1-11 森の驚愕
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーシル
「ゴーズメル!ゴーズメル!」
お姉ちゃんが木の魔獣に向かって術を乱発する。
いつもの余裕が感じられない
私はガジュさんとフーセの元に向かう
「ガジュさん!フーセを!」
「嬢ちゃん、ちょっと待てよ、あっちの木のあたりに向かって走れ!我山城切!」
魔物との間に壁を作り目隠しをして距離を取る
「すまんが任せるぞ」
フーセを下ろすとガジュさんはまた魔獣に向かって走り出した。
「フーセ!フーセ!大丈夫?」
「グァぁーーーー!!くそ、足が…うごかねぇ、俺の足どうなってる!」
凄い剣幕で叫ぶ
「足…」
息を飲む、右足のふくらはぎを太い木の枝が貫通していた
「くそ、くそ、熱い体が熱い!クソォー」
「落ち着いて!暴れないで血が…」
「ぁぁ!クソォー足に刺さってる、イテェ!くそイテェ!!!!!」
「あっ抜いたらダメ!」
「刺さったままでどうすんだ!クソシル!どうにもなんねえ!クソォー」
またジタバタするフーセを見て、私は…
私は…
キレてしまった。
「黙ってろ!クソフーセ!」
頭を鷲掴みにして地面に叩きつける
「動くなって言ってるでしょ!」
「あっクソ!イテェ、なにしやがる!足に大穴空いてんだぞどうにもなんねぇよ、このまま俺は死ぬんだよ」
泣きそうになる…それ以上にイライラした
「黙ってろ!なんど言わせるバカフーセ!助ける!私が助けてやる!」
「どうすんだよ、どうにもなんねえよ」
フーセが天を仰ぐ。
助けるんだ、私がやるしかない
試したことは無い、でも出来ない気もしない…
まずは…
「フーセやっぱり木の枝引っこ抜くよ!我慢できる?あっ出来ないか、出来るわけないよね弱虫フーセだし」
「誰が!!こんなもん大したことねえ」
「死ぬかもぉ〜とか言ってた方がよくいうわ、なら、悲鳴もあげずに耐えてごらんなさい!出来たらほっぺにチュウしてあげまちゅよ」
「お前のチュウなんているか!とっととやれ!」
フーセに調子が戻ってきた、
「じゃぁいくよ」
枝に手をかける、一気に…迷うな…
「せーの!」
「んぐっ!!」
傷口から血が溢れ出す
「ヘッヘっ…後でチュウしろよ!シル」
「いらなかったんじゃなかったの?」
枝を寄せて見ると見事に穴だった、白いのは骨?筋?血が止まらない
「フーセ、理の核に力を込めて」
「込めてどうす…」
「早く!」
出来るはず、フーセの理の核を使えればきっと出来る
、傷口に頭を寄せて自分の長い髪をかける
「何を…」
「来た!」
理の核を感じるフーセのお腹に乗せた手から、伝わってくる。あの時は私の体だった、でも今度はフーセの体、出来るかどうかは直感でしかなかったが…確信に変わる
「感謝しなさいよね、ここまで綺麗に伸ばすの大変だったんだから」
「何を言ってるんだ…シル?」
私の髪を変化させる、傷というより穴が空いたフーセの足を塞ぐように、フーセの足の肉に骨に腱に…
あぁこれはベリーショートまでいっちゃうな〜〜
全てを塞ぎ、髪を切り離す。たぶんうまくいった…
でもちょっと確認は出来なさそう…
「フーセ、起きた時死んでたら、許さないからね…」
そのままフーセの足に倒れこむ、頭を撫でられた感触を最後に私の意識は無くなった…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーフーセ
短くなったシルの髪を撫でながら顔を上げる
「すまねぇシル、後は任せておけ」
おそらく魔力切れで倒れたシルを横にして
軽く屈伸しながら体を確かめてみる
まだ痺れた感覚がするが立てる、さすがにさっきまでのように全力で走れはしなさそうだ。
丘の上ではトレントとの戦闘は続いていた、ファル姉が、長距離で火球で援護しつつ、おっちゃんとにいちゃんがツタや枝の攻撃をいなしている。
このまま行ってもさっきのくり返しになる、今度はシルに助けてもらうわけにはいかない。
どうすればいい?
どうしたらいい?
