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2月20日
日本が異世界へ転移して早くも9日が経とうとしていた。政府を通じて事実を知り一時は混乱や不安に駆られた日本であったが今では政府主導の元生き残るために団結し、この国難を乗り越えようとしていた。エネルギー問題については前政権から引き継がれていた水素社会の構築とバイオエネルギーの利用の促進を進め、食料についても野菜工場の規模拡大や養殖技術に生産量増加の研究による食料自給率向上を目指したりと昔から懐で温めておいた政策や技術が陽の目を見るようになった。根本的な解決には程遠いがそれでも少しずつ前へと歩み始めているなか、日本海のある海域でもまた一つ新たな試みが始まろうとしていた。
「艦隊移動限界ポイントに到着しました」
「よし、搭載機の発艦作業かかれ、夜になる前に可能な限り送り届けろ!」
護衛艦いずも艦長、安江 実一等海佐の号令によって慌ただしく乗員が動く、甲板上には海自の哨戒ヘリだけでなく陸自や空自の汎用ヘリ、輸送ヘリが発艦の順番を待っていた。いずもの周囲には退役して除籍を待っていたひゅうが型護衛艦2隻、おおすみ型輸送艦3隻のほか前者の後継のかが型護衛艦の3隻やしれとこ型輸送艦4隻が展開しておりその全てから次々と様々なヘリが発艦していっている。
彼らの目的地は艦隊から北西へおよそ750km、元の世界であれば丁度中国の長春に当たる深度150m地点に広がっている平地となっている場所である。なぜ、彼らがそのような場所に向けて飛んでいるのか?それは復興省が出した政策の為である。日本を除き当の昔に生命が滅んでしまったこの世界でずっと国内で引きこもり続けていてもいずれは日本も滅びの道を歩む事となってしまうだろう、なら少しでも未来をつなげるために生命の消えた土地に再び生命を根付かせ、可能性の芽を残そうというのがこの政策、復興省の主な理由だ。この復興と開拓が合体したような政策を実行するために今回自衛隊から有志を募り派遣部隊を編制彼の地に輸送している次第である。自衛隊が送られた理由としては国内に存在する自己完結能力を持つ組織が他になかったからだ。また、今後厳しい環境下で活動していく中で常日頃から厳しい訓練を潜り抜けてきた彼らはまさに打ってつけというわけである。とはいえ自衛隊本来の役目とはあまりにもかけ離れているため当初は適正かどうか議論することとなった。
「確か第1陣は先遣隊と物資のみで本格的な人員の輸送は第2陣だったはずだな?」
安江一佐が副長に確認をとる。今回の派遣では陸自1500名、空自250名、海自50名のほか補佐として各関係省庁から異動してきた210名を合わせた2010名となっているが、流石に一度に全員を送っても物資も資材も足りないのでまずは先遣隊として陸自の150名を送りあとは物資の補給を最優先し準備が整ってからの本格的な派遣が開始されることとなる。
「はい、今回の第1陣では人員1500名分が消費する食料をはじめとした消耗品を現地に送り届けるのが目的ですので輸送するものもそれに準じたものとなっております。また、今後1か月を通して行われる第10陣までの輸送任務は我々海自が主体となりますが、それ以降は空自の輸送部隊や民間企業に委託される手筈となっております」
質問された副長の奏 美里二等海佐がそう説明する。流石にヘリなどの小型機で輸送をしていては効率が悪いこともあり、早々に大型機の輸送へと切り替える予定ではあるのだがそれにはそれなりの大きさの滑走路や整備施設が必要となるので恐らく派遣隊の最初の任務はその機能の確立となるだろう、本来なら艦艇を使うのが理想であるのだが残念なことに海洋は日本のEEZまでしかないため無理である。ではEEZから近い場所に派遣すればいいではないかと思われるかもしれないがそうはいかず、EEZ外も本来は海だったのか海面から地表まで高さが1000m以上離れている所がざらで今度は空気の濃度の関係から人が活動できないのだ。結果、比較的近くてかつ深度が浅い場所への派遣が決定され今の場所がその第1派遣地となった。ついでに言うと物資の輸送任務が空自に委任された後、海自が暇になるのかというのかと言えばそれはなく、今度は樺太・千島列島のほか沖ノ鳥島・南鳥島間にあった列島跡地と思われる土地を第2派遣地として輸送任務に従事させられる予定な為、暫くの間は自衛隊総出で大忙しであることが予想されている。
「何はともあれ今回の派遣で資源の確保などに目途がつけばいいのだが・・・」
発艦していくヘリを眺めながら安江艦長はそう言葉を漏らした。
同日 15:00 首相官邸会議室
「あんの野党の分からず屋ども!少しは現実に目を向けたらどうなのだ!!」
会議室に伊東総理の怒号が響き渡る。つい先ほど国会にて自衛隊の復興開拓地への派遣及び樺太・千島列島への民間企業をはじめとした開拓団の募集についての報告を行ったところだったのだが、なんでも反対するのが売りの野党らしく「国家危機を盾にした略奪」「無領主地域に対する合法的な侵略」などと批判の嵐だった。いや、確かに国家危機に起因する政策だということは認めよう、その対象が無領主地域に向けられているのも確かです。だが、略奪や侵略とはどういう意味だ!?あいつら言葉の意味分かっていて使っているのか?おまけに日本がこんな状態だというのに具体的な案も出さずに批判にかまけるなど一体どういう了見だよ、マジで!!
