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六話「何事も挑戦してみましょう」下

「では、ダメ元で聞いてみましょうか」

「まことか!」

「しかし、断られたら大人しく歩くのですぞ」

「無論じゃ。行ってみよう」


 そう言うと、二人は大猪が繋がれた厩へ向かっていく。その後を、平間と沙和が追って行った。


「まったく、隕鉄さんも壱子には甘いよなあ」

「おやおや、嫉妬かな?」

「そんなわけないでしょう。なんで僕が壱子のことで隕鉄さんに嫉妬しなきゃいけないんですか」

「あれれ、ずいぶんと強く否定するんだねぇ。逆に怪しいなあ」

「怪しいことなんてありません。そもそも、僕は年上派ですから」

「あ、そうなの? てっきり壱子ちゃん一筋だと思ってた。だって壱子ちゃん、平間くんにべったりだし、平間くんもまんざらでも無さそうだったし――」

「それは子守みたいなものです。とにかく何もありませんから」


 おちょくろうとする沙和の言葉を、平間はぴしゃりと遮った。

 と同時に、平間は自分の語気の強さに驚いた。なぜかイライラしている。

 慌てて謝ろうとすると、沙和は平間の予想に反してにんまりと笑っていた。


「なるほどなるほど、そういうことね。沙和ちゃん分かりました」


 そう言って相変わらず笑顔のまま、沙和はうんうんと頷いた。

 ……何か誤解されている気がする。

 平間が何と言おうか迷っていると、急に沙和は前を行く壱子と隕鉄の元へ駆けていった


「あのねー壱子ちゃん、平間くんがねー、壱子ちゃんのこと――」

「ややこしいことしないで! お願いだから!!」


 平間は叫ぶように言って、慌てて沙和の口をふさいだ。

 その様子をいぶかしげに見ていた壱子が言う。


「平間が私を……なんなのじゃ」

「なんでもないから、気にしないで!」

「気になるではないか。申してみよ」

「やっぱり壱子ちゃんも気になる? それはねー!」


 平間の手から逃れた沙和がノリノリで話し出そうとする。

 らちが明かないと判断した平間は、沙和の腕をつかんで壱子たちから引き離した。

 壱子たちに聞こえないように


「沙和さん、アンタ一体何がしたいんですか!?」

「いやあ、必死なところが可愛くってつい……」

「『つい』じゃない!」

「あはは、ごめんごめん。もうしないからさ」


 両手を合わせ、舌を少し出しながら沙和が言った。

 完全に楽しんでいる。


「多分ね」

「またやる気満々でしょ!」

「まあまあ。仲良きことは美しきかな、ってやつよ」

「適当なことを……とにかくもう止めてくださいね」

「はいはい、沙和ちゃん了解です~」


 敬礼をするように片手を額に当てる沙和。

 全然信用ならない、と平間はため息をついた。


 そこへ、壱子と隕鉄が戻ってきた。

ずいぶんと早く帰ってきたことから察するに、きっと“けんもほろろ”に断られたのだろう。


「平間、交渉してきたぞ」

「ダメだったでしょ? さ、大人しく歩こう」

「いや、いけた。乗って行っても良いらしいぞ」

「……え、本当?」

「うむ。隕鉄の知り合いだった。研究の一環で使ってもいいと言っておったぞ」


 さっきの「顔でどうにかなる」はそういう意味だったか。

 というか、皇国の施設を口先ひとつでどうにかできる隕鉄は何者なのだろう。

 まさかあらかじめ根回しをしていたわけでもあるまいし。


「どうやら調教は済んでいるようじゃ。富月(ふづき)という町に行って帰ってくるように躾けてあるらしいが、これが勝未に程近い。担当の者の話では、今日中に富月に着けるらしいぞ。もともとの予定とは違うが、そこは問題無いじゃろう」