「人の話を聞け!!」「いっつも考えなしなんだからバカフーセ」「カッコつけても、セリスさんみたいにはなれないわよ!」
シルの声を思い出す
「くそ!今度は俺が助けてやる!シル!」
痺れた足を無理やり引っ張り上げ全力で走る
いくら考えたって俺の頭じゃ無理だ、だったら…
「ファル姉!」
「フーセ!怪我は?シルは?」
「足は大丈夫、シルは魔力切れで寝てる、そんなことより!!」
ファル姉がこちらを見る
「俺に何が出来る?」
ファル姉がまた視線を戻し術を唱える
「体の状態は?魔力は?」
「足がまだ痺れてる、走ることはできるけどツタを避け切る自信はない、魔力はまだ大丈夫」
「さっきの爆発呪文、理の核を使ったらどの程度いけそう?」
お腹の下に手を当て力を込める
「たぶんここから唱えたらさっきと同じぐらい、ガジュのおっちゃんの辺りからならさっきの3倍はいけると思う」
「それは…いけるかな。やってもらうしかないんだけど…まずガジュさんにもう一度壁を作ってもらう、その間にフーセはガジュさんのところまで走って。私はその間にセリスと合流する、まず私ができる限り大きな火球で攻撃する、威力はたぶん幹の表面を焼くぐらいはできると思う。その後恐らくまた怒り出して私の方に攻撃は集中すると思うわ、そこはセリスになんとかしてもらう。その間にさっきの呪文、私が当てたところに全力で頼むわ。できる?」
「わかった、やってみる」
「ダメよフーセ!そこは絶対にやって」
「絶対にやって見せる!」
「よし、成功したらチュウしてあげる」
「ははっ!ねーちゃんからもチュウか…」
「ご不満?」
「最高です」
「ガジュさん!正面に壁を!、セリス私を守って!」
「おう!」「すぐに!」
「我山城切!」
地面が盛り上がると同時におっちゃんに向かって走り出す。
「集まれ、大気の熱よ、風をまとい、汝の存在を示せ。ゴーズメル」
ねーちゃんが大きい火球を放つ
「おっちゃん!俺も詠唱に入る、頼んだ!」
「あいわかった!」
「風と光の断りを破り…」
火球がトレントの幹に直撃する…
「数多神の永久の盟約」
やはり表面が焼けただけなようだ、無数のツタがファル姉を襲う、すかさずセリス兄が牽制する
「古の禁を守り」
「ギャッギャッギャっ」
枝やツタをこすらせ、まるで鳴き声かの様な音が響く
「なんじゃ、何をしようとしている」
「連房を集め」
トレントの枝やツタがまとまっていく
「これはマズイ!」
「爆けよ!」
まるで特大な剣の様になったそれをファル姉たちに向けて降り下ろす
「ヴァインヴォルドゥ!!!!!!!」
まるで導火線の様に連なる光の線はトレントの幹に向かって伸びていく
しかしそれよりも早くトレントの一刀が振り下ろされる
「ファル姉!セリス兄!!!!!!」
次の瞬間トレントに導火線が届く、爆炎と共に響き渡る爆音。ファル姉には3倍って言ったがそれ以上だった。
「これならさすがにやっつけたよね?」
「たぶんな…」
おっちゃんが呟く
「そうだ兄ちゃん!姉ちゃん!」
「フーセまだダメだ!いくな!」
次の瞬間煙の向こうから鋭いツタが伸びて来る
ズド、ズド
鈍い音と共におっちゃんに押しつぶされる
「無事かフーセ?」
何が起きた?おっちゃんがかばってくれた?
「お…おっちゃん?」
おっちゃんから熱い何かがしたたってくる
「グハッ」
吐血しながらおっちゃんが転がる
顔を上げると無数のツタがこちらに狙いを定めている
「くそ!やばい!」
その時土煙を割ってセリス兄が飛び出してくる
「フーセー後はまかせろ!一閃光牙!」
トレントの振り下ろしを避けたセリス兄が爆発呪文によってむき出しになった魔獣の核を狙う、にいちゃんの放った一閃はまるで光の剣が伸びた様だった、まっすぐに、間違いなくトレントの核を破壊した。
「おっちゃん!」
おっちやんの腹に胸に足に俺の時とは違い既に木の枝は抜けぽっかりと穴が空いていた
「無事か?フーセ?よかったな、トレントは?」
「大丈夫だおっちゃんにいちゃんがとどめを刺してくれた」
「それは…良かった…」
「フーセ!ガジュさん!」
セリス兄とファル姉が走ってきて息を飲む
「兄ちゃん姉ちゃん!おっちゃんがおっちゃんが」
にいちゃんがおっちゃんに近寄る、姉ちゃんは黙って顔を伏せた
「どうしたらいい!おっちゃんが死んじまう」
剣浪が狼の姿に戻る
「ワッパ、こやつはもうダメじゃ」
「ダメ?ダメじゃないよ!いつもほらみんな俺にいうだろ諦めるなって、方法が…方法があるよ!そうだシルだったら、俺、治してくれたんだ!」
シルのある方を見る、まだ先ほど寝かせたままのところで横になっている
「くそ!起こしてくる!」
「フーセ」
セリス兄に腕を掴まれる
「わかってるだろ?ガジュさんの話を聞け」
「いゃぁ…すまんな…避けきれんかった…」
「ゴメン…ゴメンよおっちゃん!」
「フーセ、お前は強くなれる、心も体も…」
「うん」
「こんなところで折れるなよ、お前はまだその剣、燕鬼と同じ、真の力を秘めている…皆を守れる強い男になれ」
