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五話「いざその道を進みましょう」下

 平間たちの名前を一通り聞き終えた沙和は、再び平間に話しかける。


「それで、皆さんはどちらへ?」

勝未村(かつみむら)というところに行きます」

「ほほう、勝未村っていうと、あのヌエビトが出るっていう勝未村?」

「知っているんですか?」

「モチのロンですよ。皇都とかこの東陽道ではしょっちゅう噂になってます。なんでも、頭が二つあるとか、人の子をさらって食べちゃうとか、見た者は呪われるとか、森にお宝を隠しているとか!」


 「お宝」のくだりで特に目を輝かせ、沙和が言う。

 夜な夜な現れて頭が二つある、という平間が梅乃から聞いた情報と比べるとかなり多様な噂が流れているようだ。単に尾ひれが付いただけなのか、あるいは梅乃の用意した情報が少なかったのか、いずれかだろう。


「ちなみに、沙和さんはどちらに?」

「沙和ちゃんでいいですってば、固いなあ。アタシは……実は、まだ決まっていないんですよね。東の港で皇都へ荷物を運ぶのを頼まれた帰りなんですけど……別にすぐ港まで戻らなきゃいけないわけじゃないですし、何か面白いものがあれば、仕入れて港にでも持っていってもいいですし」


 饒舌に話し出した沙和は、いったん話し終えるとしばし考え込む。

 急に話しだしたと思えば急に黙り込むところはなんとなく壱子に似ている、と平間はぼんやり感じた。


「ところで、平間くん。ダメもとで聞いておくけど、何か運んで欲しいものとか、買ってきて欲しいものとかあります? もちろん手間賃は頂くけど」

「いや、今のところ特には……」

「だよねぇ。本当、どうしようかなあ。私も勝未村に行ってみようかな。行ったことないし、ヌエビトのお宝も興味あるし、素敵なおじさまもいらっしゃいますし!」


 そう言って、沙和は隕鉄の方を見て微笑む。案外、年上趣味なのか。

 隕鉄は平間や壱子のように沙和の距離感に戸惑うことなく、表情一つ変えずに尋ねた。


「それで、沙和殿はなにゆえ我らに声をかけてきたのだ? 皇都から出てきたばかりの我らが商人(あきんど)の貴殿に何も用が無いことは分かるだろうに」

「さすが隕鉄さん、これは手厳しい。まあ、確かにそうです」


 腕を組んで頷く沙和。その仕草はどこか演技がかっている。

 実際、隕鉄の言うことももっともで、壱子はともかく平間は自分でも悲しくなるほどに金っ気が無い。隕鉄は……どうだろう。

少し口角を上げながら、沙和が続ける。


「ですけど、この稼業って人との繋がりが一番大事なんですよね。でもアタシなんかが正攻法で商売をやっていこうと思っても、もう貴族の方とか大商人さんがいて入るスキが無いんです。そこでアタシは考えました」


 人差し指をピンと立てて沙和は続ける。


「今ある商売とは違う、新しいカタチの商売をすれば良いじゃないか、と! そのためには珍しい人たちとの繋がりが欠かせません。なので、皆さんみたいに変わった組み合わせの一行を見かけたら、なるべく声をかけるようにしているんです。もちろん、お仕事に支障が出ない範囲で、ですけどね」


