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十六話「数多の死者と語らいましょう」上

色々分かるんじゃないでしょうか。




「ネズミ、大猟ですね」

「うんうん、入れ食いってやつだ。それだけ豊かな森だってことでしょ」


 にひひ、と笑いながら、沙和が(おり)の戸を開けて中のネズミを逃がしてやる。

 鼠組(ネズミぐみ)に割り振られた二人は、壱子に言われたとおりに檻に入ったのネズミを数匹残して、あとは逃がす作業を続けていた。

 罠を仕掛けてから間もなくネズミがかかっていた昨日と同様に、この日もほとんどの檻の中にネズミがかかっていて、それがこの森の生き物の多さを如実に物語っていた。

 勢いよく檻から走り出て行くネズミたちを見ながら、沙和は楽しげに言う。


「アタシ、村長さんが『呪いを解いてこの森を利用したい』って言うのも分かるな。だって、見るからに色々なものが採れそうだもんね。この森なら別にすごい薬草が無くたって、普通に狩りをしたり魚釣りをしたり、木の実を集めたりするだけで、十分に収入になると思う。あ、そうだ、もし『ヌエビトの呪い』の正体が壱子ちゃんの言うとおりツツガなんちゃらで、安全に森に入れるようになったら、アタシがここで採れたものを皇都に(おろ)しに行こうかな。その時は平間くん、うまく手をまわして関所の税金を安くしてよ!」

「僕にはそんな権力無いですよ。よそを当たってください」

「ちぇっ、平間くんのケチー」


 取り付く島の無い平間の返答に、沙和はおおげさに顔をしかめてみせる。

 そんな沙和に、平間は言った。


「でも、沙和さん考えは的を射ていると思いますよ」

「お、ホント?」

「ええ、僕の知る限り、この森の産物に手を回している商人はいません。そんな中、沙和さんが上手くやって勝未村との独占的な契約に成功したら、かなり展望は明るいはずです。もともと皇都に近いですし、その地の利を生かせば、十分に利益を上げることができます。なんなら壱子に相談して、村長さんに『呪いの正体を解明したから』って有利な条件を取り付けたらいいんですよ」


 平間の意見に、沙和は素直に目を丸くした。


「おおー、平間くんは朴念仁(ぼくねんじん)だと思ってたけど、意外とちゃんと考えているんだねえ。商人の才能あるんじゃない? ちょっと他力本願なのが気になるけど」

「朴念仁は余計です。まあ、伊達に役人をやってません」


 と言いつつ、平間は少し照れくさくなって頬を掻く。

 そして、こういうところが分かりやすいんだろうと気が付いて、照れに加えて恥ずかしさにも襲われた。

 その時ふと、平間にある疑問が生まれる。


「そういえば沙和さん、意外と難しい言葉を使うんですね。朴念仁とか、他力本願とか……」

「お、平間くん、馬鹿にされた仕返しかー?」

「そんなんじゃないですよ、ただ少し、気になって」

「あはは、冗談冗談。そんなにシュンとしなくていいってば。んー、まあ平間くんにはお世話になっているし、言ってもいいかな? ……(じつ)はアタシね、親が迦具山(かぐやま)のふもとにある村の地主をやってたんだ。だから結構お金持ちなのよ。それで小さいころから教養みたいなものも叩き込まれてきたわけ」


 いつもどおり、おどけた調子で沙和は言う。

 が、どうもその声が無感情に思えて、平間は妙な違和感を覚えつつも相槌を打った。


「へー、それは初耳ですね」

「初めて言ったからね、そりゃそうだ」


 ひらひらと手を振って沙和は言うが、平間の疑問は尽きない。


「でも、どうして地主の家の娘である沙和さんが、たった一人で商人をしてるんですか? 壱子みたいに、この国を色々見てみたいとかですか?」

「それもあるんだけど、私の家、もう無いんだー」

「……は? え?」


 もしや、触れてはいけないところに触れてしまったか。

 そんな不安に襲われた平間は、全身から冷や汗が噴き出す感覚を覚える。

 一方の沙和は、しどろもどろになった平間を面白そうに眺めて言った。


「皇都の辺りじゃだいぶ少なくなったけど、あの辺ってまだ山賊とか野盗みたいなのがいるのよ。もうだいぶ前、アタシが隣の村にある親戚の家に遊びに行っている間にね、その山賊がアタシの家に押し入ってきて、帰ったら親と弟が血を流して死んでたんだわ。下手にお金持ってるから狙われたんだろうね。家財道具は一切合切(いっさいがっさい)なくなってるし、無一文になったら親戚は冷たくなるし、地主って立場のせいで村の人からは良く思われてなかったからさ、結構きつかったな。今思えば、土地の所有権とかで上手く出来たんだろうけど、そんなの六歳児には無理な話でさ。それ以降、親戚の家で冷ややかな目で見られながら過ごしてたのよ」

