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十一話「己を奮い立たせましょう」下

「一体何があったんだ……」

「火薬じゃ」

「……カヤク?」

「うむ、()(くすり)と書いて火薬という。大陸伝来の品で、火を点けると急速に燃え広がり、近くのものを熱風で押し潰すという。さながらこの鉄球は、その風を一方に集めるためのフタのような物なのじゃろ。とはいえ、私も火薬は一度だけ、遠目に見たことがあるくらいじゃ」


 そういう壱子に、沙和が不思議そうに尋ねた。


「……でも、風なんかで熊が死ぬとは思えないけど?」

「ただの風ではない。私たちが目にする風よりも何百倍も強く、そして何より熱い。その激烈な風が皮を破って骨を折り、肉を焼いて、あるいは折れた骨を内臓に突き刺したのじゃ。いくら熊のような大きな獣とて、そんなことをされたら生きてはおれまい」

「……結構えげつない武器だね」

「確かにその通りじゃな。問題は、そんな物騒なものをなぜ隕鉄が持っていたのか、ということじゃが……」


 そう言って考え込む壱子に、沙和がぼんやりと言う。


「でも、あんな武器見たこと無くない? 試作品に『秘密兵器』なんて適当な名前をつけただけな気がするけど」

「ふむ、確かにそうかも知れぬ。私も火薬を使った武器が実際に使われているとは聞いたことが無いしのう……。ま、あとで隕鉄に聞いてみるか」

「そういえば壱子、隕鉄さんの用事って何なの?」

「ん? ああ、言ってなかったか」


 平間の問いに、あごに手を当てて俯いていた壱子が顔を上げた。


「隕鉄に頼んだのは、皇都への『届け物』と『おつかい』じゃな」

「届け物とおつかい?」

「ああ、私の野暮用(ヤボよう)じゃから気にせんで良いぞ」

「ふうん……もしかして、おやつ?」


 平間がそういうと、壱子はきょとんと目を丸くした。

 そして、みるみる頬を赤くしていく。


「ば、馬鹿者! いくら私とて、そのあたりの分別くらいはつくぞ! それはまあ、確かにさりげなく頼んでみたし、あっさりと無視されたりもしたが……」


 いや、やっぱりおやつを頼んでいるじゃないか。

 平間はそう言おうと思ったが、壱子が必死に否定しているし、何より買ってきてはもらえないみたいだったので止めた。


「ところで、なんでさっき『絶対にカレヤギを離すな』って言っていたの?」

「ああ、それはな、カレヤギの鉄球と柄の接合部分が発火装置になっておって、鉄球に付いた刃を相手に刺してから柄を抜くことで、火薬に火が点くような仕組みだったのじゃ」

「……つまり?」

「つまり、カレヤギの柄を離したら火薬に火が点かずに死んでおった」

「なるほどね。……って、そんな話、一回も聞いてないんだけど?」

「それは……」


 平間の追求に。壱子がそっと目を逸らした。

 ああ、これは何かやましいことがあるときの反応だ。


「べ、別にわざと教えなかったわけではないのじゃ……。ただ、その……カレヤギの説明書きがあったじゃろ? その説明書きを表しか読んでなくて、転んだあとに裏にも何かが書いてあることに気付いて……そこに『柄を抜くまでが使い方』じゃと書いてあった」

「物知りなのに、なんで妙なところでポンコツなんだ……」

「な、仮にも高位の家の娘を相手にポンコツなどと……! 私だってもちろん、力になりたかった……っ!」


 そう言いながら、壱子の目尻にじんわりと涙を浮かべ始める。

 ……おや、風向きがおかしい気がするぞ?


 もう涙目になった壱子は俯きがちに、ぽつりぽつりと言葉をこぼしていく。


「しかし、結果的に二人の足を引っ張ってしまった……それは、その、(あらが)いようの無い事実じゃ。ああもう、どうして私はこうも馬鹿なのじゃ。気位ばかり高くても、肝心な時には何一つ役に立てぬ!」

「いや壱子、そんなことは……」

「そんなこと無いよ、壱子ちゃん!」


 慰めようとする平間を押しのけて、沙和が口を開く。


「壱子ちゃんは頑張っているじゃない。それに可愛いし。何もかも完璧なんて、大人でも出来ないんだから、一つ一つ出来ることを増やしていけば良いんだって。何より可愛いから問題なし!」


 なぜ可愛いと二回言った。


「私が……可愛い?」


 壱子も、反応するところはそこじゃないぞ。


「そう、壱子ちゃんは可愛い。可愛い女の子が頑張る姿はもっと可愛くて……そう、最強なんだから!」

「私が、最強」


 ほら、訳の分からないことになってるじゃないか。

 そんな慰め方で元気が出るはずが……。


「ふふ……。沙和、それに平間、迷惑をかけた。取り乱してしまってすまぬ、もう大丈夫じゃ」

「いや、それで良いんかい!」


 平間は思わず全力で突っ込んだ。

 ……まあ、肝心の壱子が元気を出したようだから、これで良いのだろう。

 こういう時は次のことに意識を向けるに限る、と平間は切り出した。


「じゃあ壱子、今日やるべきことをさっさとやってしまおう。熊とのゴタゴタですっかり疲れた。えっと、このあとは……」

「今日は森一帯の探索……というか、とりあえず歩いてみるのが目的じゃ」

「ねえ、それならさ……アレって怪しくない?」


 沙和が指差した先には、切り立った崖と、そこを縦に大きく分断して流れる細い滝があった。

 崖があるということは、沙和の話ではもう森の端に来ていることになる。


「怪しいって、あの滝がですか?」

「違う違う、その奥よ」

「奥?」


 平間が目を凝らすと、滝の奥には洞穴の入り口が見えた。


「あの洞窟、滝の裏側にあるじゃない? 何かを隠したり、あるいは何かが隠れたりするのにはうってつけだと思うんだけど」

「ふむ、確かに調べる価値はありそうじゃ。でかしたぞ、沙和」

「えへへ、壱子ちゃんのためならお安い御用だよ~」


 褒められたのが嬉しいのか、沙和は満面の笑みで答えた。

 それを見ていた平間はふと、いつの間にか壱子と沙和がずいぶんと打ち解けていることに気付いた。

 やはり沙和の天性の明るさが、壱子の人見知りの壁を壊したのだろう。


「平間、何を呆けておる。早く行くぞ」

「ああ、ごめん。いま行くよ」


 ぐんぐんと洞窟の方へ進む壱子を追って、平間は駆け出した。

 いずれにせよ壱子と沙和の仲が良くなるのは、良いことだ。

 隕鉄の話では、壱子は長い間、人とあまり関わらずに過ごしてきたらしい。

 その壱子が、多少歳が離れているとはいえ同性の友人を持つことが出来たのだ。

 何とも微笑ましい心地がして、平間は足取りを軽くする。

 

「いや、こういうときにこそ慎重にいかないとな」


 平間がそう呟いたとき、沙和の小さい悲鳴が聞こえた。

 目をやると、壱子の後ろへ隠れるように、青ざめた顔をした沙和が立っていた。


「まさか、また熊が――」


 平間が慌てて駆け寄るが、熊ではなかった。

 洞窟の入り口から一間(およそ二メートル弱)ほどのところで、壁にもたれかかる灰白色の塊。

 細長いもの、丸いもの。形は様々だったが、平間にも分かる特徴的なものも二つあった。


 それは、人間の頭蓋骨だった。




熊の死骸は後日、平間と隕鉄が穴を掘って、丁寧に埋葬しました。



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