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ミーホウ古代遺跡・特務調査課室
古代遺跡の一角に備えられたこの部屋は文部科学省より派遣されてきた特務調査課の職員が活動する中心部とも言える場所であり、調査を目的としていることから内装もオフィスに研究室を合わせた感じになっていた。
その部屋の中で特務調査課の職員である八洲 日御子調査員は自分のデスクで何やら書き物に没頭していた。時刻はすでに日が落ちて辺りが暗闇に覆われている頃、すでに活動時間は終了しているので他の調査員の姿はない。
「前述したとおり、第37番サンプルの性質はその伝導性にありこれがカテル・ルルオ文明圏の技術の基盤に寄与しているものと思われる……と、こんな所かしら?調べたいことは多いのに機材が不足してちっとも進まないわねぇ、おじいちゃんに文句言ってやろうかしら」
「おや?八洲殿、まだおられたのですか、もう時刻も遅い。夜更かしは体に毒ですぞ」
自分で書いた文章を読み返している八洲調査員に話しかけたのはアンティアと同族であるラドン特別調査員であった。彼は元々科学者であったようでその経験を生かしてもらうために文部科学省が特別調査員として迎え入れたのである。
「あら、ラドンさん、どうしてここに?」
「少し忘れ物をしたので取りに来ただけです。それよりこんな時刻まで何をしていらしたのかな?」
不意に現れた彼に理由を聞く八洲、大した理由ではなかったがすでに深夜に差し掛かっているのにご苦労な事である。ずっと居残っていた自分が言える事ではないが……
「今日の活動内容を日誌に書いていたのですけれど、私、何かに集中し始めると周りが見えなくなってしまうので気づいたらこの時間に……って所ですわね」
少し気まずそうな表情を浮かべながら八洲調査員が話す。
彼女自身が率先して話すことがないので知っている人は少ないのだが、彼女は生まれつき常人を遥かに超えた集中力をもって今の地位まで上り詰めた人間だ。無論、集中力のほかに一度見た事を一瞬で記憶するという特技も合わさっての偉業ではある。だが、時たまに今回のようにその特性が裏目に出る事があり、普段なら助手である久方調査員が止めに入るのだが、当の本人が現在実験の失敗に巻き込まれて駐屯地の医務室送りになっていたせいで今回に限っては防ぐことは出来なかったみたいだ。
「日誌ですか、それはまた殊勝な事をしていらっしゃいますな」
説明を受けたラドンがそう感想を述べる。
その後、自分の用を済まして軽く挨拶して彼は部屋を出る。再び1人となった八洲は自分もそろそろ戻ろうと身支度を始めるために日誌を閉じる。だが、ふと何を思ったのか自分で閉じた日誌をまじまじと見つめる。
日誌はバインダー方式で書いたものを挟んでいったため、その厚さは何かの辞書並にまでになっていた。その背広には数字の3が書かれている事からこれが3冊目の日誌であることが分かる。
「ここに来てから随分経つけど、これもかなり重くなったわねぇ」
時の経過を刻んだそれの重さに感慨深い何かを感じながら1人呟く、いつしか彼女は再び腰を椅子に下ろして折角閉じた日誌を再び開いて今までの歩みを懐かしむように読み進めていた。
4月7日
おじいちゃんからの誘いを受けて文部科学省に新設された特務調査課に配属された今日、目的地である古代遺跡に現場入りする事が出来た。人員に関してはこちらである程度自由にしても良いとのことだったから修君について来てもらったけど、現地に着くや否やあの騒ぎ様、もう少し落ち着きというものを持てないのだろうか。
そんな事もあって先に調査に入っていた自衛隊の隊長の人と挨拶を済ませた際に報告書にもあった生体管制機構という物と最初の接触を果たすことになった。
率直な感想を言うとあれの調査だけで論文が3本は書けそうなほど私達にとっては驚愕な物だった。
まずはその触感、最初はホログラムの一種と思っていたのだけれどあの感触は明らかに物質としてのものであった。何で構成しているのかは皆目見当も付かないけどどうやらモデルとなる物に近い質感を具現化することが出来るようだ。
今回のモデルとなっていた女性型の異種族が触られて反応を示したところを鑑みるに人の感情表現をかなり精密に再現できるほどプログラムも優れていると思われる。徹底的に調べ上げたいところではあるが今回の目的は遺跡全体の調査、あまり入れ込む事も出来ないから時間との勝負となるだろう。