「剣浪どの、ソフィーはおりませぬか?」
「お主もう目が…ソフィーならもうすぐくる」
「約束があるのです」
「安心せいその約束は守れる」
「そうですか…ソフィーに…ありがとう、と伝えてください」
「ワッパ、小僧どけ」
「ケンローなにを!」
剣浪がおっちゃんの喉元に噛み付く、
そうかおっちゃんを楽にするために…
しかしそのまま
グチャ、グチャ、ジュル
「おっおっいケンローやめろよ、おっちゃんもう死んだんだよ!なんでそんなことするんだよ」
「下がってろワッパ!」
血が飛び散る
「食事の邪魔じゃ」
「し…しょ…食事っておっちゃんだよ?なぁ…」
「そうか…言ってなかったか…儂はお主らは襲わない…死ぬまではな…そういう契約話は…お主にはせんかったか、あれは小僧のほうだったか?」
「とにかくやめてくれよ!」
「これほどの魔力を秘めた魔獣を目の前にして食らうなと…そんなもったいないことができるか!すぐに魔力は大気に放出されてしまう…アァ邪魔じゃ小僧ワッパを連れて行け」
「にーちゃん…にーちゃんも止めてくれよ」
セリス兄は震えた手で僕の手を掴みファル姉は変わらず顔を伏せていた
「フーセ、行こう」
「にーちゃん?」
「どういうことなの?2人とも知ってたの?何でだよ…なんで」
「そうね、なんで?としか聞きようがないわね」
文字通り、空から声が降りてくる
「なんでガジュをお前が食らっている」
ソフィーさんが怖い声で狼を睨む
「おそかったの?死んでしもうたから、主もおらんしもったいないから儂が食っておる」
しれっと狼が答える
「ほれ」
口でくわえた何かを放り投げる
「核じゃ」
「それ以上その人を汚すのをやめてくださる?その人は私の物よ」
ソフィーさんは怒っているそれがなんの怒りかは僕には分からなかった、ガジュさんを亡くした事なのか剣浪が食べていることのか…
「まぁよかろう、だいぶ魔力も頂いた、儂は水浴びしてもう寝る」
剣浪がおっちゃんを離し、血を垂らしながらスタスタと湖に向かって歩き出した
「何があったか教えてくれる?」
無残な姿になったガジュのおっちゃんを目の前に震えながらソフィーさんはそう呟いた。
「突然トレントが現れた…」
「僕が…僕が…油断して…シルに助けてもらったのに…またしくじっ…おっちゃんが俺をかばって…ゴメン…ゴメン…ウワァーァーーーーーー」
「そう…トレントは何処から?」
「わからない、昨日約束してた通り湖で魚とりして帰ってきたらファルが家の前にいて…その後ろから突然現れた…」
「私もみんなが帰ってきたから手を振ってたら突然ツタに絡まれて…」
「そう……ガジュは最後なにかいってた?」
「約束があるからソフィーさんは?と聞いていた、剣浪様が約束は守れると答えていました。」
「………」
「あと『ありがとう』と…」
「ありがとう…ね…」
「わかったわ、貴方たちも疲れたでしょ?家に入って休みない」
「おっちゃんを…」
「お願い、少し2人にさせてくれる?」
「…わかった………」
倒れたシルを連れて家に戻ることにする
さっきまで魚取って、笑って、教わって、怒られて、頭を撫でてもらって、褒めてもらって、ハンモック…作って…
ワケが分からない
ケンローがおっちゃんを食って…
誰も止めてくれなくて…
どうして…
なんで…
夜になってもソフィーさんは戻らなかった…
部屋の隅で丸くなって眠る狼に話しかける
「ケンロー、俺も食うのか?」
「泣いていたワッパが今度は怒るのか?」
ケンローが丸くなったまま答える
「食うよ、お前が死んだ時な、いや死ぬ時か…」
「何でだよ!昨日だってあんなに仲良くしてたのに!?」
「そうだなぁ…配慮が足りんかったな、見せるべきではなかったな」
「そういうことじゃない」
ドンと壁に拳をぶつける
「なんで食うんだよ」
「お主は飯をなぜ食うんじゃ?それと同じじゃ」
「同じじゃない!」
またドンと、壁を叩く
「儂なりにお主らは気に入っておる、しかし死んでしまえばそこらの魔獣と何が違う?魔力を帯びた動物、人もまたそれじゃ、儂がなぜ魔剣と呼ばれていたか、倒した相手を食らって強くなったからじゃ。ガジュも言っておったろ食える分だけとな…そうやって儂は生きてきた。しかしまぁパルと核を持った人間しか食わぬと約束した、その約束は今も守ってやっている。これ以上の譲歩はする気は無いの」
「でもおっちゃんはお前が倒したワケじゃないだろ!」
「そうだワッパ。儂じゃない、お前が殺した」
「ぼ…僕が…ころした?」
「そもそも、この森に来て最初に戦ったレッドウルフ、あれは言ってみれば儂の同胞じゃ、お主は何頭殺したんじゃ?お前が儂に聞いてるのはそういう事だ、わかったかワッパ、ええい、ギャンギャン騒がしいところで寝られんわ、儂は森で寝る」
そう言ってケンローは家から出て言った
「フーセ」
セリス兄に肩をポンと叩かれる
「今日はもう寝よう」
「……」
僕は黙ってハンモックに横になる
自分をあやす様に揺れるハンモックが腹立たしく…そして悲しかった…




