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2017年/短編まとめ

恋とか愛とか好意とか全部煮詰めて溶かしたらこんなもん

作者: 文崎 美生

浮遊感の後には、もう何も見えなくて、何も考えられなかったのだが、俺の上で座り込んでいる彼女は、ボタボタと無表情で涙を流していた。

屋上から、一緒に落ちたわけなのだが、その涙は決して、怖かった、とか、安堵、とか、そういうものではないと思う。

多分、いや、絶対に。


「あ、あの……(サク)ちゃん?」


「……っ」


ぐずっ、と鼻を啜った彼女――作ちゃんは、涙を拭うが、その隙間から落ちてくる涙が、俺の制服に水玉模様を作っていく。

きっと、また死ねなかった、とか、考えているんだろうな。

そう思ったら、真一文字に結ばれていた唇が薄く開き、予想通りの言葉が落とされる。


「……また、死ねなかった」


泣きながらなので締りがないが、やはりか、と細く溜息を吐き出す。

ぐずぐずと泣いている作ちゃんは、ついに「ひっく、うえぇん……」と声を上げて泣き出した。

初めて見る号泣に、嫌な汗が流れたのは、言うまでもない。


俺の制服に水玉模様を作り、ワイシャツを握り締めている作ちゃんは、俺の上から退ける気がないのか、泣き続けている。

俺は、何と言うか、まぁ、つまり、作ちゃんのことが好きで、所謂作ちゃんは、俺の想い人で、いつまでも馬乗りになられていると困るのだが。

別段、脳と股間が直結しているわけではないので、ヤバイとまでは思わないが、困ることは困る。


「作ちゃん、作ちゃん。あの、一回、下りてくれたりとかは……」


「うぅっ、うあぁぁぁんっ……。ひっく……うぇ」


下りてくれないらしい。

それどころか、更に声を上げられてしまい、どうしていいやら。

例えば、これが実の妹相手ならなんてことないのだが、如何せん、相手は自分の好きな女の子。

しかも、泣いてるところなんて初めて見た。


どうして良いのか分からずに、あぁぁぁ、と変な唸り声を上げて、真上、空に視線を向ける。

そして、固まる。


「……何してるの?」


パチリと音が聞こえそうな感じで目が合った。

色素の薄い、ベージュのような茶色の瞳。

それから、青空を背景にした、燃えるような真っ赤な長い髪も見えて、口元が引き攣ってしまう。

相手は、キョトンと首を捻ったままだ。


「……MIO(ミオ)ちゃん」


「うん。崎代(サキシロ)くんのお友達で、作ちゃんの幼馴染みの、MIOちゃんだよ」


俺の頭側に立ち、こちらを覗き込むようにして腰を折り曲げているMIOちゃん。

言葉通りに俺の友達で、俺に馬乗りになりながら泣いている作ちゃんの幼馴染みである。

因みに、あの赤い髪は染髪らしく、入学当初は生活指導の先生と追い駆けっこをよくしていた。


そんなMIOちゃんは、不思議そうに目を瞬かせ、俺と作ちゃんを見比べる。

「こんな所で、駄目だよ」なんて言葉が投げられたのだが、一体何をどうしてどうなった。

しかし、次の瞬間には、ニパッといつも見せる、人好きのする、人懐っこい笑顔を浮かべて、こう言うのだ。


「きっと、屋上から飛び降りようとした作ちゃんを、崎代くんが止めたんだね。でも、悲しいかな。止めきれずに、二人揃って落ちてきたんだね」


当たっていた。

最後の語尾に、ウケる、と付いていた気がするが、聞かなかったことにする。

「格好が付かないねぇ」なんて、ケタケタ笑っているMIOちゃんには、全く悪気がない。

そして、事実なので言い返せない。


俺は仰向けのまま、快活に笑うMIOちゃんを見上げて、未だに泣いている作ちゃんをどうすればいいのか問い掛けてみる。

MIOちゃんの登場に気付かないのか、しゃっくりと嗚咽を繰り返していた。

ワイシャツの染みがどんどん広がっている。

ちょっと、冷たい。


「作ちゃーん。大丈夫ー?」


MIOちゃんが更に腰を曲げて、俯いている作ちゃんの顔を覗き込む。

それを真下から見守る俺って、一体。

