「どちらにいかれますか? Where do you go?」
鳥丸と始めて創作をしようと話したときに、無作為に決めたキーワードから作った短編です。キーワードは「アイドル」「中毒」「エンジン」の三つです。
昔から、キーワードを使っての短編を書くのが好きで、久々に書いたのに楽しくできました。(内容は楽しいなんて思えるような明るいものではないですが…)
*
―明日、十二月十日の天気予報です。東京は明日も晴れ。湿度の低い乾燥した風が吹きますので火の元にご注意ください。気温は…
「また晴れか…」
ここ最近、雨が降っていないため、昼間の利用客が少なくて困る。
私は名もない、タクシードライバー。それ以上でもなく、それ以下でもない。
特に夢もなく、そこそこの大学に行き、それなりの会社に勤めたものの、いざ経営が傾くと、真っ先に首を切られた。妻と子供にも逃げられ、気がついたらこの仕事についていた。
仕事に誇りも遣り甲斐もない。もともと車に乗ることは好きであったし、なにより生活のため、なりふり構っていられなかった。
―しあわせになりたい 明日を見つける気があれば 簡単なこと
備え付けのラジオから、懐かしい音楽が流れていた。先ほどから、やけに懐かしい曲ばかり流れている。元来、音楽に興味はなかった私だが、おそらく街中やテレビで聞いたといった、その程度しか知らない音楽であっても、こうして耳に入るだけでどこかノスタルジーに浸ってしまいそうになる。
前の車が動き出した。一気に現実に戻り、アクセルを軽く踏む。相棒の唸るような音と共に、車が少し前に出た。
今日もローテーションどおり、駅前のロータリーで客を待つ。列をなして並ぶ車の中に、私を同じように待機している。先頭の車がお客を乗せれば、ひとつ前に出る。そして戻ってきた車がまた戻り、列を作っていく。帰ってきた車が、まるでところてんのように前の車を押し出していく。アイドリングストップなんて言葉はない。このエンジンを切ってしまえば、真冬の車内はすぐに外の気温と変わらなくなってしまう。ただでさえ、座席に座り、ろくに動くことのないこの現状では、外気に勝れる熱量など生み出せるわけがない。
―あなたが思うほど人生は悪くない 笑顔をみせて あの元気な
いや、すでに熱意というものが生み出せなくなってしまったのかもしれない。
私は少し曇ったガラス窓から見慣れすぎた街並みを、焦点も合わせずにただ眺めた。
「はぁ…」
酷くくすんで見えたので、瞼を閉じた。
会社勤めだったころは、それなりに熱意があり、今よりも世界は輝いていたように思えた。何より若さがあった。少し位休まなくても身体は平気だった。疲れすら、心地よく感じていたのかもしれない。
―プッ
後ろの車から、軽くクラクションを鳴らされた。気が付くと前の車がいなかった。感慨もなく感傷に浸り、目を閉じていたので気が付かなかったようだ。
私はラジオを消して、アクセルを軽く踏み待機組の先頭になった。
*
夜の十一時から十二時、居酒屋帰りのサラリーマンなどが増えてくる時間帯だ。長い間待ってやってきたお客が、案の定酔っ払いであった。こういったお客は嫌いだ。お客をえり好みできる身分ではないことは自覚しているが、やけに興奮していたり、車内で寝てしまったり、ゲロを吐かれてしまったりと、できれば御免こうむりたい。
今回の客は暴れたり、吐かれたりはしなかった。むしろ静かだった。いや、静かすぎた。スーツに身を包んだ男性客は、酒臭い声でかろうじて自宅の住所を言うと、電源が切れたかのように静かになった。
「着きましたよ?」
目的地についても何も反応がなかったため、不安に思いミラー越しに覗き込むと、案の定お客は爆睡していた。
声をかけても、揺すっても起きやしない。仕方ないので、男の家のチャイムを鳴らして、寝ていた家族を起こし、事情を説明した。代金はそのサラリーマンの奥さんからいただいたが、その男をどうにかして車内から出さねばならなかった。
「最悪、だっ…」
酒臭い男を背負って運ぶ羽目になった。寝ている人間というのは脱力しきっている分、こんなにも重たく感じるものなのか。