「そういえばあの後、アンティアさんにしばらく警戒されていたっけ、未だに理由が分からないのが謎よねぇ……」
ついでに彼女を触りまくった時、どこがとは言わないが大きさが彼女に負けていて女性として少し残念な気持ちになったことも今ではいい研究結果の一つとして胸の中でしまっている。
4月20日
今日ようやくこの遺跡の光源として機能している物質の正体を突き詰めることに成功した。ずっと何らかの機器によって光を拡散しているものと思っていたがまさか気体が正体だったとはもはや言葉も出ない。
気体を素材として利用する例は無いわけではないがこのような利用方法は前例がない。いや、その前にその製造法も見当もつかない。恐らく原子よりも更に小さい素粒子レベルの世界によってなされているのだろう。
それはさておき、この気体素材ともいうべきものを略称第1番サンプル(以後第1番と呼称)の特性だが、中々にユニークなものを持っている。
まず、第1に上げるとすればその吸光性とそれを他に伝播させる強い伝導性であろう。機材が少ないせいで大した実験は出来なかったがそれでも第1番が発見された場所が一番近い光源でも100m単位で離れている事を考えればこのくらいの事は想定できるだろう。
その性質から光を伝達するために適した分子構造を取っている可能性がある。
また、当然ながら光エネルギーそのものが永続的に供給され続けていたとは考えづらい。そうなるとる程度の光エネルギーを蓄える能力を持っていることが推測されるがこちらに関してはそう苦労せずに実証できた。
結論を言えば30分ほどの光の照射で与えられたエネルギーを少なくとも3日は保持することが可能の様だ。無論、ちゃんとした手法でサンプルを確保したわけではないので、この結果は恐らく第1番の純度や密度によって変化するものと思われる。今後は本土の方でも体制を作ってもらい調査を進める必要があるだろう。
「そういえば結局、光の伝導性に関してはある程度解明できたけど吸光性と蓄光性に関してはまだ謎のままね」
葉山隊員に頼んで自衛隊経由でサンプルを本土に送ってもらって分子構造の調査を行った結果、何とかサンプルの構造がチューブ状の形をしていることまでは把握できた。恐らくそれが光ファイバーのように屈折を利用して光を拡散させずに伝達しているのだろう。
残念ながら形以外についての事柄、どんな原子で成り立っているのかとか、どうやって作られているのかとか言ったものは解明することが出来なかったのでそれだけが悔やまれる。
5月5日
今日はこどもの日で祝日なわけだが、そんな事はお構いなしに今日も調査は進んでいく。これは個人的な推測だが、恐らく今年の年末は新生児が増加することだろう。理由は長くなるので記すつもりはない。
そんな蛇足は置いといて遺跡の地下施設で何やら葉山隊員を中心とした自衛隊の者たちが騒いでいたので様子を見に行ってみたところまたも驚く出来事が起こっていた。
その地下施設というのは葉山隊員たちがアンティアさんと初めて接触を果たした場所でもあるらしいが私は初めて足を踏み入れる。それよりも何が起こったのかというとなんと人体生成を行っていたのだ。
そういえば前日、本土の方から不妊治療などで余った受精卵が複数輸送されていて疑問に思ってはいたが、こういう事か、政府とアンティアさんの間で何らかの交渉を行ったのだろう。
それはさておき、受精卵が輸送されてきたのは昨日、だが、人体生成されているミーホウ族の造形を成しているそれは既に成人の男性と同等まで成長していた。いくらなんでも成長が早すぎるためアンティアさんを問いただしてみるとどうやら特殊な薬品を使用して成長を早めていたようだ。
彼女の話によるとその薬品、『生物栄養促進剤』ともいうべきそれは彼女達が居た時代では食料生産をはじめとした分野でごく一般的に使用されていた物のようだ。メカニズムに関しては薬品に含まれている物質が生物の栄養を行うために必要な生理的機能を補強・代替することで成長の促進を図っているとのことだが、実際そんな事が可能なのだろうか?それよりも副作用的な物はないとのことだがこちら側で使うのは厳密な検査や実証試験を踏まえて検討してからの方が良いだろう。
