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ミト・カテル国、ミーホウ族代表であるアンティアとの3時間にも及ぶ会談は無事終了し伊東総理含む閣僚陣は今、官邸の会議室にて先の会談で上がった問題について会議を執り行っていた。
「さて、思いもよらぬところでとんでもない問題が舞い降りてきてしまった訳だがどうしたものか?一先ず皆の意見を聞かせて欲しい」
伊東総理がそう言葉を切り出し席に着いている閣僚たちを見わたす。
滅亡種族の遺伝的復活のための協力、強いて言えば血統問題ともいうべきこの問題の話をアンティアから聞かされたときここにいる誰もが頭を抱えた事だろう。種族の復活という点であればここまで悩んでいない。問題となっているのは・・・
「ま、まぁ遺伝資源的観点から言うとしたら他の種族の存在というのは今後の日本を考える上では大きな国益になりそうですが・・・」
「だがなぁ、流石にそのための方法がヤバすぎるだろ・・・なんせ、“人の遺伝子に対する遺伝子組み換えと改良”だぞ?人道的、倫理的ともに容認するには難しすぎる」
十五夜環境大臣の言葉にかぶせるように山田法務大臣が足早に言葉を並び立てる。
そう、どこが問題なのかというと種族の復活のための方法という点なのである。この方法の話を彼女がした際、日本人とミーホウ族両方の遺伝子が染色体数・塩基数がともに同一であることを報告され、このことを踏まえての今回の要請であると念を押すように話していた。
根本的な構造さえ同じであればあとはそれぞれの異なっている部品を付け替えるだけで済むのでそこまで無理な要請ではないとアンティアは話していたがむしろ日本としてはその部品の付け替えそのものが一番のネックとなっていた。
何しろ前の世界では遺伝子組み換えや改良自体ですら様々な論議を巻き起こしていたのだ、それを人に行うなどもってのほか議論の余地すら無きに等しかった。
そんな世界から転移してきた日本としてもどうしても抵抗があるのは仕方ない事である。
「ですが要請を受けるか受けないかの以前に先に差し出された報酬が大きすぎて正直断るのも憚れます・・・」
「むぅ・・・」
谷経産大臣が一人呟くがその言葉は他の者たちにも届いているようで誰もが顔をしかめている。
この要請と同時にもう一つ、ミト・カテル国の保有していた技術をはじめとしたあらゆる知的財産権の日本国への譲渡の旨を提示されておりそれを受け取った手前どうも要請を断るのは失礼に感じてしまう(もっとも譲渡を宣言してきた本人はそんなことは考えてもいないのだろうが・・・)。
「総理、厚労省としての立場から申させてもらいますが今回の件、私は受けるべきだと思います」
ここにきて遠崎厚生大臣が賛成意見を述べて来る。
厚労省が独自にシュミレーションしたところたとえ日本が復拓政策を成功したとしても数千年以内には確実に日本人そのものが滅びてしまうそうなのだ。理由としては血が濃くなりすぎるのが一番にあげられる。人間に限らず生物の遺伝子というものは本当にもう膨大な多様性を秘めているがそれも個体数が多いことによる裏付けがあっての事、たったの一億数千万程度ではそのバリエーションも元いた世界と比べても激減は必須、それに加え日本は現在、回復の兆しも見えているが長く続いた少子化の影響で子供をつくれる世代で考えると更に減少する。それでも日本全国偏りなく循環するのならその影響も先延ばしにできる可能性もあるが現状では各地方間同士の移動すらも減少傾向・・・この状況がいつまで続くか分からない以上想定よりも早く終わりを迎える可能性もある。
そういう事もあり今回のアンティアからの要請は予防策としても有効だと少なくとも厚労省では判断しているらしい。
「確かに将来的に考えればそういう問題も出て来るだろうがそれも今この状況を脱しなければどうしようもない事ではないのか?」
「仰せの通りですが早期の対処が必要となることには変わりありません。目先の事ばかり考えたせいで痛い目を見るという事はもうすでに何度も経験したことだと思われますが?」
遠崎大臣の反論に口をつぐむ総理、それを言われるとかなり痛いところではあるがそれでも数千年先だ、国家百年の計よりさらに十倍先の事を見据えろといわれても残念ながらそこまで考えを巡らせられるほどの眼や頭は残念ながら持ち合わせていない。
それこそ神かそれに近い存在でもなければ・・・
「田中さん、もう私どもでは対処しきれない。悪いが上に上げといてくれ」
「そういうかと思いましてもう報告済みです。もっともこちらでも法的に可能がどうかの検討ぐらいはしておくべきかと一応提案しておきます」
「それもそうか・・・山田君、そこのところは君に任せたいが良いか?」
「承知いたしました。すぐに戻って検討させます」
「頼んだ。それでは本日の会議はこのくらいで・・・「あの、一つよろしいでしょうか?総理」」
山田大臣の言葉を最後にして会議を終わろうとしたところで林文科大臣が話に割り込んでくる。
