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FILE.24

東洋道・巣立すだち駐屯地


 東洋道に唯一属している万島よろずしま県が有する海鳥列島に構築中のこの駐屯地は国内にあるたった一つの復拓政策の拠点である。

 駐屯地が置かれている羽止大島(はどめおおしま)を中心に日本の生命線となる原油を生産する黒羽島、比較的地盤が緩く開墾に向いている柔嘴小島(やわのはしこじま)爪双子島(つめふたごじま)のほかに周りに点在する岩礁や群島、更に日本と一緒に転移してきて共に統合された南鳥島と沖ノ鳥島を含めた全てを領域とした海鳥列島での活動を支えるためにあるこの駐屯地は日ノ出、水那富の2つの駐屯地とは違ってかなりのスピードで規模を拡大されてきた。

 それもこの列島が他の復拓領域と違って日本と海で繋がっていることが大きいだろう。現在、この地域に物資を供給しているのは海自の部隊であり、特に第2、第3輸送隊に配備されている『しれとこ型輸送艦』の『しれとこ』『みうら』『あつみ』『つがる』の4隻の働きによって輸送機とは比べ物にならないくらいの量を輸送できるおかげか、人員の拡大も容易に進めることが出来ていた。また、今後港の整備が出来れば民間船の乗り入れも可能となり更なる発展の加速に期待できるためここに限れば復拓政策は大成功と言ってもおかしくなかった。


「なんか、滑走路の方が騒がしいと思ったらM-1が並んでいるし、クローバルホークは飛んでいったしで何があったのやら」


 そんな呟きをしたのは巣立駐屯地に物資を輸送するために来ていたC-130Hのパイロットであるにのまえ 二三ふみ三等海尉であった。

 彼女の視界に広がる滑走路の上には10機はあるだろう航空自衛隊の主力機であるM-1多能機が整然と並んでおり離陸の時を待っていた。

 このM-1多能機はF-15戦闘機の後継機として日米が共同で開発した機体で配備が始まって10年経った今、日本だけでも保有数は120機を超えておりいまも量産が進められている最新鋭機である。

 この機体の特性を挙げるとすれば、純然たる戦闘機としてこの世に生まれ出た後も続けられた開発によって獲得した多様なオプションであろう。何しろ戦闘機としての機能はそのままにして少しの整備で攻撃・爆撃・偵察・管制・観測などの能力を補助として付与することが出来るのだから数さえ揃えられれば本当に使い勝手の良い機体と言える。

 そんな何でも屋さんなM-1が2機1組となって滑走路を滑走して若干赤らんだ空に向けて飛び立ち、そのまま東方に向かって飛び去る。

 そんな彼らを一三尉は響く轟音に耳を塞ぎながら何も言わずに見送った。



 なんの情緒も感じられない赤い空の中を航空自衛隊のパイロットである堤下つつみした 流星りゅうせい三等空尉は自分の乗機に揺られながらただ広がっているだけの何もない空を見わたしていた。

 彼の所属する飛行隊は巣立駐屯地より東方の未探査エリアの情報収集のために飛び立ったわけだが、眼下に見えるのは赤くむき出した岩盤のみであってその他は何も見つけられていなかった。


『管制塔からウイング3へ、ホーク2のコンディションを報告せよ』

「ウイング3から管制塔へ、ホーク2のコンディションはグリーン、異常ありません」


 不意に通信機を通して管制員の声がコックピット内に響く。

 堤下の機体は先行しているグローバルホークの回線接続を仲介する任も兼ねているためその状況確認であった。本来ならGPS衛星なり使えばいいのだが転移の被害がまだ回復しきれていない以上、どうにかして間に合わせの体制を敷かないといけないのが痛いところである。

 通信を受けてすぐに問題がない事を伝える。むしろ何もなさ過ぎて別の意味で辛い状況なのだが、そんな事を言えるはずもなく余計な事を口走る前に回線を切る。


(こんな世界に何かを求めること自体が間違いだとは分かって入るけどさぁ、こうも何もないと虚しくなってくるぜ……)


 暇を持て余し始めてついそんなことを考えてしまう堤下、探索を始めてかれこれ2時間は経とうとしていたこともあり集中が切れ始める。転移前は1日に3~4回は国籍不明機に対するスクランブルを行う彼らにとっては今の状況は平和そのものであり不謹慎とは思いつつもどうもなにか足りない感覚になってしまう。


(まぁ、こうして何らかの形で役に立てる分だけまだましというやつか、海の奴らなんかずっと非番みたいなものだしな)

