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 吹き抜けの1階には扉が2つあり、片方は倉庫に繋がっていた。比較的最近運び込まれたと思われる武器や防具などが無造作に転がっており、中にはエリックが使っていた剣もあった。やはりもう1本と同様に、シンプルながら美しい装飾が施されており、逸品であることが伺える。エリックは見つかった剣を腰から下げ、余った普通の剣は背負い袋に突っ込んだ。

 もう1つの扉は長い廊下に繋がっていた。左右、正面に1つずつ、扉が見える。


「たぶん正面が正解だと思うけど、どうする?」


「一応、左右も調べないか? 放っておくのはぞっとしない」


 左右の扉を無視すれば早く最奥に着けるかも知れない。だが部屋に潜んでいた何かに背後から襲われる可能性も無いとは言いきれない。アクアの提案にフェリルは頷くと、扉と床を手早く調べ、開錠した。

 左の部屋は棚が並び、簡易な寝台が置かれていた。恐らくダンドルグの私室なのだろう。棚には液体が入った瓶や薬草、本などが無造作に置かれている。


「--禁呪本の写しだな。持ち出して写したのか?」


 部屋の中に入ったガデスが手近にあった本に軽く目を通し、アクアに投げて寄越した。紐で綴られた本の表紙には、角張った字体の汎用語で「人体再構築」と書かれている。欠損した体の一部を他のものと融合、変換させて再生するという魔法のようだ。


「……なるほど、これの応用か」


 本を覗き込んでいたエリックが納得したように呟いた。アクアから本を受け取ると、後ろのページから目を通し始める。


「応用って、まさか」


「おう。再構築のしやすさを考えなければ、何でも使えるらしいからな」


 他にめぼしいものは無かったらしく、ガデスが答えながら部屋から出ていく。反対側の扉ではフェリルが既に開錠に取りかかっていた。


「それなら、もう一度構築できれば元に戻せますの?」


「理論上では可能だが、可能性はゼロに等しいだろうな。元々失敗事故が多かったという魔法だ。融合させるもの同士の親和性、術者の技術、優れた施設といった条件を揃えても駄目だったものが、そうそう成功するはずがない」


 そこまで分かっていても何か糸口を探しているのだろう。エリックは答えながらも顔を上げず、文字を追い続けている。


「そもそもその失敗ってのが、変に融合したとか、元の姿どころかスライム状態になったとかでな。事故が多発するどころか、しまいにゃ意図的に合成獣が造られ始めたんで禁止されたんだよ」


「その通りだ。--やはり分離については書かれていないか」


 溜息混じりに本を閉じ、エリックはそれを棚に戻した。しばらく棚を眺め「報告してからか」と呟く。今すぐ処分するべきかどうか考えていたらしい。


「じゃあ、こっちが作業場かな。何もいないようだけど、逆に喜べないね」


 フェリルが開けた扉から反対側の部屋のようすが見えた。床の中央には何かの魔法陣が描かれており、淡く発光している。ヴァインがそれを踏まないように避けながら部屋を調べている。床や壁に大量に跳ねている黒い染みは恐らく血なのだろう、鼻の利くアルテミスが苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。


「これは--」


 ヴァインが部屋の隅に置かれていた瓶の中を見て、眉間に皺を寄せた。遠目には赤い液体で満たされているように見える。


「ん、どうした?」


 覗きこもうとするガデスを手で制し、ヴァインは瓶を床に戻した。栓が固く締まっていることを確認し、ガデスを遠ざける。


「なんだよ、やばいモンでも入ってたか?」


「いえ、芋虫らしきものが」


 ヴァインの答えに、ガデスが言葉を失い僅かに顔を引きつらせた。その反応を予想して、ヴァインは見せないようにしていたようだ。


「蓋はしっかり閉めましたので、ご安心ください。……この魔法陣はその禁呪のものですか?」


「お、おうご苦労。そうだろうな。しかもまだ生きてるっぽい」


「壊した方が良いんじゃないか。線を消せばいいのか?」


 魔道士2人に指示をもらいながら、アクアは魔法陣に剣を突き立てる。4カ所目で薄い氷が割れるような音とともに、光が消えた。上手く効果が消えたようだ。



 

 右の部屋には魔法陣以外に手がかりになりそうなものはなかった。アクア達は部屋を出て、廊下の奥にある扉の前に立った。左右にあった扉が木製なのに対して、この扉は鉄で造られている。

 フェリルが扉を開くと、湿気を多く含んだ空気が中から流れ込んできた。水の匂いが鼻を掠める。

 扉の先は自然のままの洞穴になっており、霧が立ちこめている。遠くに聞こえる音から察するに、底には急流の川が流れているようだ。下から緩やかに風が昇ってくるのも、その川のせいだろうか。

