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九話「救われし娘を愛しましょう」上

 平間たちが皿江に案内されたのは、村の中心部にほど近い平屋だった。

 この家にかつて住んでいた者が村を出たので自由に使っていい、と皿江は言って屋敷へ帰っていった。


 その建物・宿舎(しゅくしゃ)は数年放置されていた分、ところどころ傷んでいたが、もともと宿屋だというだけあって部屋数が多く、広間以外に平間たち四人それぞれの部屋を割り振っても余るほどだった。

 風呂や手洗い、炊事場もしっかり付いていて、しばらく滞在するのは申し分ないつくりだった。


 平間が一番嬉しかったのは、相部屋ではなく個室を持てることだった。

それは寝相の悪い壱子に巻き込まれなくて済むということもあるが、何より自分だけの空間が持てることが大きい。


一方で、沙和と隕鉄は「広い分だけ掃除が大変になるのでは」と心配していたり、壱子などは皆が広い広いと喜んでいるのを見て対抗心を燃やしたのだろう、「私の屋敷のほうが広いぞ」という謎の主張を繰り出していた。

それは壱子の力じゃないでしょ、と平間が指摘すると、壱子は平間の腰を無言で殴った。


 平間たちは部屋割りや荷物の整理を終えると、それぞれに割り振られた部屋の掃除に取り掛かった。

それからしばらく経ったころ、宿舎の戸を叩く者があった。

 一足先に自分の部屋の掃除を終えた平間が戸を開けると、立っていたのは一抱えほどもある大きさの風呂敷を背負った(りん)だった。

傍らには黒毛の柴犬もいる。さきほど鈴が家の前で一緒に遊んでいた犬だろう。


「こんにちは! お爺ちゃんからお届けものに来ました」

「ありがとう。重いでしょ? 貰うよ」

「大丈夫だよ。どこに置けばいい?」

「えーっと、とりあえず上がっていく?」

「はい、おじゃましまーす! あ、部屋が綺麗になってる」


 鈴は乱雑にわらじを脱ぎ捨てると、一番広い部屋に入って驚きの声を上げた。彼女のあとを追って、柴犬も部屋に上がる。

 

