FILE.27
突然の崩落に巻き込まれなすすべもなく落下した葉山が目を覚ますと小さな穴から入り込んでくる光以外暗闇に閉ざされた空間に横たわっていた。
光が入っている穴は恐らく葉山が落下してきた穴であろう、その大きさから15mほどの高さを落下してきたと推測できる。
「イツツ……いきなり崩れるとか不意打ちもいい所だろ、おい」
凹凸の激しい床で気を失っていたせいか痛む体を起こしながら自分の不運を呪う。
一通り独り言も言い終わり改めて周りを見わたす。どうやら自分が何かの人工物の階段部分にいるということは分かるがそれ以外はさっぱりである。
(一応、上の方にも続いているようだが地上に出られるのだろうか?)
「大丈夫ですか~?葉山さん、お怪我とかは?」
地上に戻る算段を考えている葉山の耳に聞きなれた女性の声が入ってくる。
「おう、アンティア、見ての通り無事だよ。かすり傷のひとつもない。ところでなんでお前がここに居るんだ?もしかして一緒に落ちたのか?」
声がした方を振り向き一先ず笑顔で答える葉山、彼の先には暗闇の中でぼんやりと光を放っているアンティアが佇んでこちらの様子を伺っていた。
葉山が落ちた時、確か彼女は地上で林三曹の隣にいたはずなのだがどういう訳か一緒にいる事に不思議に思って聞いてみると若干呆れ顔になって質問に答える。
「そんなわけないじゃないですか、葉山さんが落下したせいで位置情報が狂って姿が維持できないので慌てて再生成したらここに来ちゃっただけですよ~、おかげで色々ひどい目にあっちゃいましたし、はぁ~」
「お、おう。なんかすまんな」
両手を顔に添えながら話すアンティアに対して謝る葉山、なんかいつもと違い口調がぎこちないせいか反応に困る。
一先ず彼女は置いておいてもう一度自分が落ちた天井の方に視線を戻す。やはりそれなりの高さがあることには変わらず自力で戻ることは難しそうだ。
(それにしてもよくあんな高さから落ちて無傷で済んだな……運が良かったと思うべきか)
天井から視線をずらし口には出さずにそんな事を考える。15mの高さからほとんど受け身も取れずに落下したのだ。普通であれば重症、最悪死んでもおかしくない状況で特に目立った傷もない事に不思議に思う。地面に激突する間際に何か白くて柔らかいものに当たったような気がするがその辺の記憶は定かではない。
「ここに居ても仕方ないか、アンティア、とにかくこの階段を登ってみようと思うのだが……って、そんな所で何をしているのだ?」
「エ、イエイエ、ナンデモナイデスヨー葉山さん、ダイジョウブデス」
先に進もうと提案した葉山だったがアンティアが少し離れた所で体育座りをしていたのをおかしく思ったのか思わず言葉を止める。だが、いくら聞いてみても生返事をするだけでそこから話が繋がらずそこで会話が途切れる。心なしか彼女の顔が赤らんでいる気もするが原因が全くもって分からない。
「なぁアンティアもしかしてと思うが……」
「…………」
しばらく彼女を観察してある推測にたどり着いたのか葉山が話を切り出す。その間もアンティアは変わらずほぼ沈黙を保っている。だが、その顔は先ほどよりも更に赤く染まっていきさしずめ熟した桃のようになっていく。
「腹でも痛いのか?」
「……は?」
葉山の言葉に困惑の色を隠せずにアンティアが戸惑いの表情を葉山に向ける。
何をどうすればその様な考えが出るのか正直言って分からなかったため、逆に問い詰めるとさっきから彼女が自分の胸の辺りを触れていたことからもしかしたら何か体に異常があるのではないのかと思い立ったそうだ。
「フフ、何ですかそれ、それを言うのなら普通は胸が痛いのかでしょうに、よいしょっと、大丈夫ですよ。葉山が心配するようなことにはなってはいないので安心してください。少し思わぬ事態に出会って混乱しただけです」
「そうか」
何をおかしく思ったのか耐えきれず噴き出したアンティアはそのまま立ち上がり、そのまま笑顔を葉山に向ける。口調が元に戻ったところを見ると一通りのけじめはつけられたようだ。
