奈々波まことは夢をみる
本当にこれでよかったのかな……
きみはどう思うんだい
……私はこれでよかったんだと思ってる
きみがそれでよかったって思えたのならそれでよかったんじゃないかな
……私は…
「んにゃにゃ………?」
「あ…起きた。」
教室の窓際の前から2番目の私の席で私はいつもどおり居眠りをしていたみたいだ。
「もう放課後だよ。」
私の席の後ろで読んでいる本から目を離さず静かにまゆが呟く。
時計に目をやると夕方の4時半を指している。
私は6時間目の授業のなかばからずっと寝ていたみたいだ。
教室にはもう誰もいない。
10月ってこともあって空は若干暗くなり始めている。
「あー!もうこんな時間!
起こしてくれてもよかったのに!」
「まことは起こしても起きないもん。
先生たちもあきらめて起こさないわけだし。」
「まったく!お金もらってるんだからちゃんと教員として仕事してほしいもんだよ!」
「お金払ってもらってるんだからちゃんと学生の義務を全うしなよ。」
「うぐっ…!」
相変わらずこちらを見ずにまゆはつぶやく。
「さて、それじゃぁ、帰りますか。」
本を閉じてけだるそうに伸びをする。
「うん!待っててくれてありがとね。」
「まぁしょうがないよね。まことは起こしても起きないんだから。」
私はまゆのこういうところが好きだ。
「それにしても不思議だよねー。
朝もそうなんだけどいくら起こしてもらってもなかなか起きれないんだよねー。
なんでだろ。」
「私が知るわけないじゃん。
眠りがふかいんじゃない?」
「でも私いつも夢は見てるよ?
夢を見てるときって眠りが浅いときって聞いたことあるけどなぁ。」
「そもそも授業中寝なきゃいい話じゃん。」
「たはは…先生の話しって眠くなるんだよねぇ…。」
「……はぁ…そんなんで明日のテスト大丈夫?」
「………しまった…明日から試験期間じゃん!教科書全部おいてきちゃった……。」
「……もどる?」
「……ちょっとこわい…。」
「どうする?」
「ごめん!今度なんかおごるから!」
「駅前のタコス屋。」
「んー……りょーかい!」
「よしよし、ならついて行ってあげるよ。
ほらいくよ。」
ご機嫌そうに笑みを浮かべながらまゆが先陣をきる。
成績優秀なやつは余裕があるわけで。
「まゆはどこの高校にいくつもりなの?」
「まだ決めてないかな。
まぁ私はいくつか推薦もらえると思うし適当に決めるよ。美術部があるとこがいいけど。」
「まゆは絵上手だもんね。
今もなんか描いてるんでしょ?」
「まあね。今回は柄にもなく頑張っちゃってるよ。」
「そっかぁ。私はよくわかんないけどまゆならきっとコンクールとかでいい評価されるんだろうなぁ。」
「……うん、ありがとう、まこと。」
「まぁなにはともあれ高校もまゆと同じならいいのになぁ。」
「……まことはとりあえず高校にいけるかの心配しなきゃね。」
「んー…まぁなんとかなるでしょ!」
それよりも私はまゆと離れることがいやだ。
幼稚園からずっと一緒だったのに。
「まことなら大丈夫だよ。
すぐ誰とでも仲良くなれる。」
「そういう問題じゃないよ、まったく!」
そんな会話をしているうちに学校についた。
時間はまだ5時半だから運動部の人たちが結構いた。
主にサッカー部が。
試験前によくやるなぁ。
「結構人いるし怖くないじゃん。
くそー、タコス代無駄にしたかも…。」
「約束は約束だよ?
それに教室は真っ暗だと思うけど?」
「そこなんだよねー。
明かりをつけるとこまでが怖くてさー。
そんで明かりを消すときもこわいの。
ってうちの教室窓あいてる。さっきあいてたっけ?」
私たちの教室は校門からでも見える位置にある。
真っ暗だけど確かに窓があいててカーテンが風で揺れている。
「……誰かいるのかな?」
想像力豊かな私は背すじが凍る。
教室に入り電気をつけると1人の女の子がいた。
「あすまさん……。」
遊ぶ馬って書いてあすまさん。
私たちと同じクラスの子だ。
物静かなイメージの人で正直印象はうすい。
「あすまさんなにしてるの?
さっきまでいなかったのに。」
「いやいや、まこと。
私らが教室でるときもいたじゃん。
遊馬さんも自分の席で寝てたよ。」
「え?!うそ!?言ってよ!!」
全然気づかなかった。
普通に教室でるとき電気消しちゃったよ…。
あすまさんの席は窓際の1番後ろの席だから気づきずらいっていうのもあるけど。
っていうかまゆ、気づいてたなら言ってよ。
「たはは…ごめんね、あすまさん。」
笑いながら言う私をあすまさんはじっと見る。なんか顔についてるかな?
