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4月10日 上野動物園
時折テレビなどで話題となるこの場所も日本の転移の影響によって今では園内で閑古鳥が鳴くほどひとけは無く閑散としていた。
そんな時でも動物たちの命を預かっている飼育員たちはいつもと変わらず仕事に励んでおり岩川 義郎もその一人であった。
「ヤマ、ウミおはよう。体調は・・・見た目は大丈夫そうだね」
自分が担当している2頭のジャイアントパンダに挨拶をしながら用意した飼料を飼槽に入れていく。
ヤマとウミの2頭は日本生まれの二世代目に当たるジャイアントパンダであり、そしてウミのお腹には三世代目となる子供も宿していてあと一週間もすれば生まれるだろうと予想されていた。上野動物園に勤めて6年、そんな幸運な時期に担当になれた岩川はそのことを名誉と思いつつも同時に大きなプレッシャーを感じていた。
なにせ日本生まれとは言え元を正せば中国から借り受けた貴重なパンダである。もし不手際で何かあればそれだけで外交問題になりえる可能性だってあるため常に周りの者たちも含めて管理には最新の注意を払っていた。日本が異世界に転移したことによってその重責も少しは緩和されることとなったがそれでもこの国、いやこの世界では合わせてたった十数頭しかいない大変貴重な生物であるからしてその内の2頭を任されている彼の役割の重大さは変わらない。
「さて、確かこの後は・・・獣医さんの定期診断だったな」
朝の作業を終えてこの後の予定を反芻しながら事務所に戻る。事務所には他の動物を担当している飼育員や事務係りを請け負っている職員と集まっていた。どうやら岩川が一番遅く戻ったようである。
(なんか、やけに空気が重いな・・・やっぱ飼料の確保が難しくなっているのだろうか?)
自分の机で書類の整理を始めた岩川は事務所に漂う空気の異常さを感じていた。
以前にも似たような事があってその時は動物たちに使う飼料の運用について色々と議論を交わしたがその時以上の深刻さを醸し出している。
「あの、また何かあったのですか?」
「ん?そういえば岩川君はさっき来たのだったな、じゃあ知らないか・・・実はな・・・」
「岩川君、少し時間いいかな?話がある」
「はい、わかりました園長、すぐ行きます」
どうにも気になって隣にいた先輩飼育員に質問した時、園長に呼ばれてそのまま園長室に向かう。
部屋に入ると中には園長のほかにもう一人黒いスーツを着た男性がいた。
「他の者たちには先に話したのだがね、ああ、そうそう彼は文科省から来た役人だよ」
園長がそう紹介してくれたのでお互いに挨拶を交わす。しかし、なぜ文科省の者が来たのだろうか?また他の者たちには先に話したという事だとさっきの事務所の雰囲気にも関係しているのだろうか?
「それで園長、話というのは何でしょうか?」
「ふむ、私からより彼からのほうがいいだろう、頼めますか?」
「わかりました。では岩川さん、先ほど皆さんにも直接説明をしたのですが、居なかったようですのでもう一度させてもらいます」
軽く前置きを置いてから役人が話を始める。始めたはずだったのだがどういうことかその時、岩川の耳には男性の言葉が聞き取れなかった。いや、無意識のうちに聞くのを拒絶したといった方が正しいかもしれない。なぜなら役人から出た言葉は岩川にとって到底受け入れられるものではなかったのだから。
「今・・・なんて言いました?」
自分の心臓が早鐘のように早くなっているのを感じながら問い返す。
彼の言葉の裏に拒絶の気配を感じ取ったのか役人は一枚の用紙を手渡してもう一度今度は少しゆっくりでかつはっきりと彼に告げる。
「国家の転移という未曾有の災害を受け、日本国内の動物園及び水族館で管理されている展示動物の今後の飼料確保が不可能となり、また、国民への優先的な食料の融通や安全の確保など様々な要因を踏まえて検討した結果、日本政府はこれらの施設にて展示されている生物に対して“猛獣処分”の実施を決定しました。今渡した用紙には当園での実施をはじめとした詳細が記されております」