「総理、お気持ちは分かりますが落ち着いてください」
「そうですわ、野党の馬鹿さ加減は今に始まったことでもありませんし、確かに20年前より100倍ほど悪化はしておりますけど・・」
「法務省の立場として意見させてもらいますが今回の政策による一連の行動は国内・国際共に合法の範囲内でありますのでいずれ野党も黙らざるを得ないと思います」
激昂している総理をなだめるために官房長を筆頭に復興大臣、法務大臣が口々に話す。国会が終わって他の大臣はまだ来ていないため現在、会議室にいるのは総務省の山之上 有明大臣を含めたこの5人だけである。
「そうはいってもな、奴らそんなこと構わずに批判し続けるぞ、私や君たちには悪いが内閣を批判することは別に何と思わんし、そもそもはなから気にもしていないが万が一こんなことで計画が頓挫して国民に多大な損害を与えてしまったらはっきり言って申し訳がたたん、そこまで国民が騙されやすいとは思いたくもないが人間、不安な状態が続くと甘い言葉につられやすくもなるし、悪い印象のものに目を逸らしたくなる動物だ、事実、すでに野党やマスコミがネガティブキャンペーンを始めているし影響がないとは言い切れん、まぁ、彼らも長い事そうやってきたせいもあって転換しきれていないせいもあるのだが・・・」
そう言葉を漏らす伊東総理、一気に捲し立てたせいもあってか若干息が上がっている。長い事日本の政治は与党が政策をだし、野党がそれを批判するという構図が出来上がっておりそれが日本の政治と国民にまで定着してしまったこともあり、世界から見ても歪な政治体系だった。いわば今野党がやっていることも言葉を言い換えれば日本本来の政治を行っているだけで彼らもそれが異常とは感じていないのだろう、だが、非常時である現在今までの日本の政治のままではこの国に未来はないであろう、今日本に必要なのは真に国を思い、尽くし、愛しかつ聡明なそういう人物だ、そのことに野党の人間が気づくのはいつになるだろうかできれば早く気づいてもらいたいものだ。
「私の考えとしては総理が危惧されているようなことは起こらないと思いますよ」
唐突にかやの外にいた山之上総務大臣が発言し総理の前にノートパソコンを置いた。そこには俗にいうネット掲示板のサイトが開かれており、スレッド名にはこう書かれていた。
「異世界転移しても野党は野党だった件」以下コメント抜粋
1:今日の国会中継を見たけど野党がひどすぎるのだが、どうしてああなった
2:≫1俺も見ていたが合法的な侵略ってどういう意味だし・・・、
5:≫2そもそも他に国が無いのに侵略もクソもないだろうが
12:批判を聞いていた総理も切れそうな顔していたな、あれはきっと今頃怒鳴り散らしていると思う
34:ほんと誰だよ、あんな奴ら当選させたのは日本の害しかなってねぇじゃん
35:≫34すまん私だ・・・
36:≫35お前か・・・
37:≫35お前だったのか・・・
38:暇を持て余した
39:≫36~38いや、言わせねぇよ!?
41:お前らも大概平常運転じゃねぇかwwww
「山之上君、これは一体なにかね?」
「本省で国民の真の気持ちを知るための政策の一環として試作として開設した現代版の目安箱みたいなものです」
そう説明する山之上大臣、日本人は本音と建て前をよく使い分けるといわれる民族である。周りには怒っていないと言っていても内心ではブチ切れしていることもある国民性であるのである。そんな何ともめんどくさい彼らの真意を知るために政府が管理しているということは伏せ好き勝手に政治について言い合えるようなサイトを開設したらしい。
話を聞きながらコメントを読み進める伊東総理、流れとしては野党の低レベルさを嘆くようなものが多かったのだがとあるコメントからスレッドの流れが急変する。
250:ところで滅亡した世界に転移するって、お前ら的にはアリ?
