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復興開拓といった一世一代の大政策を開始して1週間、最初の復拓領域での本格的な活動がいよいよ始まろうとしている今日も官邸では内閣会議が開かれようとしていた。異世界転移してからと言うもののほぼ毎日ぶっ通しで行っている事もあり参加者も疲れの色が出始めている。
「えー、何人か疲れてしまって寝ている者もいるが会議を始めたいと思う。まずは現状報告を頼む、各省報告があれば言ってくれ」
「では法務省から、異世界転移の際に起きた在日外国人の失踪についての報告で大半の失踪者は依然アマテラス様がおっしゃったように元の国へと帰ったということでいいのですが、問題は残ってしまった方で昨日の時点で確認できた在日外国人は約8万人、国籍は割合が多いものから中国、朝鮮、フィリピン、タイ、アメリカ、その他多数となっております。法務省では現在日本への帰化をはじめとした保護政策を実行しておりますがごく少数の者が国民とトラブルを起こすなど問題になっております」
法務省の山田 元気大臣がそう報告をする。名前とは裏腹にその顔は憔悴しており覇気もない、恐らくまともに寝ていないのだろう。それで報告の内容としては移転後不幸にも日本国内へと残ってしまった在日外国人についてだった。転移時に在日外国人は可能な限り故国へと送り返したとアマテラス様が言っていたが、転移前に居た69万人のうち8万4907人もの外国人が間に合わず取り残される形となった。彼らはいわば帰るべき祖国を失った難民みたいなもので迅速な対応が必要となる。今の所は日本への帰化条件の緩和による同化策をとっており既に6万2098人を新しい国民として受け入れたらしいが中にはやはり祖国を忘れられないのか帰化を拒むものもいるようだ。特にアメリカ人など祖国に絶大な忠誠を誓う者に多く法務省の方はこれらの外国人に対する対応に手を焼いているとのこと。ちなみに海外へ出ていた在外邦人127万7402名の内37万8553名が国内で存在を再確認できたと追加で報告があった。とはいえ実に89万8849名もの日本国民を失う結果となった。これは戦後最悪の人的被害であり、せめて向こうの世界で何事もなく人生を過ごせることを願うばかりだ。
「いっそのこと何処かに自分たちの国を作らせてあげればいいのではないでしょうか?」
「たった2万人で何もない土地に建国なんかできるのか?支援しようにも今の日本にはそんな余裕はないぞ」
十五夜 吉奈環境大臣の言葉に井上旧外務大臣が難色を示す。こういう異世界ものの物語ではよく何処かの地で外国人に国を作らせ好きにやってもらうという事が多いが、それはあくまで人が生活できる環境下で日本が支援する余力がある場合に限られる。今回のような場合では日本もそんなことにかまけている余裕もないため不可能である。既に政府が備蓄していた原油の4割を復興開拓により消費しており、残っているのは民間の備蓄6か月分のほかは福島で試験稼働していた藻から燃料を精製する研究施設で生産されたものでこれが一日およそ6万世帯分を賄っており、施設付近の家庭などに試験名目で供給されている。他に北海道と沖縄にも同様の施設を建設中だがこれが完成するのはどんなに急いでもあと3か月は掛かるという。よってここで余計な消費を避けたいのが日本政府の本音であるため、在日外国人の問題に関しては国内で解決するのが必至である。最終的に一世代のみ有効な半帰化人扱いという事で方針を決定することとなった。
「では次に国交省からというより海上保安庁からの報告なのですが、食料の配給制が影響してか最近漁船の盗難を始め密漁などの犯罪が増加傾向となっており、海洋資源の保護の面から見ても早急な対応が必要です」
そう話したのは国土交通大臣である榎本 武士であった。転移をしてからの日本人の主だったタンパク源はもっぱら魚をはじめとした海洋生物で賄っているのだが、それでも日本人全ての腹を満たすには足りず、また、継続的な資源確保、燃料の関係により漁獲量及び漁へ行ける船数を規制しているため一部の者が法に逸脱した行為へ手を染めてしまっているらしい、こちらとしても警備や規制を強化したいのは山々ではあるがやはり燃料の問題がある。この問題については少し強引ではあるのだが国家に漁の許可を受けた漁船以外は政府が接収することにより海へ出られる確率を抑える方向で検討することとした。
「やはり食料の確保が急務か・・・そっちの方は今の状況どうなっているのだ?」
「農水省から農協などを通して高品質低収量から多収量の品種の栽培の転換を推進しておりますが効果が出るのは来年かと思われます。それでも肉類など一部品目は絶望的でしょう」
伊東総理の質問に農林水産大臣の白田 清継が答える。国際競争に打ち勝つために高品質低収量となっていた今までの日本農業を品質は後回しで少しでも多くの量を確保する方に方針転換したものの元々の種苗の数の少なさも相まってまだ転換仕切れていないようだ。ほか、畜産業はほとんど壊滅状態であり品種・血統の保存を目的としたもの以外の家畜の大半は維持するのを諦めて淘汰に踏み切った。おかげで国内の畜産家は一部残して全て廃業、設備などを手掛けていた企業もその余波を受けてしまった。昔と違い野菜工場などの先端技術を駆使して自給率を50%まで改善に成功はしたがそれでも課題は山積みである。
