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FILE.19

4月20日 日ノ出駐屯地


自衛隊がこの地に降り立って早くも2か月が経過しようとしていた。

その間、現地にいる隊員たちは日夜工事に励み、今では本土にある駐屯地に引けを取らないほどの規模まで拡大していた。


「それで報告を聞いた限り一先ず駐屯地としての最低限の機能は取得し終えたと理解してもいいのか?」


司令部の会議室で葉山 幸三郎陸将が報告を聞き、確認するようにそう問い直す。

今は復拓政策の進捗状況に関する会議中であり、彼のほかには駐屯している陸海空三自衛隊の幹部クラスの佐官のほか各関係省庁から出向してきた責任者たちが参加していた。


「はい、もっとも計画当時に予定していた施設の大半が必要なしという判断で存在そのものが幻となりましたがそれでもレーダー施設、滑走路に航空機用のバンカーと必要最低限の機能は確保しました」


陸将の疑問に答えるように幹部の一人が説明する。今説明されたもの以外にも日ノ出駐屯地には自衛隊の施設のほか環境省や復興省などの各省庁の試験場兼庁舎が用意されるなどその本質は駐屯地とはかなりかけ離れている。


「うむ、とにかくこれでここでの活動拠点を手に入れた訳だ。恐らくそう遠くない内にここを足掛かりにして行動範囲の拡大に転じることになるはずだ。もっとも我々自衛隊にはその辺の詳しい計画は聞かされていないので実際の所は分からん、そこで政策の立役者でもある復興省のほうではどうなっているのかお聞かせもらえると助かるのですが・・・」


そう話しながら陸将は復興省から来た役人の方に視線を投げかける。実を言うと葉山陸将含む自衛隊の者たちはこの地に降り立った当初、駐屯地の建設だけしか伝えられておらずその他の事柄に関しては本土経由で随時追加されていたため駐屯地が完成した今、次の命令を待つ立場にあった。

だがその肝心な命令が一向に来ない為、本政策だけに限り自衛隊の上位組織とされた復興省の官僚にお伺いを立てたということだ。

その陸将の意図をくみ取ったのか復興省の責任者が席を立ち、参加者全員に聞こえるように質問に答え始める。


「葉山陸将直々の質問を受けましたので本来は予定になかったのですが今後の計画についえ説明させてもらいます。今後は日之出に現地入りしている各省庁が中心となって活動することになりますが自衛隊に限れば今まで通りの調査に加え、南方で発見された鉄鉱山までの道の整備を委託されることとなると思われます。また、これは恐らく文部省から依頼されると思いますが例の未確定地点、改めミーホウ古代遺跡での活動を円滑にするために新たな活動拠点の設立を命令されるかと」


手元の資料を見ながら復興省の役人が説明する。話から分かる通りここにきて政府は一気に範囲の拡大へと転換するようだ。それでもこれまで入念に調査して得られた情報の下に作成された計画な為、これはこれで問題はない。

だが、説明を受けた陸将は何か不満げな表情をしながら椅子の背に体を預けて腕を組んでいる。


「国家的危機という非常事態とは言え、やはり他省庁のみで今後の部隊運用の大元となる決定をされるのはやはりいささか不満ですな、無論、命令には従いますがそれでも我々でも出来ない事はある。如何なる要求にも応えられる何でも屋という認識は早めに改めてもらいたい」


少しの間をおいて陸将が言葉を述べる。どうやら自衛隊の意思決定を他の省庁に握られていることが不服であるようだ。

復拓政策で実際に動いているのは自衛隊であるが政策自身の主役は復興省を含む関係省庁であるため、最終決定は防衛省が行うものの立場的には下請け組織と化しているのが日ノ出駐屯地に展開している自衛隊部隊の現状であった。

そんなことになってしまっているのも日之出で行われている事業のほとんどが本来なら防衛省の管轄ではないことに加え、それを扱っている他の省庁にはここのような厳しい環境下で十分な能力を発揮できる実働組織を有していないことが理由でこのような関係が出来上がってしまっていた。これは政策が執り行われ始めた当初から問題視されていた事であったが他に方法がなく、今の今まで放置されていた事である。