アンティアの問題も片付き、改めて上へと続く道を進もうかと考えたその時、不意に葉山の丁度頭上からまた聞きなれた声が降ってくる。見上げると落ちてきた穴から影が2つ、こちらを覗き込むように差していた。
「葉山隊長ーー!どこですかーー!!」
「葉山隊員!居るのでしたら返事をして下さい!」
大声で叫んでいるのは林三曹と十束探査員のようだ。どうやら葉山が穴に転落した後、慌てた林三曹が呼んできたのであろう。
こちらの様子を把握できていないらしく、ただやみくもに叫んでいる2人に向けて葉山が無事だという意思表示をしようとしたが――
「たいちょう……惜しい人を亡くした」
「いや、死んでいねえよ!勝手に殺すなや!」
林三曹のボケか素か分からぬ言葉を受けて葉山の2人に向けた返事の内容はツッコミへと変わる。
かなりの大声で叫んだため向こうにしっかり届いたようで林三曹の出したペンライトに照らされて目を細める。その後お互いに安全を確認してから葉山は穴から投げられたロープによって無事に救出される。地下の謎の空間に関しては後日調査という事で今日の活動はそれで終了する事になった。
そして翌日――
「いよっと、林三曹、何人か連れて先に下の方を調査してくれ他は上だ。何か見つけたら連絡してくれ、ぐれくれも問題を起こしてくれるなよ?」
葉山率いる自衛隊員11名と十束探査員含む6名の探査員が穴からロープをつたって降りて来る。地下は依然と暗闇に覆われているため全員それぞれ明かりを携えての侵入である。
「了解しました。先に向かっております。よし、お前ら行くぞ」
葉山の命令を受けて林三曹が何人かの隊員を引き連れて下へと続いている階段を下っていくのを見届けた後、葉山はさっき降りてきた十束探査員の方へと体を向ける。
「一先ず下はうちらの方で調査しますので十束探査員は上の方を頼みます。一応、護衛に何人か付けますので何かあれば連絡をお願いいたします」
「はい、承知しました。それにしても手馴れておりますね。やはりそこは経験者という事でしょうか」
十束探査員の言葉に苦笑いを浮かべながら顔をそむける。そのまま一旦探査省の者たちとは別れて葉山は下へと向かう。階段は壁伝いに造られているようでその形状から空間が円形になっていることが推測できる。
「ミーホウの所もそうだったがここも変わらず凄いな」
階段を下り林三曹を探しながら周囲を散策していた葉山がそう感想を漏らす。
ミーホウ古代遺跡は完全な人工物として形成されているのと違い、こちらのほうは岩盤をぶち抜き地中をそのまま利用した洞窟のような構造となっていた。だが、その切り出した跡は滑らかな肌触りでそれが固い岩であることを忘れそうなほどだ。
そんな感じにいくつか設けられた部屋のような所を見ながら歩いていると部屋のひとつから林三曹が出て来る。出てきた三曹は葉山を見つけるや否や手を振りながら彼を呼ぶ。どうやら何か見つけたようである。
呼びかけに応じて葉山が合流すると林三曹は先ほど出てきた部屋に彼を招き入れる。中はそう広くなく右側の壁側は2段ベッドのような彫刻が施されていてその中に何かが収めているようだ。
「ファンタジーで洞窟に居る種族と言ったらドワーフだと思っていたがまさかエルフが出て来るとは……」
「隊長、それ石像ですよ。別にここに住んでいるわけじゃないでしょうし誤解を招くようなことを言わないでくださいよ」
彫刻に収められている物を見てそんな感想を告げる葉山に林三曹が訂正を入れる。
彼らの視線は2段になっているベッドの下段に横たわらせるように安置されている石像に向かっていた。その造形は人型でその耳は笹のように尖っている何というか典型的な日本ファンタジーに出そうなエルフのような形をしていた。次いでに言うと体型からして女性を模しているようであり胸の辺りで腕をクロスするように置いてその中には円形状の石板を抱いていた。
「それにしても何でこんなものがあるのやら」
「さぁ、欲求不満とかじゃないですかねぇ」