「どうしたのかね?林君、まだ何かあったか?」
「いえ、先ほどの問題とは関係ないのですが実を言うと国内でも一つ厄介な問題がありましてその対策案を提出したいのですがよろしいですか?」
そう言いながら林大臣は部下に指示して参加者全員に資料を配って話始める。話が進むにつれて聞いていた者の顔が険しくなり終わるころには全員が沈黙していた。
「・・・林大臣、仮に文科の案を採用したとしてそれが成功する確率はどれくらいなのかね?」
「他の関係省庁にも問い合わせたところ我が国が保有している人工授精技術や再生医療、クローン技術に各種生殖・繁殖技術と保存技術のみを使う場合、10年以内であれば確実に成功するとのことです。また、今回の血統問題で使われる技術をこちらにも応用できればおそらくいつの時期でも可能と思われます」
「そうか・・・」
林大臣の言葉を聞き総理が一言呟いて考え込む。一体何を話しているのだろうか?少なくとも楽しい話では無いようである。
「恐らくこの決定は人間の避けようもないエゴの最もたる実例となるだろうな、だがそれでも日本国民の生命と財産を守る義務を課せられている我々はこの決定を下さなくてはならないと思う・・・たとえそれが一部の者たちからジェノサイドと受け取られて批判される事であろうともだ。よって総理大臣の名の下に文科省からの対策案の執行を今この場で命じる。今は人が生き延びるために最善を尽くさねばならない、何を犠牲にしても・・・な」
沈黙を破り伊東総理が言葉を並べる。それと同時に何かが日本で始まろうとしていた。
高天原
「・・・疲れた、引きこもりたい」
「阿保な事を言っている暇があるのでしたらその報告書の山、早く片づけたらどうですか?姉上」
「う~ツクヨミなんか冷たいよ。まるで月の光みたいに温かみが感じない」
「まぁ、月の神様ですし」
コントのようなやり取りをしているのは日本の神様の頂点であり太陽神のアマテラス様とその弟であるはずの月神であるツクヨミ様であった。
報告書の山に埋もれて突っ伏しているアマテラス様と悠々自適とお茶をそそぐツクヨミ様、なんか立場と行動がかみ合っていない気がするが気にしない。
「ところで下の方では例の生体管制機構?という方との会談があったそうですよ、姉上」
「あ~うん、それ報告書にもあったわよ、なんか色々と面白い話があったそうね。それでだけど話を聞いた意見を聞きたいのだけれどどう思う?ツクヨミ」
顔を上げてアマテラス様が問うとツクヨミ様が少し考えたのち答え始める。
「そうですねぇ、どうもこの世界というよりこの惑星でしょうか?我々と同格、あるいはそれ以上の存在の介入を多分に受けていると感じます。それも意図的にかつ相当強引な方法で」
「やっぱそう思うよね、超新星も起こらずに星系が生き残っている時点でおかしいし・・・」
思案顔になる二柱の神様、そのあとも色々話していたが少なくとも人間には理解できそうもない。
「お、いたいた、アマテラス様~お客様ですよ」
二柱が話している最中、割って入る声が遠くの若干下方辺りから聞こえてきた。声をした方を覗いてみると三柱程の神の姿を捉える。うち一柱は長い鼻を持った背の高い男神で何よりその眼が八咫鏡のように円く大きかった。
「あんた確かえ~となんて言ったっけ?さ、さら・・・サラミ?」
「サルタヒコですよ、姉上、ほらウズメの夫の」
「そうそうサルタヒコね、最近国津神の方々とは疎遠気味だったから忘れていたわ」
物忘れで困っている所をツクヨミ様の助け舟によって思い出す。ちなみに天津神と国津神は系統が違い前者は高天原におられる神々の総称で後者は国譲りの前まで芦原中国を統治していたいわば土着の神々である。そうなると国津神であるサルタヒコ様が高天原にいるのはおかしな気がするが少なく見積もっても2000年前からの交流であるからして気にしてはいけない。そもそも一年に一回は必ず集まるのだから何も問題もない。
「それでその国津神の方が何用で?」
「妻を迎えに来ただけなのですが知りませんか?先ほどから姿を見掛けぬのですが」
サルタヒコ様が周囲を見渡しながらアマテラス様の質問に答える。妻というのは天宇受売命ことウズメ様のことだろう夫に負けず色々と個性豊かな神である。
「ウズメなら確かもう下に行ったはずだけど合わなかった?」
「ありゃ、またすれ違ってしまいましたか、そういう訳でここに来る途中でお客神を見つけたのでついでに連れてきた訳であります。私これでも道案内の神でもあります故」
一通りの説明を済ませたサルタヒコ様が横に退き連れてきたお客神の姿を見せる。数は二柱で男女の神々であった。
「これはまた珍しいお客様でありますね、遠路はるばる大変でしたのではありませんか?ぺケレチュプ様、クンネチュプ様」
二柱の神を見たツクヨミ様がそう労いの言葉を述べる。三貴子の一柱であるはずのツクヨミ様が敬語を使っているのは相手が己と同格の存在である故の事である。