しかし、何事にも限界という物がある・・・

現在、駐屯地で活動している者は自衛隊員や役人を合わせて5000名に達しようとしていた。それほどの人数の活動するために必要な食料・燃料・機器など様々な物資の輸送を航空自衛隊が保有しているC-2輸送機48機だけで支えているのだ。そして今後は更なる人員の拡大・・・とてもじゃないが支えるには貧弱すぎる。そのことを考えての陸将の言葉だった。


「陸将のおっしゃることは我々も十分理解しているつもりです。それを踏まえてあえて言わせてもらいますがもう少しこらえてもらいたい。なにしろ我々にはもうほとんど時間が残されておりません。少なくともあと10か月以内でここを使える土地にしなければなりません、それも可能な限り広大な面積の土地を手に入れることを我々は強いられているのです。でなければ来年の冬には国内で餓死者が出ることとなります」


復興省の役員がそう陸将に嘆願する。また、さらりと恐ろしい事を言っていたがそれも事実である。度重なる災害によって災害対策に対する意識改善が図られたことによって日本はそれなりの食料の備蓄がなされていたがそれでも消費すればなくなる。そしてすでに備蓄にも限界が見えておりもし国内での食料生産量に劇的な向上が見られなかった場合、少なく見積もっても万単位での餓死者が出る事は確実とされている。

無論、実際には可能な限り物資を平等に配給したりして推測通りになるかは疑問視する声が聞こえるがそんなものは誤差の範囲でしかない。

そして政府ではすでにその最悪の事態を想定して秘密裏に“国民の切り捨て”に関する計画を立て終え、特定条件を満たした場合のみ実行か否かの最終決定をすることを閣議決定で密かに決定され、今は特定機密として扱いつつ事態の改善と共に永遠に闇に葬られることも取り決められている。


「国民を守ることが我々自衛隊に課せられた使命だ。そのことは重々承知しているし動けるうちは全力を挙げて事に臨むつもりだ。だが、それも他の省庁の協力があっての事、何も知らなければ動くに動けん、そのあたりの意思疎通に関する改善はしていただきたい」


その言葉を最後にその日の現場対策会議は終了した。駐屯地では変わらず隊員たちによる施設拡張のための作業音が鳴り響いていた。



所変わってミーホウ古代遺跡でも現地に設立された異世界文明調査本部にて今後の方針に関する会議が開かれていた。

参加者は文部科学省緊急特務調査課の調査員である八洲 日御子博士とその助手である久方 修と課長の八意 智金もといオモイカネ様、生体管制機構であるアンティアに加え現地に派遣されていた陸自部隊の小隊長が本来のメンバーであったがこれになぜかタケミカヅチ様がいた。


「そ・れ・で、まだ本土から頼んでおいた機材は届かないのですか?小隊長さん」


始まって早々、八洲博士がそんな疑問を小隊長にぶつける。本来なら課長であるオモイカネ様の進行の下、許可を得るべきだがそんなのはお構いなしである。

そんなわけで質問を受けた小隊長がオモイカネ様の方に目配せをする。その意図を読み取ったのかオモイカネ様が無言でうなずき発言を促す。


「え、えーとですね・・・その要請していた機材に関してですが大きさの関係もあって輸送機を使わなければ運べないとのことです」

「それなら早く輸送機で運んでもらえないのかしら?」

「輸送機の運用スケジュールが埋っているためすぐに対応は無理だという事です。それにここにはちゃんとした滑走路がないのでそもそも飛ばすことも出来ないのですが・・・」


そう言って説明する小隊長、それを聞いて八洲博士が若干不機嫌そうな表情になるがそれ以上は何も言わなかった。もっとも、はやく整備しろと言外に言っていることは彼女の態度で分かる。


「ふむ、まぁ自衛隊さんの方でも何かと忙しいのじゃろうな、ここは仕方ないが今すぐできる事を優先するべきだろう、それでよいかな?八洲博士」

「課長が言うのでしたら仕方ありませんね、今できることがあるとすれば・・・修君?」


オモイカネ様になだめられる様に諭された彼女が助手に向かって話題を振る。

不意打ちを食らった久方であったがすぐに立ち上がり手元に用意した資料を元に話を進める。


「今できる・・・というより、今やっていることで良ければアンティアさんから提供していただいた文献の翻訳作業を進めています。とはいっても作業のほとんどがアンティアさんだけで進めてもらっているので我々がやっていることは実質ないですね」


