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十話「あやかしを訪ねに行きましょう」下

――


【再び、勝未の森】


 相変わらず熊と対峙している三人は、少しずつ距離をとろうと後ろへ下がり続けていた。

 が、彼らが下がるだけ熊は進み、その距離は離れることは無い。

 なお悪いことは、その交代している先が森の奥へと向かっていることだ。


「なあ壱子、隕鉄さんがくれた『良いもの』って何? 何かあるんでしょ?」

「隕鉄? ああ、そういえば何か渡されたような気が……」


 少しずつ後ろに下がりつつ、壱子は背負った小ぶりな風呂敷包みに手を伸ばす。

 壱子が取り出したのは、浅黄色の細長い麻袋で、「鵺人(ヌエビト)用秘密兵器」と書かれた札が張ってある。

 ……ずいぶん直接的な名前だ。

 その袋を平間が壱子から受け取ると、袋はずっしりと重かった。


「これは何?」

「ヌエビト用の秘密兵器じゃな」

「それは何?」

「分からぬ。開けてみよう」


 中から出てきたのは、重い半球の物体と、何の変哲も無い竹の棒だった。

 直径五寸(十五センチメートル)ほどの半球の底には丈夫な紙が張られ、端には返しの付いた金属製の鋭い爪が五本生えていて、中々に刺々(とげとげ)しい。

 その謎の物体を見た壱子が、みるみる目を見開いていく。


「これは……!」

「壱子、何か知ってるのか!?」

「いや、分からぬ。全然分からぬ」


 平間は思わずズッコケた。


「なんでこんな時にボケるんだ!?」

「あまり大声を出すな、平間。アレを刺激したらどうする」


 壱子が指差したのは、例の熊だ。

 相変わらず等間隔を保ちながら歩いてくる。

 沙和が頷きながら、壱子に加勢する。


「確かに、今は落ち着いてるけどいつ襲ってくるか分からないんだから。平間くん、壱子ちゃんに謝って」

「なんで僕が……」

「いいから謝って」

「……」

「……」

「……ごめん」


 どうして自分が悪いことになっているのか平間には釈然としなかったが、多勢に無勢、最大多数の最大幸福の原則には逆らえない。

 ……いや、やっぱりおかしいな?


 平間が首をひねっていると、沙和が口を開いた。


「そんなことより、壱子ちゃん。その秘密兵器って何なの? 見た感じ威力はすごくありそうだけど」

「袋の中に使い方の書かれた紙があった。まず、半球の頂点にある穴に竹の棒の黒くなっている方を挿して、回す」


 壱子の言うとおりに平間が棒を刺すと、上手い具合に固定された。

 単純そうな作りに見えたが、よく出来ている。


「挿したよ。次は?」

「爪が付いている方を倒したい相手に向ける」

「はい、向けた」

「そして相手に突き刺す」

「……何を?」

「文脈からして、その秘密兵器とやらじゃろうな」

「……誰に突き刺すって?」


 壱子は、黙って付いてくる熊のほうを指差した。

 ……やっぱりか。

 運動神経が特別良いわけではない平間にとって、近付かなければ使えない武器を振るうのは気が重かった。

 しかも、見たことの無い謎の武器ならばなおさらだ。


「少し嫌な予感はしていたけど、これって近接武器なんだね……」

「重さを考えると、飛び道具ではないじゃろうな」


 陰鬱な口ぶりで言う平間に、壱子は平然と返す。

 この流れならば……。


「やっぱり僕が行かなきゃダメ?」

「消去法ではそうなるじゃろう。なんなら私が行こうか」


 壱子はそう言うが、彼女がほとんど鈍器に近いこの秘密兵器とやらを扱うことは出来そうに無い。

 なかば投げやりになって、平間は沙和のほうをチラリと見る。


「平間くん、頑張って」


 沙和はキリリとした表情を作ると、力強く親指を立てて見せた。

 思った通りだった。

 