「あ、足を拭かないで上がっちゃダメだってば!」


 慌てて言うと、鈴は嬉しそうに尾を振る犬の足を持っていた手ぬぐいで拭き取った。

 そこへ、掃除のために“たすき掛け”をした沙和が出てくる。


「平間くん、掃除終わったよ。おー、鈴ちゃんじゃない。どったの?」

「お爺ちゃんから持っていくようにって言われたんだ。はいこれ」


 少しよろけながら、鈴は背負っていた包みを畳の上に置き、結び目を解いた。

 中に入っていたのは、古びた紙や木簡(もっかん)の束だ。


「これは?」

「村長の家に伝わる森の記録? なんだって。グチャってしていて私は読めないけど」

「確かに、ずいぶん古いねえ」


 記録の一部を手にとって、沙和が難しそうな顔をする。

 平間はかろうじて読めるだろうが、かなり時間がかかりそうだ。

 一番年長の隕鉄なら、物知りそうだし読めないだろうか。


「ところで平間くん、お掃除終わったけど次は何をすればいい?」

「そうですね……今日は森に行くことはしませんし、もう特にしなければならないことは無いので、好きなようにしてください」

「本当? じゃあ村の中を見ておこうかな。鈴ちゃん、遊びにいこうぜ!」

「行こう!」


 いつの間に沙和と鈴は意気投合したのだろう。

そう平間は首を傾げたが、沙和の人懐っこい性格から考えれば、子供の鈴とすぐに仲良くなるのも頷ける。


「あ、でももうしばらくしたら日が暮れてきますから、夕飯時には帰ってきてください。日が長くなってきたとはいえ、知らない土地ですから」

「分かってるって。鈴ちゃんもいるし大丈夫。平間くんはお母さんみたいなことを言うなあ」


 沙和の言葉に、平間はどう反応すればいいか分からずに曖昧に笑う。

 そんな平間をよそに、二人と一匹は宿舎の外へ飛び出していった。


「……行ったか。子供は元気じゃのう」


 自分の割り当てられた部屋から顔を出し、壱子が言った。

 平間や沙和と同様、壱子も一人で自分の部屋を掃除していたのだ。

 自分だって子供じゃないか、と突っ込むべきだろうか。


「お、壱子。掃除は終わった?」

「見くびるでない。どうじゃ」


 自信たっぷりに言う壱子に導かれて、部屋の(ふすま)を開ける。

 が、部屋の中はあちこち埃が積もったままだ。それどころか、明らかに最近水をこぼしたような大きなシミがあった。

 水を汲んでおくための手桶に目を向けると、案の定、水はかなり少ない。

 この様子から察するに、壱子が掃除中に桶をひっくり返したらしい。


「何をどう判断すれば、これで終わったと思うの?」

「いいか平間、『掃除が終わる』ということの定義を『手の付けるところがなくなった』状態だとすれば、これで終わった」

「……手の付け所ならいくらでもあるでしょ。埃を取ったり、塗れたところを拭いたり」

「この惨状を見よ、平間。私には掃除の才能が無い。少し手を付けただけでこれじゃ」

「つまり?」

「私が掃除をしたら状況が悪化する。ゆえに私が手を付けるところは無い。だから『終わった』。何か問題あるか?」

「問題しかないよ!」


 思わず大声で平間はつっこんだ。

 どうしてこうスラスラと屁理屈が出てくるんだろう。

 しかしよく考えてみると、壱子は大貴族の娘なのだ。そんな彼女が今まで掃除などの身の回りのことを自分でやっていた可能性は低い。

 となると、役割配分自体が間違っていたような気がしないでもない。


「おや、あれは何じゃ?」


 いつの間にか部屋の外に出ていた壱子が広間の一角を指して言う。

その先には、鈴の持ってきた村の記録があった。


「ああ、あれはさっき村長さんのところの鈴ちゃんが持ってきてくれた、この村の資料だ。少し見てみたけど、解読するのには時間がかかると思う」

「届いたか! よし、私の部屋の掃除は任せたぞ」

「お、おい、ちょっと!」


 平間は引き止めようとするが、壱子はタタタッと駆けていってしまう。

 そして腰を下ろすと、適当な紙束を取って一心不乱に読み始めた。


「……まあいいか。飽きたら戻ってくるだろう」


 平間は使いっぱなしになっていた雑巾を拾い上げて、ため息をついた。



――



 平間が壱子の部屋の掃除を終えて広間に戻ると、壱子は広間の隅に置かれた机のそばで一人、紙の束をめくっていた。

結局、壱子が掃除に戻ってくることはなかったから、ずっとあそこから動いてないのだろう。

 壱子に近づき、平間が声をかける。


「壱子、なにか分かった?」

「ああ、地方の村としては考えられぬほど詳細な記録が載っておる。これなら――」


 壱子は平間に向けて、くいっと口角を上げた。


「勝未森の呪いも、すぐに解けるじゃろう」

「それってどういう……?」


 戸惑う平間に、壱子は滔々(とうとう)と言葉の堰を切った。


「ヌエビトは森に入ったものをどこかへ隠し、死の呪いをかけ、あるいは近づく者に悪趣味な警告をしている。が、そういう特徴がいくつもあるからといって即ヌエビトが存在することになるかと言われると、そんなこともない。なぜなら、これらはあくまでヌエビトを語る上での単なる側面の集合体に過ぎぬからじゃ」

