FILE.21
ミーホウ古代遺跡で起きた謎の地揺れの原因を調べるために遺跡の入り口にいつの間にか取り付けられた昇降機を使って遺跡内に入った葉山達はその足を遺跡の一角に立っている建物の方へと向かわせていた。
建物に着くやいなやその中に足を踏み入れると部屋の内部はムワッとした熱気と真黒な煙で満たされていた。
視界が悪い中で部屋を凝視していると中から誰かがせき込んでいる声が聞えて来る。
「ケホケホ、まさか電力を少し過剰に送っただけでここまで爆発するなんて本当に厄介ね、このエンジン」
黒い煙の中から話しながら出てきたのは文部科学省よりここへ派遣されてきた八洲博士であった。彼女は煤で汚れた白衣を払いながら部屋に置いておいた換気扇の電源を入れる。
そのおかげで充満していた黒煙は物凄い勢いで野外へ掃き出され、葉山もようやく部屋の内部が分かるようになった。
「八洲さん、あんた今度は一体何をやらかしたのですか……」
部屋の中央に置かれている黒く焦げた何かを見ながら葉山が問いかける。そのそばでは博士の助手である久方が目をまわしながら気絶していた。
「あら葉山三尉、いついらっしゃったのですか?ああ、これですか?ミーホウ族の方から貰ったので少し稼働実験をしてみたのですが、どうもエネルギー調節がうちの設備では難しかったようで御覧の通りです」
話しかけられてようやく葉山の存在を知ったのか、彼女は自分の助手に近づき揺さぶりながら説明する。
「研究熱心なのは結構ですが気を付けてくださいよ、もし何か問題を起こせば本土から呼び戻しが掛かってしまうのですから」
話を聞きため息交じりでそう忠告する。
彼女がここで活動を始めてから小規模ながらすでに何回か爆発事故を起こしているため、政府の方からも注意するように再三に渡って言いつけられていることもあっての言葉だが、当の本人はそこまで気にしていないようであった。
「大丈夫よ、大丈夫、死人が出るような危ない事はやっていないしそれにちゃんと専門家の監視の下でやっているから必要最低限の安全は確保しているしね」
「そうですぞ、葉山殿、しっかり私も傍についておこなっているのだ。そこのところは信用してもらいたい。それに古代遺跡内であれば貴国の法は基本適用されない事になっている都合上、そこまで問題は無いはずだ」
焦げた機械から使えそうな部品を抜き取っている彼女といつの間にか出てきた男が笑いながら釈明する。
安全は確保しているって爆発を起こしている時点で安全からは程遠い気がするのですがどうなのだろうか、いや、それ以前に少なくとも怪我人(主に久方助手)は出ている時点で説得力が皆無な気が……確かにとあるやむにやまれない理由で遺跡内は治外法権が特例で認められているけど、あくまで基本だからな?そこのところはしっかり理解してほしいのだが……って――
「ラドンさん、あなた居たのならしっかり彼女を見張っていてくださいよ!それにここの治外法権が認められたのって元を正せばあなたのせいではないですか!!」
何食わぬ顔で登場していた男性に向かってツッコミを入れる。
ツッコミを入れられた方はというと未だに気を失っている久方を介抱しているようで聞いていなかった。
あのすみません、少しでもいいのでこっちの話を聞いてくれませんかね?正直言ってここでまた事を起こされるとこっちの管理能力まで疑われる羽目になるのですよ。
そのあとも色々と話した葉山であったが群青色の髪をはやした男は気にせず八洲博士と共に今後の実験計画の話で盛り上がっている。
すでになんとなく察していると思うがこのラドンという男、日本人ではない。髪と同じ色の瞳と体に魚のようなヒレをなびかせているその姿から分かる通りアンティアと同じミーホウ族の男性である。だが、アンティアと違ってその体はしっかりとした実体であり、葉山達と同じ人間としてその存在が感じられる。
彼がどういう経緯でここに居るのかは話が長くなるのでまだ今度の機会に話すとしよう。
「ちょっと葉山三尉うるさい。気が散るわよ、あ、そうそうこれ今までの調査で得られた情報なんだけど丁度いいから向こうに提出して置いてくれない?ついでに向こうで試してほしい事があるからその申請書もつけておくわ」
「あ、はい。ではなくて話をですねぇ……あーもういいです。出しておきますよ、ええ」
