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十五話「木を見て森を見て、足元を見ましょう」下

今回はゆったりなので、気軽に読んでください。

――


「壱子、もしかして君はヌエビトが本当は人間だって思っているんじゃないか?」

「良く分かったのう。その通りじゃ。もとより妖怪などいるとは思っておらぬ、子供でもあるまいし」


おかずをつつきながら淡々と言う壱子を、平間はえもいわれぬ心強さを感じた。

ヌエビトを得体の知れない何かだと思っていたが、今やその表面が少しずつ剥がれていきつつある。

 平間の胸の内を覆っていた不安が晴れていき、スッと軽くなる。


「壱子、さすがだ。本当に壱子に付いて来てもらって良かったよ」

「うふふ、その一言が何より嬉しいぞ。折角じゃ、ついでに求婚するか?」

「うん、それは遠慮しとく」


 即答する平間に、壱子は大げさに眉間にシワを作って不機嫌そうな素振りを見せる。

 二人のやり取りを見ていた沙和が、不思議そうに言った。


「求婚するも何も、二人は許婚なんでしょ?」

「違いますよ。壱子の妄言です」

「またまた、照れちゃって~。気持ちは分からなくは無いけど、あんまりもったいぶるのも良くないよ」

「その通りじゃ。平間は恥ずかしがり屋で困る」


 腕を組んでうんうんと(うなず)く壱子を見て、平間の傍らの隕鉄が耳打ちする。


「平間殿、さすがに冗談であるよな……?」

「隕鉄さんまで何を言ってるんですか。当たり前ですよ」

「そうか。我も難しい立場ゆえ、な」

「気にしないでください。僕もそれくらいは(わきま)えていますから」


 隕鉄自身、壱子の従者であると同時に佐田氏に仕える身だ。

 ただでさえ貴族の娘はその氏長(うじおさ)にとって政治的に重要な「(こま)」で、それが大貴族であればなおさらだ。

 その重要な役割を持った壱子が、一介の小役人に過ぎない平間と何かあったら大事になる。

 隕鉄はそのことを言っているのだろう。


 しかし、そんな事情は平間も重々承知しているし、壱子がたびたび言う「結婚」だの「許婚」だのという言葉は、平間をからかうための冗談に過ぎないと思っている。

 だから、隕鉄が懸念するようなことは万に一つも起こらない。

 それくらい、平間と壱子の身分には差がある。


「もしお嬢と駆け落ちする時は、あらかじめ伝えておいてくれよ」

「……はい?」

「堂々と協力することは出来ぬが、見てみぬフリをするくらいならば……」

「隕鉄さんまで何を言ってるんですか!? あるわけ無いでしょう!」


 どうして皆、壱子の言うことを真に受けるんだ。

 平間は軽い頭痛を覚える。

 パクパクと残った食事を平らげて、平間は立ち上がった。


「ふざけてないで、さっさとヌエビトを倒してしまいましょう。どうもここにいると調子が狂う」

「そう焦るな、平間。()いてはことを仕損じると言うではないか。気長に慎重に調べよう」

「とか言って、壱子はこの状況を楽しんでるじゃないか」

「無論じゃ。ここには束縛してくる父上もいないし、私が頭を悩ませるに足る難解な謎もある。楽しくないはずが無い」


 いけしゃあしゃあと言いのけると、壱子は満足げに微笑む。

 ちゃぶ台と質素な食事。

いかにも庶民じみた光景だが、どこか壱子の所作に気品が感じられるのが不思議だ。


「とはいえ、ここでジッとしていても仕方ないのは確かじゃな。食べ終わったら森の洞窟に向かうぞ。白骨のことも良く調べてみよう」


 椀に残った最後の米を口に放り込んで、壱子は高らかに宣言する。


「ふふ、ヌエビトの顔を拝むのが楽しみじゃ。首を洗って待っておるが良い……!」


 悪い顔でそう言う壱子は、まるで悪の組織の頭領のようだ。

 彼女を「貴族の娘」という型に閉じ込めようとすること自体が間違いなのかもしれない。

 ニヤリと笑う壱子を見て、平間はぼんやりとそう思った。



――



【皇紀五五年三月六日(同日)、昼過ぎ】


 ところ変わって、勝未の森の前。

 昼食を済ませた平間、壱子、沙和、隕鉄の四人は、服装を整えてこの日も森に入ろうとしていた。


 すっかり調査の指揮役に納まった壱子が、この日の予定を流暢に説明する。


「森に入るのは今日で三日目じゃ。もし私の推論が間違っていて『ヌエビトの呪い』が本当に存在したなら、私たちはもうすっかり呪いに染まりきっておる頃じゃな」


 そう言って壱子は笑うが、平間と沙和は顔を見合わせて引きつった笑いを浮かべる。

 壱子はその二人の様子を見ると、腕を組んで仁王立ちしてみせる。

 隕鉄なんかが同じ格好をすれば迫力があるのだろうが、華奢で小柄な壱子がやると小ぢんまりとしていて、例えるなら愛玩動物じみて見える。

 