「でも、僕たちは誰も乗ったことが無いんだ。そう簡単に操れるとは思えないけど……」

「それも心配ない。富月(ふづき)までしか行けぬが、乗れば勝手に富月に行くらしい。なんでも、誰でも乗れるのが大猪のウリなんじゃと」


 そんなに上手い話があるだろうか……。

 タダより高いものは無い。

 どこかに落とし穴が潜んでやいないか。


 基本的に不安がちな平間が頭を悩ませていると、壱子が再び口を開く。


「あ、でもまだ研究途上じゃから、もし何かあっても責任は取らぬ、とも言っておった」

「それについては、どうなの?」

「うむ、確かに懸念ではあるが……まあ隕鉄がいれば大抵のことは何とかなるじゃろう」

「……本当、隕鉄さんって何者なんだ」


 首をかしげる平間に、隕鉄は「ただの坊主だ」と笑って言った。



――



 一番先に大猪(おおいのしし)にまたがったのは壱子だった。

 隕鉄に(わき)の下を抱えられて大猪の上に取り付けられた(くら)に腰掛けた壱子は、興奮した様子で目を輝かせる。


「これはなかなか、悪くないのう。良い眺めじゃ」

「普段の目線よりずっと高いからね」

「うむ。偉くなったような気分じゃぞ」


 偉いでしょ、大貴族の娘なんだから。と平間はひそかに突っ込む。


 そして大まかに猪の扱い方を教わって、一行は今まさに出発しようとしているところだ。

 扱い方はおおむね馬と同じらしい。


 壱子に次いで、隕鉄が壱子の後ろにまたがり手綱(たづな)を握る。すると、大男の隕鉄の陰に小柄な壱子はすっぽりと隠れてしまった。


「じゃ、アタシたちも乗ろうか。手綱は平間くんが握ってくれる?」


 沙和の言葉に平間は頷く。

 大猪は二人乗りらしく、全員で四人の一行は二人ずつに分かれることになっていた。


「平間くん、残念だったね」

「……だいたい何が言いたいか想像はつきますけど、なんでですか」

「いや、壱子ちゃんと乗りたかったかなって」

「やっぱり。何度も言いますけど、そんなことは無いです。だいたい、体重的にこう分かれるのが一番良いんだから」


 そう、平間の言うとおり、遅いほうに合わせて行動しなければならないため、乗せる人の体重に差がありすぎると到着時刻が遅くなるのだという。

 だから体重の一番重い隕鉄と一番軽い壱子の二人が一緒に乗ることになったのだ。


 またもや自分をからかおうとする沙和を無視するように、平間はさっさと大猪にまたがろうとした。

 猪は遠目で見ても大きかったが、近くで見るとより大きく見える。

 小さな山のようなその巨体は、ただそこにあるだけで圧迫感さえ覚えさせた。

 平間が恐る恐る手を触れてみると、獣らしい針のような毛は艶やかで、周囲にかすかな温かさが感じられる。

 大切に育てられているのだろう。

 ちらりと馬屋の方を見ると、施設の役人が心配そうにこちらを見ていた。

 丁寧に乗ってきちんと返そう。そう平間は決意した。



――



 猪は速かった。馬ほどではないにしても、安定した速度で移動を続けている。

 これならば人が歩くのと比べて数倍は長い距離を移動できそうだ。

 普段は違う景色が楽しめるし、乗り心地も悪く無い。

 強いて言えば、道行く人の好奇の目が痛いのと、少し獣臭(けものくさ)いのが(たま)(きず)か。

 

「平間くん、あっち見てみなよ」


 平間の後ろに座っている沙和が声をかけてくる。

 見ると、併走しているもう一党の大猪に乗った壱子と目が合った。

 心なしかいつもより目つきが悪い気がする。そして平間が見ていることに気づくと、すぐに目を逸らしてしまった。


「壱子、機嫌悪いですね」

「なんでだと思う?」

「……お腹空いたのかな。多分」

「お腹空くと気が立つからねー。ってんなわけあるか!」


 平間の背中を沙和が思い切り引っ叩いた。

 気持ちのいい乾いた音が響く。


「はぁ、まさか平間君がここまでアレな人だとは思わなかったわ……」

「さっきから何を言ってるんですか。痛いし」

「あのね平間くん、世の中には取り返しの付かないことってあるんだよ。そんなことばっかり言ってたら、いつか壱子ちゃんがどっか行っちゃっても知らないからね」

「だから壱子と僕に何の関係があるんですか」


 しつこい沙和に少し苛立ったように平間が言う。

 この商人見習いは、なぜこうも壱子とくっ付けたがるんだ。

 平間の強い語気にまったく臆することなく、沙和は言った。


「じゃあ聞くけど、もし勝未村(かつみむら)での仕事が終わった次の日に壱子ちゃんが(とつ)ぐってなったらどう思うのよ」

「どうって……おめでとう?」

「本当にそれだけ?」

「それだけです。……って、わけでもないですね」

「でしょ! でしょでしょ!?」


 嬉しそうに沙和は平間の背中をバンバン叩いた。

 その動きが気に入らなかったのか、大猪が不機嫌そうに体を揺らす。


「どう思う? 沙和ちゃんに言ってみ?」

「なんというか……損した気分になります」

「ほほう? いいことだと思うよ~それは。では今回はこのあたりで済ませておいてあげましょう」


 満足げに言うと、沙和はなぜか平間の肩を揉んできた。

 平間にはイマイチ沙和の感情の起伏が読めない。


 ふとまた壱子のほうを見ると、退屈そうにあくびをした隕鉄の陰で、こちらを(のぞ)く壱子と目が合った。

 慌てたのか、壱子は思いっきりのけぞって、危うく大猪の背から落ちそうになった。すんでのところで隕鉄に支えられる。

 落下を免れた壱子はさも「お前のせいだ」とでも言わんばかりに、ツンと顔を背けた。


 沙和といい壱子といい、何を考えているか分からない。前途多難だ。

 平間はぼうっと考え事をしながら、頭をかいた。



 その日の夜、平間たちは富月村に到着した。

 目的地の勝未村は、すぐそこだ。



――――



月見うどんが好きです。

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