微妙な気分だったのだが、作ちゃんの声が一切聞こえなくなり、落ちて来ていた雫が途切れたことに驚いた。

マジで?そう思い、MIOちゃんへと視線を向ければ、何故か俺を見下ろして、したり顔。


そんな中で、作ちゃんは、長い袖のカーディガンで目元を拭い、すん、と鼻を慣らしてから俺とMIOちゃんを見比べた。

長い睫毛に付いた涙が、瞬きの度に飛び散って、キラキラと光って見える。


「大丈夫。平気。死ねなかった」


大丈夫と平気の後に続く言葉が、作ちゃんらしいのだが、そんなことをわざわざ突っ込む俺でも、MIOちゃんでもなかった。

MIOちゃんは、ニッコリと笑っている。

それから「作ちゃん、情緒不安定だね」と言うけれど、常にそうなんじゃないだろうか。


失礼な話、想い人で好きな相手に思うことではないのだが、作ちゃんは情緒不安定だと思う。

特別、ヒステリーだったり、癇癪持ちだったりするわけではないのだが、死にたがりだ。

事あるごとに「そうだ、死のう」とか「死にたい」と呟き、行動に移す。

言うは易し、行うは難しという言葉を彼女は知らないのだろう。


先程まで号泣していたのに、相変わらず馬乗りの状態で、作ちゃんは無表情だった。

目元と鼻の頭が赤くなっている以外は、いつもと変わらない。

それを見て、MIOちゃんは「生理だね」と笑うので、ギョッと目を剥いてしまう。


「うん。二ヶ月振り、かな。不順過ぎて、病院行けって言われたよ」


(アヤ)ちゃんに、なんて抑揚のない声で語る作ちゃんは、無表情を崩さない。

MIOちゃんは、そっかぁ、やっぱりねぇ、と胸を張るように言っている。

いや、ちょっと待って、何で俺の上でそんな話してるの、ねぇ。

因みに、文ちゃんとは、作ちゃんとMIOちゃんの幼馴染みである。


「死ねなかったショックで取り乱したんだけど、取り敢えず崎代くん、生きてるから良いよね」


馬乗りのまま見下ろされる。

長い睫毛と、長い前髪が作ちゃんの顔に影を作り出していて、リアルだった。

リアルだけれど、そういう陰影がリアルを濃くしているというか、何と言うか。


吐き出されている言葉は、結構自分勝手なものだが、許容出来てしまうのは惚れた弱みである。

MIOちゃんもそれを知っているのか、眉を下げながら笑っていた。


「泣いたら疲れたし、お腹痛くなってきたから、今日はもう帰って寝る」


はふ、と溜息混じりに吐き出され言葉。

自分勝手と言うかマイペースだった。

俺のお腹辺りに手を置いて、よっこいしょ、と呟きながら立ち上がる作ちゃん。

標準よりも少し長いスカートの裾が揺れる。


「これ、あげるね」


中途半端に立ち上がった状態で、ブレザーのポケットから何かを取り出した作ちゃん。

やはり、俺のお腹辺りにそれを置く。

すっかり元の調子に戻っている作ちゃんは、いつも通りに緩く結わえているサイドテールを揺らしながら背を向けた。


MIOちゃんは追い掛けないのか、俺を見下ろして、にんまり、楽しそうに笑っている。

チェシャ猫のようだと言えば、ほんの少しヘソを曲げてしまうかもしれないが良く似ていた。


「変なこと、考えちゃ駄目だよーん」


つむ、と頬に人差し指の爪を差し込まれる。

キチンと切って、ヤスリで整えているのか、特に痛くはなかったが、言葉の方が印象強い。

その手を振り払うように、勢い良く体を起こして「考えないからね!!」と、今日一番声を張り上げた。

逆に怪しまれるような反応だが、これは風評被害だ、名誉毀損だ。


ケラケラと楽しそうな笑い声を上げるMIOちゃんはというと、ひらりと俺から距離を取り、身を翻す。

「作ちゃーん、待ってー」と、声を張り上げて、のんびりと歩き去る作ちゃんを追い掛けているのを見届け、そっと息を吐いた。


足元を見れば、先程作ちゃんに押し付けられた何かがあり、手を伸ばす。

拾い上げたそれは、蛇腹に連なった絆創膏だった。


「……あぁぁぁ、無理。好き」


起こしたはずの体を再度倒す。

好きじゃなきゃ、一緒に屋上からこと落っこちないけど。

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