真面目に話しているのが馬鹿らしくなったのかそう投げやりに言いながら書類の束を受け取ってそのまま部屋を後にする。
「クスクス、お疲れのようですね、葉山」
「アンティアか……なんかお前の登場の仕方にも慣れてきたぞ、てか、あれどうにかしてくれよ。流石にこっちで対応していくのも限界なのだが」
突如自分の目の前に現れた光の少女相手に今出てきた部屋を指さす。
その顔には明らかに疲れの相が浮かび上がっていたがそんな事には気付かずに少女は葉山の背後に浮かび彼の持っていた資料に視線を落とす。
お互いの距離的になんか気まずいのでそのまま資料を彼女に手渡した葉山はそのまま駐屯地へと向かう。確か定期便の輸送機が明日出るはずだと自分の記憶を辿りながら必要になりそうな書類を纏める算段を考え始める。
「へぇ、『ルタツミ』の素材特性の解析、いつの間にか終わっていたのですか。それで今度は元素組成を調べようと本土の施設で解析を依頼するのですね。あら、原動機を数機向こうに送るのですか?けどあれって大気圏最外縁用の物だったと思うのですけど、日本にそれ用の乗り物ってありましたっけ?」
黙って歩く葉山の後を浮遊しながらついていくアンティアが資料を捲りながら話す。資料は何ページにも渡って今までの調査内容、技術解析に実験結果などが綴られており中には本土に送る予定のサンプルのリストも添付されていた。
「ルタツミって『気蛍』のことか?確か光を吸収して増幅しながら発光する気体素材の一種だったっけ?」
ずっと話し続けているアンティアを無視し続けるのが辛くなったのかそう質問を投げ掛ける。
気蛍と言うのは葉山達が古代遺跡の調査を始めた当初、明かりもない暗闇のはずなのになぜか視界がクリアになる現象を引き起こしていた気体状の物質であり、八洲博士が遺跡に入って初めて上げた成果の一つであった。
この気体の特性は葉山が言った通り強力な吸光性と伝導性、そして蓄光性にあった。簡易的な調査で判明しているだけでもペットボトル1本分の量の気蛍に懐中電灯で30分光を照射するだけで3日間もの長い間その光を保持し続けることが分かっている。
その原理は全くもって不明であるが八洲博士は気体を構成している分子構造に起因しているのではないかと推測しているらしく、日本国内にある施設でより精密な調査を依頼しようとしているみたいだった。
「ええ、その通りですよ。けど分子構造の調査ですか――なかなか日本の方々は発想が豊かなようですね」
軽い笑みを浮かべながらアンティアが答える。この様子だとどうやら博士の推測は当たっているようである。
そのあとも郵送手続きの資料を作り終えるまで彼女に絡まれる事になった葉山はいつもの書類業務の数倍の疲れを感じながらその日の業務を終えることとなった。
「まぁ、そんなわけで向こうから大量のサンプルやら資料やらが送り付けられてきまして現在、関係分野の研究所などに調査を委託している所です」
安部復興大臣が報告を終えて再び席に腰を下ろす。
ここまでの報告を聞いた限りでは向こうの進捗状況は一先ず順調という感じで考えてよいだろう。
「状況は分かったそれでこれまでミーホウ族から給与された技術の中で我が国に有効そうなものはあったのか?」
伊東総理がそう質問する。ミーホウ族との暫定的な協力体制になっている今、すでにかなりの技術が日本に提供されており、それなりの時間が経っているはずなのだがその後の情報が一向にないため気になっていたようだ。
「素材分野は最優先で解析作業を進めているようですが研究者の話では我々の持っている素粒子学を遥かに超える次元の技術で作られているため結果を出すにはまだまだ時間が掛かるとのことです。ただ使うだけでよいならいくらでも応用は出来るのですがいかんせん量が無いので製造方法の解析が最重要課題であることには変わりありません」
「農林省の方でも例の『生物栄養促進剤』の効力研究を始めていますが実際に使った際の副作用などが未知数な為、まだ当分は研究の域を出ないとのことです」
林文部大臣と白田農林大臣が質問を受け、自分の知る限りの情報を伝える。やはりというか我が国と彼らの技術格差は相当大きいのかこっちの方面では思うように進んでいないようである。
「総理、防衛省の方でもいくつかありまして向こうからエンジンと思われる機材が多数送り届けられております。本省としてはこれの運用試験を行いたいと思っているのですがいかがでしょうか?」