何かの悪い夢だと思った。だがどんなに夢だと思いたくてもそれが紛れもない現実だと知らせる揺るがない証拠が自分の手に握らされておりその用紙に書かれた『動物園・水族館を対象にした災害時猛獣処分について』という見出しが目から直接頭に殴られるような衝撃を伝えて来る。
猛獣処分
これが日本で実施されるのは何も初めてではない。あの第2次世界大戦時に空襲や飼料不足など様々な要因が重なって今でも戦争の悲劇の一つとして語られている。
飼育員である岩川も当然歴史の出来事として知っている。それでもやはり飼育員であるがゆえに耐えられる事ではない。
自分が我が子を見守るように大事にしてきた動物たちを奪われるなど飼育員にとって悪夢以外の何物でもない。
なぜ今この時期に?そんな疑問を口に出しそうになるが寸でのところで飲み込んだ。この決定が限界まで政府が踏ん張った結果の上でされたものだと分かったからだ。
転移当初、政府が食料確保のために国内の家畜の一部を残して全て淘汰させたとき、似た様な事を自分たちの所でも行われるかもしれないと全国の動物園が不安に思い問い合わせた際に政府は各種施設で管理されている生物は今の国家にとって貴重な資源と位置付けており政府としても優先的に保護などの支援をしていきたいと公式の見解として発表されていた。
事実、一番の懸念材料となっていた飼料も政府のバックアップによって供給されていた事から政府も本気で保護しようと取り組んでいたことが分かる。
それが変更されたとすればもうそれすらも出来ないほど日本は追い詰められているという事だろう、一番の要因となったのはやはり飼料の確保といったところか。
何しろ種によっては100kgに近い量を消費するものだっているのだ。外国からの輸入が途切れた日本にとってはいずれ限界を迎えることは火を見るより明らかだった。
「なんとか・・・なんとかならないのですか!ウミが一週間後に出産を控えているのです」
頭では理解してもそう簡単には納得できずに説得しようとする。いま彼には少なくとも3つの命を預かっている。諦められないのは仕方ない事である。
だが・・・
「政府決定です。お諦め下さい・・・」
取りつく島もなかった。
最も相手はただ上の決定を伝えるだけのために来たのだからここで何を言っても変わることはない、だからこそ他のみんなもやりきれない気持ちで受け入れたのだろうと岩川は途端に冷静になった頭でそのことを理解した。
沈黙する岩川をみて役人はもう自分自身が出来ることはないと判断したのか部屋を後にする。去り際に気を向かせたつもりだったのだろう、彼に処分は一週間後だと伝えて部屋を出ていったがその言葉は岩川にとどめを刺すには十分すぎるものだった。
「ではそういう事ですので各種受け入れの準備などお願いいたします」
「はい、確かに承けたまわりました。・・・しかし、政府も思い切ったことを決めましたね、このような事、野党からしたら格好の批判の的でしょうに」
話を終えて去ろうとした林大臣に相手の女性がそう言葉を述べる。彼女は10年前に日本国内に設立された『希少生物種保存研究技術センター』の所長であり、本日は政府直々の依頼内容の説明を受けていたのである。
生きた状態での保存が限界と判断し猛獣処分の決定をした政府だが、ただ殺すだけではなく少しでも可能性を残すためにあらゆる手段を使っての保存に舵をきった上での決定だった。
その為遺伝子保存技術や再生医療技術などに長けており、かつ転移前は絶滅危惧種やすでに絶滅した動物の再生に取り組んでいたここの研究所に白羽の矢がたったのである。
「確かに今回の件を万人に受け入れてもらえるとは考えていません。しかし、我々、日本政府には何があろうとも譲ってはいけないものがあります。それは国民の命や財産といったこの日本を支え続けてくれている物です。これを無くして我が国の未来はありません、故にこれを守るためであるのならばたとえ人としての倫理に逸脱しようがそれを遂行する義務がある。少なくとも私はそう考えてこの未曾有の災害に取り組んでいます」
林大臣がそう言葉を並び立てる。最初は日本政府を主語としていたのに最後には自分自身に変わっていたところからこの言葉が彼自身の本心であることが窺える。