そう話をしめた後、久方は再び腰を下ろした。

古代遺跡の調査を請け負った彼らであったがその活動は遅々として進んでいない。理由としては前述したように調査に必要な機材が揃っていない事が上げられる。無論、ある程度の簡単な道具などは事前に用意しておいたがそれで得られる成果など微々たるものであることは明白な為、一刻も早い環境構築が急ぎたいところだった。

だが、すでに実働組織たる自衛隊の能力はミーホウ古代遺跡の範囲に限定して言えば飽和状態一歩手前であり、思うように進めることが出来ないのが現状だった。


「つまり要約すると一にも二にもこの地に最低限の受け入れ態勢を構築せねばどうしようもないということでいいのか?」


ここでタケミカヅチ様が初めて口を開いた。いつもと違い今回は随分とおとなしい物腰だ、まぁ、そばにオモイカネ様がいるため好き勝手出来ないだけだと思うがそれは置いておく。


「まぁ、その通りなのですがその態勢を構築するために必要な能力がすでに限界に近いので・・・」

「あのう、少しいいですか?」


小隊長の話に割って入るように女性の声が響く、声の主は生体管制機構のアンティアであった。少し遠慮気味に左手を挙げている。


「どうかなされましたかな?アンティア殿」

「あ、はい。皆様のお話を聞いて感じですとどうやら航空機を受け入れるのに必要な態勢を作らなければならないがその余裕がないと受け取れますが、土木工事程度でしたら私が保管している物でも十分対応できると思うので良ければお手伝いしましょうか?」


そんな提案が彼女からもちかけられる。

確かに彼女が保有している技術には土木関係のものもあることは日本政府との会談後に提供された技術譲渡のリストでも確認されていた。

無論、それらの技術は古代文明の超技術によりいつでも使える生きた技術な為、やろうと思えば滑走路ぐらいなら構築可能であろう。


「お気持ちはうれしいですがアンティア殿には既に翻訳作業という重要な仕事をしてもらっています。流石に何でもかんでも頼るわけにもいきませぬ」


短い考察の後、オモイカネ様が言葉を述べる。

ここ最近、古代遺跡で活動している者はアンティアぐらいで他の者はというと日之出や本土とのやり取りぐらいしかしておらず、あまりあてにしすぎるのも気が引けているようだ。

オモイカネ様の話を聞いて色々と察した彼女は少し考えた結果、それなら翻訳作業を調査課が受け持ち、自分が滑走路の構築を担当したらどうかと再び案を出してくる。


「幸いこれまでの交流のおかげで翻訳システムも十二分な精度を確保できているので問題はないと思いますよ?」

「ふむ・・・それならまだ良いかのう・・・」

「私はなるだけ早く本格的な調査に移れればなんでも構いませんよ?課長」


アンティアの言葉にオモイカネ様が唸りながら考え込む、その様子を見て八洲博士も彼に賛成の旨を伝える。他の者たちも言葉では表さないが概ね賛成のようである。

参加者たちの様子を見てオモイカネ様も考えが纏まったのか彼女の提案を了承する。

そのあと準備に入るという事で彼女が離脱した後、再びオモイカネ様が口を開く。


「さて、何とか問題解決に目途が立ったが肝心の翻訳作業、誰が引き継ぐ?」

「課長は遺跡の施設調査、私は素材研究があるので久方調査員でいいのではないのでしょうか?いいわよね?修君」

「へ?俺?まあ翻訳機も用意してもらえたから構わないけど・・・だけど、やっぱここ凄いよなぁ、まだ出会って1か月ちょっとしか経っていないのにもう完全な翻訳ができるのだから、あの脳波照合式翻訳法というのはまだよくわからないけど」


話を振られた久方調査員が興味深そうにつぶやく、もっとも彼は自身がついている八洲と違い受け持っている分野は広くない、そのため専門外の事はさっぱり分かっていないようだ。

その彼の言葉に八洲はそう?と不思議そうに返す。彼女自身の考えでは理屈さえ分かれば割と真似できそうなものらしい。

その後、自分の助手に説明するように懐から1本のボールペンを机に置いてこれは何かと問うてくる。聞かれた久方もすぐにボールペンだろ?と答えてそれがどうしたのか逆に聞き返す。