「……すごく明るく言ってますけど、かなり重い話ですよね、それ」

「明るく言わなきゃ、やってられないって。そんで、十五になったら一応は大人ってことになるから、その年の正月に、ごくつぶし扱いされて居心地の悪かった親戚の家を飛び出して、商人を始めたんだ。そして何とか食いつないで今に至ります。以上、沙和ちゃんの不幸自慢でした」

「……本当、ご苦労様です」

「いやいや、アタシこそ聞いてくれて、ありがとね」


 沙和は笑顔を作るが、その声はところどころ震えていた。

 彼女のはじけるような明るさは、もしかしたらその暗い過去を無意識に覆い隠そうとしているものなのかもしれない。

そう平間は思った。

 

「あはは、こんな話してゴメンね。やっぱり楽しくないよね」

「いえ、むしろ聞けてよかったです。沙和さんってどうも捉えにくいところがあったので」

「うっ、結構ぐさりと来るなあ。他の人から見るとそんな風に思われちゃうのか……気を付けないと」

「いや、でも壱子なんかは違うと思います。あの子は勘が鋭いんで、なんとなく人の本質みたいなものが見えているんですよ。僕なんかと違って」

「確かに、平間くんは鈍いからねえ、色々と。ちゃんと壱子ちゃんに向き合ってあげないと、逃げられても知らないよ。あの子、ホントは良いところの子なんでしょ?」


 沙和の予想外の声に、平間はギョッとして聞き返す。


「……なんで知ってるんですか?」

「カマかけただけなんだけど……はは、正直者だね。やっぱり平間くんは商人には向かないかな」


 ケラケラと笑う沙和に、平間は頭を抱えた。

 やられた。

 気をつけようと思ったそばからこれだ。

 平間はほとほと自分の単純な性格が嫌になる。


 落胆した平間を慰めるように、沙和が付け加えた。


「いやまあ、でも壱子ちゃんのあの喋り方は『やんごとない匂い』がぷんぷんするじゃない。それに妙に色んなことを知っているし、むしろ隠してたのが意外なくらいだって。ああ、それに平間くんも、正直なのは良いことだと思うよ。アタシなんて、自分の性格すら隠してるんだから」

「性格を隠している……? ってことは、沙和さんの本当の性格ってなんなんですか?」

「それは秘密~。と言うよりも、アタシ自身よく分からないんだ。長いこと隠しすぎて、もう忘れちゃったのかもね。だから、真っ直ぐ自分に従って生きている平間くんや壱子ちゃんのことは、正直、うらやましい。隕鉄さんは……あの人はあの人で、何か隠してるだろうね」


 にこやかな表情を保ったまま言う沙和は、やはりどこか寂しそうだった。

 その寂しさをかき消すように、沙和は続ける。


「ああもう、重い雰囲気になっちゃった。それでもさ、アタシは平間くんたちに会えてよかったと思ってるんだよ? 壱子ちゃんや鈴ちゃんは可愛いし、平間くんや隕鉄さんの作ってくれるご飯はおいしいし、こうやって森に入るのも冒険みたいで楽しいしね。それに……こんなに安心して夜に眠れるのは本当に久しぶりなんだ。家族がいなくなってからは、夜が嫌だった。自分が一人だって言われているような気がするから。ああ、つまり……ありがとうってことさ! ハイ、この話は終わり!」


 無理やり話を終えた沙和は小さく息を吐くと、両手で自分の頬を叩いて笑ってみせた。

 その笑顔は完全にいつもどおりの笑顔で、平間は彼女の切り替えの早さに舌を巻く。


「……沙和さんも、色々抱えているんですね」

「終わりって言ったじゃん。ま、そういうことさ。とりあえず、今はこの森の呪いを解いちゃって、お金持ちにならなきゃね。そのためにも、壱子ちゃんには頑張ってもらわないと! もちろん、平間くんと隕鉄さんにもね」


 冗談めかして言う沙和に、平間はやはり彼女が根っからの商売人だと思い知らされた。

 沙和のように、過去を振り切り、未来に向かって進もうとする一種の図太さが、最も平間に足りないものなのかもしれない

 だとすると、それを気付かせてくれた沙和に会えたことは、平間にとって良いことだったということだ。


「僕も、感謝しないといけないのかもしれません」

「え、急にどうしたの?」

「いや、こっちの話です。沙和さんがお金持ちになるために、任された仕事をさっさと終わらせて、壱子たちと合流しましょう」

「ふーん、ま、いいけど。それにしても、この皮の手袋、蒸れるね。壱子ちゃんに言われてなかったら、いますぐ外したいくらいだよ」


 そう言って顔をしかめる沙和は、すっかり元の彼女に戻っていた。



――


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