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FILE.26

8月17日 ????


 雲一つない赤く澄んだ空の下で葉山三等陸尉は1人、その代り映えのしない異様な空の彼方を双眼鏡で見わたしていた。


(迎えのヘリを送ると言われて2日経ったけど、全然来ないなぁ……なんかトラブルか?)


 特に状況が変わるという事もなさそうなので警戒もほどほどにして野営地に戻る。丁度、野営地では食事の用意をしているのか僅かに食欲をそそる匂いが漂ってくる。


「おい、アンティア居るか?」

「なにか呼びましたか?葉山」


 葉山の呼びかけに答えて彼の目の前にアンティアが突然姿を現す。たいした反応をしないところから見るに彼自身かなり状況に慣れてきていることが分かるがそれは置いとき、なぜアンティアがこの場に現れることが出来るのかというと単純に会談以降ずっと葉山に装着させ続けているデバイスのおかげである。


「悪いな、呼び出したりして、少し例のお客人について気になったのでな。なにか分かったか?」


 そう言って葉山は背後に向けて指をさす。その先には日本人ともミーホウ族とも違う人種が十数人ほど一箇所に集まって蹲っていた。警戒しているのであろうかこちらに向ける視線に僅かだが恐怖の色が感じ取れる。


「ダメそうですね。長い事寝かされていたせいか記憶が自分たちの名前を除いてほとんど抜け落ちていました。情報を聞き出すにはもう少し時間が掛かるでしょうね」

「まじか、まいったな……」


 本当に困ったという感じで頭を掻く、こちらの不手際とは言え厄介な事になったなと思いながらこの先に起きるだろう面倒事の気配をひしひしと感じていた。



 3つ目の古代遺跡の発見、その切っ掛けとなったのは予算委員会が開かれるより10日ほど遡った8月5日の出来事である。


「気をつけ!!」


 林三曹の号令を受けて整列していたおよそ30名余りの自衛官がその場で伸びていた背筋を今一度更に伸ばす。彼らの目の前には自分たちの隊長である葉山 幸太三尉が新たに支給された小銃を肩にかけて立っていた。


「話が長くなるから全員無理のない態勢で聞いてくれ、まず初めに悲報だが我が小隊はミーホウ古代遺跡調査の功績を認められてしまい探査省支援の直属部隊として今後の未探査領域への探査任務に就くことになった。それに応じて部隊名も第1探査任務小隊という大層な名前を付けられることになったがやることは依然やったのと同じだ。文句は後で聞く、そういう訳で今回の任務の責任者兼護衛対象である探査省の十束とつか つるぎ探査員からの言葉だ。全員、心して聞くように」


 嫌味っぽいセリフだが本人はいたって真面目な感じで話を進める葉山隊長、その彼に紹介されて明らかに自衛隊のそれとは違う黒スーツに眼鏡をかけた男が隊員たちの前に立つ。


「えーご紹介にあずかりました十束です。今回の探査隊の最高責任者を務めさせてもらいますが実際の指揮は葉山三尉に執ってもらいますのでよろしくお願いします。そういう訳で葉山三尉、この後の概要説明をお願いします」


 かけた眼鏡を直しながら短く挨拶を済ませた十束が再び葉山に話の主導権を返す。


「了解です。それでは簡単に説明するがこれより我が小隊及び十束探査員率いる探査隊12名合わせた43名でここから東北方面に向けて往復で2週間の期間で調査に向かう。主な目的としては資源関係が中心となるが万が一の不幸があって古代遺跡を見つけた場合はその調査も含まれる。何か質問はあるか?」

「はい」


 一通りの説明を終えて話を切った後、葉山の確認に林三曹が挙手をする。


「なんだ?林三曹、手短に頼む」

「探査という割には今回支給された装備が重武装なのですがなぜでしょうか?」


 葉山の要望通り林三曹が短く質問する。今回の探査にあたり葉山達小隊に支給された装備は前のミーホウ古代遺跡調査時に渡されたものに加えて機動戦闘車が2両、偵察警戒車が1両のほか個人装備として与えられる軽MATや無反動砲がいつもより多かった。さらにこれに加えて要請にすぐ応えられる様にヘリが2機駐屯地で待機するという破格の待遇である。林三曹が疑問に思うのも仕方がないだろう。


「今回の任務を押し付けてきたときに渡されたやつだ。正直言って俺も困惑しているから気にするな。他に何かないな?よし、早速出発する。全員乗車してくれ」


 大雑把な説明をした後、他の隊員からのツッコミが入る前に手早く指揮して出発を図る葉山、発言のチャンスを失った部下たちもそのまま素直に指示に従い事前に振り分けられた車輌に各自乗り込む。そして全員の乗車を葉山が確認した後、短く『出発』と言葉を発して10両に及ぶ車列が動き始める。



 だが、彼らの道のりは想像以上に厳しいものだった。

 事前に哨戒機や無人機で地形を把握しているとは言っても空を飛ぶのと地上を走るのでは勝手が違う。おまけに所々で調査をしながら道なき道を明確な目的地もなしに進むため1日で500km進めればまだましな方であった。