一通り言い終えて口を噤んだ林大臣はそのまま退室して庁舎へと帰っていく、猛獣処分執行の5日前の出来事である。
猛獣処分4日前 上野動物園
文科省から猛獣処分の通告を受けて早くも3日たった。この日、岩川はいつもの業務に加えて体調を崩したウミを獣医に見てもらっていた。
「餌の食いつきも良いし糞の状態も安定しておる。出産が近いのかストレスでクズっておったのじゃろう、いまは落ち着いているから大丈夫じゃよ」
老年に達していそうな獣医が不安そうに様子を見ている岩川にそう告げる。岩川も獣医からの話を聞いてホッと息を吐いて肩を撫でおろす。
パンダに限らず出産というのは大きなリスクを持っている。それが近い時期に病気の一つでも発症すればそのリスクは級数的に上昇する。
何事もなくてよかった、病気ではない事が分かって素直に安心していることが彼の顔から見て取れる。
「先生、ありがとうございます。こんなタイミングだったのでもう気が気ではありませんでしたよ、あとは無事に生まれてきてくれれば・・・」
「それは飼育員としての使命からか?それとも君の個人としての言葉かね?」
岩川の言葉を聞き、獣医がそう聞いてくる。彼も政府が決定した猛獣処分については知っている。それ故に岩川の言葉の真意に興味を抱いたからこそ出た言葉だった。
岩川も彼の意図に気付いたのか檻の中にいる2頭のパンダから視線を外さずに話始める。
「どうでしょうか・・・どっちもといった方が良いかもしれません。飼育員として自分が背負っている義務から逃げたくないのと同時にこの子たちはまだ生きている・・・たとえそれがあと4日に満たない時間で終わることが分かっていても今はまだ生きています。なら私はこの子達が生きている間はただ、何も考えないでこの子達と共にありたい。そう思っています」
「そうか・・・まぁ、おぬしがそう言いうのなら儂は何も言うまい。所詮、儂はおぬしらとは部外者でしかないからのう」
岩川の言葉に納得した獣医が最後にそう言い残して自身の病院へと帰ろうとする。岩川もお礼を言いながら園の外まで見送りその日は別れた。
二人が次に会ったのは今から3日後、猛獣処分が翌日に控えた日の深夜だった。
その日の岩川は夜間管理に入っていて異常がないか見回りをしていた最中、ウミの様子がおかしい事に気付いた。
理由はすぐに思い当たった。なにしろ今日はウミの出産予定日でもあったのだ、つまり、陣痛である。
動物病院へ電話して獣医が来るまでの間、岩川は事前に決められていたマニュアルにそって出来うる限りの準備に取り掛かっていた。準備と言ってもやることはそう多くない。せいぜい子供が生まれた後で何かあった時のために備えるだけである。結局のところ子供が無事に生まれるかどうかは完全に母親次第でありそれ以外のものたちはその様子を見守ることしか出来ないのだ。
(頑張ってくれよ・・・)
檻の中にいるウミを見ながら心の中で呟く。
ウミの陣痛が始まって早一時間、ようやく獣医も到着しこれで出来うる限りの準備は全てした。あとはひたすら無事を祈りながら経過を見守るのみ・・・
「う~む、こりゃちと不味いかもしれんのう・・・」
彼の横で同じように見守っていた獣医が唐突にそう呟く。彼の手には腕時計が握られておりその短針は丁度2の文字を差そうとしていた。
「何が不味いのでしょうか?先生」
「うむ、出産に時間が掛かり過ぎているのじゃよ、あんまし長すぎると母親も腹の子供も消耗が大きすぎる。それに時間ももう2時じゃ、4月とは言えまだまだ明け方は寒い。このままだと無事に生まれたとしても子供がもたん」
そう獣医に説明されるがだからと言って二人に何かできることなどそう多くない。下手に手を出せば出産で気の立っているウミかもしくは傍で寄り添っているヤマに襲われるのが落ちである。そこはやはり野生動物であり猛獣であることには変わらない。家畜のように飼いならされた存在ではないのである。
寒さが問題なら温めればいいといいたいところだが、今は電力削減の影響もあってか重要施設以外は朝の7時まで電力供給が停止されており、当然、上野動物園もその影響で暖房などつけられないしお湯も沸かすことが出来ない。