 通路は霧の中に消え先まで見通せないが、下に向かっているらしい。


「なんでここだけ霧が出てるんだ?」


 自然に発生したにしては濃度が高い。アクアが首を傾げながら上を見上げると、光が何本か僅かに差し込んでいるのが見えた。外から太陽光が入ってきているようだ。


「森の霧の発生源なのかもしれんな。屋敷が今まで見つかっていなかったことにも、関連しているのかもしれん」


「視界が悪いから足を踏み外さないように気を付けないといけませんわね……僅かですけど腐臭がしますから、先には何かいると思いますわ」


 アルテミスの言葉を聞き、ガデスが魔法の灯りを足下に浮かべ、エリックは作り出した灯りを先行させるような位置に移動させた。


「霧は、吹き散らかさないと先まで見えねぇのが難儀だな」


「はい、不意打ちされないよう警戒しましょう」


 通路には手が加えられているようで、歩くのに支障はない。凹凸は殆どなく、躓くことはなさそうだ。

 洞穴で発生した霧は風の流れに乗って天井に溜まるようで、下るにつれて霧は薄くなっていった。螺旋状に続く通路の先が段々と見通せるようになり、やがてアクア達の目の前に岩でできた舞台が姿を現した。

 広い床は何本もの石柱に支えられており、その内の1本だけは床を突き抜けている。なめらかな表面は上質の炭のように黒く、ただの石ではなさそうだ。

 舞台上には黒々とした水溜まりが4つ広がっており、その真ん中には先客が立っていた。彼はアクア達の姿を認めると、歓迎の笑みを浮かべる。


「やあ、ご苦労様」


「……ここで終わりだ、ダンドルグ」


 アクアは背中から剣を抜き、ダンドルグに突きつける。それを合図に皆が武器を構えるが、ダンドルグは笑みを崩さない。


「実を言うと君たちを待っていた。--ここに来る途中におもしろいものに会っただろう?」


「パライゾソーンと人との融合体のことか。頭沸いてんじゃねぇか? クソ野郎が」


 地を這うような低い声でガデスが吐き捨てる。緩やかだった風が僅かに強くなった。


「ははは、相変わらず手厳しいな、"不遜の魔女"殿は。あれは、意思の疎通が取れないものを操る研究の成果でね。ちゃんと番犬役を務めていただろう?」


「酷いことを……風の女神の御名において、非道の報いを受けてもらいますわ!」


「ほう、神、か。そうは言っても、罰が下された例を私はまだ見れていなくてね。トレイルもバーゲルも、そして私も他人が殺したに過ぎん」


 アルテミスの言葉に、ダンドルグは残念そうに答える。意外な名前が挙がり、アクアは思わず聞き返した。


「何で、そこでトレイルだ--前大司教の名前が出てくる……?」


「ふむ。知らないのか? 昔はグランアルシア自治領も異端者狩りをしていたことを。奴らは魔族だけでなく魔道士や人狼族の狩りなどにも参加していたのだよ」


「まさか、そんなはずは……」


 バーゲルならともかく、トレイル前大司教が参加していたとは、アクアには到底思えない。だがダンドルグははっきりと断言した。


「事実だ。実際、私の故郷は奴らに襲われ、弟が死んだからな。--ああ、話が逸れてしまったな。そんなことはどうでも良いんだ」


 さほど興味がなさそうに弟の死について話したダンドルグは、それよりも大事なことがあるとでもいうように話題を変えた。


「神は本当に神職者達が言うような存在なのか。それも未だに興味はあるが、今は魔物や魔神の制御についての研究の方が心惹かれてね。色々試してみたんだ」


 ダンドルグはそう言うと手を打ち慣らした。音が洞穴内に響き、こだまする。


「何を--」


 エリックが言いかけ、目の前で起こった変化に言葉を失う。ダンドルグの合図に応えるように、水たまりが蠢きだした。激しく波打ちながら盛り上がっていき、やがて形を変える。


「中核を操れるものにすげ替えてみたんだ。姿形は少し変わってしまったが、上手くいったと思う」


 のっぺりとした漆黒の巨人、炎を纏った巨大な鶏、オーガの頭を持つ雄牛、全身につららを付けた大カマキリ。水たまりが変化したのは、いずれもアクアが実物あるいは文献の挿し絵で見たことがある魔神だ。だが記憶と違い、いずれの魔神も腹部に人の顔を思わせる不気味な凹凸がある。


「魔神を喚ぶと媒体は融合させる間もなく死んでしまう。だから、いっそ死体をアンデッドにして混ぜようと思いついてね。融合と操作は成功したから、次は性能を調べたいんだ」


 魔神は口々に怨嗟に満ちたの呻き声を上げる。その声は紛れもなく人のものだ。


「お互いどれほど健闘できるか楽しみだな--さあ、行け」


 ダンドルグの命令を受け、魔神達は一斉に動き出した。



(9に続く)

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