男を自宅のソファーに下ろして、その奥さんから謝罪の言葉を貰い、外に出たころには、全身にびっしょりと汗をかいてしまった。
「きっと明日は全身筋肉痛かもしてないな…」
いや明後日かもしれないな…、と苦笑しながらタクシーに戻った。
だいぶ遅い時間になってしまった。駅へ戻る道は人気のない川沿いの道路で、対向車に一度もすれ違うことがなかった。
「ん?」
一人で歩いていた女性を通り過ぎた。
こんな夜中に危ないなと、考えながらふとバックミラーの見ると、
「おおっ?」
通り過ぎた女性が手を振りながら追いかけていた。どうやらお客のようだ。
すぐに停車し、女性が着くのを待った。
「はぁはぁ…、よかった…」
ほぼなくして息を切らせた女性がこちらにやってきて、座席に倒れこむようにして腰掛けた。その瞬間に後部座席からは、柔らかく心地よい、透明感のある香りが広がってきた。
バックミラー越しに女性を見た。
おそらく私と同年代くらいの女性だろう。小柄で細身で、こんな寒い夜中だというのに薄着であった。こんな恰好で外を歩いていたからか、シャツから出ている肌は病的なほどに白く透き通っていた。
「寒かったでしょう、今暖房を強めますね」
すぐに車のドアを閉め、手元の暖房を強めた。ゴーという暖房の音が強まり、車特有の蒸した塗料の香りと暖気を、心地よかった香りを掻き消しながら車内に広がった。
「すみません、ありがとうございます」
そう言うと女性は走って乱れた服装を整え始めた。胸元の空いた白いシャツの上に、赤い花柄の模様の入ったブラウスという、全体的に若めな服装で、ついその仕草と恰好を眺めてしまった。
「っ…‼」
女性と目が合ってしまった。走ったからだろうか、瞳はうるんでおり、頬はほんのり熱を帯びていて、私は思わずドキッとしてしまった。
「ど、どちらにいかれますか?」
できるだけ冷静を装い、行き先を尋ねた。
その女性は微笑みながら答えた。
「適当に回してください」
と。
*
「えっ?」
困惑した。
タクシーというのはお客の要望通り、目的地に案内するものである。そこに本来自由意志などないはずである。この仕事をして、それほど長くはないが、色々な種類のお客を運んだ。学生、サラリーマン、お年寄りに、町のお医者さんから、はたまたヤクザまでいろんなお客を、色々な場所へ送り届けて行った。それなのに、「どちらに行かれますか?」と聞いて、「適当にまわしてください」なんて、こんなことを言われたのは初めてだった。
「えっと、お客様…それはどういう意味でしょうか?」
「言葉どおりよ?これで適当に走ってちょうだい」
と、後ろから女性が身を乗り出しながら、一万円札を差し出した。一瞬どうするべきか、お札と女性の顔の間を目線が往復してしまったが、仕方なく受け取った。
「えっ?」
お札を受け取った瞬間、指先にぬるっとした感触が走った。慌ててお札を確かめると、差し出された一万円札は少し濡れていた。
「ごめんなさい、水たまりにお財布を落としてしまって、今はこれしかないの…」
申し訳なさそうに女性はそう言った。
「わかりました、大丈夫ですよ。それより災難でしたね」
濡れたお札をそのまましまうわけにもいかないので、暖房の前にクリップで止めて乾かすことにした。
「じゃあ、ここら辺を適当に走らせますね」
タクシーで一万円となると、だいたい30キロぐらいの料金だ。夜の空いている道路だと30~40分といったところか。どんなルートで走らせようか、私はそう考えながら、ゆっくりとアクセルを踏んだ。なにか事情があるのかもしれない、野暮な詮索はしないで業務に専念しよう。
「ええ、お願いね」
そういうと、女性はシートに身を預け、窓の外を眺めた。
私はしばらくタクシーを走らせていた。車内にはラジオの音と、小刻みなエンジン音だけが響いていた。お札を受け取ってから、女性とは特に会話もない。
タクシーの運転手は二種類いると思う。客に話しかけ、一期一会の会話を楽しむもの。逆に、客に一切かかわらず、もくもくと目的地まで走らせるもの。もちろん、時間や人物によって使い分けるである。話しかけられることを嫌がる客も多いし、酔っていたり疲れ切っている客に話しかけるのも気が引ける。もちろん、客自ら運転手に話しかけることもある。
