがスッと入ってきた。
初めて、ギルさんの騎士らしい一面を垣間見た気がした。
「随分と楽しそうな声がいたしましたが、お邪魔してしまいましたか?」
ニコっと微笑みながらギルさんに話しかけるレイさん。今日はとても機嫌が良さそうだ。
「…いえ。では、私は門に戻ります。失礼します。」
私の側から離れて、部屋からさっさと出ようとしていたギルさんの腕をおもむろに掴むレイさん。
「ギル君にはもう少し護衛のお仕事をお願いします。貴方は街にもお詳しそうですので。」
楽しそうにニコニコ話すレイさんと、嫌そうに眉間に皺を寄せてクチを曲げるギルさんが対照的だ。
私はただ、2人のやりとりを大人しく見ていた。
「…門番の仕事が、」
「先程手続きしてきましたから大丈夫ですよ。もうすでに代わりの門番が配置されていましたし、ご心配には及びません。」
「…分かりました。」
はぁ、とため息をついた後、恨めしそうに私を見下ろすギルさん。
もしかしたら怒ってます!?
そもそも私のせいですか?!
「お嬢様、その服では目立ちますので、騎士見習いの服をお持ち致しました。こちらの服にお召替えをお願いします。我々はドアの外に待機していますので、終わりましたらお声掛けくださいませ。」
「分かりました!」
やっほー!
何はともあれ久しぶりのズボンだ!
なれないドレス生活からやっと脱却出来る!
あとは服屋さんでラフな服探して〜、ついでに色々なお店も見て回りたいなぁ〜。
と、ワクワクしながら、機嫌のよくなさそうなギルさんを、これ以上不機嫌にしないよう急いで着替えて部屋を出た。
ちなみにレイさんは狐のイメージ。