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3月1日 “日本国領” 千島列島・択捉島
北海道より北に位置するこの地では今、民間企業による本島に存在する鉱脈の開発が急ピッチで進められていた。
「綾瀬さーん、そろそろ昼食ですので一旦休憩にしませんか?」
「おう、わかった。すぐ行くから待っていろ」
部下の求めに手を上げて返事をした綾瀬 徹は自身が現場監督をしている鉱山で作業している他の作業員にも休憩の旨を伝え仮拠点として立っているプレハブへと歩き出した。彼は国内外で資源開発などを手掛ける住有鉱山に就職してから世界中で鉱山開発に従事しており、転移時はインドネシアで働いていたが幸いにも日本へと強制送還された者たちの一人でもある。おかげで国内にいた家族とは離れ離れにならずに済んだが、肝心の企業の方が優秀な技術者を多数失ったほか他国に有していた鉱山も失い経営が傾く結果となった。そんなこともあり日本政府から千島列島の開拓団の募集があった際、状況がつかめていなかった彼を始め全ての従業員を送る勢いで経営陣が参加を決定して今に至っている。
「それで状況的にはどんな感じなのですか?」
「あんまし芳しくはないな、やはりロシアの占領時の実効支配政策の際に大半の資源は撮り尽くされてしまっている。日本の資源問題を解決するのは難しいのではないかな」
事務係りの女性の質問にそう答える綾瀬、千島列島での活動は逐一政府に報告するのを義務付けられており資源の状況も重要な報告内容である。その資源だが転移前にロシアによってほとんど撮り尽くされて絶望的と言うのが彼の見解だ。日露間の領土問題での交渉を有利に進めるために採算度外視の開発をしていたようだが思わぬところで痛手を負うこととなった。恐らくほかの所も似たような状況となっていることだろう、もっともロシアが建てたた施設のおかげで開拓そのものは楽なのは唯一の収穫と言うべきかもしれない。
「資源がダメとなると他にやるとしたら農地開発ですかね?」
「どうだろうねぇ、そっちは専門外だからあんまし言う事は出来ないけど難しいんじゃないかなぁ、漁業ならいけるだろうけど」
そう言ってお茶を濁す綾瀬、まぁ細かいことは政府が何とかするだろうと思うことにして食事を終え空になった食器を片付けた後、作業を再開する時間まで仮眠をとろうと部屋を後にした。
「以上が千島列島、特に択捉島での活動状況です。何か質問はありますか?」
そう言った後会議室にいる参加者を見渡す谷 久本経産大臣、本日の会議の内容は千島列島での開拓団の近況報告と今後の活動方針についてだ。日本がこの世界に転移した際に一緒についてきた彼の地の扱いに関しては内閣・国会共に問題になったが北方4島については日本の領土という主張を一貫して主張していたのでロシアからの返還という事にして無理やり決着をつけた。残りの列島の島々、樺太に関しては日本も主権を放棄との認識から厄介なことになってしまったが結局ロシアが消えたことを主権放棄の黙認ととらえることとし、日本がその主権を受け継いだという事にして精神的決着として片付けた。案の定国会が炎上したが何度も言うように今の日本は危機的状況である。なりふり構っていられないのだ、それに他国に影響があるならまだしも今回はどこにも迷惑はかけていない、よって無問題であると開き直った。
「国内で資源の問題を解決するのはこれで実質的に不可能となったか・・・、また面倒な事になってしまったな」
「そうですねぇ、幸い日ノ出復拓領域に小規模な銅鉱脈が見つかったのでまだ何とかなりそうですけど問題は燃料資源ですかね、メタンハイドレート関係は当分役に立ちそうにありませんし」
伊東総理と山田総務大臣がそう言葉を漏らす。以前日ノ出で見つけた鉱脈候補の内、鉱脈として使えそうなのは全体の8%に留まった。他49%は鉱脈ではあるのだが色々と混じっていて質が悪いためすぐに使えそうもなく、残った43%はそもそも鉱脈ですらなかった。また、燃料資源に関してはいよいよ政府分の備蓄に底が見えてきておりやむを得ず停止していた原子力発電所23か所の内8か所を稼働することに踏み切ったが面倒な事に発電会社の職務怠慢により機器が老朽化しており整備のため動かすのに半年はかかるという、ほか日本近海に確認されているメタンハイドレートの実用化も検討してはみたのだが技術的問題がまだ多くたった3時間で廃案となった。