タクシーとはある意味、密室だと思う。家や会社のように固定電話はかかってこず、後部座席で完全に一人になれる移動時間。仕事のアイディアを打ち込んだり、景色を眺めたり、考え事にふけったり、時には寝たり、客はタクシーの中で様々なことをしていく。
運転手も人である。無言で車を走らせるのは苦ではない。ただ目的地もなく、理由もわからず、ただ時間を浪費するために走るというのが、私の性格に合わないようだった。
しかし、だからといって今更話しかけるきかっけもなかった。私は口下手だった。
またラジオから懐かしい年代の曲が流れた。聞いたことのあるイントロだった。
「それ、変えてくれない」
「は、はい」
思わぬ剣幕に一瞬反応ができなかった。
「チャンネル変えますね」
ボタンをいじって、ラジオ局を変えた。今度はラジオから違う音楽が流れてきた。
「ここも音楽番組でしたけど、これではいけませんか?」
恐る恐る私は尋ねる。どうやら最近のヒットチャートを流しているようだった。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
今度は打って変わって和らいだ声であった。よほど嫌いな曲だったのだろうか、私は最近の曲を聴きながらも、頭の中では先ほどのイントロがやけに頭に残っていた。思い出せないが、若い時に聞いたことのある曲のようだった。仕事意外にかまけることがなかった時代。どこかで耳にした気がする。しかし一向に思い出すことができなかった。
最近の曲が流れている。永遠の恋だとか、愛だとか、似たような言葉ばかり並べた曲が、車内を流れる。
「あなた、音楽はよく聞くの?」
「え?」
突然、そう尋ねられた。
「さっきから音楽番組ばかり流しているから」
「たまたまです。私は昔からこういったものに疎くて」
「そう」
女性の声はなぜか悲しんだような、けれどどこか安心したようなものだった。
「昔の曲を聴くと、嫌なことを思い出すのよ」
「嫌な事?」
「好きなことに夢中になっていた時よ」
私が何も言えずにいると女性は続けた。
「日本人って頑張るのが好きなのよ。自分が興味もったことに関して、無茶をしがちというか、良くも悪くも若さなのか、自分の体力気にせずどんどんと突き進んで、気付いたときにはオーバーヒートしてて…」
女性は語り口調になっている事に気がついたのか、一瞬間が入り、そのまま喋り続けた。
「無茶って意外と長持ちしないモノなの。常に新しい物が入ってきて、古い物は忘れられる。流行り廃りの繰り返し。そのきっかけがなんにしろ、ふと気がつと空っぽになってるの」
そう言い切ると女性は黙ってしまった。
「私はあまり学がないから、よくわからないんですが、空っぽになったってことは、それだけ新しい何かを詰める余裕があるってことなんじゃないですか?」
我ながら、よくもまあこんな恥ずかしいセリフを言ったものだと思うが、この夜の街というのは、そういったクサさが許されるような気がした。
「私も一度会社を出されておりまして、似たような事を考えていました。けど、人間というのは、特に理由や熱意がなくとも、惰性で生きていけるものなんだと、最近思うようになりました」
「今の仕事も?」
「このタクシーのように惰性で、運転手をやっております」
そう言って私はアクセルから足を離し、惰性のまま車を走らせた。
「このまま惰性で動いていれば、いつかは止まってしまうと思います。けど、アクセルを踏みなおすのは今ではありません。まだ、このままでゆっくりと進んでいきたいと思います」
「ふふ、そうね…」
なにかおかしいことを言っただろうか?
昔、妻がよくこんな歌詞の歌を歌っていた気がする。今時の音楽に興味の無い私を連れて、よくカラオケに行ったものだ。むろん、私は歌など歌えないし、対して上手くもない妻の歌など聞いていてもつまらないのだから、だいたいは寝ていたが。
今思えば、妻はなにが楽しかったのだろうか。
思い出した。おそらく、さっき流れていた音楽のイントロはこの曲だった。この曲のあと、あまり名前を聞かなくなったのだが、解散したのだろうか?