「国内で対処できるのはここら辺が限界かもしれんな、ところで防衛省と復興省の二人はどうした?復興開拓政策の進展状況を聞きたかったのだが・・・」
「西郷防衛大臣と安部復興大臣でしたら本日は第1派遣地の命名式の関係で欠席ですよ?」
総理の質問に答える田中官房長、さっきまでいびきをかいて寝ていたが総理の質問に反応して起きたようだ。そのあとも会議では国家予算の話や年金制度、失業者対策と明け方まで紛糾した結果、各大臣は更なる寝不足に襲われる事となった。
「いよいよこの荒れ果てた大地で君たち自衛隊員諸君による本格的な活動を開始する日がやってきました。君たちに課せられた任務は自衛隊史上でも前例がなく、過酷を極めるものになるだろう・・・」
そう発言し一時言葉を切る西郷防衛大臣、その彼の言葉を自衛隊員たちも真剣な顔で聞いている。ここ第1派遣地もとい識別番号00-0215-001番復拓領域では現在事前準備を終えいよいよ本格的な活動を開始するにあたり式典を執り行っている最中である。こんな時に式典をやる必要があるのかと思われるかもしれないが、人間はずっと走り続けることはできない動物であるわけで、適度なメリハリが必要とされることもあり、ついでに士気向上の観点から見ても割と重要なわけである。
「しかし、今現在日本は異世界転移という未曾有の災害を受け、その事態も深刻となっていくばかりである。いままでも耐えることを強いられてきた君たちではあるが、国家・国民の未来のために今度はこの過酷な任務に耐え、乗り越えてもらいたい。君たちの健闘を願っている。以上だ」
演説を早々に終え隊員たちへ敬礼をする西郷大臣、隊員たちも敬礼をかえす。防衛大臣が降壇した後、式は次の項目である本領域の命名へと移る。復拓領域は便宜的に復拓領域へと認定された皇紀・月日・順番の順に番号が与えられる(皇紀としたのは担当者の気まぐれ)が流石にずっと番号で呼ぶのも面倒なわけで正式領域へと昇格したときに備え復興大臣の名のもとに命名する決まりとした。そんなわけで命名を行うために復興大臣の安部 篠見が登壇して言葉を紡ぎ始める。
「発表、本領域は識別番号00-0215-001番改め「日ノ出」と命名することとする。復興省復興大臣安部 篠見」
そう発表される。これが護衛艦の進水式とかならこの後演奏が行われているのだろうが残念ながら今回は無いまま式典を進められた。「日ノ出」日本が滅亡したこの世界に放り込まれ先の見えない闇のような状況を打破する願いを込められ名づけられたこの地は後の日本の歴史に密接に関わって来ることとなるがそれはまだもう少し先の話である。そのあとも特に問題もなく式は進み閉式したあと二人の大臣は帰りの輸送ヘリの到着を待つ間、作業に従事する隊員たちを視察しながら会話をしていた。
「何とかここまでこぎつけましたな、安部大臣」
「そうですわね、けどこれからが問題です。ここを甦らせて使えるようにしなければならないのですから・・・うまくいくかどうか、いってもそれまで日本が持ちこたえられるのかも分かりませんし、不安は尽きませんわ」
そう言葉を漏らす安部大臣、写真などで見知ってはいたが現地の状態は想像以上に悪い、今こうして歩いている所も赤く焼けた岩盤が剥き出しになり生命の存在など感じることもできない、一先ず緑地化するためにいま環境省の方でいくつかプランを用意しているようだが成功するかはやってみなくては分からない、そして今の日本には失敗が出来るほどの余裕もなく挙動の一つですら国運を左右するような状態なのである。
「少なくとも資源さえ確保できればまだ幾分か楽になるのだろうが難しいものですな・・・、おっと、安部大臣、こちらがここ日ノ出復拓領域司令官の葉山陸将です。以後の自衛隊の行動は彼を通して決定されますのでよろしくお願いします」
西郷大臣の紹介に応じて一人の陸上自衛官が安部大臣に敬礼をする。安部大臣も軽く会釈を返す。
「陸上自衛隊日ノ出駐屯地司令の葉山 幸三郎です」
「復興省大臣の安部 篠見と申します。このたびは本地への派遣部隊の志願を感謝します。今後、何かと厳しい状況が続きますが国家存続、国民の未来のために頑張ってください」
彼に激励の言葉を送る安部大臣、現在ここ日ノ出復拓領域には陸自1000名、空自50名のほか旧外務省・復興省・環境省の職員合わせて50名が派遣及び活動をしている。今は陸自の施設科が拠点の拡大を急いでいるほかは普通科による周辺探査を行っており、専門家による調査をしなければ断言できないがいくつかの鉱脈や油田と思われるものを見つけたらしい、今後も人員の規模を拡大する予定ではあるがまだ足元が完全に固められたわけではないため本来予定していた規模になるのは当分先であろう。まだまだ予断を許さない状況が続きそうだ。