その答えに気を良くしたのか八洲博士は比較的噛み砕いた表現で饒舌になって語り始める。


「今あなたがその答えを導き出す短い間にこのボールペンに当たって反射した光があなたの眼の網膜そして視神経、特に感覚神経を通して電気信号として脳に送られた後、脳がその信号を分析、それに適した答えを出すために運動神経を経由して口角の筋肉を動かし、その運動によっておこる空気の振動が声、そして言葉として成立させたわけね。そしてこの短いプロセスの中で特に感覚神経から脳、そして運動神経のやり取りに視点を置いたのが脳波照合式翻訳法となるわけ。もっと端的にいえば反射によって得られた同一の光信号を受け取った後のそれぞれのそれぞれ脳波情報の差異を使っているといえばいいかしら?」


なるほど、確かに理屈だけを聞けば出来そうとも思えなくともない。だが、人間の脳というのはまだ謎が多くあり、実際には言うほど簡単でない事は予想できる。それを体に直接つけて測定せずに監視カメラみたいに間接的な測定のみでこなしているのだから凄いものである。


「話はそのくらいでそろそろ締めたいのだが、よいか?八洲博士」

「他に話すこともありませんし、構いませんよ?八意課長」


話が終わるのを見計らってオモイカネ様がそう聞いてくる。

すでに一番の議題は解決の目途が立ったためこれ以上会議を続ける必要もないので彼女も了承する。


「それではまだまだ気を抜けぬ状況には変わりないが皆それぞれ持ちうる力を存分に奮って事に当たってほしい。これにて会議は閉会とする。以上、解散」


オモイカネ様の言葉により古代遺跡での会議はそこで終了した。

そしてまた別の所では新たな会議が開かれようとしていた。



日本・官邸


日本が異世界に転移してからというものの静寂とは無縁となりつつあるこの建物に設けられている閣議室に向かおうと2人の人物が早足で歩いていた。


「やれやれ、昨日ようやく海鳥列島への自衛隊派遣に関する部隊編成の決議が終わったというのにまさかもう“緊急招集要請”が来るはめになるとは」

「総理、お気持ちは分かりますが今は急ぎましょう。今回要請してきた省は総務・法務・財務の三省です。ものによってはまた徹夜決定です。流石に4日連続で徹夜など私は勘弁ですぞ」


総理の愚痴ともとれる言葉に田中官房長が疲れた感じで反応する。

海鳥列島とは南鳥島と沖ノ鳥島に2島とそれをつなぐように並んでいるこの世界の島嶼群を合わせて出来た列島のことをさし、島の配置が良かったのかこの世界の島であるにもかかわらず海で繋がっているのが特徴である。

よって船舶による物資の輸送が可能な為、復拓政策が計画されたときも最有力候補として扱われていたが残念ながら面積が狭いことなどが相まって政策実施第1弾の役目は日之出に奪われる事となった。

そんな海鳥列島も日之出での体制構築がひと段落ついたことによってようやく政策の実施が決定される事となりその派遣部隊についての閣議決定を終えたのが昨日、あとは各々で動くと思った矢先にこれである。総理も愚痴の一つぐらいは言いたくなりたくなる。


「しかし、各省庁には可能な限り自由に動けるように権限を拡大させておいたのだが一体何をしていたのやら・・・」

「そうはいってもやはり縦割り制度の弊害か、各省庁単独で解決するには荷が重い案件もあります。それらを速やかに解消するためにわざわざ緊急招集要請なるものを取り決めたのですから発案者の総理がそう言われては制定した意義がなくなってしまいます」

「それは・・・そうだがこうも連発されては息をつく暇もない。出来ればもう少し健闘してほしいものだ」


ため息をつきながらそんなことを呟く総理、やはり老体の身には徹夜はつらいのかはいた息にすら疲れがにじみ出ている。

今回要請してきた三省から考えて内容は恐らく法務は血統問題、財務は予算もしくは税収の事だろう、総務は知らん。

余談だが緊急招集要請というのは国家転移後に各省庁のトップに与えられた権限のことでその意図は速やかな問題提起と解消であり、この要請に基づいて総理が最終的に招集するというものである。

そうこうしている内に目的地に着いた二人、早足で歩いて乱れたスーツを軽く整えてから入室する。中には二人を除いた各省庁の代表が既に揃っていた。


「どうやら我々が最後のようだな、ああ、挨拶は不要だ。早速で悪いが・・・」


自分の席に座りながら周りを見回す。

そしてそのままいつものように開会の言葉を述べるのであった。


「さぁ、会議を始めよう」

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