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十六話「数多の死者と語らいましょう」中


 仕掛けたネズミ捕りをあらかた回収した平間たちは、白骨を調べている壱子たちを手伝おうと、森の奥にある洞窟に向かっていた。

 いち早く壱子の姿を認めた沙和は、早足で駆け寄っていく


「お、いたいた! 壱子ちゃん、しゃれこうべの皆さんとは仲良く出来てる?」

「ぼちぼち、といったところじゃな。そっちはどうじゃ」

「バッチリだよ。一通り見てきたから、こっちの方を手伝おうと思って」

「ならば、私が言う数を数えて記録してくれ。どうも、頭と骨盤の性別が合わぬようなのじゃ」

「……どういうこと?」


 首をかしげる沙和と平間に、壱子は黙って洞窟の奥へ手招きする。

 そして洞窟の中ほど、骨が散らばっているあたりで足を止めると、壱子が口を開く。


「私と隕鉄は今日、ここに散乱した白骨を一通り調べてみた。といっても、これから分かることはせいぜいが成人しているかどうかということと、男女の別くらいなものじゃ」

「性別が分かるの? どうやって……あ、骨の大きさを見るとか?」

「沙和、そう思うじゃろう? しかしそれが、骨の大きさでは意外と性別は分からぬのじゃ」


 申し訳無さそうに言う壱子は、骨の山の中から細長い一つを指してみせる。


「例えばこの骨、これは上腕骨(じょうわんこつ)で……つまり肩と肘の間の腕の骨じゃが、性別だけでなく身長も骨の長さに影響するせいで、持ち主の姿かたちは想像しにくい。それに、同じ身長でも腕の長い者もいれば短い者もいるからな。ゆえに、見るべきは骨の大きさではなく、形じゃ」


 そう言って、壱子は細長い骨をそっと戻し、慎重に球形の骨を持ち上げた。

 これは平間にも分かる。

頭蓋骨だ。


「これは……うむ、おそらく男じゃ。見分ける点は……って聞きたいか? きっと今後の人生で役に立つことは無いと思うが」


 半笑いでたずねる壱子に、平間と沙和は目を見合わせる。

 平間は役柄上、もしかしたら役に立つ知識かもしれないが、商人の沙和の場合は怪しい。

 そんな平間の意図を悟ってか、沙和が壱子に返事をした。


「もしかしたら役に立つかもしれないから、聞かせて? 壱子ちゃん」

「そうか! 分かった!」


 沙和の言葉に、壱子はあからさまに嬉しそうにする。


 ああ、なるほど。

 壱子の姿を見て、こんな時だが、なぜ沙和が壱子を手懐けているのか、平間はようやく理解できた。

 沙和は人一倍、他人(いちこ)の気持ちを考えているからだ。


 誰かに自分の知っていることを教えるのは楽しいし、求められているようで嬉しい。

 平間でさえそうなのだ。

それが寂しがりやの壱子だったら、自らの知識を披露する場を持つことは、どんな賞賛の言葉よりも自らを誇れることなのだろう。


さっきの壱子の「聞きたいか?」という問いかけにも、平間は自分の視点で返答を考えた。

しかし沙和は違う。

壱子の問いかけの裏にある彼女の感情を理解して、返答を考えたのだ。

 大したものだ。


 きっと自分は商人に向いていないし、沙和は向いている。

 平間は改めてそう感じた。


「では、沙和の言葉に甘えて……男女の別を頭の骨から判断するために見るべき点は、二つある。それはここと、ここじゃ」


 そう言って壱子は自分の眉の辺りを、そして後頭部を指差した。


「男の頭蓋骨は眉弓(びきゅう)、すなわち(まゆ)のでっぱりが、女に比べて高い。それに頭の後ろの少し山になっているところも、女に比べてハッキリしておる。ま、そういうことが多いと言うだけで、絶対にそうとは言えぬのじゃが……ま、知らぬよりは良いはずじゃ」

「へー、なるほどねえ。さすが壱子ちゃんだ。全然知らなかったよ」

「ふふん、そうじゃろう? もっと褒めてよいぞ」

「えらいえらい。壱子ちゃんは可愛くて物知りだね」


沙和は少し屈んで、壱子に微笑みかける。

 そんな二人を見て、ふと平間の頭に妙案が浮かんだ。

沙和が壱子のお付きになれば良いのではないか。

 そうしたらきっと、父親に反抗して屋敷からの脱走を繰り返す壱子も、性格が丸くなるかもしれない。


 沙和に褒められていっそう饒舌になった壱子は、次に骨の山の中からいくつかの骨を、ひょいひょいと取り出した。

そしてそれらを地面に置いて、なにやら組み立てるように位置を整えていった。

 そこに現れたのは、蝶のような形をした骨だった。


「これが骨盤(こつばん)、すなわち腰の骨じゃ。見ての通り、いくつかの骨が組み合わさって出来ておる。ここに大腿骨(だいたいこつ)がはまって、股間が形作られるわけじゃな」