255:≫250ないわ~
278:≫250いくらよく異世界転移する日本でもこれはムリゲーっしょ
280:≫278おまえどこの平行世界の日本人だよ・・・
300:エルフやネコミミ娘のいない世界なんか異世界とは断じて認めん
444:話をぶった切って悪いが政府が発表した復興開拓政策に参加したいのだがどうしたらよい?
498:≫444復興省が中心となって自衛隊が活動するらしいから入隊しろ
500:≫498thk、早速入隊してくるわ
502:≫500いってら~
503:≫500土産よろしく
「・・・・・なぁ、山之上君こういうのもなんだがこの国は大丈夫なのだろうか・・・」
「大丈夫です。絶対、はい、たぶん・・・」
一部の国民の隠れた本心?を垣間見た二人がそう心配するがそんなことは関係なしに日本の状況は少しずつ変わっていく、そしてその変化の影響を多大に受けた省が二つあった。
「井上大臣、各外務局長から各国の情勢の記録の管理をどうするかと質問が来ているのですがどうします?」
「今後の国際法の扱いについて国際法局から国内法として扱うべきかどうか審議してくれと要請が・・」
「法務省の方から在外邦人のうち国内で確認できた者たちについての報告が来ましたのでお目通しを頼みます~」
「復興省の復興開拓庁(移転後新設)から新たな派遣地候補に関する探査依頼が来ています。後これ新しく送られてきた復興開拓地の情報です」
「お前ら俺を過労死させる気か!?外務局には電子・書類保存を徹底させるように伝えておけ、あと今の所は政府としては国際法を遵守の構えだ。存在を確認できなかった在外邦人の遺族への補償も何か考えるようにいえ、あと復興省にまだこっちの組織改革が終わってねぇと抗議入れろ、てか、少しは自分たちで考えろよ!!」
膨大な仕事量に井上 重信外務大臣が悲痛な叫びを響かせる。外国との外交などを主な職務としてきた外務省であったが、異世界転移により外交をする相手も失った訳ではっきり言ってお役目ごめんとなってしまい、今現在大幅な組織改革を迫られているわけである。まだ法整備が進んでいないので正式な決定ではないのだが復興開拓政策の対象となった領域の扱いとしてはいくつかの段階を設定し、外務省、復興省、総務省がそれぞれ担当することになり、外務省は最初の段階である未知領域に対する事前探査による政策の迅速な実行を助ける役目を担うことになった。その為将来的には外務省の名前は消え探査分析省と改名される事となる。その前準備として各省庁への業務の移譲や新しい職務追行の為の人員確保及び育成など、まぁ、なんていうのかてんてこ舞いなのである。
「疲れた・・一旦休憩としよう、コーヒーを入れてくれ後その復興開拓地の書類を見せろ」
ドカッと椅子に座り込む井上大臣、秘書の一人がコーヒーを淹れに行き、もう一人から書類を受け取り読み進める。書類には今朝から行われている第1派遣地についての進展状況が書かれていた。復拓領域(未知領域の次の段階へと移ったエリアを表す新しい行政用語)は中心点から半径250km、面積としては約20万平方kmと言ったところだ。大体キルギス共和国と同じ面積と思ってくれればいいだろう、事業として最初に行うことは周辺の資源分布の調査に簡易的なインフラの整備、野生生物の定着化といったところだ。最後のやつはどうやるつもりなのか興味はあるが復興省はこの一連の計画を10年以内に終わらせ、正式領域として総務省に引き継がせるつもりのようだ。
「すでに認可を受けて活動を始めている所が3か所、認可を待っているのが8か所に認可を受けようとしているのが5か所か、これ日本の国力的に大丈夫なのか?途中で息切れを起こしたら話にならんぞ」
他に外務省に探査依頼が出されているのが12か所とあまりにも大きな計画に一抹の不安を覚える井上大臣、現状の打破が優先とは言えここで無理をして国内が崩れてしまえば元も子もない、流石に復興省の方も自覚していると思うのだが・・・
「まぁ、選択肢を増やしておくに越したことはないか・・」
その後しばらくの間気を休めていた大臣であったが再び下の者から指示を求める声に阿鼻叫喚な状況になりながらもその日を乗り越えることに成功した。
「そうだ、一先ず派遣した隊員たちの指揮については現場判断を優先させてくれ、その他は例外的に復興省のもとで動くように、わかったか?・・・・志願者の対応に関しては予算との兼ね合いで対応する。あと一部若い志願者たちにはまずは義務教育をしっかり果たすように言っておけ、そういうことだから後は頼んだ、もう切るからな、それじゃ」
