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十三話「罪なき命を刈り取りましょう」中

 興奮気味に言う壱子の口調とは対照的に、平間と壱子は首をかしげた。

 平間には、たまに壱子が何を言っているのか分からないことがある。

 とはいえこう言うときは、なんとなく状況を察して壱子の方からきちんと説明してくれるのだが。


「壱子ちゃん、どういうこと? ヌエビトを倒すって、アタシ達はまだヌエビトを見つけることも出来てないじゃない。あ、もしかしてヌエビトはネズミ捕りにかかるくらい小さいから、まだ見つけられてないってこと? ん、でも森の外で遠くから見かけたって言う人もいたってことは……あれ?」

「まあ落ち着け、沙和。前に私が『ヌエビトの呪いの正体はツツガムシ病』じゃと言ったのは覚えておるか? このネズミ捕りはそれを裏付けるために使うのじゃ」

「……はぁ」


 イマイチ沙和はピンと来ていないようだ。

 平間は……というと、やはりまだよく分かっていない。


「ツツガムシ病は、その名の通りツツガムシと言うダニを介して広がる病じゃ」

「それは知ってる。刺されちゃダメなんだよね。だからアタシ達もこんなに厚手の靴を履いてるわけで……蒸れるから正直あんまり好きじゃないんだけどね」


 沙和の声に、壱子は苦笑して答える。


「呪いの正体が解ければ私達はこの村からもオサラバじゃ。それまでの辛抱よ。さ、話を戻そう、ツツガムシ病が勝未の森に存在することを調べるには、ツツガムシが実際にこの勝未の森にいるか調べれば良い。ツツガムシがいるのはネズミのような動物にくっついておるから、まずはネズミを捕まえて、その中からツツガムシがいるか調べようと思う」

「ほほう、ツツガムシを直接探すんじゃ無くて、“家”にいるかどうかを確かめるってことね」

「そうじゃ。ツツガムシのような小さな虫を、森の中から探し出すのはさすがに難しい」


 うなずく壱子に、平間は一つ疑問が浮かんだ。


「ねえ、そういえば隕鉄さんは? 今日も何か用事があるの?」

「ああ、隕鉄は勝未の森以外の近くの森や山々にネズミ捕りを仕掛けに行ってもらっておる。移動距離がかなり長いから、足が速く力持ちの隕鉄に頼んだのじゃ。ほれ、ネズミ捕りはかさばるし重いじゃろう」

「なるほどね。でも、ヌエビトの呪いは勝未の森にしか無いんでしょ? だったら他の森のネズミを調べる必要は無いんじゃ?」

「いや、ある。もし他の森でもツツガムシが見つかってみよ、勝未の森からツツガムシ見つかっても、それが原因とは言えなくなるじゃろう」

「……?」


 平間は再び首をかしげた。

沙和の方を見ると、曖昧な笑みを浮かべていた。平間と同じように、壱子の言うことがよく分からないのだろう。

二人の反応から察した壱子が、少し考えた後で慌てて付け加えた。


「ああ、だからその、これはつまりこういう訳じゃ。私の言った『ヌエビトの呪いはツツガムシ病』というのは、かなり確信に近いが、しかしまだ仮定に過ぎぬ。仮定は、正しいと分からない限り仮定のままで、何の役にも立たぬのじゃ」

「なるほど、そこまでは分かる」

「よし、でな? 勝未の森やそれ以外の森にツツガムシがいるかどうか場合分けすると、このように四通りに書くことが出来る」


 そう言うと、壱子は手近な石で地面に文字を書いていく。


『ツツガムシが……』

『一、勝未の森にいるし、それ以外の森にもいる○○』

『二、勝未の森にはいるが、それ以外の森にはいない○×』

『三、勝未の森にはいないが、それ以外の森にはいる×○』

『四、勝未の森にはいないし、それ以外の森にもいない××』


「では平間、この中で『勝未の森にしか見られないヌエビトの呪いの正体は、ツツガムシ病』であるという結論が出せるのはどれじゃと思う?」

「ええっと……まず一つ目は違うよね。条件が同じだから、勝未以外の森でもツツガムシ病が起こるはずだ」

「うむ、その通りじゃ」

「で、同じように考えて三と四も違う。ってことは二つ目?」

「そうじゃ。ということは、この仮定を証明するには『勝未の森にはツツガムシがいて、それ以外にはツツガムシがいない』ことを示さねばならぬ。であるから、勝未以外の森にもネズミ捕りを仕掛ける必要がある」

「なるほどね、了解だ」


 なんにせよ、今日はネズミ捕りを仕掛ける日というわけだ。

 昨日見つけた大量の人骨も気になるが、一体誰が、なんのためにあの骨の持ち主たちを洞窟に運んだのかが分からない以上、八方ふさがりでしかない。

 ……が、まだその手がかりすらつかめていないと言うのが実際のところで、今は「誰も入っていないはずの森に大量の人骨が遺棄されていた」という事実が横たわっているだけだ。


「さ、では行くとしようか。出来れば洞窟をしっかり調べておきたいしのう」


 壱子の先導で、三人は森へと向かう。

 この日も晴天で、雲一つ無かった。



――



【同日午後、昼過ぎ】


「どうじゃ、かかっているか?」


 小さな(おり)を覗き込む平間に、壱子が後ろから声をかける。

 森のあちこちにネズミ捕りを仕掛け、昼食を済ませた三人は、仕掛けた罠の一つを確認しに来ていた。


 ネズミ捕りは木製の(おり)の形をしていて、中に置いた餌にネズミが手を掛けると扉が落ちる仕組みになっている。

 それを木のうろの近くや横穴の前など、ネズミのいそうな場所に数が許すだけ仕掛けておいたのだ。


「ま、そうすぐに捕まえられる者でもないじゃろう」

「いや壱子、バッチリだ」


 平間が抱え上げた折の中には、せわしなく動き回る野ネズミがいた。


「おお、すごいな! まさか今日中に捕まえられるとは思っておらなかった」

幸先(さいさき)が良いね、壱子ちゃん。これなら思ったよりもすぐに『ヌエビトの呪い』の正体を解明できるかも!」

「そうじゃな。よし、次の罠を見に行くぞ!」


 結局、その日は三匹の野ネズミが罠にかかっていた。

 壱子は意気揚々として、平間に三匹を檻ごと森の入り口にあたる川原へ運び出させた。

 この川を越えて少し歩けば、勝未村に戻ることが出来る。


 ここで、壱子は荷物の中から桶と底の深い竹籠、そして麻の紐を二つずつ取り出した。

 朝、平間は壱子が妙に大きな荷物を軽々と運んでいるなと思ったが、中身はこれだったらしい。

 籠や桶なら、中身が詰まっていないので軽いのも頷ける。


「さて、と。実験の始まりじゃ!」



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