ぺケレチュプ・クンネチュプ
この二柱の神はアマテラス様達天津神でもサルタヒコ様含む国津神でもなければそもそも日本の神話となる古事記や日本書紀にも属していない。その正体はアイヌ民族の伝承に存在する神様、いやカムイである。
それぞれが日と月を司っていることもあって同じものを司るアマテラス様やツクヨミ様と同格と言っても差し支えをないだろう。
「ツクヨミ様、心遣い感謝します。ですが我々は同じものを司る者同士、敬語は不要でございますぞ」
月の神であるクンネチュプ様がそう話す。ちなみにアイヌでは太陽より月を信仰対象として重視しているのだそうだ。二柱の関係も諸説あるがクンネチュプ様が兄でぺケレチュプ様が妹ととらえられることが多い。
同じ月を司る神同士無礼講ということでお茶を淹れながら二言三言と会話を交わしている反面、もう片方の女神陣は如何しているのかというと・・・
「それでねぇ~電車は止まるは、道に迷うはで大変だったんだよ~アマちゃん」
「今じゃ下の方は計画停電で何かと不便だからね~けど、わざわざ歩かなくても飛んで来れば良かったんじゃないの?ぺケレチュプちゃんだって神様の類なんだし」
「アマちゃんみたいに私認知度高くないもん、飛びたくても力が足りないよ~」
・・・もう何も言うまい。
流石にこのまま談笑を続けられると話が進まないので本題に入るまで飛ばすことにする。
「それでぺケレチュプちゃん、今日なんで来たの?クンネさんまで連れてきてさ~」
「ほら今の日本って転移の影響で色々不足しているでしょう?せめて資源だけでも工面してあげようかなって思ってここの星系の太陽に干渉してみたのだけどね~」
ぺケレチュプ様がそう話し始める。どうやら依然アマテラス様とツクヨミ様が話した方法を自発的に思いついて実行に移したようであるが話の雰囲気からそれだけではないようだ。
「危ないことしないでよ・・・それ下手したら日本が無事に済まないのだから」
「大丈夫、大丈夫。干渉したら力をかき消されたあげくに弾き飛ばされちゃったから何も問題はないよ~けど、この世界かなり歪だから私達の方でも独自に動いた方がいいんじゃないのかなって話に来ただけだから」
「・・・え?」
一瞬何を言っているのか分からずアマテラス様が首をかしげる。少し離れた所では同じように話を聞いていたツクヨミ様が同じようにしていた。
それはそうだ、仮にも神である存在からの干渉をただの恒星が拒否した挙句はじき返すことなどそうそう起こることではないのだからこの反応は間違ってはいない。
だが、この世界に関する疑念には共感することがあったのだろう、少し考えた後に控えていたツクヨミ様の方を向きアマテラス様が問いかける。
「ツクヨミ、今動ける天津神ってどのくらいいる?」
「姉上に私とスサノオのほかでしたらウズメ、タヂカラヲ、宗像三神ぐらいですね、タケミカヅチ、オモイカネは離脱・別行動中です」
「意っ外に少ないわねぇ、まぁ力が回復していないなら仕方ないか他に動けそうなものが居そうなのは?」
「他に居るとすれば国津神、琉球の神やぺケレチュプ様方アイヌの神々ぐらいですね、神格などを気にしなければ妖怪や幽霊、九十九神などの類も候補に入れられます。最悪、母上に頼んで黄泉に居る者たちを入れればそれなりの数は揃えられますが・・・」
「悪いけど可能な限りでいいからこちらの要請に協力してもらえるように交渉して置いてくれる?」
「何をなされるつもりですか?」
姉の言葉にツクヨミ様が怪訝な顔をして質問する。八百万の神とよく言われるが実の所真に名を授かっている神はそう多くなく大半は名もなき存在で力もそこまでない。
しかし、それでも超常的存在である者たちであることには変わりない。その者たちの力が多量に必要になるようなこととはなんだろうか?ツクヨミ様の疑問は至極まっとうな事である。
「ぺケレチュプちゃんがさっき言っていたでしょ?私たちも独自に動くべきだって、あー大丈夫、ただこの世界を調査するだけだからそんな難しい事はしないわ、あとあくまでこれは私たち自身が動くわけだから下の方には他言無用よ?」
アマテラス様がそう説明する。どうやら今まで日本と日本人を見守る方針から少し変えて自分たちでも動く決心をしたようだ。だからと言ってそう自由に干渉することもできないのでその動きは地味なものとなるだろう。
「そういう事でしたらかしこまりました。あくまで“可能”な限りで交渉しておきます。それと下の方から生体管制機構との会談により新たな問題が起こったらしく、こちらに助けを求めておられますがいかが致しますか?」
「なんか報告書でも似たようなこと書いてあったっけ?確か血統問題とか言ったわね・・・めんどうくさいからあなたに任せるわ、ダメもとで“母上”に話を持って行ってもいいわよ?」
そう言って弟に仕事を押し付けるアマテラス様、一応最低限の役目はこなしているのでツクヨミ様も文句は言わなかった。時はそろそろツクヨミ様の舞台に移り変わるころ、まだまだ話題には事欠かなそうだ。