「沙和さん、実は武術の達人だったりしません?」

「それは無いかなー。あったとしても普通の人は熊と戦ったりなんて出来ないよ」

「……それを僕は今からやろうとしている所なんですけど」

「はっはっは。男は細かいことを気にしちゃダメだ!」


 言いつつ、沙和は平間の背をバンバンと叩いた。

 やはり釈然としない。

 それに、この緊迫した状況で沙和はどうしてこうも楽しそうなのだろう。


 緊張のあまり笑みさえ浮かべ始めた平間に、壱子が慎重な面持ちで言った。


「平間、あの熊には悪いが、私たちはアレを何としても排除する必要がある。もともとこの地域には熊はほとんどおらぬ。おそらくアレは南方の山から渡り歩いてきたはぐれ者じゃろう」

「……ということは?」

「この森にはあの個体以外の熊はいない可能性が高い。掟を尊重する村長はもともと私たちを森へ入れたがってはおらなんだが、『森は熊が出るから危険だ』とは言わなかった。つまり、村長は森にこのことも、あの熊が単身ここに迷い込んできた可能性の裏付けになる。大きさからするとオスの若い熊であろうから、別に母熊がおるということもおるまい」

「つまり、あの熊さえ倒せばこの森には熊がいなくなるってことか」

「うむ、あくまで『その可能性が高い』というだけではあるがな。しかし、あれを野放しにしておいては今後の調査では常に危険が付きまとう。どんな形であれ、排除しないわけにはいくまい。それに――」

「それに?」

「アレが私たちを見逃してくれるようにも思えぬ」


 壱子の言うとおり、熊はずっと平間たちに付いて来ていた。

 襲う機会をうかがっているのか、それともただ好奇心で付いて回っているのか、判然としないが、平間たちにとって好ましくない状況であることは確かだ。


「いいか平間、その武器はお主に預けるが、私に出来ることはなんでもする」

「あら壱子ちゃん、『なんでもする』なんて積極的ねぇ」


 しかたない、何とかしよう。

 この際、このアホな商人娘は置いておいて、上手い方法を考えねば。

 だが、この謎の秘密兵器を使うにしても、竹棒の柄が四尺(一二〇センチメートル)程度と短い上、先端の金属製の鉄球がかなり重い。

 返しの付いた爪は鋭いが、それぞれが太く丈夫に作られている。一度刺さったら中々抜けそうに無いが、五本もあっては力が分散してしまう。

 これを太い体毛と厚い皮膚を持つ熊に突き刺すのは、仮に熊が大人しくしてジッとしてくれたとしても、平間の力では難しい。


 爆発的に力の出せるものが必要だ。

 何か無いか。平間は辺りを見回す。

 こんな時に急激に力が強くなる薬草でもあればいいのだが……そんなものがそもそも存在するかどうかも分からない。

 いや、壱子なら何か知っているかも知れない。


「ねえ、飲んだらすごく力が強くなる薬みたいなものって……」

「そんな都合の良いもの、あると思うか?」

「……だよね」


 アテが外れてしまった。

 壱子が頼れないとなると……そう思ってから、平間は懐に忍ばせた小刀に触れた。

 今朝、隕鉄が平間に手渡した、あの小刀だ。


「そうだ、自分で何とかするんだ」


 平間は小さくそう呟く。

 熊との距離を確認。大丈夫だ、多少は余裕がある。


「なんだ、簡単なことじゃないか」


 平間の脳裏に浮かんだのは、至極単純な方法だ。

 それが実現できるかはもう少し考えが必要だろうが、決して難しくはない。


「壱子、沙和さん、僕に考えがあります」


 さび付きかけていた脳神経の繋がりを駆け廻らせながら、平間は確固たる決意を込めて言った。


勝未の森の広さである七町は、東京ドーム1.5個分より少し広い程度の広さです。

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