その言葉を最後に残した後受話器を置く西郷 巌防衛大臣、その後気を和らげるために置いてあった紅茶のカップに手を伸ばす。
「・・・・」
「・・・・」
「あの、申し訳ございませんがどなたですか?」
「よくぞ、聞いてくれた人間よ!私は武御雷、アマテラス様の命のもと貴様らの手助けをさせにもらいに来た!!」
電話をしている間、目の前でずっと仁王立ちしていた白装束の男に我慢できなくなり話しかけた西郷大臣、何となくそんな感じはしていたが案の定神様の類であった。しかも軍神である。
「は、はぁ、それでタケミカヅチ様、お言葉ですが現在本国は差し迫った外的脅威は有りませんが一体どのような事をお願いすればよろしいのでしょうか・・・」
戸惑いがちに質問する西郷大臣、外務省と同じように防衛省も異世界転移により備えるべき相手を失い、今では災害派遣に備えるのみになっている。そんな背景もあり復興省の政策に自衛隊が大規模な協力をしてもさほど問題といえる問題が起こらないでいた。もしかしたら防衛省と自衛隊も外務省のように役目の鞍替えが起こるか組織そのものが解消される日が来るかもしれないと西郷自身考えていた。それはそれで寂しさはあるものの構わないと思う、過去の首相の言葉を借りるのならば自衛隊が必要とされるときは国民が何かしらの脅威にさらされているときである。もしこのまま解隊されたとしてもそれは言い換えれば国民に対する脅威がなくなったことだ、だとすればそれは自衛隊の悲願でもあり本望でもある忘れられない誇りとなるだろう。
「民の幸せを願い、己の犠牲を顧みず、必要とあれば身を引く、防人として素晴らしい心構えではある。だが安心しろ、裏という概念が表によって成り立ち、右が左の存在が無ければ生まれなかったように平和とは戦争の無い世界を願い人類が生み出した存在である。人類が平和を求め続ける限り戦争もまた人類と共に生き続けるであろう、貴様らはまだまだ必要な存在であるぞ。あと一応儂、葦原中国の平定をしたりと政治的な事もしとるのだが、戦うしか能のないような言い方はやめてくれぬか」
確かに騒がしくって手の負えなかった葦原中国を大国主から譲り受けるという話はあるが、確かあれってある意味力ずくで無理やり譲ってもらったような記憶があるのだが違うのか?という言葉をかろうじて飲み込み再度どのような事を頼めるかと話を聞く西郷大臣、聞かれたタケミカヅチ様も両腕を組み少し考えた後再び口を開く。
「ふむ、確か今の日ノ本の国は電気という力を主軸に置いて生活をしているのであったな?それは記憶が正しければ雷と似たような性質を持つと聞く、ならこのタケミカヅチ、雷神の名に懸けて民の生活を支える糧として尽くさせてもらおう!!」
高らかに宣言するタケミカヅチであったがそれに西郷が待ったをかけた。当然である今の電化製品は何かとシビヤで少しでも質の悪い電気を使うとすぐぶっ壊れることだってあるのだ。そんなものにいくら雷神自身からとはいえ雷という不安定な力を分けられてもはっきり言って使えないのである。説明を受け納得顔のタケミカヅチ様であったが二言目には“私は神だ。大丈夫、安心して任せろ”と納得はしたが理解はしていないことが暴露される。こんな状況で危ない橋は渡るわけもいかないので止めようとする西郷大臣、2時間に及ぶ説得の結果第1派遣地に行けるように工面することと、そっちで何かしらの仕事を探してもらうということで決着した。タケミカヅチ様が帰った後の部屋に秘書官が入室した際、彼は“神様の相手は外務省にやってもらおう・・”と呟いて深い眠りに落ちたとのことである。
トウジョウジンブツ
井上 重信 (48)
前外務大臣であり現探査大臣、外務大臣時代の政策思想は「善意による悪意の押し付け、悪意による善意の提供」。
謝罪と賠償と称して中国や韓国の南京大虐殺、慰安婦問題や強制連行などの外交問題を相手国の自爆によって封殺するなど性格は悪い。
西郷 巌 (52)
現防衛大臣、政策思想は「両者自制による安定」役職の関係から自身では中道だと認識しているが自衛隊予算の上限を取り払い代わりに下限を設けたり、装備保有数を近隣諸国(アメリカ、ロシア、中国、韓国、北朝鮮)の3分の1を基準に設定させたりとかなり無茶をした政策を行わせることで有名。