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十四話「村の真実を探りましょう」下



 壱子は心配そうに(りん)の顔を覗き込む。


「どうした、元気が無いようじゃが、何かあったか?」

「あたしが部屋の外で聞いていたら、壱子お姉さんたちがお爺ちゃんと喧嘩してたみたいだから……」

「なんだ、そんなことか。それなら心配ない。私たちは喧嘩などしておらぬ。ただ意見が少し違っていただけじゃ」

「そうなの?」

「そうじゃ。だから安心せよ」

「うん、分かった!」


 鈴は大きく頷くと、その頭を壱子が撫でる。

 周囲に年下がいなかった壱子にとって、自らを慕ってくれる鈴は可愛くて仕方ないらしい。

 そんな時、壱子が何かに気付いた。


「鈴、腕にあるその跡は?」

「ん、これ? これは昔、庭にいたウサギに噛まれちゃったことがあってね。お爺ちゃんたら、大した傷じゃないのに大慌てで、すごく痛かったけど、いつも怖いお爺ちゃんらしくなくて、なんだか可笑しかったんだ」


 そう言って、鈴は笑顔で右の手首を見せる。

 確かに、ウサギの前歯くらいの大きさの桃色の線がうっすら見えた。

 壱子は痛みを想像したのか、壱子は形の良い眉を潜めながら、鈴の古傷を恐る恐る撫でた。


「痛そうじゃな……。それはいつのことじゃ?」

「えーっと、二年前くらい? 全然ご飯が無かったときだったよ。あたしたちがヌエビトの森に近付いて、すっごく怒られた後だったかな」

「二年前というと、大旱魃(だいかんばつ)の年か。では、そのウサギは食べたのか」

「んーとね……こめんね、覚えてない! でもその年は本当に食べ物が無かったから、お肉なんて食べてなかったと思うなあ」

「そうか。ありがとう」


 そう言うと、壱子はいつものようにあごに手を当てて何か考え始めた。

 急に黙り込んでしまった壱子を不思議そうに眺める鈴に気を使って、沙和が口を開く。


「じゃあ鈴ちゃん、この沙和お姉さんと遊ぼうか!」

「ほんと? やった!」


 手伝ってくれるんじゃないのか、と平間は苦笑したが、鈴と仲良くなることは平間にはできないことだ。

 それが何かに繋がるかもしれない。


「イイナズケさんも遊ばない?」

「……僕?」


 思わぬ鈴の誘いの声に、平間は思わず戸惑った。

 ありがたいことだが、夕食の支度をしなければ、そこにいる天才お姫様がへそを曲げてしまう。

 ていうか、イイナズケさんってなんだ。

 平間の意図を察してか、沙和が鈴に語りかけるように言う。


「ゴメンね、イイナズケさんは晩御飯の用意をしなきゃいけないんだ」

「そっか……」


 本当に残念そうに肩を落とす鈴に、沙和はさらに続けた。


「だから鈴ちゃん、一緒にお手伝いごっこしない?」

「お手伝いごっこ?」

「そう、お手伝いごっこ! なんとこの遊びは、将来お嫁さんになったときにも役立つのです!」

「そ、それはまことか!?」


 モノは言いようとはこのことだ。

 そして、なんで壱子が反応してるんですかね。


「そうだよ壱子ちゃん。健気でかわいい働き者のお嫁さんは最強なんだから。最強になったら、こんな可愛い子の熱烈な口説きにビクともしない鈍感男もイチコロよ!」

「最強……! 良いな、私は最強になりたいぞ!」

「あたしも!」

「よろしい諸君! では共に最強になろうじゃないか」


 瞬く間に壱子と鈴を纏め上げると、沙和は二人を引き連れて台所に向かっていく。

 反乱なんかを先導させたらすごそうだ、と平間はぼんやりと思った。

 あと、一瞬だが馬鹿にされた気がする。


 まあ、下手に外に出るよりは安全だろう。

 洞窟の白骨の犯人が分からない以上、そういう発想になってしまう。

 平間そう考えて、勇み足で進む彼女らの後を追っていく。


「のう沙和、お主は最強になって倒す相手のアテはあるのか?」

「アタシ? うーん、そうだなー」


 壱子の問いかけに、壱子は首をかしげて考え込む。

 平間も沙和の身の回りのことは聞いたことがなかったから、こっそりと耳を傾ける。


「アタシは今のところいないかなあ。生きるために商人を目指して、この世界の決まりを覚えるのに精一杯でここまで来たから、考えたことも無かったよ。それにほら、お金のことを考えてたら、どうしても人を損得勘定で見ちゃうようになっちゃってさ」