「はぁ、こりゃ6日目も収穫なしかねぇ……林、何か見えるか?」


 調査も6日目の半分を過ぎたころ、なんの成果も得られていない中で葉山三尉が車に揺られながら林三曹に話しかける。周りは見渡す限り荒野であり、めぼしいものは見つかりそうもない。


「そもそもそんな頻繁になにか見つかるならここまで苦労しないと思いますよ?隊長」

「だよねぇ、こうなったら十束さんに進む方角の変更でも具申してみるかねぇ」

「けど、東は日本の領域に近いですし、対する西は旧海溝跡のせいで進めませんから結局この方向を進むしかないと思のですが、どうなんですか?」


 周りを警戒しながらもやっぱし何もないため自然と会話の方に意識が行く葉山三尉、林三曹とアンティア、特に変化しない風景に流石に飽きてきたのか視線は林三曹を除いて宙を泳いでいた。


「確かにあの海溝は予想していなかったわな、今後の調査に支障が出そうだし早いところ橋なりなんなり作ってもらえないかな、ほんと――ところでアンティア、なんでお前ここにいるんだよ」


 進路変更の案に対して指摘してきたアンティアの言葉を受けて今後について考えると同時にいつの間にか車内にいた彼女に対してツッコミを入れる葉山、彼女がここにいる理由は聞かなくても分かるぐらいは慣れた葉山であったがなんの脈絡もなく現れたので思わずツッコミを入れてしまったらしい。

 それは置いておき、これまでの5日間で分かった水那富駐屯地以北の地形情報を少し簡単に纏めておこう。

 まず、水那富駐屯地の位置自体だが転移前の地球で言うのなら長春より北西に位置する吉林(チーリン)白城(バイチョン)市にあたる位置に置かれている。その水那富駐屯地から葉山達はほぼ北東に向かって進んでいるわけだが、この辺の地形はアンティアからの情報によれば複数の諸島が存在していたらしく、それを裏付けるように時々山のような起伏を確認している。

 また西の方角には全長1200km、最大幅560m、深さ不明の海溝跡が存在しており、それより西への進出は航空機かもしくは海洋を復活させてからの事になるだろう。少なくとも現時点で足を踏み入れることは確実に無い。


「東西共にめぼしいものは期待できなさそうだし、やっぱ、このまま北上するしかないかー、はぁ」


 簡易地図にこれまでの調査で得た情報を加えながら状況の整理をしていた葉山がため息をつきながら進路変更の具申を諦める。西は奈落、東は祖国となれば進める道は限られてくるとは言えこのまま進んでもなにもなさそうな雰囲気に調査自体を中止するかどうか頭を悩ます。


「まぁ、時間はまだ余裕がありますし、もう少しくらいは続けてもいいんじゃないですか――――!?隊長、左方から前方にかけて山脈を視認、迂回は難しそうです。いかが致しますか?」


 林三曹の報告に反応して葉山は手元の地図に落としていた視線を前に向ける。確かに前方にはこれまで見てきた起伏よりはるかに大きい輪郭が西側に向けてそびえ並んでいた。

 まだ距離があるため双眼鏡で覗いてみるとその造形が二段階に分けた勾配によってつくられていることが分かる。


「確かに迂回は難しそうだな……場所は地球で言うとロシアのヤオーツク辺りか、アンティア、あれが何か分かるか?」

「どれですか?あーあれですか、いまメインシステムにアクセスして調べますので少し待ってください。――と出ましたよ。記録によるとここより北は大陸があったようですね、それだと思いますよ」

「たいりくぅ?また、面倒なものを……」

『あー、あー、こちら十束です。葉山隊員聞こえますか?どうぞ』


 目の前にそびえる存在について後部座席にいたアンティアと話していると無線機を通じて唐突に十束探査員の声が入ってくる。


「こちら葉山、聞こえていますよ。どうかしましたか?」


 指名を受けたためアンティアとの話を止め通信機を手に取って応答する。ちなみに十束探査員たち探査省の乗る車は葉山達の後方を走っているため振り向けばその姿を捉えることが出来る。


『どうかしましたかって……目の前のものについての意見を聞いているに決まっているでしょう。そちらではどう見ていますか?』


 葉山が応答をして遅れる事数秒、今度は十束探査員の方から若干呆れた感じの返事が返ってくる。やはりというかなんというか向こうでも目の前の物を視認しているようだ。まぁ、あんなでかいもの見落とす方が難しいし当たり前ではあるが。


「いまアンティアさんから話を聞いたのですがね、どうやらこの先一帯は大陸があったようでその跡ではないかということですよ」


 一先ずさっき彼女から聞いた話をそのまま伝える。


『ほう、大陸ですか、それはまた大層なもので――ん?ところでなんでアンティアさんが話に出て来るのですか、もしかしてそちらに居るという事は無いでしょうね?』

「え、あー詳しい事は後で話しますので兎に角いまは目の前のものの対応について話しません?」


 鋭い十束探査員の指摘に言葉を濁しながら話を戻す。まだ、距離があるとはいえ今のうちに方針を決めておかないといざ大陸跡に接近した時に立ち往生しかねない。少なくともどうにかして迂回するかどうかだけでも決めておく必要があった。