『管制塔より全機へ、たった今統合部隊よりホーク1が何かを捉えたとの情報が来た。座標を確認しだい調査に向かわれたし』


 何度目か忘れるほどの周囲の確認を行っていた彼らの下に再び通信が割り込む。どうやら先行していた無人機が何かを見つけたようでその調査に行くように命令が下される。


『ウイング1、了解』

『ウイング2、ラジャー』

「ウイング3、了解」

『ウイング4……』


 命令を受け次々に返答を返していったパイロット達はそのまま自分たちの機体を目的の場所に向けて翻す。

 赤い空に浮かんだ12個の光点が爆音とともにものすごい速度で大空を駆けて行った。



「う~ん……なんだこれは?」


 画面に映し出された高層ビルのような物体を見ながら無人機部隊の操縦者の1人が自身の思った疑問を口に出す。

 古代遺跡、と言ってしまえば聞こえはいいがいま彼の見ている物体は無人機の飛行高度を考えると1000mは軽く超えた高さがあるものを古代遺跡と言っていいものか……いや、すでに似たような存在を1か所手中に収めているのだから何の問題もないはずなのだが。


「一先ず現地に向かった空さんの方々の報告待ちかねぇ……」


 他に案も思いつかないのでそのまま報告を待つ。こういう時は人の目で直に見た方が何かを見つける事だってあるのだからなかなか人の感覚も侮れない。


『こちらウイング1、目的地に着いた。……それでだが、これは一体何だ?見た感じ人工物だとは思うのだが』


 そう時間も掛からずに現地に居る飛行隊長の疑問の声が届く。この感じだと向こうでも件の物体の正体は掴みきれていないようだ。


「こちらホーク1、ウイング1もう少し接近して見ることは出来ないのか?」

『ホーク1へ、これ以上は無理だな。下手に近づいて何が起こるかもわからないしそろそろ燃料の心配もしなければならん』


 そう言ってホーク1の操縦者の要請を断る。今彼らが飛んでいるのは巣立駐屯地から少なくとも1000kmは離れている荒野だ。帰りのことも考えるとその場に居られる時間はそう長くない。


「どうしたものか、詳しい調査は次回にするか?」

『ウイング1からホーク1へ、何ならARMを使うか?確か僚機の奴らが数発積んでいたはずだが』


 悩んでいる所にウイング1からそんな提案がされる。ARMというのは日本名称、空中発射型偵察ミサイルの略称だ。簡単に言うと使い捨て型の偵察ポッドである。

 性能としては簡易的な自立地形識別能力に加えて航続距離が2000kmと一歩間違えれば巡航ミサイルと批判されかねない代物だが、実際巡航ミサイルを元にして作られたのだからしょうがない。


「少し待っていろ――よし、司令部から使用許可が下りた。ARMの発射を頼む、念のため帰投システムを入れておいてくれ」

『ラジャー、ウイング3、ARMの使用を許可する。発射後、全機帰投する』


 司令部からの許可を取り付けた後、短いやり取りをしてそのまま通信を切る。

 あとはARMの働き次第だがはてさてどうなることやら、少なくとも上層部はこれから忙しくなることは確実である。



『ラジャー、ウイング3、ARMの使用を許可する。発射後、全機帰投する』

「ウイング3、了解。ARMの安全装置の解除を確認……ファイア」


 隊長機の命令を受けて堤下三尉が操縦桿に備えられた発射スイッチを思いっきり押し込む。そして数秒も経たずに機体下に取り付けられていたARMが白線を描いて離れると同時に機体が僅かに軽くなる感じになる。機能が限定的とはいえ数百kgもの重さはあるのだ。軽くなって当たり前である。


『ウイング3のARMの発射を確認、これより帰投する。全機、RTB』


 発射して間をおかずに隊長の声がコックピットに入り込む。燃料の残量を見てみるとそろそろ半分を切ろうかの瀬戸際であった。帰還する分にはまだ十分だが長居は無用である。

 他の僚機たちに合わせて自身も機体を元来た方に向ける。その時、一瞬視界の端で何かを捉えた感じがした堤下であったがすぐに変わる景色に目の錯覚だろうと特に気にせずにその場を離れるのであった。



国会議事堂・衆議院予算委員会


「――であるからして、復拓政策による領域拡大は日本の未来を鑑みても避けようのない事柄であり、今後も何か状況が一変しない限りは続ける……これが我が内閣の見解であります」

