表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/60

八話「村の闇を覗いてみましょう」上


「やっと着いたぞー!」


 壱子はバンザイする形で、両手を思いっきり天に突き出した。

 朝、富月村を発った平間たちは、一刻半(およそ三時間)ほど山の中を歩きとおし、岩を越え、竹林を抜けて、ようやく勝未村に到着した。

 旅人姿の壱子の服はところどころ枝に引っ掛けてほつれていたり、髪に青々とした葉っぱが刺さっているが、その表情は晴れやかだ。山中を歩いているときは、疲労で目つきが最悪に近くなっていたのに。

その切り替えの速さに、平間も思わず頬を緩ませる。


 勝未村は、点在する田畑と百余りの家屋からなるやや小規模な集落で、それらの多くは木造の一般的なつくりのものだった。しかし、それらはどれも少し古臭く、中には明らかに打ち棄てられているものも見られた。心なしか村人の姿もまばらに思える。

 どうも活気が無い。それが平間の受けた勝未村の印象だった。


「それで平間、これからどうするのじゃ?」

「梅乃さんには『まず村長に話を聞くように』って言っていたから、そうしようと思う。ここでの滞在の一切は村長さんが世話してくれるらしい」


 言いつつ、平間は壱子の髪についた葉や木の枝を丁寧に取り除いてやる。

 

「そうか、ではその村長とやらのもとへ行こう。おそらくあのひときわ大きな屋敷がそうじゃろう」


 そう言って壱子は、村の奥を指差した。確かに、あの家だけ周りと比べても際立って大きい。村長の家だと考えるのが妥当だろう。

 表で遊んでいる子供たちの一人に、平間が声をかけた。


「ちょっといいかな、ここは勝未村の村長さんの家であってる?」

「そうだよ。お兄さんたち、おじいちゃんのお客さん?」


 答えたのは、短めの髪を首の後ろでまとめた十歳くらいの少女だ。彼女の問いに、平間はうなずく。


「わかった! じゃあ、おじいちゃんを呼んでくるから待っててね!」


 そう言って、少女は駆け足で屋敷の中へ入って行く。

それから間もなく、老人の手を引いて戻って来た。彼がこの勝未村の村長なのだろう。

 平間は小さく会釈する。


 老人はひょろりと背が高く、白髪交じりの長髪を後ろに垂らしていて、どこか仙人のような雰囲気を漂わせている。

 背筋も一切曲がっておらず、歳をとってもなお壮健さが感じられた。

 そして何より印象的なのが、猛禽のように鋭いその眼光だ。

 彼は平間たちをいぶかしげに眺めると、合点がいったのかその目を大きく見開く。


「もしや、あなた方は皇都からの……?」

「そうです。祓魔討鬼(ふつまとうき)係の平間京作です」


 平間は自分で所属を言っておいて、顔から火が出るような心地がした。

 この「祓魔討鬼(ふつまとうき)係」などという仰々しい名前を口にするのは、思いのほか恥ずかしい。


「そうですか、平間さんと呼べばいいのかな。私は皿江源次(さらえげんじ)、僭越ながらここの長を務めておる」


 張りのある落ち着いた声でそう言うと、皿江は平間に右手を差し出す。ところどころシミがある筋張った手だが、不思議と老いによる弱々しさは感じられない。

 平間は緊張しながら皿江の握手に応じた。

 それが終わると、皿江は平間の後ろに立つ三人に目を向ける。


「それで、そちらの方々は……?」

「ああ、彼らは――」

(わたくし)は壱子と申します。こちらの平間の許婚(いいなずけ)です」


 平間の言葉を遮った壱子に、平間はギョッとする。猫をかぶった丁寧な言葉遣いにではない。許婚という聞いたことも無い言葉に、だ。平間は一気に体温が下がったような感覚を覚えた。

 そして慌てて平間は壱子の手を取って皿江から距離をとると、小声で言った。


「何のつもりだよ!?」

「……何か問題でもあったか?」

「問題だらけだ! なんでわけの分からない嘘をつくんだよ!」

「では、平間。私が正直に『私は貴族の娘じゃ』と言ったら、皿江はどう思う。なぜ貴族の娘がこんなところにいるのか、不思議に思うじゃろ」


 焦る平間とは対照的に、壱子の声は実に淡々としたものだ。

 実際、壱子の言うことは間違っていなくて、高い身分の家に生まれた娘が今の壱子のように、麻の旅人姿で出歩くことなどまず無い。それどころか、普段はなるべく人の目に触れないように部屋の中にいるか、外出時も牛車の中にいて過ごすものなのだ。

