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FILE.20

8月11日


 日本がこの滅亡した世界に転移して早半年、予断を許さない状況は未だに変わらないがそれでも転移当初と比べると国内は落ち着きを取り戻し始めていた。

 それも海鳥列島で地表に露出していた油田を見つけたことが大きいだろう。予測埋蔵量は凡そ8億4000万バレルと日本が本気で使えば半年と持たない量ではあるがそれでも節約すれば当面の危機を脱するには十分な量だった。少なくとも半年あれば国内の原発の整備も終わり本格的に稼働できる。そうなれば文明の要である電力の心配はなくなり生活レベルを極端に下げる必要性はなくなる。現状、国民の忍耐力に期待して政策を実施している政府としては国民の負担を一つ減らせることに喜んでいた。


「それで唐突で悪いが一体これは何だね?林君、見たところリストのようだが……」


 手に持った資料を見ながら林文部大臣に質問する伊東総理、今は閣僚会議中であり会議室には伊東内閣の面々が揃っていた。

 エネルギーの問題が当分緩和されたとはいえ、まだまだ日本の抱える課題は膨大であり半年たった今でもこうして2日に1回の割合で緊急対策会議が開かれていた。もっともこれでもかなり回数は減ったほうで転移当初は数日ぶっ通しなんてざらであったのだから少しずつ改善に向かっていることが見て取れる。


「今月中に打ち上げる予定であるH-3ロケットにて投入を予定しているGPS衛星や気象衛星、通信衛星諸々をリストアップした物ですがどうかいたしましたか?」

「いや、それは分かっている。なんせ今の日本は衛星の恩恵を多分に受けているからこれの回復は急がれるべきものだし私も指示をしていたのだから……私が言いたいのは何故それらに加えて汎用天体探査衛星が載っているのかという事だ」


 林大臣の言葉を受け伊東総理がそのように返す。

 日本が異世界に転移して一番打撃を受けたのはどこかと考えると恐らく宇宙分野があげられる。特に産業・研究・軍事全て合わせた人工衛星の喪失は致命的でこれによって陸海空路全てで混乱をきたし、今までの研究成果が泡と化すなどの被害がもたらされた。

 転移時に簡易衛星によってその場しのぎで処理していたが政府としてもいつまでも放っておいて置くわけにはいかないので、官民学一体となって現状の回復に努めた結果がようやく形になったわけだがその中に汎用天体探査衛星が含まれていることに総理は疑問に思ったようだった。

 ちなみに汎用天体探査衛星とは日本の技術力を結集して開発された探査衛星であり、その用途は恒星をはじめとした天体の多岐にわたる観測のみならず、宇宙線やダークマターの調査など多種多様だ。とはいってもこの衛星――実を言うと性能は別段優秀という訳ではない。他国や他の用途に特化したものと比べると同等もしくは僅かに及ばない程度の代物である。

 この衛星の真髄は巨大な拡張性にある。ハード・ソフトともに徹底して突き詰められたその拡張性をふんだんに使う事により、目的に応じた機材やプログラムを移植することで如何なる状況にも対応できる家電並みに便利な衛星が誕生したのだった。高性能を求めすぎてクセの強いものを作る日本としては珍しく平凡だが強力で便利な製品の一例であった。


「探査衛星の搭載に関しては、まぁ、何というか……民間企業からの要請に応えた結果です。詳しい事は谷大臣より説明されると思いますのでそっちにお願いします」


 林大臣がそう言って向かいに座っていた谷経産大臣に目配せをして座った後、話を振られた谷大臣が席を立ち総理に話を始める。

 今回の探査衛星の搭載、聞くところによると企業成績が右肩下がりで危機感を抱いた複数の大企業が中心となって経産省に突撃した結果なのだそうだ。ではなぜその結果、探査衛星の打ち上げなのか?それは長い不況と停滞によって変化した日本の産業形態にあった。

 転移前の日本の産業は第1次から第3次産業とは別に宇宙産業がその存在感を誇示し始めていた。何しろ食料生産や製造は多数にのぼる条約の影響で国内より国外で展開するか輸入する方が利益を上げやすく、ブランドや高品質・高性能なもの以外は一部を除いてなりを潜めていた。商業やサービス業なども他国の著しい経済発展や数多に渡る技術供給や経済支援によってその差が縮み消費者の選択肢が拡大してあまり旨みがなくなった。結果的に日本はその方向性を最先端・先進技術の研究と開発、日本各地に点在する特有の文化を売りにした観光業や激変していく世界情勢によって変化を余儀なくされた軍事産業に加えて人類の無限の夢を詰めた宇宙産業へと絞っていくこととなり、世界に対する存在感と地位を守備しつつも他国では完全には真似できない異彩を放つ世界唯一の国家になっていた。