「……星をみてたの。」
「ほし?」
そう言われたから窓から空を眺める。
「……暗くはなってきたけどまだ星は出てないみたいだよ?」
「うん……これでよかったんだよね。」
「………遊馬さん?」
「あははは!あすまさんおもしろ!」
「え?!笑うとこだった!?」
「やれやれ!まゆはわかっちゃいないねー。
変わった子扱いされちゃうよ?」
「お前に言われたくないよ!」
「まぁ、いいや。もう遅いし帰ろうか。」
「そうだね、まことは早く帰って勉強しなきゃね。」
「うぐ………あすまさんも一緒に帰ろうよ。」
「……え?私もいいの…?」
「え?なにかだめなの?」
「いや……その……。」
「おいおい、そんな暗い顔してたら美人が台無しだぜ、あすまさん。笑おうよ。」
親指を立てて笑いながら言う。
あすまさんはいつも俯いている。
私はそれはもったいないことなんだと思う。
「そんな……美人だなんて……はじめて言われたよ…。」
「奈々波さんは嘘は言わないよ!えっへん!」
「どうでもいいけど奈々波まことさん。
なに手ぶらで帰ろうとしてるの?」
「あ!教科書教科書!」
まゆがあきれながらため息をはく。
「まったく……なにしにきたんだか……まことは相変わらずまことだよ。」
「ちょっと!どういうことだよー!」
「はは……2人は仲がいいんだね。」
「うん!小さい頃からずっとご近所さんだからね!」
「……まぁ仲がいいことにしといてあげるよ。」
「照れるな照れるな、こいつめ~。」
「……遊馬さん、こいつとは関わらないほうが人生楽だよ。」
「さすがに傷つくよ!?」
「ははは……2人が羨ましいよ。
私にはそういう人いないから…。」
「あすまさん……。」
「まだ教室が明るいと思ったら奈々波じゃねぇか……。」
「げっ!!みっちゃん…。」
ドアのほうに私たちの担任であるみっちゃんこと水月先生がたっていた。
口と態度が大きくて背と胸は小さいけどこれでも大人だ。英語がぺらぺらなのだ。
「遊馬と早絵月は大丈夫だとしててめぇずい分余裕じゃんかよ。
テストで赤点とったらしばくぞ?」
「みっちゃん!言い訳を!言い訳をさせてください!」
「言い訳って言ってる時点で赤点とる気満々かよ……言ってみろ。」
「明日テストなのを忘れてて教科書を教室に忘れたので取りにきました!」
「教師って立ち場じゃなければ殺してるところだわ……はぁ……もう帰れよ。気をつけてな。」
「はーい!」
私はこの先生が嫌いじゃない。
2人は黙ってしまってたけど。
「な、奈々波さん、水月先生のこと怖くないの?」
帰りの道であすまさんに言われた。
「え?どこが?」
「……遊馬さん、まこととはじめて喋ったと思うけどまことはこういうやつだよ。
誰とでも上手くやっていけるやつ。」
「んん?まゆ、それほめてんの?ばかにてんの?」
「妬んでんの。」
「あはは、照れるなぁ。」
「はは…すごいんだね、奈々波さんは。」
「ただのばかだよ。」
「相変わらずまゆは、もー。
それとさ、まことでいいよ。こっちはまゆでいいし。」
「別にいいけどお前が言うのか。」
「え……でも……。」
「私らもゆみって呼ぶね。いいでしょ?」
「……私の名前……。」
「いやだったら言っていいんだよ、遊馬さん。まことは言わなきゃわからないやつだから。」
「早絵月さん……。」
「んん?まゆ、それー
「褒めてるよ。」
「あはは、そうかそうか。」
「………嬉しい……。」
「にゃはは!…そうだ!テスト終わったら3人でタコス食べにいこうよ!
ね!?いいでしょ、ゆみ!?」
「うん、まことのおごりだしゆみも来なよ。」
(ちょっとちょっと、早絵月さん……そいつはお財布がきついぜ)
(私の分はいいからおごってあげな。)
「……いいの?」
「うん!私たち友達じゃん!!」
「………すごいたのしみかも……。」
「うんうん、あ!ゆみはそっちなんだね。
私たちこっちだからまた明日!!」
「またね、ゆみ。」
「あ、あの……!」
「ん?」
「ま…また明日ね、まこと、まゆ。」
その日私たちは友達になった。
ゆみはほんとうに嬉しそうに私たちが見えなくなるまで手をふっていた。
「物静かでちょっと暗いイメージあったけどすごいいい子だったね、ゆみは。」
「そうだね、話してみないとわからないもんだ。」
私とまゆは家が近所だから最後はいつも2人で帰り道を歩く。
「あ、そういえば今日教室で寝てるとき夢にゆみが出てきたなぁ。」
「今日はじめて話したのに変なの。
どんな夢だったの?」
「んー、よくは覚えてないんだけどね。
ゆみ…夢の中で泣いてたみたい。
これでよかったのかなって、誰かと話しながら泣いてた。」
「ふーん、不思議な夢だね。
なんかの前触れだったりして。」
「んー、そうじゃないといいなぁ。
やっぱりゆみは笑ってるほうが美人さんだったし。」
「うん、そうだね。
笑ってるほうがいいよね。
あ、私こっちだ。じゃぁまた明日。」
「うん!ばいばーい!
