表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/40

FILE.23

国会議事堂・衆議院予算委員会


『予算委員会』

 日本の国会における常任委員会の一つであり、今後の国政の方向性を決定づける重要な会議であるこれは本来なら通常国会にて行われるべきであるが今回は例外的に臨時国会にて立ち上げられていた。

 それも日本の異世界への転移が影響しておりこれまでの政策からの大幅な転換や例年に類を見ないほどの膨大な予算要求などが連続したために通年通り通常国会で片付けるには流石に無理と与野党共に意見が続出した結果故に執り行われた次第である。


「――であるからにして、来年度の予算のおおよそ7割が何らかの形で復拓政策に関与しているため、今現在、日本が置かれている状況を打破するためにもこれ以上の予算の削減はかなり難しいというのが財務省も交えた内閣の見解です。また、これでも当初よりは50兆円ほど削減している事をここで述べさせてもらいます」


 部屋に設けられた演壇にて財務省の杉本大臣が言葉を占める。どうやら予算増加の理由の説明と釈明をさっきまでしていたようだ。

 委員会が開かれるまでの間、内閣の方でも少しでも要求額を減らそうと議論を続けた結果、国道の整備と保守の停止やいくつかの福祉支援制度の規模縮小などによってはじめと比べて50兆は削ることに成功したがそれでもたったの50兆である。残った250兆もの予算額はそのまま請求することになるのでその財源の確保に苦しむことになるのは必至であった。


「説明有難うございました。それを踏まえて敢えて質問させてもらいますが政府はこの200兆を遥かに超える膨大な額をどう整えるつもりなのでしょうか?そこのところを明確にしてください」


 杉本大臣の説明を聞き終えてなおそのような発言をしたのは民支党の敷島しきしま 三和土たたき議員であった。

 本来なら議員が発言をする際には議長の指名が必要となるのだが、事は急を要するのにそんな悠長な事をやっている暇はないという複数の若手議員の主張によって質疑応答者同士をそのまま立たせて時間内は自由に討論を行い第3者が割り込んで発言する場合に限り議長の指名を受けるように今回は変更させられている。

 そんなわけで質問を受けた杉本財務大臣は議長の言葉を受けずにそのまま返答を始める。


「財源の確保に関しては基本税収にて賄うつもりですがそれでも不足する場合に限り国債の発行によって補う予定となっています」

「そうなると要求額の6割は軽く国債で補完することになると思いますが、これは伊東内閣が進めてきた財政の健全化とは程遠いですよね?それに関してはどうお考えでしょうか?」

「それに関しては真に残念とは思いますが転移による海外に対する200兆余りの債務が消失したことにより辛うじて健全化の道は保たれたと理解しております」


 与えられた時間を費やし幾度もの問答を繰り返す。そして制限時間を迎え敷島議員による質疑はそこで終了する。

 野党としては財政の不安定化を指摘しつつも与党の方も予算の必要性と財政の負担が適切であることを主張できたため両者引き分けという形で落ち着いた感じだ。

 質問を終え戻る敷島議員と入れ替わるように今度は1人の女性議員が登壇する。内閣の方からは西郷防衛大臣が代表してマイクの前に立つ。


「共栄党の緋治あけち 奈江なえと申します。西郷防衛大臣にお尋ねします。先ほど杉本大臣が予算概要を説明してくれましがそこでなぜ防衛費に在日アメリカ軍に対する思いやり予算が依然として1500億もの額が計上されているのでしょうか?詳しい説明をお願いします」


 緋治議員がそう話を切り出す。どうやら防衛省の要求した在日アメリカ軍に対する予算に焦点を絞りつつ話を広げる魂胆のようだ。

 確かに転移による影響によって外国人はほとんど国内から消滅した。それはアメリカ軍も例外ではなくいま国内にあるアメリカ軍の基地にはアメリカが保有していた装備を覗いてもぬけの殻と化しているのだからわざわざ予算をつける必要性を感じない。

 もっともそれは事情を深く知らない者の視点からみた考えであり、当事者である防衛省からすればなんという事は無い容易に答え用意することのできる質問であった。


「質問を受けたので答えさせてもらいます。これは国内にある米軍基地の処理費として計上した従来とは全く趣の違う理由から出された予算です」

「処理費……いまひとつ意味が理解できないのですがもう少し詳しく説明してくだされないでしょうか?」

「えぇ、構いません。そもそも今回の思いやり予算の利用目的の詳細ですが――」


 緋治議員の言葉に西郷大臣が笑みを浮かべながら答える。

 話を進めている最中、彼の脳裏には委員会が行われる前の閣僚会議の事が浮かんでいた。



 在日米軍――日本国内に駐留しているアメリカ軍の総称でありその歴史的経緯はまあ、余り誇れたものではないがそれでも日本の安全保障を自衛隊と共に担っていてくれていた存在であることは確かである。