「総理、千島列島の開拓も重要ですが本土の方でも問題が山積みです。各地自体が生活保護の要請が増大しておりほか食料の配給の調整など作業量が増えすぎてパンク寸前です。これに関しては厚労省でも同じことが言えます」
厚生労働省大臣である遠崎 久子がそう発言する。転移により生活がままならず生活保護を受ける人の増加は予測していた。だが、それのほかに食料の配給に必要な市民の人口、年齢構成、配給に必要な量の情報を纏めるのが間に合っておらず、厚労省も報告される情報量の膨大さに首が回らなくなってしまっている。
「生活保護者の増大はしばらく目をつぶるしかないだろう、だが厚労省の管理能力の限界はまずい、不手際が起きれば最悪餓死者が出かねん、そのことで国交省から提案があると聞いたのだが本当か?」
「はい、国交省からの提案ですが道州制を導入してはいかがでしょうか?各都道府県から報告されるよりは情報量は少なくなると思いますが」
そう榎本国交大臣が提案する。要は各都道府県からそれぞれ別経統、計47系統の情報処理をするからパンクしかけているわけであり、都道府県と政府の間にもう一層クッションを置くことで情報の統括をはかろうというわけだ。
「道州制か・・また国会が炎上しそうなものが出てきたな」
「とはいえ総理、今後は復拓領域も日本国内へとなることですし今のうちに政治体制を変えておく方がいいと思いますが?」
乗り気ではない総理を説得するように田中官房長が話す。確かに今は国外となっている日ノ出をはじめとした復拓領域が国土として編入されれば都道府県のみでは管理しきれないだろう、なんせ日ノ出だけでも20万平方kmで日本の約半分である。また復拓領域は今後も拡大する方針なので今のうちに統治体制にメスを入れるのも必要かもしれない、審議を重ねた後、多数決を行った結果導入の方針で進めることに決定した。これが凶と出るか吉と出るかはまだ分からない・・・
所変わって日ノ出復拓領域では重機の音があたりに響いていた。日夜問わず工事を進めたおかげで赤く焼けた大地には今はいくつかの建物が立ち並び必要最低限の設備が出来上がっていた。今は大型機の発着に使う滑走路を作っているようだ。その一角で葉山 幸太三等陸尉率いる小隊も各々道具を手に持ち作業に従事していた。
「あークソ、小隊長!ドリルの刃がまた折れましたー」
「またかよ!?もうこれで3本目だぞ、ただでさえ資材が足りないのだからもう少し大切に扱えよ!」
部下の報告に文句を垂れる葉山三尉、彼の小隊は施設から少し離れた場所に10m四方の深さ5mの穴を掘るように命令されていたのだが、作業を始めて3時間も過ぎるというのに30cmも掘れていないのだ、反対に彼らが使っている道具はすでにいくつかが破損して使い物にならない始末でありすでに先行きが不安な状況となっている。
「第一地面が固すぎるんですよ!なんすかこれ?スコップさそうと思ったら金属音しましたよ!」
隊員の一人がそう嘯く、彼らの立っている所に金属は存在しないので金属音とは少し違うのだが、それでも岩盤がむき出した地面はとても固くスコップという安易な道具では歯が立たず、ドリルなどの電動機も数が限られているので多くは使えない。部下の文句と遅々として進まない作業に頭を抱えていていると微かな地揺れを感じた。少しして轟音があたりに鳴り響く、何事かとあたりを見渡していると別の場所で作業に当たらせていた隊員の一人が報告に来た。
「小隊長、3班担当範囲の掘削、終了しました」
「本当に終わったのか!?一体どうやったのか教えてくれ」
そう報告しに来た隊員に質問する葉山、3班は葉山達の班と違いスコップしか持ってなかったはずなので何かコツがあるのかと思ったのだが、聞かれた隊員は苦笑しながら葉山に話す。
「いや、あのぉ・・・タケミカ隊員が鉄拳を打ち付けたら大穴があきまして・・・ハハハ・・・」
「タケミカ隊員って確か最近ここに来たやつか?え、鉄拳?お前何言っているの?」
「その顔信じていませんね、本当ですって流石元特殊作戦群なだけあって人間離れしていました」
隊員の突拍子もない話に疑惑の目を向ける葉山、このタケミカという人物実を言うとタケミカヅチ様のことである。協力という事で日の出に来てもらったが流石に神様である事実を公表する訳にもいかず、元特殊作戦群の隊員という事にして名もタケミカ ヅシという偽名を名乗らせて活動してもらっている。かの部隊なら隊員の情報は秘匿されているので存在しない人物を紛れ込ませても気づかないだろうという判断だったが変なとこで問題が起きたようだ。まだまだ先は長い・・・