「ですから!その引き際を政府はどのように考えているのかを問うているのです。まさか、この世界に我が国しかない事をいいことに覇権を唱えるつもりなのですか?総理は!」

「少なくとも政府、いや我が国に覇権主義というものは存在しないし、そのようなことを唱えるつもりもない!本政策は国家・国民の存続に必要不可欠であるから行っているのでありあなたの批判は全くの的外れである」


 さっきから全く進展しない押し問答に機嫌を悪くしながら伊東総理は相手の議員の発言を切り捨てる。

 もう4回ほど似たような言い合いをしているせいで流石の伊東総理も切れそうになるがそこは歳の功も幸いして何とか抑え込む。

 そもそもなぜこんなことになってしまったのやら、辟易する気持ちをなだめながら今までの事を思い返す。最初は厚労省の人口安定化政策に関する予算について話していたはずなのに気づけば復拓政策に対する攻撃へと様変わりしていた。

 やはり非常時なのに人口増加の方針を貫こうとしたのが不味かったのかとも思うが今後数十年のスパンで考えると人口の増加は必須条件であり避けることは出来ないのでどうしようもない。何しろ600億haにものぼる阿保みたいな広さの土地を一国で復活させないといけないのだ。いずれミーホウ族の人々が国家をつくるとしても下地ぐらいは用意しなければならない。そうなるとやはり今から人口増加策を取っておかないとならないだろう。


(ガス抜きのつもりか知らんがこんな無駄なパフォーマンスに付き合わせよって――恨むぞ、理永みちながの奴……)


 そんな恨み言を心の中で唾棄しながら総理は討論の相手の議員の背後でにやつきながらやり取りを公聴している大学の同期であると同時に民支党の幹事長を務めている西条さいじょう 理永みちながを睨みつける。

 睨みつけられた方はというと睨まれている事に気づいていないのか、もしくは気づいていて敢えて無視しているのかは知らないがさっきと変わらず薄い笑みを張り付けてこちらの出方を伺っている。

 一体何を考えているのやら、相手の思惑が分からずどう出るべきかと考えを巡らせる総理、なぜそこまで慎重になっているかというとこの西条という男――憎たらしいほどに人をくうのが上手い。

 かくいう総理も大学時代に彼に知らず知らずのうちに良いようにされて苦い思いをしたことがある。恐らくいま登壇して発言しているこの民支党の議員も西条に色々言われて発言しているに過ぎないだろう。その証拠にさっきからこちらの出方が変わらない事に焦って視線が後ろに行きたがっている。


(さて、どう受け流すべきか)


 わざわざ向こうの思惑に乗ってやる必要はないので今はこの場をやり過ごすことに考えを変える。一番簡単なのは与えられた時間を使い切らせることだが、それをやると説明不足と攻撃材料にされることは眼に見えているのでこれは却下である。


「えー先ほどから何度も言っている通り、現政府には覇を唱えることなど毛頭にも考えておりません。ただ、今のままではこの国がいずれ限界を迎えることは火を見るよりも明らかであるためその最悪な事態を打破するために本政策を施行しているのです。この方針は初期の頃から不変であります」


 結局、他に取れる手段と言えば今相手にしている奴をどうにかして言いくるめるほかなく今まで言ってきたことにもう少し内容を加えて封殺に掛かる。

 だが、総理の思惑は完全にはいかなかった。


「――西条民支党議員」


 西条議員の発言を許す議長の言葉が議場に広がる。

 議長の言葉を受けた後、元いた議員と入れ替わり西条議員がマイクの前に立つ。


「総理のお言葉、まさに今日本の面している危機に対して動く者たちを率いる長として素晴らしい覚悟の言葉でしょう。そこでひとつ質問しますが政府はいま陥っているこの状況をいつまでに終息させることを目指しているのでしょうか?まさか、ずっと厳戒態勢で臨むわけにも行きませんし、政府としてもここまで膨大な予算を編成し続けるわけにはいかないですよね?」

「ちっ」


 西条議員の言葉に小さく舌打ちをする。彼がしてきた質問は今一番政府側がされたくない内容だったからだ。それもそのはずでこんな状況にいつまでに終息させられるかどうかなど誰にもわからないからだ。いや、何をもって終息とすればいいのかですら定義できるものはいないだろう。

 答えに窮する総理を救ったのは意外にも彼についていた秘書官であった。どうやら現場の方で何かがあったらしくその報せを持ってきたのだ。

 その報せによって委員会は一時休会、若干不満が出たが予め復拓政策を何よりも優先するということを公言していたためそこまで続かなかった。

 部屋を出る前に西条議員のほうを見返す伊東総理、その視線に気づいたのか西条議員は総理が部屋を出るまで隙の無い視線を返し続けていた。

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