 その戦力は日本が自力で揃えようとすれば下手をすれば兆単位でお金が飛びそうなレベルの規模であるのだからいかに心強い存在だったかは言わずとも分かるだろう。


「まぁ、それも日本の転移によって消え去ったわけだが、その在日米軍がどうかしたのか?西郷大臣」


 会議室で席に座っていた伊東総理が西郷大臣の話を遮りそんな疑問を投げかける。今は予算委員会が開かれる前の最後の閣僚会議の最中であり何の脈絡もなく在日米軍の話が出てきたため若干困惑気味のようであった。


「在日米軍がというより、彼らの保有していた装備が問題と言った方が良いかもしれません。ともかく基地に残されたこれらの装備の扱いについて本省の方でも苦慮しているのですが、何かいい案は無いでしょうか?」


 総理の質問に西郷大臣がそう答える。

 転移当初から防衛省は何回にも渡り無人となった米軍基地への調査を行ってきた。元々治外法権などもあって国内であっても分からない事が多かった場所だけに色々と発見したのだが、そこで問題となってきたのが残された米軍の兵器群である。

 その数はもとより種類も多いため扱いに困っていたのであった。


「普通に自衛隊が接収しちまえばいいんじゃないか?」


 特に深く考えずに白田農林大臣が発言する。


「ハハハ、ご冗談を、確かにいくつかの装備に関しては今後の技術開発のために貴重なサンプルとしてお借りしましたが流石にあんなものを運用するほどの余裕など自衛隊にはありませんよ」


 白田大臣の意見に西郷大臣が笑いながら否定する。

 米軍基地を調査して確認された装備は情勢の不安定化もあってF-22やB-2などアメリカの秘蔵っ子があるだけにとどまらず、たまたま寄港していた第5艦隊を含めたジェネラル・R・フォード級航空母艦2隻を筆頭とした数十隻にものぼる艦艇などより取り見取りである。

 自衛隊も自分たちが技術的に劣っている航空技術やイージスシステムなどを会得するためにいくつかは防衛装備庁にて解析しているがその他に関しては全くの手つかず、というよりも運用経験が無いため手が出せないという状況であった。

 だからと言ってこのままほっといても巨大な粗大ごみになることは眼に見えているため早急な対応が求められている。


「よくわからんが、そこまで扱いに困っているのなら資源難の事もある。廃棄していいものを選定して民間にまわしてやればいいのではないか?」

「ああ、確かに経産省の方でも資源の供給を催促する書状が送られていたのでそうしていただけるこちらも助かります」


 様子を見ていた田中官房長がそんな事を言い、谷経産大臣がその案に乗っかってくる。

 現状、資源については日之出南方の鉱山地帯の開発を急いでいるがそれが完了するまでは国内でなんとかやり繰りするほかなく、依然厳しい状況が続いている。


「そこまでお役に立てるとは思いませんがそれで良ければその方針で行かせてもらいます。それでなのですが――」

「まだ、何かあるのかね?」


 言いよどむ西郷大臣にまだ伊東総理が問い直す。


「あー原子力空母と潜水艦の原子炉が稼働状態のままなのですがどういたしましょうか?」

「…………なに!?」



「そのため廃棄するにもいくつかクリアしないとならない課題があるためその費用を本予算から流用する形となったわけです。また、これには米軍の弾薬庫に保管されていた核弾頭の保守・解体の費用も含まれております」

「なんですって!?核兵器が国内に持ち込まれていたのですか!なぜ、政府はそのことをかくしていたのですか、これは我が国の国是に対する裏切りですよ!!」


 西郷大臣の言葉を聞き緋治議員が驚きと同時に怒りを含んだ声で捲し立てる。

 非核化と軍事力の拮抗による安定ではなく自制による安定を党是にしている共栄党の一議員としては流石に見過ごせない報告であったらしい。

 そんな相手の反応を予測していたのかは知らぬが特に表情を変えることなく西郷大臣は更に補足を入れる。


「核弾頭の存在は別に隠していたわけではなく、調査の結果明るみに出ただけであります。それに国是との整合性ですが我が国はすでに非核化三原則を改定して新たな非核化原則のもと政策を進めており、そこに国内への核兵器の持ち込みを禁じる条項は存在していませんので特に問題はなのでは?すでに広島や長崎には核保有国より譲られ廃棄された多数の残骸が地下深くに安置されている事はご存知でしょう?」

「確かにそれはそうですが……では、政府はその発見された核兵器は速やかに廃棄する。そういう理解でよろしいのですね?」

「はい、政府としてもその方針で進めていますのでその解釈で構いません」


 西郷大臣の言葉が終わると同時にその質疑の時間が終了する。

 核弾頭の存在で相手が上手く目的を忘れてくれたおかげで現在日本各地に点在する米軍基地の今後について触れられずに済み一先ず安堵する。

 その後、質疑応答者の交代を行い西郷大臣の代わりに安部復興大臣が登壇する。もっとも相手の質問内容からしてすぐに戻ることになりそうだが。


「民支党、山中やまなか 野獣(ビースト)と申します。安部復興大臣にお尋ねするが復興省にて行っている復興開拓政策が始まってすでに半年が経ちました。この間にかなりの額の税金が補正予算で投入されたことは記憶に新しいですが、来年度予算でもおおよそ70兆近い予算を要求されております。ですが我々にはこの政策の成果と呼べるような話を一向に聞きません。そのため果たしてこの政策がいまの日本にとって有用な政策なのかどうかの正常な判断が出来ないでおります。そこで今この場をお借りしてかの政策の進展状況を教えてもらえると大変助かるのですがいかがでしょうか?」