*
小一時間程度、走っただろうか、メーターがそろそろ九千円台を迎えようとしていた。
「ここでいいわ」
女性がそう私に告げた。
「こんなところでいいんですか?」
女性を拾ったあたりをぐるぐる回っていたのだが、せめてもう少し人気のあるところで下したほうがよいのではないかと思った。
「ええ、大丈夫よ」
そう言われてしまうと、こちらとしてはどうしょうもなかった。仕方がなく、タクシーを減速させ路肩に停車した。
「今夜は星が綺麗ね」
窓から夜空を見上げた女性は、そう呟いた。
「星が瞬くというのは、こういう事なのね」
そう言っていた彼女の横顔には、ふと幼い頃の情景が浮かびだしていた。
「お客さん、明日もそんな格好だと確実に風邪ひきますから、お気をつけてくださいね」
「あら、どうしてかしら?」
彼女は、不思議そうな顔をしてこちらに顔を向けた。
「星が瞬くというのは、上空で強風が起きていてそう見えるようでして、次の日にその風が降りてくるんですよ」
「つまり、明日は風が吹くのね」
ただでさえ寒いのに、風が吹いていたら体感温度はさらに下がってしまう。ましてや、彼女は薄着である。そんな格好では風邪をひいてしまいかねない。
「それは…、困ったわね…」
「え…?」
ぼそっと、彼女が何かを言ったが聞き取れなかった。
「色々、ありがとうね」
そう言って、彼女は扉に手を伸ばした。
「あ、おつりは…」
「けっこうよ。お釣りはいらないわ」
鞄からお釣りを渡そうとしたら、そう制止されてしまった。扉を開けて、彼女の身体が半分以上外に出てしまう。タクシーの中に、冬の冷たい外気が入り込んできた。私はあまりの寒さに身震いをした。こんな中に、彼女は降りて何をするのだろう。
「お、お客さん、どうしてあんなところにいたんですか?」
もう、満足だと言わんばかりに、外に出ようとしたため、とっさに言葉が出てしまった。
「さあ…。たぶんね、迷っていたの」
「道に、ですか?」
「…、何にだろうね。人恋しかったのかな」
答えになっていないが、彼女はそれ以上言おうとしなかった。彼女は困った顔をした私の顔を見るとにこりと微笑んで、夜の暗闇へと消えていった。
*
あの日から季節が一つ変わった。
私は今日もタクシーの列に並んでいた。徐々に暖かくなってきており、暖房をかけなくても車内にいられるようになっていた。
つけっぱなしのラジオからニュースが流れた。
昔有名だったアイドルが自殺したそうだ。入水自殺で、ここから割と遠くない場所だそうだ。秋の終わり頃に自殺をしていたそうだ。どこか人気のつかないところに漂っていたそうなのだが、冬の強風によって、流され発見されたそうだ。さぞ、冷たかったろうに。
次のニュースに変わり、興味は違う方向に流れた。またあの女性に合えるだろうか?名前くらい聞いておけばよかった、と後悔している。だから私は今日も、ドアを開けてこう言う、
「どちらに行かれますか?」
と。
そう言えば、この前流れた曲のタイトルが思い出せた。
『仕事中毒』
10月20日 鳥丸宅にて(予約投稿のため)
鳥丸「ひさしぶりだねー」
ネギ「寂しかったよー(怒)」
鳥丸「ネギが更新してたのちゃんとチェックしてたよ?」
ネギ「お前もちゃんと更新しろよ」
鳥丸「昨日したことになってない?」
ネギ「そんなメタなっ!」
鳥丸「では、そちらも宜しくお願いします」
ネギ「おい、人の小説で宣伝すんなし」
鳥丸「まだ、尺あるのか…」
ネギ「いいじゃん久々だし、寂しかったんだぞ!」
鳥丸「すごい寂しがってるw」
ネギ「だって、だって、忙しくて、書けなかったんだもん!!(泣)」
鳥丸「今日食べて思ったけど、カレーにハムカツって合うよね」
ネギ「ブーッ!!僕の真剣な叫びは何処へ?」
鳥丸「いいから拭け(ハンカチ)」