話を戻そう。自衛隊の方達が何に騒いでいたのかというとこの『生物栄養促進剤』の使用に関しての様であった。人体生成の方も問題と言えば問題ではあるのだが、そこは実験用の受精卵がもとになっていることもあってあくまで実験の範囲内の結果という事で法務省の方でも黙認の構えを取っているようで自衛隊もそれに従うつもりだったようだが、流石に薬物投与と急速な成長に関しては想定外であったのだろう。かなり揉めているようだった。
最終的には政府の方に問い合わせることで決着したようだが、下手な制限がかかってこちらの調査に影響が出るのは勘弁してほしいものだ。
「そういえばあれがラドンさんとの最初のお目掛かりだったわね。アンティアさんもあの後、新しいミーホウ族の人を復活させていないようだけれど、どうしてかしら?」
結局この騒動後、ミーホウ古代遺跡内に限り日本の法が及ばない治外法権を認めて完全無視の形で決着を得た。ただ、その決定が3日で下されたことを鑑みるに実は最初からその方向で動いていたのではないかと邪推していたりもする。
7月19日
ミーホウ族より提供されたかの文明で使用されていた原動機の稼働試験を実施、結果をいうと大失敗。自衛隊より貸し出された発電機2台を道連れに爆発炎上、ただの鉄くずとなり果てた。
おかげで自衛隊の方達に怒鳴られることになったけどそこは修君を生贄にして何とか難を逃れた。
それで試験の失敗の原因だが、ラドンさんの予想では電力の過剰供給ではないかと言っていた。今回使用した発電機だとだいたい40kw程度の発電量のはずだがそれでも過剰となるというとカテル・ルルオ文明圏の電気製品はかなりの省エネ化を実現しているようだ。これらの技術を日本が吸収出来ればエネルギー事情が大幅に改善されることになるだろう。とはいえ、まずは素材研究の方を優先するべきだと今回の試験で得た教訓となりそうだ。一先ず粗大ごみとなった原動機を使って当分は素材研究用のサンプル収集に務めることとする。
「結局あの後4回ぐらい失敗してそのたびに修君が割を食っていたわね、食わせたのは私だけど……まさか、乾電池程度の電力で動くとは思わなかったのだから仕方がないじゃない。うん」
誰も聞いていないのに1人で弁明をする。現在、稼働調査をしている第2番エンジンである磁力空間歪曲エンジン(八洲命名)は第1番エンジンの失敗を教訓にして蓄電池を用いて動かしてみたがすでに2回ほど爆発させて失敗、もう自電車漕いで発電しても動くのではないのだろうかと考えている次第である。
8月18日
今日、葉山隊員が率いる探査隊が保護したモノート族と呼ばれる種族の簡易的な検査を実施した。何となくの気持ちで取った医師免許が役に立つことになるのは予想していなかったが、おかげで有用なデータを取れたのだから結果オーライと言うべきか。
さて、モノート族に関してだが、事前情報では全員そろって記憶喪失という事らしい、相手の精神状況も考慮して今回は簡単な問診程度で済ませたが言語をアンティアさんに通訳してもらっているとはいえどうも反応が鈍い。アンティアさんを仲介して現場にいる葉山隊員に保護した時の状況を問い合わせた所、最初に発見した時は石像だったとか訳の分からない事を言っていた。
まぁ、アンティアさんからもそれについては言質を得ているので間違いはないのだろう。だとすると石像だった間に何らかの障害を受けている可能性がある。一度精密検査を受けさえたいところだが残念ながら今の水那富にはそのような環境が無いため実施するにはもうしばらく時間を要することになるだろう。
「そう言えばあの人たち寿命が物凄く長くって世代交代のサイクルが大きいとかアンティアさんが言っていたっけ、どうにかして採血検査とか出来ないかな」
思い出したようにそんな事を考える。
寿命を延ばす技術というのは今でも眺望の的である。仮に検査でそれらの謎が解明出来れば今後の医療技術に大幅に貢献できるかもしれない。解明が出来ればの話ではあるが……
そんな感じで過去の事柄から新たな調査項目を得たり、時には懐かしみながら日誌を読み進めていく。余りにも集中し過ぎてそのまま全て読破してしまった。
いい具合に疲れと眠気が得られたので今日はもう休もうと今度こそ席を立つがそこで部屋の外が明るい事に気付く。時計を見ると短針が5の数字を差していた。知らず知らずのうちに徹夜をしていたようだった。