 結構長い前置きを述べてから山中議員が本題である復拓政策の現状の報告を要求してくる。

 今までも党首会談などを通してそれとなく日本国領外の状況は伝えてきていたのだが、その内容の大半が日ノ出駐屯地の拡張状況や各省庁の実験結果、最近では海鳥列島での活動が殆どを占めておりより詳しい説明は頻繁にはしてなかった。とはいっても他の事、となるとそう安易に報告するには大きすぎる案件だったため慎重さを求めてしてこなかっただけであるのだが、その不満がここにきて野党から噴出してきてしまったようだ。

 質問を受けた安部大臣が後ろで控えていた伊東総理に視線を向けて反応を待つ。その視線に気づいたのか総理が頷きながら片手を上げる。委員会が開かれる前に決めていた合図の1つだった。


「質問に答える前にこれまでの状況を纏めておきましょう。現在、政府は復拓領域にて日ノ出、水那富、巣立すだちの3個駐屯地を軸にしてそれぞれ活動をしており、その内容は周辺地域の調査と施設の拡張、各種実験が中心となっている。ここまでは以前にも話していたと思いますがよろしいでしょうか?」

「はい、それに関してはこれまでも幾度か耳にしておりますので問題ないです」


 安部大臣の問いに今度は山中議員が返す。

 ちなみに巣立すだち駐屯地というのは海鳥列島の丁度中心に位置する羽止大島(はどめおおしま)に建設中の駐屯地でありここには陸自は勿論の事、空自や海自用の滑走路に艦艇用の港などと駐屯地というより基地と言った方が良いのではないかというレベルの大規模な施設を予定されていて特に港に関しては島の海岸線の12%を占めるほどの大規模なものを絶賛建設中である。

 現在、この駐屯地には陸自の第5施設団のほか、海自の第2、第3輸送隊と第31航空群、第61航空隊が展開している。また将来的には空自に新設予定だった第14航空団と統合部隊の保有する無人偵察機3機の拠点として未だに謎が多い東方への探索に使われる予定だ。

 さて、そんな新しい駐屯地の説明はほどほどにして置くがその間に安部大臣が事前に選定しておいた特に当たり障りのない内容をすべて話し終える。


「話は分かりました。しかし、それなりに時間が経っているというのに聞いた感じそこまで事態が進んでいないような気がするのですが、どうなのでしょうか?」

「ええ、それに関しては――」

「――西郷防衛大臣」


 不意に議場に議長の言葉が割り込む。山中議員の問いに答えるために西郷大臣が発言を求めたからだった。

 議長の発言の後、すぐに安部大臣に代わり西郷大臣が登壇する。


「その質問に関しては防衛省の方から答えさせてもらいますが、素直に白状させてもらいますと向こうで活動するための人員が不足しているのです。結果、活動内容もそれに準じて取捨選択をするほかなく思うように事を進められていないのが一番の理由です」


 西郷大臣が簡潔に理由を述べる。

 そりゃ人手が足りなければ仕事もなかなか進まない。何の変哲の無い至極まともな理由であった。


「人員が足りない?理由が分かっているのならなぜ改善をしなかったのですか、まだ動かせる人材は国内に居るはずでしょうに」

「人員を増やそうにもそれに追随して増加する物資を輸送する能力が既に飽和状態にありましてこれ以上の追加派遣は逆に効率を下げる可能性があります。これは元々長期に渡って大量の人材を派遣する想定を自衛隊がしていなかった故に起きた事であり、その改善の為にも本予算で多数の輸送機の取得予算を計上させてもらいましたがもうしばらく時間が掛かると本省では考えております」

「自身の輸送能力の脆弱さを知っておきながら今の今まで放っておいたのですか?職務の怠慢言われてもおかしくない事ですよ」

「自衛隊の輸送能力の強化は近隣諸国にいらぬ刺激を与えると言って阻止してきたのは確か貴党だった覚えがあるのですが?」

「この際我が党の発言は考慮しないでいただきたい」


 ここで議場に笑いが起きる。

 とはいえ自衛隊の輸送能力の脆弱さ……これは仕方のない事だ。そもそも発足してから長い間、専守防衛といういわば本土決戦戦法を取らされてきた自衛隊の特性上、国内という絶対的なアドバンテージを活かして活動できれば十分なのだからわざわざ国外に向けての戦力投射など考える必要性が無かった。

 昨今は平和維持活動などの海外活動も多くなってはいたがそれでも自衛隊の本来の存在理由で考えれば異例に分類されるだろう。もっともそれがいま仇となって困っているのだから国家方針の決定というのは相当難しい事柄である。

 そんなこんなで進めようにも思うように進まない会議、次第に苛烈になっていく質疑応答とこれは臨時国会で取り上げておいて正解だったなとごく一部を除いた全ての参加者が心の中で一致させていた。政治家たちの政争はまだ続きそうであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