 しかし平間は納得できない。


「そうだけどさ……それでも許婚だって言う必要は無いだろ?」

「そう言うのが一番『それらしい』ではないか。役人の妻となるような身分の娘であれば、このように往来を出歩いても何もおかしくはあるまい。嘘も方便じゃ」

「あのさ壱子、嘘にはついて良いものと悪いものがあって……」

「そんなことより早く戻るぞ。逆に怪しまれてしまう」


 そう言うと、壱子はスタスタと皿江たちのほうへ戻っていく。

 壱子が何を考えているか平間にはイマイチ分からなかったが、戻らぬわけにもいかなかったのでしぶしぶ壱子のあとを追う。

 沙和がすれ違いざまに小声で言った。


「今の話、本当?」

「違いますよ」

「またまた~」


 平間は即座に否定するが、沙和は照れ隠しだと判断したらしい。

 また後で誤解を解かなければならないと思うと、平間は陰鬱な気持ちになる。

 ふと、平間は沙和の首筋に赤い線が入っていることに気が付いた。


「沙和さん、首もとのそれ……切り傷ですか」

「え? あ、本当だ。山の竹やぶを抜けるときに切っちゃったのかな。まあこれくらいの傷ならすぐ治るから気にしないで」


 呑気(のんき)に手をひらひらさせて言う沙和の言うとおり、特に心配する必要もないだろう。

 そう判断して平間は皿江の前に戻り、何とか平静を装って言った。


「すみません、取り込んでいました」

「お気になさらず」

「ええと、そちらの背の高い髭の人が隕鉄(いんてつ)さん。壱子の世話をしてくれています。もう一人の落ち着きが無いほうが――」

「沙和です! ヌエビトのお宝を探しに着ました!」

「……というわけです」


 顔を引きつらせて平間は話をまとめた。

皿江は片眉を上げて沙和のほうを見やる。


「ヌエビトの宝、とは?」

「森に隠されているって聞いたんですけど……違うんですか?」

「残念ながら私は聞いたことがない。まあ良い。平間さん、続きは中で話そう」


 皿江は歳相応の落ち着きを以って、平間たちを屋敷の中に招き入れた。

 屋敷は玄関から見て左に折れ曲がった「く」の字型をしており、中庭には縁側と離れがあった。

 中庭の草木は丁寧に切り揃えられているが、皿江が自分で整えているのだろうか。

 玄関を上がって廊下を進むと突き当りが丁の字に分かれていて、そこを左に折れてすぐ右側にある(ふすま)を開くと、八畳ほどの部屋に出た。部屋の左右には別の部屋に繋がっているのであろう(ふすま)がある。

 皿江は部屋の奥に座布団を並べると、そちらに座るよう平間たちに促し、自分は部屋の入り口のほうに腰を下ろした。


「明日到着すると聞いていたのでね、迎える準備が出来ておらず申し訳ない。さて、と。何から話せばいいのかな」

「まずは――」

「ヌエビトとは何なのですか」


 平間が口を開こうとしたとき、またも横の壱子が口を挟んだ。

 皿江はあからさまに不愉快そうに顔をゆがめる。


「平間さん、あなたの許婚によく言って聞かせていただきたい。男同士の会話に女が口を挟むものではないと」

「す、すみません……」


 反射的に平間は皿江に詫びる。

 皿江の言うとおり、皇国では女性は外に出ず、黙って付き従うべきだと考える風潮があった。

平間は傍らをチラリと見ると、壱子は悔しそうに俯いていた。すると何故だろう、みぞおちの辺りが鉛になったような気持ちの悪さが平間を襲う。

この気持ちの悪さを解消する手段を、平間は直感的に知っていた。そして同時に、それを実行する決意をする。

平間はスッと顔を上げると、皿江と目を合わせた。その鋭い眼差しに怯みそうになるのを何とか抑えて、言った。


「ですが、この壱子はとても利発な娘で、必ずやヌエビトの正体を突き止められる力になります。ここはどうか大目に見てもらえないでしょうか」


 その言葉に驚いたように、壱子が平間を見る。

 皿江は平間から目を逸らさず、何も言わなかった。平間は絶えず目を逸らしたくなる衝動に襲われるが、彼の中の何かがそれを許さなかった。

 どれくらいの時が経ったのだろう。傍から見たら一瞬だったのだろうが、平間にはその何倍も長く感じられた。

そしてついに、皿江が息を吐いて言う。


「良いだろう。ヌエビトの話だったな」

「……! ありがとうございます!」

「全く、孫娘の教育に悪いことこの上ない」


 孫娘とは、表で遊んでいた少女のことだろう。

 皿江は少し間を置いて話し始めた。


「この村の近くには勝未森(かつみのもり)という森があるのは知っているだろう。とはいっても、今では『ヌエビトの森』など呼ばれているが」


 皿江は苦々しげに言う。

 その呼称が気に入らないのだろう。


「ことの始まりは六年前の春だ。村恒例の豊作を祈る祭りの夜、酒に酔った伍兵衛(ごへえ)という村人が用をたしに行ったとき、勝未森(かつみのもり)の付近を歩く人影を見たらしい。そしてその人影は人と犬のような頭を持っていたそうだ」

「それで――?」

「その人影……いや、もうヌエビトと言ってしまおう。ヌエビトはまるで伍兵衛を観察するようにジッと動かなかった。途端に恐ろしくなった伍兵衛は一目散に逃げ帰り、事の顛末を村の者たちに言って話したが、伍兵衛が酒に酔っていたこともあって、皆それを信じなかった。その一ヶ月後、伍兵衛は行方をくらませた」

「行方をくらませたって……」

「言葉どおり、いなくなった。何の変哲もない昼間に『少し出かけてくる』と言って家を出て、それっきり誰も伍兵衛を見ていない」


 平間は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 ヌエビトの話も恐ろしいが、自分の村の人間がいなくなった話を淡々と無感情に語る皿江が、温血の通っていない何かに思えたのだ。

 平間の薄ら寒い心地を知ってか知らずか、皿江はなおも平坦な声で続ける。


「それからしばらく後、秋ごろに、今度は旅の商人夫婦が私のもとを訪ねてきた」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