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 鉄製の扉の先には華やかな香りが広がり、吹き抜けの2階部分に繋がっていた。石造りの廊下に手摺りはなく、5メートルほど下の1階部分までは壁に沿った階段で繋がっている。

 アクアは物音をなるべく立てぬよう気を付けながら、姿勢を低くして階下を覗き込んだ。

 ヴァインの言葉通り、何かが蠢いている。よく見ればそれは、無数に茨のような鋭い棘と淡い桃色の蕾を付けた植物の蔦だった。蛸の足を思わせる動きで絡み合いながら、床が見えないほどに広がっている。


「パライゾソーン、か? なぜここに……」


 森にしかいないはず、とヴァインが小さく呟く。通常のものとは様子が違うらしい。

 アクアがさらに目を凝らすと、蔦の間から真っ白な人の背中のようなものが見えた。誰かがうつ伏せの状態で捕まっているように見えて一瞬凍り付いたが、よくみれば蔦と繋がっている。魔物の一部のようだ。


「なるほど、人のフリをして誘うのか」


 アクアは納得して頷いたが、その言葉にガデスが首を傾げた。


「ん? 人のフリってなんだ?」


「え、いや、あれ--」


 幻覚なのだろうかと不安になりながら、人のような部分を指し示す。


「……あれは--」


 幻ではなかったらしく、ガデスにも見えたようだ。だが様子がおかしい。険しい顔でエリックの袖を引き、問題の部分を指し示す。目を細めて目を凝らしていたエリックが、息を飲むのが聞こえた。


「ど、どうした?」


「……パライゾソーンは擬態しない。幻覚で事足りるからだ。寄生する性質は無いはずだが、あれは恐らく--人間だ」


「な--?!」


 アクアは声を上げかけ、慌てて口を噤んだ。だが気付かれてしまったようで、階下の魔物が身を起こす。


「なん、ですの、あれ……!」


 そう言うアルテミスの声は震え、掠れていた。

 蔦の海の中から起きあがったのは、真っ白い肌の裸の女達だ。腰から下が、四肢が、体の半分が、と蔦になっている部分は様々だが、皆目は虚ろで生気は感じられない。彼女たちは首を巡らせてアクア達を見つけると、にたりと背筋が凍るような笑みを浮かべて騒ぎだした。


「エサダ、エサエサぇサエさエサエざあ゛ァッ」

「コロすコロスコロスコロしテコロスコろコロぉ!」

「ニガニゲニガサナイニがしニゲてニガサナイィィィ」

「グルジイグルジイグリグルグリシイグルシ--」


 狂気じみた叫びに、アルテミスが後ずさる。アクアは背中の剣に手をやったまま動けなかった。人であった面影が強く残る魔物の姿に、剣を抜くのをためらう。


「……助ける方法ってあると思うか?」


「--ない、だろうな。完全に一体化している」


 魔物から目を逸らさずに問うガデスに、エリックは言い辛そうに答える。

 予想通りの答えだったのだろう、ガデスは表情を変えずに頷くと、ヴァインとフェリルの名を呼んだ。ヴァインが一瞬だけガデスと視線を交わすと、長剣を抜きながら階段を駆け降りる。


「行けッ」


「……退け!」


 ガデスが生み出した風の刃と、エリックが放った電撃に魔物たちが怯む。それと同時に、フェリルが飛び降りた。落下の勢いを大鎌に乗せ、絡み合う蔦を薙ぎ払う。切り落とされた蔦はすぐに枯れ、切り口からは赤い体液が吹き出した。華やかな花の香りに血の臭いが混じる。返り血を浴びてもフェリルは気にとめず、さらに大鎌を振るう。

 フェリルが拓いた空間にヴァインが飛び込み、魔物に切りかかった。波状の刃が鋸のように傷口を抉り魔物が戦く。ヴァインは僅かに動きを止めた蔦を払って踏み込むと、その白い胸に剣を突き立てた。断末魔の悲鳴が上がるとともに蔦の部分が枯れていく。

 アクアは聖印を強く握りしめてから、階段を駆け降りた。背中の剣を抜き、そのままの勢いで突っ込む。

 魔物の1体が反応し、蔦を鞭のようにしならせ襲いかかってきたが、アクアに届く前に萎れて枯れる。視線だけで確認すると、氷の槍で貫かれて絶命する姿が見えた。

 アクアは枯れた蔦を踏み越え、さらに突っ込んだ。剣は振るうたび、糸を切るように易々と蔓が断たれる。魔物は防御のためか残った蔓を集め壁を作ったが、アクアは体当たりをするような勢いで踏み込むと、剣を力一杯振り抜いた。枯れて崩壊する蔦の壁の向こうで、銅を切断された魔物が人の姿のままの手を伸ばすのが見えた。その背中から生えた蔦が蠢き、体が水晶の柱で貫かれると同時に枯れて、動きを止める。

 背後で風を切る音が聞こえ、アクアは前に跳びながら振り返った。それまで居た空間を蔦が薙ぐ。別の魔物が無数の蔦を振りかぶり、アクアに降ろす直前でその首が飛んだ。崩れ落ちる魔物の背後で、アルテミスが血を払うようにハルバートを旋回させている。


「……今ので最後ですわ」


 長いため息の後にそう言った顔は若干青白く、表情は硬い。自分も同じような顔をしているのだろうと思いながら、アクアは自分が切った魔物を見下ろした。

 ガデスが作った水晶の柱は消え、手を伸ばした姿勢のまま地面に転がっている。よく見ればアクアと同じ年頃のようだ。魔物にさえならなければと考えかけて、視線を逸らして想像を打ち消す。

 軽く背中を叩かれてアクアは振り返った。戦いが終わって飛び降りてきたのだろう、ガデスが背後に立って気遣わしげな目をしている。


「--俺より、アルを気遣ってやってくれ」


「あら、私なんかより、アクアの方がよっぽど顔色悪いですわよ」


 そんなに酷い顔をしているのだろうか。アクアは僅かな目眩を収めるため、壁に寄りかかって目を瞑った。

 悪夢で見た光景を思い出してしまうのは、昔殺した傭兵と同じような遺体だからだろう。こうなることは分かっていたが、仲間にだけ押しつける気にはなれなかった。


「他に手段が無かったのだと納得するだけですわ。……だからしょうがない、とは割り切れませんけど」


「ああ--そうだな」


 アルテミスの独り言めいた呟きに同意し、アクアは強めに自身の両頬を叩き壁から背を離した。目を開くと、並べられた遺体を前に、フェリルとアルテミスがそれぞれの宗派に則った鎮魂の祈りを捧げている。

 自分への気休めにしかならないだろうと思いつつも、アクアは聖印を握り、かつて信仰していた女神への祈りの言葉を呟いた。

 


(8に続く)

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