そうは言っても何もしないでいる事は出来ないと岩川は何か使えそうなものが無いか探しに一度その場を離れて事務所に戻る。
明かりのついていない暗い事務所に戻るとそこには月明かりに照らされて黒い人影を浮かび上がらせているものが居た。誰もいないと思っていた岩川はその存在に一瞬ビクついたがすぐにその者が見知った人物であることに気付いて安堵する。
「園長、もういらっしゃっていたのですか、真っ暗闇の中に居たので驚きましたよ」
「・・・アーどうしたのかね?岩川クン?」
岩川の言葉にぎこちない感じで答える園長、様子がおかしいがこの時の岩川はウミのこともあって気に留めなかった。
これまでの経緯を園長に説明しながら使えそうなものを探す岩川、その様子を見ていた園長から不意に質問される。
「ナゼ、そこまで頑張れル?頑張った所でアスには終わる命だぞ?」
「そんなの・・・あの子たちの飼育員だからですよ、園長、前に言いましたよね?ここにいる動物たちにとっての世界は檻の中という余りにも狭く歪な所まででしかない。あの子たちだけでは何もできずに死に絶えてしまう、だから死を迎えるその瞬間まで私達飼育員は責任を持って接しなければならないって、だからたとえ明日でその命が終わろうとも生きているのなら俺は飼育員としての職務を果たします。ここで放棄してしまっては今までの全てを否定することになっちまう!」
一気に心に秘めた思いをぶちまける。
逃げだしたいと思ったこともあった、だが逃げても逃げなくてもどの道自分に残るのは無常さと喪失感だけ、せいぜい後悔の念が上乗せされるぐらいだろうか、なら自分は飼育員としてあの子たちの最後を見届けたいと思った。自分よがりな考えかもしれないがそうでもしなければ残される自分は今回の事を乗り越えることなど出来ない。
使えそうなものをまとめて岩川は事務所を後にする。残された園長は何も言わずに窓の傍によって月を見上げる。
(死というものは残酷ダ、ツライし大半はそれで終わり消えてしまう。それが突然突きつけられた物ナラなおさら・・・ソレハ残される者にとっても同じなのかな?ケド、そんな残された者たちのおかげでイマの私たちは忘れられずにこうしてイラレル・・・)
月が雲に隠れて事務所が闇に包まれる。雲が去りもう一度月明かりに照らされた時には事務所には誰も居なかった。
「先生、お待たせしました。状況はどうですか?」
「どうもこうもではないわい。もう生まれおったぞ、じゃが・・・」
戻ってきた岩川に獣医が状況をつたえる。あれほど色々と懸念していたのに生まれる時は一瞬だなと思ったのも束の間、すぐに檻の中の異変に気付く。
「あの先生、もしかしてあれ・・・」
恐る恐る岩川が獣医に質問する。質問された獣医は何も言わずにうなずき肯定する。
もう一度檻の中を見返す岩川、檻の中にはヤマと出産を終えたウミに加えてもう一頭、ピンクの肌をした小さな赤ちゃんがいたがぐったりして動こうとしない、呼吸をしていないのだ。出産を終えたウミもどうすればいいか分からず赤ちゃんの周りをグルグルしている。
ここにきてとても残念な結果を迎えてしまった。言葉では言わないがそう思っていることはその場で膝をつく岩川の様子でよくわかる。
獣医もそれを感じ取ったのか彼の肩を軽くたたき、そのあとは何も言わずに帰り支度を始める。
しかし、人間側が諦め悲しんでいる傍ら、ウミとヤマは人とは違う考え方をしていたようである。2頭はまだ温かみのある赤子に近寄り身体をなめたり、鼻先でつついたりと刺激を与え続けていた。
だが、一向に何の反応もしない自分の赤子に痺れを切らしたのかウミが突然吠え出し、前脚で赤子の胸をバシッと叩き、傍にいたヤマに加え檻の外にいた人間を驚かす。そしてそれが決定打になったのか今まで沈黙を貫いていた赤子が突然、甲高い鳴き声をあげて自分の存在をこの世界に知らせ示す。赤子は寸でのところで黄泉の世界から舞い戻ってきたのであった。
その光景を見た時、岩川は自分が奇跡の瞬間に立ち会ったことを知った。