その他にも西郷防衛大臣より自衛隊の補給能力向上のための提供技術の導入試験に関する報告がもたらされる。
話に出てきたエンジンというのはかつてミーホウ族が使っていたものであるらしく、現地の調査員(八洲博士)はこれを『真空エンジン』と呼んでいるらしく、これまたとんでもない技術を用いられているみたいなのだが一先ずどんなものなのかより詳しく調べるために実際に装備して使ってみたいとのことだった。
「試験をするのは構わないがどうするつもりだ?エンジンという事なら何かに取り付ける必要があるのだろう?」
「艦艇用のエンジンという事で試験艦である『かしはら』を使いたいところでしたが、載せるには小さすぎたらしく仕方がないので『かが』を使う事にしました。こちらは幸いにも定期整備でドックに入る予定でしたので改修も可能となっております」
「そうか『かが』をか……あの艦も先代に劣らず数奇な運命に巡り合うな」
西郷大臣の説明を受け総理が呟く。
JD/C-184 『かが』
いずも型護衛艦の2番艦でもあり、かが型護衛艦の1番艦として運用されているこの艦はほかの護衛艦とは違う不思議な歴史を歩んでいた。
運命の歯車があるとすればこの艦の歯車がずれたのは今より20年前の2020年、ハワイで行われたリムパックでの出来事であろう。
この年のリムパックは例年に漏れず多くの国の海軍が参加しており、当然海上自衛隊も常連として参加していて『かが』はその参加艦の1隻であった。
事件の切掛けはリムパックが終了して日本に帰還しようとしたときである。経緯は未だに不明であるが『かが』が岩礁に接触、艦底に大穴があいて座礁しかけたのだ。
幸いにもハワイに戻ることができ、難を逃れたものの応急修理程度では日本には戻れなくなってしまっていた。
この事態を受け日本政府はアメリカでの修理の依頼を頼むために外務省が交渉を始める事となる。
ここまでは良かった。
事件が起きたのは交渉が纏まり正式に『かが』の修理がアメリカの企業に引き渡された時だ。なんと依頼書の作成の際に『Repair』と『Remodel』を間違えて記述していたのである。
間違いに気づいた時には時すでに遅く、『かが』はその姿を変貌させ船体が大型化して廃棄予定になっていた蒸気カタパルトを取り付けたほとんど空母と言ってもいいものへとなっていた。
この事件によって国内は荒れに荒れまくった。
軍国主義の再来という批判があれば国防力の強化、『加賀』の再誕と好意的な意見など様々な意見が飛びまくっていた。
だが、そんなことは些細なものと思えるほど当事者の自衛隊にとってはこの不祥事は頭を悩ますものとなっていたのだ。
はっきり言って自衛隊にはこの様な空母の運用能力は無い。時にはヘリ空母と呼ばれているひゅうが型やいずも型の運用実績はあるとはいえ、回転翼機と固定翼機ではその運用方法は異なるし戦略思想もガラリと変わる。それ以前に予算の問題に加えて侵略兵器の保有を禁じる防衛方針を堅持している自衛隊にとっては迷惑以外の何物でもなかった。
結局、この問題を解決するのに2年もの歳月を費やして防衛予算を最低1%は確保することを目標にして、侵略兵器の定義を改定しつつ正式に法律として制定した。またこれまでもたびたび論争を呼んではいたのだが流石に4万tを超える艦に対してDD――いわゆる駆逐艦の表記を使うのは無理があるとの判断の下、護衛艦専用の艦種表記として新たにJDを作成・採用し以後日本の護衛艦はこの表記を用いられるようになった。
そして今は実質的な姉妹艦として建造された『いが』『こうが』と共に日本の主力艦として国を守っているわけだが、そんな彼女がこんな運命を迎えるとは誰が思っただろうか。
「我が国の輸送能力の強化は今後の政策の為にも最重要項目だ。その一環としてなら野党にも説明しやすいだろが、ぐれくれも慎重に行ってくれたまえ。正直なところ最近は内閣の独断決定が多くなってきてしまっている。この状況で攻撃材料を与えるわけにはいかないからな」
最後にそう占めて実行の許可を出す。
その日の会議は終了して各々の仕事へ戻っていく。事態は好転に向かっているとはいえまだまだその先は長そうだ。
まさか24DDHが「かが」と名付けられるとは思わなかったので慌てて設定を作り直しました。
そのため現実性・整合性に関してはできればあまり触れないでください。
 