よーし!今日は徹夜で勉強だ!」
その日の夜、私は結局睡魔に負けて寝てしまった。
そしてその日もいつも通り夢を見た。
いつもと違うのはいつもよりも鮮明だったこと。
意識もはっきりしてるし夢だってわかる。
「いつもはどこにいるかも朧げなのに……
ここは……学校の校庭……。」
お昼の学校に私はいた。
でも1人だ。他に誰もいない。
なんか現実感がない世界。
「んー……てか私寝ちゃってるじゃん!
明日テストだよー……やばいよぉ……どうすれば起きれるんだろ?」
とりあえずほっぺたをつねってみた。
「あははは!全然痛くない!」
まぁ目がさめるわけもなく。
なんとなく校舎に入って3階にある自分の教室を目指してみた。
「階段がきついにゃ~。もう歳かな。」
夢の中できついわけもなくただ言ってみたかっただけ。
言ったところで3階の階段のところに人影が見えた。
「あ、つっちーじゃん!」
同じクラスの土浦うららだ。
私はそこまで仲良くないけどクラスの中心的な存在だ。
ひとり言聞かれたかな…まぁ夢だからいいんだけどね。
正直ほっとしている。
夢といってもひとっこひとりいない現実感のないこの学校が怖かった。
「いやー、つっちーがいてくれて助かったよ!たはは…誰もいないんだもんなぁ。」
そう言いながら階段を上っていく。
彼女は何も言わず表情を変えず階段の1番上から下を見ている。
冷たい目で。まるで感情のない人形みたいに。
「………つっちー…?」
その目にひるんで歩みを止めた私を無表情でつっちーが横切った。
階段から飛び降りたってわかったのは後ろから何かが回転しながら落下する音と潰れる音が聞こえたときだった。
「………………………え…………………?」
振り返りたくなかった。
でも振り返る。
つっちーは3階から2階に続く階段を落ちた。
正直、そこまでの高さがある階段じゃない。
そこまでの高さから落ちたわけじゃないのに……。
つっちーの頭からは内容物がはみ出ており首と左腕があり得ない方向に曲がっている。
「……あ………あ………。」
なによりもあり得ないのがそれでもつっちーの表情は無表情に変わらない。
相変わらず冷たい目で空を眺めている。
それが一層気持ち悪かった。
「……うぉあ!!げえ!」
私はその場で吐いてしまった。
「……これ……夢だよね…………?」
涙で霞んだ目で3階に目をやると柱の影に誰かがいた。
「梶くん……?」
私と同じクラスの梶直也だ。
つっちーとは反対に怯えきった顔を見せている。
私に気付いたのか気付いていないのかつっちーの死体を見て悲鳴をあげながら梶くんは走っていってしまった。
「梶くん!まって!!」
つっちーには悪いけど私の中には恐怖しかなかった。
目の前でわけもわからず人が死に、怖かった。
梶くんを追いたかったけど腰が抜けて動けない。
「梶くん!!」
ばぎゃっ
「……………なに……?」
後ろから今まで聞いたことないおぞましい音がした。
勇気を出して振り返るとつっちーの死体がなくなっていた。
かわりに黒い何かがそこに立っていた。
「………つっちー……?」
黒い霧に包まれててよくわからないけど鎧と兜を着けているようで顔は見えない。
自分の問いがなんて無意味なものか。
これがつっちーなわけが…人間なわけがない。
「きいいいいいああああああ!!!!」
「う…うわぁあああ!!!」
その黒い何かが悲鳴ともおたけびともとれる声をあげるのと同時に私の視界はブラックアウトした。
視界が暗くなる直前、見覚えのある誰かが黒い何かの後ろに立っていた。
気づいたら自分のベッドの上に寝ていた。
「…………ゆみ?」
時計の針は朝の6時を指していた。
「で、テストの結果は散々だったと。」
「そーなんだよー。みっちゃんに殺されるよー…。」
1日目のテストが終わりまゆに昨日の夢の話をした。
私は机に伏せながら、まゆは相変わらず本を読みながら。
「相変わらず変な夢みるね、まことは。」
「うん……でも昨日の夢はいつもとなんか違ったんだよね。
妙に意識がはっきりしてて……。」
「……なんにしてもクラスメイトが死んじゃう夢なんてなんか嫌だね。」
「うん………。」
つっちーのほうに目をやる。
楽しそうに何人かとなにかを話している。
梶くんのほうに目をやる。
荷物をカバンに詰めていそいそ帰る準備をしている。
一度目が合ったけどすぐそらされてしまった。
「正夢………とかならないよね……?」
「ならないよ。夢は夢。
あんま気にしないほうがいいよ。」
「………うん…ありがと、まゆ。」
「あ、あの…ま、まこと……。」
顔を机からあげるとゆみが席の前に不安そう立っていた。
「あ、ゆみ!テストお疲れさまー!
どうだった?私はヤバイよー。
みっちゃんに殺されちゃうかなー!」
「あ…あのね、まこと!
土浦さんのこと、大丈夫だよ!
ほんとになったりしないからね!」
「え……ゆみ……?」
そのときの私はなにも知らなかった。
ゆみのことも、自分のことも
これから起きることも。