「む、平間。お主また失礼な想像をしておるな?」

「……相変わらず鋭いね」

「ふふ、そう心配するな、私を信じよ。さて、今日は森に仕掛けたネズミ捕りの確認と、洞窟に遺棄された大量の白骨の再調査をしよう。今日は隕鉄がいて四人になるから、これを二つに分けて二人ずつで行動しようと思う。言うなれば、骨組(ほねぐみ)鼠組(ネズミぐみ)じゃな。まだ誰をどう振り分けるか決めてはおらぬが、私はもろもろ調べたいことがあるから、骨組で頼む」


 確かに、壱子以外に骨の知識を持った人はいないから、それは正しい振り分けなのだろう。

 平間が納得していると、横にいる沙和が手を上げた。


「壱子ちゃん、ネズミの方は何するの?」

「ああ、言い忘れておった。鼠組(ネズミぐみ)は昨日仕掛けたネズミ捕りにネズミがかかっていないか確認して欲しい。もしかかっていたら数匹残して、あとは逃がしても大丈夫じゃ。私のせいで非効率な方法を採らざるを得ないから、何匹も確保しても仕方ないしのう」

「いやいや、それは壱子ちゃんのせいじゃないでしょ!」


 目を伏せて言う壱子に、話題の言いだしっぺの沙和が慌てだす。

 壱子の言う「私のせいで」というのは、彼女がネズミを殺さずにツツガムシを探すと決めたことを指すのだろう。

 意識して明るい声を作り、沙和が続ける。


「勝手な理由で無関係な命を奪うのは良くないって言う壱子ちゃんは間違ってないよ。たとえそれが、動物であってもね」

「気を使わせてすまぬな。しかし沙和、大丈夫か……?」

「え、何が?」

「その言葉に、妙に熱がこもっていると思ったのじゃが……気のせいかな」


 予想外な壱子の指摘に、沙和は目を丸くする。

 が、すぐさまいつもの気楽な笑みを作って言った。


「気のせい気のせい! 壱子ちゃんは頭が回るけど、考えすぎることがあるんじゃない?」

「考えすぎか。うむ、そうかも知れぬな」

「そうだよ。それで、どういう風に分けようか?」

「ああ、そうじゃな……。よし、では隕鉄は私の護衛に付いてきてくれ。万が一ではあるが、白骨を捨てた者が証拠隠滅に来て接触する可能性がある。それに、もしヌエビトが本当にいた場合も近くに出てくることも考えられなくは無い。で、沙和は平間と共に鼠組(ネズミぐみ)じゃ。なにか異論がある者はいるか?」


 壱子の声に、平間はおずおずと口を開く。


「僕と沙和さんがヌエビトと接触した場合は? もちろん、ヌエビトなんているはずが無いと思っているけど」

「その場合は、何とか洞窟まで来てくれ。それに平間、お主は『熊殺し』ではないか。大丈夫じゃ」

「そうか……?」


 熊殺しだなんてとんでもない。

 あれはたまたま上手く行っただけだし、道具や他の二人の協力があってのことだ。

平間だけの力ではない。

……なんてことは、壱子だって分かっているんだろうけど。


「それはともかく、私が隕鉄以外と一緒にいたら、何かあった時に著しく足手まといになってしまうじゃろう。それに、私とてヌエビトなどという妖怪がいるとは思っておらぬ」


 明るい声で言う壱子に、平間は納得した。

 しかし同時に、なぜか腹の奥がむずがゆくなるのを平間は感じた。


「あれれ、平間くん、嫉妬してます?」

「はい? 何の話ですか」


 ニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる沙和に、平間は動揺を抑えて平坦な声で言う。

 というか、平間にはこの沙和の一言で動揺する彼自身も良く分からない。

 どうも今日は調子が出ないらしい。


「ま、いいけどね。じゃ、ちゃちゃっと行っちゃいましょう~!」


 複雑な心境の平間をよそに、沙和は壱子の肩を抱いて森へと入っていく。

 その姿を見送って、平間はぽつりと呟いた。


「隕鉄さん、僕ってそんなに分かりやすいですかね?」

「お嬢ほどではない、という程度かな」

「……それって、結構ひどいですよね」

「否定はしないな」


 うなずく隕鉄に、平間は半笑いで頬を掻く。

 

「まあ、追々(おいおい)なんとかしよう。今はヌエビトだ」


 そう一人で納得し、平間は壱子と沙和のあとに続いた。



――


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