いや、それはない。石像が抱えていた石板を手に取っていじっている林三曹が言った言葉を否定する。
ここが何らかの目的があって作られたことは確かなのであろうがその意図を推測できるほどの想像力は残念ながら葉山は持っていなかった。数少ない経験則で物を言うとすればミーホウ古代遺跡のような物とも言えなくもないがそれも趣が違いすぎるため若干決め手に欠ける。もっともそれらも踏まえて今後調査されることになるのだろうが。
「これも気になるが詳しい事は後にして今は全体の調査を優先するか」
「そうですねぇ、まだいくつか調べていない部屋もあるのでそうしますか……」
他の隊員からも似たような報告を無線で受け、全体像の解明を優先しようとする葉山に林三曹も賛同し持っていた石板を元に戻そうとする。だが、戻す手前で手を滑らしそのまま石板が床へと落下して甲高い音を響かせる。
慌てて拾いなおした林であったがそこである異変に気付く。なんと石板を取り出した石像がほのかに光り出していたのだ。その光は次第に強くなっていきついには部屋全体を満たすほどになっていた。
「はやしぃぃーーー!!」
「自分、今回は何もやっていないですよ!?」
異変に気付いた葉山の声が部屋の中で木霊する。声に驚いて林三曹も慌てて弁明するが説得力が皆無であることは一目瞭然である。
そうこうしている間も石像は光続けており事態に出くわした2人も状況を飲み込めずにそれ以上のことはせず見守り続けるほかなかった。
そして数分後、光が収まった部屋で葉山達は自分たちが目にしている光景に言葉を失っていた。
「隊長――これどういう扱いになりますかね?」
「いや、俺に聞くな。一先ずアンティアを呼んでくるからお前は『彼女』を監視していてくれ」
「了解です」
葉山が一言いい残して退室した後、1人残された林三曹は視線をもう一度さっきまで石像だったそれに向ける。
その長い髪は金色に染まり、その双眸はエメラルド色を宿していてさっきまで石像の灰色だった肌は今では淡い雪のような白さへと変わり一糸纏わぬ姿も相まって幻想的な美しさを醸し出している。
岩から生まれた妖怪は孫悟空と言うがこの場合は何といえばよいだろう、石像から生まれたエルフだろうか、そんな事を考えていた林三曹であったが目の前の女性の視線がこちらに向けられていることに気付く。
まだ意識が覚醒しきれていないのだろう。そのエメラルド色の瞳は少しくすんでいるようにも思えた。
「えっと……いかがなされましたか?」
非現実的な容姿をしている女性に見つめられて若干狼狽えながらも思い切って話しかけてみる。
「――――#$&%&※*%%$?」
「はい?」
少しの沈黙の後、彼女の口から出てきたもはや音としか認識できない言葉に困惑する。つい忘れそうになるがここは異世界、言葉など通じないのが普通である。アンティアさんは普通に日本語を話しているがあれは彼女がおかしいのであって本来はこっちのほうが正常であるはずだ。
そんな感じで自己問答を繰り返す林三曹だったがどうにかして意思曹通を試みようとしてみるがどれも反応がいまいちのようである。
「なにをやっているんだ。おまえは……」
「あ、モノート族、絶滅したかと思っていましたが生き残りがいたのですね」
しどろもどろになりながらも会話を試みる林三曹をよそにその様子を伺っていた葉山三尉とアンティアがそれぞれ言葉を述べる。いつの間にか戻ってきていたようである。
「あ、隊長、実はですね――」
「あー話は後で聞くから一先ずアンティア、頼めるか?」
「いいですよ~、林さんちょっと横を失礼しますね」
状況を説明しようとする林三曹とそれを止めてアンティアに何かを頼む葉山三尉、そしてそれに応えてアンティアが女性の方へと向かう。
「##*$$%&$$$$、#**+$$$&**?」
「%&&&$##$%+*>+#%#」
「隊長、あれ何を話しているのですかねぇ?」
「さぁな」
日本人には到底理解出来そうにもない言語で会話を続ける女性2人とそれを見守る男性2人、その空気に温度差を感じるのは言語の違いかそれとも異性の感受性の違いかは知らぬがそんな状況がしばらく続いた後、アンティアが話を終えて葉山の下へ戻ってくる。