ウミが突然吠えて赤ちゃんを叩いた時は死体蹴りでも始めたのかと思ったがそのあとに聞こえた産声を耳にしてウミがこの世に赤ちゃんを引き留めようとしていたことを理解した。
「先生、赤ちゃんが・・・戻ってきました」
「うむ、まさかこのような事が起こるとはな、儂も長い事獣医を務めているが初めての出来事じゃよ」
岩川の言葉に獣医も驚いた表情で答える。何はともあれ4月17日3時23分、この時新しい生命がこの世に誕生したのであった。
その事を喜ぶ岩川であったがそれと同時にすぐに別れの時が来るという事も思い出し何とも言いようのない気持ちになる。いや、今は何も思うまい、ただ今この瞬間を生きている事を喜ぶ、それが唯一自分の出来ることだと考えを切り替える。
「おお、ここにいたのかね、岩川君、どうやらウミに陣痛が起こったようだが大丈夫か?」
「あ、園長、はい、何とか無事に生まれてきてくれました。それより先ほどは無礼な事を言って申し訳ございませんでした」
いつの間にか時計の短針が7を差そうとしていた頃、園長が岩川の所に現れ檻の中に居るパンダの家族の様子を伺っている。
岩川も赤ちゃんの事を報告するついで事務所での出来事を謝罪する。だが、そこで園長の口から予想外の言葉が出てきた。
「む?先ほどとはどういう意味だ?私はさっき来たばかりで君と今日会うのはこれが最初だぞ?」
「え?」
「へ?」
園長の言葉に戸惑う岩川、それはおかしいと彼は真っ暗闇の事務所で起こったことを事細やかに説明するが園長も知らんものは知らんとはっきりと言い、両者ともに沈黙する。
「そ、そういえばここってたまに幽霊騒ぎがあってだな」
「なんですかそれ?自分初めて聞きましたよ・・・」
「うむ、さ、触らぬ神に祟りなしじゃ、このことは忘れよう」
「そうですね」
このままではアカンと思ったのかお互いに忘れることにした二人、そんなこともあったが数時間にも及んだ出産騒動は元気な赤ちゃんの誕生ということで幕を閉じた。
そんな喜びに包まれた彼らにも別れというものは等しくやってくる。
「4月17日12時00分、これより上野動物園に対する猛獣処分の執行を始めます。各位、ご協力をお願いします」
同日12時、上野動物園は猛獣処分執行の時を迎えたのであった。
文部科学省の役人から執行の開始の宣言を受け共にやってきた獣医の方々が準備を始める。
岩川達飼育員は獣医たちの動物への麻酔の投与を円滑に進める手伝いをする予定になっているが実際の所、誰もそんなことはやりたくないのが本音だがあらかじめ決められていることであるため、皆内心は複雑であった。
そんな状況でも執行は進められていき、麻酔で眠らされた動物たちが次々に檻から運び出されていく。この後、動物たちは然るべき場所に搬送されて、そこで改めて処分が施されることとなる。
「えーと、岩川 義郎さんですね?これよりジャイアントパンダ2頭への処置を始めたいのでご協力お願いします」
とうとうヤマとウミの番がやってきた。対象が2頭だけなのはこの時はまだ赤ちゃんが生まれた事は報告していない為、数に入れられていない。それでも訪れる未来は変わらないが・・・
岩川を先頭にヤマたちの所へと向かう一団、檻に着くと丁度ウミが赤ちゃんに授乳をしている所であった。
「あれ・・・えっと、確か書類には2頭と書かれていたはずでしたが・・・」
檻の中を見て文部省の役人が困惑した様子で呟く、それに応えるように岩川が早朝までに起こった経緯を事細やかに説明する。説明を聞いた他の者たちはみんな気の毒そうな表情を見せ、檻の中にいる3頭の家族を見つめる。
しかし、それでも託された役目は果たさなければならない。役人の指示により獣医たちがヤマとウミの2頭に麻酔を投与する。
まず、ヤマが倒れるように眠りに落ち、追うように横になっていたウミが動かなくなる。
2頭が動かなくなったのを確認して檻から運び出される。この時、母から乳を吸っていた赤子には麻酔を湿らせた布を使って親と同じように眠らされた後、小さなカゴに入れられて一緒に運ばれていった。
そして眠らされたまま輸送車に載せられて運ばれていく動物たちを岩川達はただ黙って見送ったのであった。