「この骨盤からも、性別が分かるの?」

「うむ。沙和は、『男に比べて女は股関節(こかんせつ)が柔らかい』と言う話を聞いたことは無いか?」

「それ知ってる! いわゆる“女の子座り”が出来るのも、そのおかげなんじゃなかったけ?」

「その通りじゃ。そしてこの特徴は、骨の形によく表れておる。女の骨盤は、前から見ると縦に押しつぶされたような形をしている。そのおかげで骨盤と足との関節が外側に向いて、女の方が開脚をしやすくなっている。実際に男と女の骨盤を比べてみれば分かるが、これは女のものじゃな」

「ふむふむ」


 興味深そうな沙和に壱子は満足そうにうなずくと、壱子は奥でなにやら作業をしていた隕鉄に話しかけた。

 何かを受け取って足早に戻ってきた壱子は、それを沙和に渡す。

 壱子が手渡したのは、端紙(はがみ)と炭だった。


「これから私が骨盤と頭蓋骨の性別を言う。それをお主は書き取ってくれ」

「りょーかい!」

「それと平間、お主は隕鉄の手伝いを頼めるか。人手が欲しいらしいのじゃ」

「分かった。そうするよ」

「ぼちぼち日も落ち始めてくるじゃろう。キリのいいところで引き上げるつもりでおってくれ」


 平間はうなずき、隕鉄の元に向かった。

 隕鉄は洞窟の奥でしゃがみこんで、なにやらごそごそやっている。

 ほの暗い洞窟に光を加えるためだろう、傍らには小さい蝋燭を立てていた。

 その大きな背中に話しかけて良いのか少しためらいながら、平間は口を開く。


「隕鉄さん、何か手伝うことってありますか?」


 平間の声に、隕鉄はその巨大と言うべき身体を平間の方に向ける。

 その表情がいつもどおり穏やかだったことに、平間は少し安心した。


「おお平間殿、いいところに来た。これを見てくれるか?」


 暗がりの中で隕鉄が差し示したものは、地面から突き出ている、小さな茶色の細長い棒状のものだった。

 よくよく見るとその茶色は土の色で、その間からところどころ黄ばんだ白色が見える。


「これは……?」

「おそらく、手の甲の骨だ。ここには手の骨などゴマンとあるが、問題はこれの周りだ。この洞窟の壁は硬い土、ないし岩によって出来ているが、この骨の埋まっている部分はどうも周囲よりやわらかいようなのだ」

「……水分が多い、ということですかね?」

「かも知れぬな。何しろ、入り口が滝で覆われるような洞窟だ。地下水が豊富だと考えるのが自然だろう。しかし、骨が埋まっているというのが気になる」


 そう言って、隕鉄は試すような視線を向ける。

 いや、試すのが半分、面白がっているのが半分か。


 骨が埋まるとはどういうことか、隕鉄は平間に問いかけているのだろう。

 平間は頭を回すが、イマイチ明確な考えが出てこない。


 隕鉄は急かしたりはしない。落ち着いて考えてみよう。

 そもそも、骨とは何だろう?

 人の身体の中にあるもので、それがバラバラになって散らばっている。

 わざわざ肉が付いた状態でバラバラにするのは骨が折れるから、きっと骨になってからバラバラになったのだろう。

 と言うことは、いま目の前で半分埋まっているこの骨が土の中に入ったのは、死んでから肉が腐り落ちるくらい時間が経ってからということになる。


 骨がひとりでに土の中に入る……?

 そんなことは無いはずだ。

 ならば……。


「誰かが埋めた? それも、比較的最近に」

「……惜しいな」


 隕鉄は厳かに首を横に振る。


「違いますか」

「違わぬが、惜しいのだ。何事も『なぜ』『何のために』を考えなければならぬ。誰かが埋めたとして、なぜそんなことをしたのだろう」

「なぜって……」


 それは、骨を隠すため……ではない。

 埋められた骨は全く隠れていないし、隠すべき骨は他にもたくさんある。

 なぜだ?

 わざわざこんな森の奥に来て、中途半端に骨を埋める人間の考えが、平間にはサッパリ分からなかった。

なぜそんなことをする必要がある?

……分からない。


 黙りこんでしまった平間を、隕鉄は面白そうに見る。

 それはまるで、息子に手習いをさせている父親のような眼差しだった。

 どうも自分の中で結論を出しているらしい隕鉄は、その目元のシワを深くしながら、ぽつりと言った。


「埋めたのだ。埋めてはいるのだ」


 そう、骨を埋めた存在は確実にいる。

 その存在が人間なのかヌエビトなのか野生動物なのか、あるいはもっと別の何かなのか、それは定かではないが、そいつは骨を埋めたのだ。


 ……待てよ。


 その瞬間、平間の脳裏にある考えが浮かんだ。




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