 そう言って笑う沙和は、どこか悲しげだった。


「ここに来たのもヌエビトの宝を探しに来たからだし、平間くんや壱子ちゃんたちに付いて来たのも、頼りになりそうだったのと、あんまりお宝に興味無さそうだったからだしね。ああ、でも今は違うよ。純粋に楽しいから一緒にいる。お宝が見つかっても、一緒に山分けしてもいいとも思ってるし」

「それは……信頼されておるのか?」

「もっちろん! 私にとってお金は生きていくためのものなんだよ。それを分け合ってもいいと思うのは、それだけ気持ちも近いってことさ!」


 複雑そうな面持ちの壱子に、沙和は明るい声で言う。

 鈴はまだ幼いからか、イマイチ話を理解できていないらしい。

 その鈴の頬を、沙和は屈みながら面白そうにつつく。


「だからそうだね、今は壱子ちゃんたちと一緒にいられればいいや。そうだ、平間くん……じゃなくてイイナズケさんは皇都のお役人なんでしょ? 癒着(ゆちゃく)しちゃう? 儲けるよ~、アタシは」

「いやあ、僕はそういうのは――」

「ダメじゃ、癒着など許さぬぞ! ふしだらな!」


 平間の言葉を遮って、壱子が沙和と平間の間に立つ。

 その必死な様子に、沙和は笑いをこらえる。


「壱子ちゃん、そういう意味じゃないってば。もう、可愛いなあ!」

「ふぇ……っ!?」


 唐突に自分を撫で回し始めた沙和に、壱子は声にならない悲鳴を上げる。


「だから、どうしてお主はそうなるのじゃ……っ! やめ、そんなところを触るな!!」

「まあまあ、そう硬いこと言わずに」

「あたしもやるー!」

「鈴、お主まで! やめるのじゃ……ああもう!」


 二人にもみくちゃにされてついに床に倒れこんだ壱子を微笑ましく見ながら、平間は夕食の用意にとりかかる。

 どこか皇都にいたときは孤高で寂しげな影のあった壱子が、こうも人と溶け込めているのだ。

 これほど喜ばしいことは無いだろう。


 しかし、さきほどから平間の胸の奥に渦巻くざらりとした感覚は何だろう。

 今のところ、ほとんど全てが順調だ。

 調査期間もまだまだあるし、このまま行けばきっとかなりの成果を得られるはずだ。

 それなのに、なにか嫌な予感が心の隅に居座っている。


 気持ち悪さを打ち消すように、平間はすぐ(そば)ではしゃぐ三人に目をやった。

 大丈夫だ、きっと何も無い。

 そう自分言い聞かせて、平間は(まき)を釜に並べ始めた。


 その平間の予感は果たして、翌朝、的中することになる。



――


【皇紀五五年三月六日(翌日)、朝。調査期限まであと八日】


 翌日、平間の目を覚まさせたのは甲高い悲鳴だった。

 何事かと重い飛び起きた平間は、寝巻き姿のまま部屋を飛び出した。

 ちょうど同じ悲鳴で目を覚ましたらしい沙和と廊下で鉢合わせる。


「聞こえました?」

「うん、宿舎(ここ)の外からだったと思う。行ってみよう!」

「外へは僕が行きます。沙和さんは一応、壱子の様子を見てきてください。きっとまだ寝ていると思いますから」

「壱子ちゃん、眠りが深いもんね。分かった、気を付けて」


 いつに無く真剣な面持ちで言う沙和に頷き、平間は駆け足で悲鳴の聞こえた村の中心部へ向かった。


 平間が駆けつけた時、そこには座り込んだ鈴とその飼い犬、そしてまだ寝巻き姿の皿江と、なぜか隕鉄がいた。

 鈴は泣きじゃくっていて、その肩を皿江がさすっている。

いち早くここに駆けつけたのだろう隕鉄の視線の先には、村の真ん中の広場に突き刺された杭がある。

そしてその先には、杭に突き刺されるようにして置かれた何かがあった。


肉の腐った(にお)いと、鉄の香り。

(くさ)い。

そう思った平間は思わず眉をひそめ、鼻先に袖を当てる。

 まさか、これは……。

 昨日抱いた平間の嫌な予感が巨大化して喉を詰まらせ、吐き気を(もよお)させた。


 平間が恐る恐る近付くと、少しずつ「何か」の詳細が見えてくる。

 丈夫な太い毛に覆われたそれは、赤黒い固体とも液体とも取れないものを所々に付着させ、周囲には臭いを嗅ぎつけたハエが何匹も飛び回っていた。

 中段を走る大きな裂け目からは褐色の平たい肉がのぞいていて、きっとかつては何かと繋がっていたであろう粗い断面からは、灰白色の固形物が突き出している。


「ヌエビトの、警告か……」


 恐ろしい。

 目を背けたい。

 しかし、じっと見つめさせる何かがある。

 焦点の合わない濁った目でぼんやりと平間の顔を見つめるそれは、切り落とされ、晒された犬の首だった。



――


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