 そう言い終えると、沙和は器用に片目を閉じてみせる。その仕草は、快活な印象の彼女がやると様になっていた。

 ……多分、壱子がやると似合わないんだろうな。

 隕鉄は沙和の言うことに納得したように頷く。


「なるほど、そういうことであったか。確かに我らのように、中年男と少年少女の組み合わせの者はそうそういない」

「でしょう? だからお金儲けの匂いを感じて話しかけちゃいました」


沙和には悪いが、僕たちに付いて来てもお金儲けできるとは思えない。

 今回の勝未村の調査では、特に儲け話があるわけではない。

 村に行って、存在するかすら分からないヌエビトを調べて、その結果を報告するだけだ。


 ふと、平間の袖をちょいちょいと引く者がいるのに気付いた。

いつの間にか隕鉄の陰から帰ってきた壱子だ。

俯きがちな彼女に、平間は小声で話しかける。


「どうしたの?」

「のう、この沙和という娘、私たちに付いて来たそうにしていないか……?」

「そうかもね。それが?」

「う……私はこやつが苦手じゃ……。なんかこう、近い」


 それは確かに。

 特に壱子は沙和に気に入られたようで、きっとこれからも距離感を詰めてくるだろう。だから、壱子の懸念は多分正しい。

 とは言っても、沙和が付いて来たいというのを断る理由も特に無い。

 むしろ、森に住むヌエビトを探すのなら頭数が多いに越したことはないだろう。


「それで、アタシも勝未村に行ってみたいです! アタシ一人だと、やっぱりヌエビトの噂はちょっと怖くて……ダメですか?」


 ほら来た。

 媚びるように沙和が隕鉄に頼み込む。

 そんな彼女に、隕鉄は困ったように首を振った。


「我はただの従者ゆえ、我の一存で決めることは出来んのだ」

「え、隕鉄さんが一番偉いんじゃないですか? 一番この中で年上ですよね?」

「うむ。されど我の主は、そこで平間殿にくっ付いて震えているお嬢なのだ」

「くっ、『くっ付いて震えている』は余計じゃ!」


 平間にくっ付いて震えていた壱子が牙を向く。

 が、沙和と目を合わせると、また花がしぼむように大人しくなった。

 沙和は壱子に歩み寄ると、少し屈んで言う。


「どう、壱子ちゃん? アタシも一緒に行ってもいいかな?」

「だ、だから近いのじゃ、お主は……」

「恥ずかしがらなくていいってばー! もう、どこまで可愛いの!」


 そう言うと、沙和は壱子の頭を撫で回す。

 一方の壱子はもう限界に達してしまったのか、放心状態で固まってしまった。

 あ、半泣きになってる。


 初対面のときはかなり強気な子だと思ったが、一緒にいるにつれて梅乃や隕鉄、そしてこの沙和など、意外と天敵が多いらしい。

 まさしく兎や栗鼠(りす)のような小動物みたいだ。


 残された精神力を振り絞って、壱子が口を開いた。


「わた、私は、そこの平間に色んなことを教えてもらおうと一緒におるのじゃ。だから、わ、私より平間のほうが偉い……とも、言える。だから平間に聞いてくれ。私は知らん」


 最後の方は早口で言うと、壱子はそそくさと再び平間の陰に隠れてしまった。

 たらい回しじゃないか。まるで役人だ。

 と、役人の平間がツッコミを入れる。


「え、平間くんが一番なの……? 一番意外……」


 訝しげに言う沙和に、平間は思わず頬をヒクつかせる。

 壱子より意外だろうか、と少しだけ傷付いた。


「で、アタシも一緒に行っていい? 邪魔はしないから!」


 そう言って手を合わせる沙和を断る理由はやはり無い。

 壱子には悪いが……。


「わかった」

「さっすが、平間くんは話が分かる! それじゃヨロシクね、壱子ちゃん、隕鉄さん」

「僕は……?」

「あ、ついでに平間君も」

「……そりゃどうも」


 やはり沙和は平間の扱いが雑だ。


「威厳が欲しい……」

「無理じゃ、諦めろ」


 一人呟いた平間が冷たい声に振り向くと、これまた冷たい視線を投げてくる壱子と目が合った。

 頬を膨らませ、唇を尖らせている壱子は、すごく不機嫌そうに見える。


「もしかして、怒ってる?」

「怒っておらぬ」


 目を逸らして壱子は答える。

 怒ってるな。


「……ごめん」

「ま、お主が断れぬ人間だと分かっておるのに、お主に委ねた私も悪い。ヘタレ貴族じゃ」


 手をひらひらさせながら言う壱子は自嘲気味に笑う。


「確かに、威厳が欲しいのう……」


 そう言う壱子の頭を、平間は同情を込めてしんみりと撫でた。



――――

壱子は今回の「ヘタレ貴族」というフレーズをちょっと気に入っています。

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