 特に人気を博していたのが宇宙産業で転移前の国内投資の内2割が何らかの形で関わる物であるのだからいかに日本が力を注いでいたのかが分かる。そのような事が起こったのも数年前に宇宙条約が改定されたことが決め手なのだが話がそれるのでそれはまた別の機会で話すことにしよう。


「そんな中でこの転移災害です。企業からしたらもう冷や水どころか氷山をぶつけられた気持ちでしょう、それにここ数年はいよいよ月開発が始まるかどうかの瀬戸際で投資や技術開発が拡大していましたので向こうからしたら早く代わりのはけ口が欲しいと考えるのは必然だと思われます」


 最後にそう一言を付け加えて谷大臣が話を締める。なるほど確かに経済対策として考えるとそっちの分野でも手を打つ必要があるだろう。もっとも手を打つにしても解決しなければならない事があるのだが……


「話は分かった。だが、それでも今の日本にそこまでの余裕はあるのか?我が国が宇宙産業などの巨大産業に集中することが出来たのは他産業を言っては悪いが後進国が穴を埋めてくれたことが大きい……要は我が国の需要を満たせるだけの供給を確保してくれたからだ。その代り我が国もいくつかお礼の品を与えてきていたわけだが、その関係もこの転移災害によって綺麗さっぱりなくなってしまった。今、我が国の需要を満たすために供給できるのは我が国のみであり、結果的に国力の注ぎ方を再編しなければならなくなった。そんな中で現状、一番国力を必要とする宇宙産業を平時と変わらず続けようとするのは自殺行為に等しいと考えられるが?」


 状況を分析してそのように伊東総理が言葉を述べる。

 確かに総理の言い分も正しい。宇宙産業というものはその秘めている発展性が莫大であると同時にそれをものにするための労力も尋常ではない。何しろ人類にとって宇宙というのはまだまだ摩訶不思議な存在であり、そこに踏み込むのは並大抵の努力ではない。研究や開発に始まり人員の確保と育成と例を挙げればきりがないほど膨大な金が掛かり人手もいる。それを国内の他産業も拡大しながら続けるとなると国力が桁違いなアメリカか膨大な人材を生み出すほどの人口を持つ中国くらいしか出来ないだろう、少なくとも日本がどんなに願ってもかなわない夢である。


「それに関しては向こうも分かっているようでとにかく今後の為に下地だけでも整えてくれと頼みこまれました。それで今回の探査衛星の搭載となったわけなのですが……」


 総理の懸念に答えるように谷大臣がそう補足する。やはりそのくらいの懸念であれば既に織り込み済みだったようだ。

 更に補足をすると今回打ち上げる探査衛星、元々は他国に輸出するものであって新規製造ではなくたまたま国内に残っていた物を改良後に使用するためそこまで労力は掛からないらしい。それに加えて打ち上げるロケットにも搭載量の余裕が十分あるため今回に関してはそこまで問題となることはないと断言してくる。

 それなら大丈夫か?――、谷大臣の話を聞きそう納得することにした。もっともすでに衛星はロケットに詰め込まれており、後は打ち上げを待つのみになっていたのでここで総理が意見してもどうしようもなかったことに気付くのはもうしばらく後であった。


「外野がこれ以上あれこれ言うのも無粋だろう、この件は一先ず文部・経産両省に預けておく。それで次の案件だが――安部大臣」


 あまり一つの事にかまけることもできないのでそのまま会議は次の議題へと移っていく。

 総理に指名された安部復興大臣が秘書官から受け取った資料を片手に口を開く。


「えー実施中の復拓政策に関しての報告です。現在自衛隊及び各省庁の協力の下、日ノ出駐屯地並びにミーホウ古代遺跡に新たに設置された水那富みなと駐屯地で活動領域の拡大に邁進しています。現時点では日之出のほうは緑地化を進めているほかは特に話すことはありませんが水那富駐屯地方面でいくつか報告があるのでさせてもらいます。なお、説明が足りない部分はその都度防衛省のほうで補足してもらいますのでお願いします」