「何が言いたい?」

「ヌエビトはそれらの側面が形作っただけの張子(はりこ)に過ぎず、中身は空っぽなのかも知れぬ」

「つまり、ヌエビトなんていないってことか」

「その可能性もある、ということじゃな。であるから、ヌエビトが存在する場合としない場合の二つについて考えてみる」


 壱子は平間に二本指を立ててみせる。そしてその内の中指を折り曲げた。


「まずヌエビトがいる場合。すなわちヌエビトなる存在が私たちの得た情報のそっくりそのままで存在している場合じゃが、これはいま考えても仕方が無い。なぜなら、この仮定をした時点で『ヌエビトが存在するから様々な事件が起きている』と言うことが自然と出来てしまい、それ以上思考を先に進められなくなってしまうからじゃ」

「つまり、実際にヌエビトを見つけるしかなくなるってこと?」

「そうじゃ。梅乃も言うておったが、平間、やはりお主は理解が早くて助かる」


 率直に壱子に褒められて、平間はつい頬を掻く。


「であるから、今から考えるのは『ヌエビトなどというものは存在しない場合』じゃ。そのためにまず、側面を切り分けてみよう。平間、墨はあるか?」

「ああ、ちょっと待ってね」


 皇都から持ってきた荷物の山から、平間は墨と水、それに筆と半紙を取り出して、壱子に手渡した。

 

「ありがとう。いま分かっているヌエビトの情報は……」


 そう言いながら壱子は据え置きの机の上で、すらすらと半紙に筆を走らせる。育ちが良いせいか、なかなか綺麗な字だ。

書かれた文字はこのようなものだった。


一、森に入った者が消える

二、森に入った者が熱病にかかる

三、森の外で姿を見せる

四、獣の首の早贄


「……早贄(はやにえ)って何?」

百舌(もず)が獲物を枝に刺す習性のことで、ほれ、獣の首が晒されていたという話がそれに似て……おるじゃろ?」

「まあ、似ているかな?」

「……」

「……」


 二人とも静まり返っているうち、壱子の顔がみるみる赤くなっていった。

 そして天井の隅を見つめ、一呼吸置いて言った。


「平間、少し目を閉じていてくれ」

「……え、なんで?」

「いいから、早く閉じよ」


 壱子が急かすので、平間はしぶしぶ言うとおりに目を閉じる。

 そうしていると、平間は不思議と緊張感を覚えた。


 ふと、平間の頬にやわらかいものが当たった。


「壱子、何してるの」

「いいから、もう少しじゃ」


 平間の頬に当たったものがぐりぐりと揺り動く。

 何ともくすぐったくて思わず目をかけると、背伸びをして平間の顔へ手を伸ばす壱子と目が合った。

 その手には先ほどの筆があった。平間が恐る恐る頬に手をやると、指先にはべっとりと墨が付いていた。


「何してんの」

「で、出来心じゃ」

「照れ隠しに人の顔に落書きしない!」

「て、照れてなどおらぬわ!」


 壱子は腕を組み、そっぽを向いて言う。

 ここ最近のやり取りで分かったことだが、壱子は嘘を付いたりなどのやましいことがあると目を逸らす癖がある。

 今は……嘘と照れ隠しだろう。


「さて、話を戻すぞ。ヌエビトの招待を明らかにするため、私たちはさっきの四つのうち二つを解決しなくてはならない。一つは森で人が消えること、もう一つはヌエビトの呪いじゃ」

「あとの二つは?」

「ヌエビトの影は何もしてきていないし、早贄は今のところただの警告じゃ。よって直接の脅威ではなく、優先順位が低い。後回しにする」


 なるほど、各個撃破ということか。

 壱子は再び資料に目を戻すと、筆の柄でこめかみを叩いた。


「しかし、『人が行方不明になる』のは攫われたのか、肉食の獣に襲われたか、あるいは運悪く崖にでも滑落したか……今のところどう足掻いても分からぬ。しかし熱病は別じゃ……これのおかげでな」


 言うと壱子は、資料の山に手を置いた。


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