『そうですねぇ、迂回できるなら迂回した方が良いのでしょうが流石にあの大きさは厳しそうですし、大陸というのなら何かしらの文明の痕跡があるかもしれないので出来る事なら登って調査したいところです……一先ず麓まで近づいて今日はそこで野営にしてその間にもう一度考えることにしましょうか、いいですね?』

「了解です。十束探査員」


 今夜のキャンプ地も決まりそのまま通信を切る。


「大陸の調査をするのですか?」

「出来ればな。と言っても無事に登れるかどうかも分からないし、登れたとしてもそろそろ折り返しの事も考える必要があるからそう長くはいられないだろうな」


 通信を切った後、再びアンティアが話しかけて来る。つい忘れそうになるが葉山達が居るところは本来なら海に没している所である。たまたまミーホウ族という海洋を活動領域にする種族が居たおかげで古代遺跡という遺産にありつけたが将来性を鑑みても陸地の調査を行えた方が好ましい。

 ただ、これまでの諸島群の跡地がそうだったのだがこのあたりの海底は陸地にかけての勾配が激しく車で登るには適していない。そのため葉山達もこれまで迂回してきたのだが今回は迂回するのが難しく、だからと言って登れるかどうかも分からない。そのあたりの判断をするための野営でもあった。


「そういえば場所は分からないのですが過去にカテル・ルルオ文明圏と大陸の文明圏の交易路として大陸から海底にかけて通行路を敷いていたはずです。そこなら日本の乗り物でも上がれるのではないでしょうか?」

「え、マジで?それが本当ならありがたいが、一先ずその辺のことも含めてあとで十束さんと相談しとくか」


 アンティアからの思わぬ情報で大陸の調査という選択が濃厚になる。正直言って通信機ですぐに連絡しても良かったがそろそろ日も傾き始めるころ合いの為、仮に大陸への進出路を探すにしても翌日となるだろう。それなら落ち着ける状況で報告したほうがいいと判断して伝えるのを後にした。

 結果を言うと確かに大陸への進出路は見つかった。野営中に大陸の調査を最優先目標ということで定まった後、日が昇ってからすぐに捜索したところ東へ20kmの地点に緩やかな傾斜をつけた幅の広い坂道を見つけたのだ。だが、6兆年という長い年月によって道は荒れ果てており場所によっては崩落している影響で思うように進めず、慎重に登っても脱輪などのトラブルが頻発したせいで150mの高さを登り切るのに2時間も費やす事となった。


「で、やっとこさ登ったというのに進まずに付近の調査で終わりってなんなんですか、あの苦労は一体……」

「うるせぇぞ林、10両中4両の車軸が曲がっちまったんだ。何とかして直さない事には進みたくても進めねぇんだから仕方ないだろ」


 暇つぶしがてらに付近の探索をしていた葉山が隣でぶつくさと文句を言いながら歩いている林三曹を窘める。苦労して上がってきたのは良かったが想像以上に車輌への負荷が大きかったのだろう、走行に支障がでるものが幾つか出来てしまった。いまは整備担当が応急処置を施しているが治ったとしても恐らくこれ以上先の探索は不可能だろうというのが葉山の考えである。

 その間何もしないわけにも行かないので行ける範囲内の所の探索をしているわけだが、葉山達はあくまで護衛役な為、仮に足元の石ころが鉱石の類だったとしても分からないだろうから実質散歩のようなものである。


「てか、なんでうちらが付近の捜索をやっているのですか、これこそ探査省の仕事でしょうに」

「探査省は今後の探索を円滑に進められる様にこのあたりの地形の測量中だ。やることはやっているのだから文句を言ってやるのはやめてやれ」

「そうですよ、林さん、それに周囲の観察なら専門知識が無い自衛隊の方も出来るのですからここはもう一種の偵察と割り切った方がいいですよ?」


 未だに納得いかない林三曹に葉山とアンティア2人から説得の言葉を投げつけられる。唐突に彼女が話に出てくることについてはもう仕様とあきらめた方が吉であると一応提言して置く。

 そんなわけで付近の探索を続ける3人であったがやはりその光景は今まで見てきたものと変わらない赤く荒れた大地が広がるばかりでめぼしいものは見つかりそうもない。


「何というか、わかってはいたが本当に何もないな……時間もそれなりに経ったことだしそろそろ戻るか」


 しばらく付近を散策してみたが特に興味を引くものもないため他の者たちが居るところへ戻ろうと踵を返す。その時――


 バコッ――


「へ……」


 突如、葉山の足元の岩盤が崩れて穴が空き彼の足が深く下に沈む。


「え、え、ちょっと!?うわ!」

「た、隊長ー!」

「ちょっと嘘でしょ、待って、待って!」


 突然の出来事に状況が飲み込めずそのまま落ちるように穴に飲み込まれる葉山、そんな彼を見て狼狽した林三曹とアンティアの2人は何もできずただ叫ぶことしか出来なかった。

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