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六話「何事も挑戦してみましょう」上


 平間たちは出発した日の昼過ぎに、東陽道で最初の街・雨手川(あまてがわ)に到着した。

 ここで昼食がてら一休みするつもりだ。


「壱子、何か食べたいものある?」

「私は腹が空いた。食べられるものならなんでもいいぞ。あ、出来れば屋敷では食えぬものがいいのう」


 雨手川(あまてがわ)の街並みを眺めながら、壱子は答えた。

 壱子の生家は大貴族だ。その屋敷で食べられないものなど、この街どころか皇国に存在するのだろうか。

 そもそも、平間だって物心ついてからはほとんど皇都から出たことは無いから、この街のどこに何があるかも分かっていない。

 隕鉄(いんてつ)なら、何か知っているのではないか。


「隕鉄さん、壱子はこう言っていますけど、どこかおすすめのお店はあります?」

「いや、我もよく知らぬのだ」

「はいはい! アタシ知ってる! 美味しいうどん屋さんがあるよ!」


 困り顔の隕鉄の横から、沙和(さわ)が勢いよく手を挙げて言った。

 商人見習いの沙和なら、確かに街道沿いのこの町に詳しいのも無理はない。

 平間が壱子のほうを見ると、すでに壱子はのどを鳴らして目を輝かせていた。

 これは……確認する必要はないかな。


「壱子、うどんだって。どう?」

「良いと思う。賛成じゃ。素晴らしい。私は大盛りにするぞ!」

「だそうです、沙和さん」

「よっしゃ、じゃあ行きましょー!」


 壱子の気が引けたのが嬉しいのか、沙和はさきほど以上に意気揚々として先導していく。

 うどんに釣られた空腹の壱子も、足早にその後を付いていった。

 あれだけ沙和に引いていた壱子だったが、食べ物の魅力の前にはその記憶も霞んでしまったらしい。



――



「いやはや、美味であったー!」


うどん屋の軒先に腰をかけ、壱子は満面の笑みで言った。

満足げに腹までさすっているが……貴族の娘としてそれはどうなのだろう。


 と苦笑する平間も、この店のうどんの味には満足だった。

 その秘密を店主に尋ねてみたところ、皇国東部の大港から東陽道を通って良質な鰹節や煮干が入ってくるのだという。それに加えて近隣の村で栽培されている小麦と、近くを流れる澄んだ川の水が自慢のうどんを作っているのだという。

 沙和は商人らしくその話を興味深そうに聞いていたが、壱子はうどんに夢中になっていた。

 隕鉄の強い要望で代金はすべて隕鉄が支払ったが、結局壱子は、うどんを四玉(よんたま)も平らげた。



――



 うどん屋を出て雨手川(あまてがわ)の通りに戻った一行は、再び進路を東にとっていた。


「で、次はどこに行くのじゃ?」

「もう食べないよ。あれだけ食べたのに、まだ食べるつもり……?」

「違うわ! 馬鹿にしおって次に行く街はどこかと聞いておるのじゃ。……ついでにそこの名物も知りたい」


 食べるつもりではいるじゃないか。


「次の街は……というか、村に近いかな。佐倉羽(さくらば)って言うところだ。今から歩いたら日暮れには着くことになる。今日はそこで一泊して、もう一日歩く。さらに一泊して、次の日の昼くらいには目的地の勝未村に着けると思うよ。そういう風に勝未村の方にも連絡してある。そう梅乃さんが地図と一緒に教えてくれた」

「つまり、今日と明日と明後日の三日間は歩き通さぬといけないわけじゃな。……遠いのう」

「馬とか船とかだったらもっと早く行けるんだけどね。でも、多分壱子は馬に乗れないでしょ? 当然、勝未までは陸路だから船も使えない。それに、色々なものを見るなら歩いてゆっくり進むのが一番だ」

「……そうじゃな。しかし平間、私は体力がないぞ」


 なぜか胸を張る壱子だが、平間にはそう言う壱子の意図がよく分からなかった。


「……どういうこと? 応援すれば良い?」

「いや違う、限界が来たらおぶってくれ」

「やだよ」

「なぜじゃ!?」


 なぜって……疲れるし、平間だって旅に慣れているわけではない。

 休み休みとはいえこんな長距離を歩けば、平間はたぶん人並みか、それ以上に疲れが溜まるだろう。

 そんな平間が、壱子を背負って歩く体力まであるとは思えない。


 ……と、そのまま言うのは平間の面子にもかかわるから、それらしいことを言って納得させてやろう、と平間は決めた。


「だって、自分の足で歩かなきゃ、体力がつかないでしょ」

「私は別に体力をつけたいわけでは無いぞ。この国のことを実際にこの目で見て、学ぶのが目的じゃ。だから歩かなくても良い」


 壱子の言うことは屁理屈に近いが、一応は的を射ている。

 それにどう反論すれば良いか、すぐには平間には分からなかった。


「お嬢、多くのものを見て回るには体力は不可欠ですぞ。牛車で行けるところならば良いかもしれませぬが、この国には山や川、果ては海を越えてようやくたどり着くことが出来るところもありましょう? 体力が無ければ、得られる経験も限られたものになってしまう」

「う、それは確かにその通りじゃな……」


 隕鉄の言葉に、壱子は素直にうなずく。

 壱子の扱いにおいて、やはり隕鉄は平間より何枚も上手(うわて)のようだ。

 そんな時、何かを見つけた沙和が、街の一角を指して言った。


「もしかしたら、壱子ちゃんの言うとおりになるかも」

「あれは……(いのしし)か? ずいぶんと大きいように見えるが」


 目を凝らしながら壱子が言う。

 平間が見ると、馬屋の中に大きめの、と言うより巨大な猪が繋がれていた。

 その背には、馬に付けるような手綱(たづな)(くら)が取り付けられていて、どうやら人が乗るためのものらしい。

 ゆうに十尺(およそ三メートル)はあるだろうその巨体から推測するに、大人の男が二人か三人は乗ることが出来そうだ。


「隕鉄、あれは何じゃ」

「皇国で猪を調教して馬の代わりに用いることが出来ぬか、という研究がされていると聞いたことがあります。その一環の施設でしょうな」

「馬の代わりに?」

「何でも、人に慣れやすく怪我も少ない、雑食性なので餌も選ばない、などの利点があるんでしょう。そして何よりあの巨体です。見るからに力が強そうだ」


 そんな研究が行われていることなど、平間は知らなかった。

 普段は人をおちょくってばかりだが、隕鉄はさすがに博識だ。伊達に年を重ねていない。


 壱子がニヤリと笑って言う。

 こういう表情をする時の壱子はたいてい良くないことを考えていることを、平間は経験則で知っていた。


「隕鉄、乗ってみたいぞ」

「ハハ、いくらお嬢でもさすがにそのワガママは通らぬでしょう。末端とは言え、あれは皇国の施設でありますから」

「むう、そうか……? お主の顔で何とかなったりしないかのう」


 隕鉄の顔で……とはどういうことだろう。

 確かに怒ったらものすごい迫力のありそうな顔をしているが、さすがにそういう意味ではあるまい。

 隕鉄の言うとおり完全に壱子のワガママなのだが、隕鉄は困ったように笑みを作っている。


「では、ダメ元で聞いてみましょうか」

「まことか!」

「しかし、断られたら大人しく歩くのですぞ」

「無論じゃ。行ってみよう」


 そう言うと、二人は大猪が繋がれた厩へ向かっていく。その後を、平間と沙和が追って行った。



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