「一通りの話を聞いてみましたが全くもって自分の状況を理解していませんでした。恐らく一種の記憶喪失かと思われます。……それはいいとして、一体何をしたのですか?葉山から話を聞いてもよくわからないのですが」
戻ってくるなりアンティアがそう足早に言葉を並びたてる。あれだけ話し込んでいたにも関わらずたいした情報は得られなかったらしい。それに加えてこちらの今までの状況の説明を求めてきたがそれに関しては林三曹に押し付ける。
「ふむふむ、石板を落としたらこうなったと……余計意味が分かりませんよ……まぁ、一先ず物は試しという事ですので」
林三曹から話を聞いたアンティアはそう言いながらベッドの上段に収められている石像から石像を取り出す。
彼女が何をしようとしているのかはすぐに想像がついたので慌てて止めようとするがすでに遅く、そのまま手に持っていた石板を床へ叩きつける。
叩きつけられた石板は砕け散ってしまい、それに連動するように今度は上段の石像が光り出し同じような事が起きる。
「……で、何か分かったのか?」
新たな悩みの種が増えて嘆息する葉山が一連の様子を見ていたアンティアに問い直す
聞かれた本人はというとその光景に驚いたのか目を見開きながらなにやらブツブツと呟いていた。
「(元素転換技術……カテル・ルルオ文明圏でも実現できなかった物をなんでマガミヤ文明圏が――)へ?何ですか葉山?」
考えに没頭して話を聞いていなかったのか、アンティアがとぼけた表情をして聞き返してくる。仕方ないのでもう一度問うてみるがどうも煮え切らない感じの答えしか返ってこなかった。
「それより隊長、これどうするのですか?流石に放っておくわけにはいきませんよね?」
「事を起こした張本人がそれをいうか……一先ず先に他の隊員に下手に物に触るなと言い直してから十束さんと相談するか、あと林、お前彼女達の扱いが決まるまで面倒を見ておけ」
当面の対応を考える葉山だったが、この時すでに他の隊員も似たような事をやらかしていて余計に頭を痛めることになっていた。
それはさておき葉山にエルフ(便宜上そう呼称している)の面倒を言い渡された林三曹がいかにもという感じで面倒そうな表情を浮かべるが今回のトラブルを引き起こした調本人に反論など許されるはずもなく、葉山も上官命令というところを特に強調しているためそのまま引き下がる。まぁ、言語の問題もあるので当分の間はアンティアが補佐をしてくれるだろうが――
「じゃあ、私は一度水那富の方に戻って報告しておきますね、何かあったら呼んでください」
面倒事に巻き込まれそうな雰囲気を感じ取ったのか、アンティアがそう言い残して姿を消す。後に残ったのは消える彼女をそのまま見送った葉山と慌てて呼び止めようとする林三曹、それと話に取り残されているエルフが2人だけであった。
「ちょっと隊長!?自分だけで彼女たちの面倒とか無理ですよ!」
「うるせぇ!出来るだけ手伝ってやるからそこは気合で頑張らんか!」
「あーいたいた。隊長、さっきアンティアさんから無線で連絡があって、これ、頼まれた毛布類です」
アンティアが居なくなってから言い合っていた2人だが、その論争は部屋に入ってきた女性隊員によって一時停戦となる。彼女の手には非常用に持ってきていた茶色の毛布が数枚抱えられていた。
「毛布?何でそんなものを?」
「最初聞いた時は自分もそう思いましたけど、ここにきて納得しました。てか隊長、頭が混乱するのは分かりますが女性2人を素っ裸で放っておくのは男としてどうなのですかねぇ?」
「あ――」
女性隊員の指摘によって今の状況を再確認する。
エルフたちは石像だった状態からそのまま肉体へと変化していた。そのため彼女たちの姿は何も身に着けていない状態という訳となる。
そこまで考えつくころにはその場は来た女性隊員に任せて葉山は林三曹と共に脱兎のごとく部屋から走り出していた。
 