 そう前置きを置いて安部大臣が話し始める。



8月2日 水那富みなと駐屯地


 日本領外での第2拠点とも呼ばれている水那富駐屯地はミーホウ古代遺跡から数百mほど離れた所に設置されている。3000m級の滑走路が3本も敷かれているものを駐屯地と言えるのかは甚だ疑問ではあるがとにかく日ノ出駐屯地同様ここも日本にとってなくてはならない拠点であった。

 その駐屯地と古代遺跡の間に広がる土地では陸自の施設科を中心として未だに施設拡大に取り組んでいた。


「葉山三尉」

「なんだ?林三曹」

「今自分の中でゴーレムに対する認識が崩れていく音が響いているのであります」

「……それ昨日も聞いたぞ?」


 林三曹の言葉を聞きため息をつきながら返す葉山三尉、昨日どころかかれこれ1週間ぐらい言い続けていることは秘密である。

 隣で何やらぶつぶつ言っている三曹を尻目に葉山の視線は施設科の工事車両と共に作業している巨大な人工物に注がれていた。

 それは全長が3mに届きそうなほど大きな人型で体の表面に電気がはしっているのか、時折光の筋を煌めかせている。印象的には某有名RPGに出て来る敵モンスターのそれに酷似している。

 そんな巨大なものが拳で岩盤を砕き、重機を使わなければ持ち上げられないほど大きな岩を運んでいる光景が自衛隊の作業風景に溶け込んでいるのを眺めながら葉山は意識を今度は隣の三曹に向ける。


「お前さー、ゴーレムにどんな幻想を持っていたのか知らないがいい加減慣れろって」

「そんな事言いましても、こうゴーレムならもっとどっしりとしていて強固で無骨じゃなきゃダメなんです。あんな現代チックでスリムで親しみやすい感じじゃなんか――」


 違う、最後の方に小さく呟きながら再び自分の世界に向かう三曹、そういえばこいつこういう系統に関しては随分こだわりを持っていたなと頭の片隅にある記憶を掘り起こしながら考える。

 散々2人の会話で出てきている人型の人工物だが、アンティアから日本に譲渡された技術の一つで見た目もさることながらその名前もまんま「ゴーレム」であった。

 本土から再び復拓領域へと出ていった葉山達の部隊は乗っている輸送機のままミーホウ古代遺跡に向かった時は知らず知らずのうちに長い滑走路が1本伸びていることに驚いたがそのあとにこれを見た時は腰を抜かしかけたものだ。

 だが、このゴーレム……名前の割にはファンタジー要素が皆無に等しかった。まず、件の名前を聞いて思い浮かびそうな印象がことごとく崩れていった。素材はレンガや石ではなく布に似た素材で構成されておりその中には電子回路のようなものがびっしり詰まっていた。それにも関わらずその3mの巨体は見た目に反して女性隊員でも持ち上げられるほど軽いとなってはもはや一種の工業製品のそれに近かった。

 そのせいで林三曹のようなファンタジーに思い入れのある一部の者たちがよくわからないダメージを受けているのだが特に支障はないので放っておいている。


「ゴーレム談義はこのくらいにしておいて林、一応3日後にはここから東に向かって調査することになっているからな?そのあたりの準備は大丈夫なのか?」


 ふと今後の予定を思い出し問いかける。

 日本が転移してそれなりの時間が立っている今、国外で活動している日本人は自衛隊員のみに限定しても既に6000名に達しようとしていた。その大半は日ノ出駐屯地とその南方で見つけた鉱脈地帯に集中しているが水那富駐屯地にもおよそ3個中隊規模の隊員が常駐している。

 彼らの主な任務は古代遺跡の調査に施設の拡大が殆どであったが最近になって未探査エリアへの探索が加えられたため、葉山が率いる小隊に再び白羽の矢が立ったのだ。


「それに関しては必要な装備の貸し出し申請の書類等は提出していますし問題ありませんよ、もっとも今回に限ってはあくまで護衛としての参加なのでまだ気楽なほうです」


 林三曹が答える。何だかんだいってやるべきことはしっかりやっていたようで要点を抑えて返してくる。

 そうか、問題がなさそうな事を確認して満足したのか葉山は一言だけ残してその場を後にしようとしたその瞬間、ズズン――という音と共に空気が震える。震源は古代遺跡からのようだ……


「今度は一体何だよ……」


 すでに何回も非常識的な出来事に出くわしている彼は誰に言うのでもなく呟く、大体こういう場合は面倒事が起こっていると彼の経験がそう語っていた。

 状況確認の為に林三曹を連れて遺跡の方へ駆けていく葉山、その軽快な走りとは裏腹に憂鬱な気持ちを心の中に抱いていた。

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