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アクアと別れて冒険者協会タルタニ支部を訪れたフェリルは、見知った後ろ姿を見つけて歩み寄った。
「エルス様、お久しぶりです」
声に反応し、象牙色の髪のエルフが振り返る。海を思わせる青い目がフェリルの姿を認め、優しげに細められた。
「やあ、久しぶりですねフェリル。しばらく見ないうちに、すっかり大きくなって」
「4年ぶりくらいですか。背が伸びましたよ、結構」
フェリルの養父ザックスの友人であるエルスは、ザックスと並ぶ実力の熟練冒険者だ。あまり表舞台に出ないためか知名度は低いが、冒険者協会からは一目置かれているようで、困難な案件で指名を受けることも少なくない。
顔を合わせたのは、ユグドラシル学園に入る前に会った以来だ。当時、フェリルの背はガデスと同じくらいだったはずだ。
「昨日、お父上に会いましたよ。今は独立して頑張ってるって聞きましたが、ヴァインとガデスは変わりないですか?」
「ええ、元気ですよ。今日は休んでますが」
フェリルの言葉を聞いて、エルスは笑みをこぼした。
以前会ったとき、先輩魔道士としてガデスが熱心に教えを請うて、たじたじにされたことでも思い出したのかもしれない。あの時のことがきっかけで、ユグドラシル学園で学ぶことになったのだった。
「ああ、それと--アクアは、元気ですか?」
「え?」
エルスから思わぬことを聞かれて、フェリルは首を傾げた。養父に仲間のことを聞いたのだろうかと思いかけて、かつてダンドルグを倒したのが彼だったことを思い出す。フェリルは今更ながらに、アクアを助けた冒険者というのがエルスだったことに気がついた。
「ああ、元気ですよ。--少しずつ明るくなってきてますね」
そう付け加えると、エルスは安堵したように微笑んだ。
「よかった。……私は殺生しか能がないので、放り出したような気がして申し訳なくて」
気にはしてたが何も出来なかった、と申し訳なさそうに言う。意外な言葉だが、それだけ心配していたということだろう。
「あ、一緒に町に来てるから、会っていったらどうですか?」
きっと喜ぶと思う、と提案したが、エルスは首を横に振った。
「すみません、今日はこれから用事があるんです。申し訳ありませんが、彼にはよろしく伝えておいてください」
「ああ、じゃあ今度ですねー」
「ええ、是非」とエルスは答えて立ち去りかけ、足を止めて振り返る。何事かと首を傾げるフェリルの前を通りすぎ、受付から紙を受け取って戻ってきた。
「これを。受付に預けて届けようと思ってたのですが、ちょうど出会えましたから」
そう言ってフェリルは紙を渡された。報告書のようだ。
「--以前"禁忌狩り"を倒した時の物に、細部を追記してあります」
その言葉を聞いて、フェリルは素早く目を通した。軽く読んだだけだが、一部を除いてかなり細かく書かれていることがわかる。
「これ、かなり詳細に書かれてますね。--アクアの件以外は」
「彼の件は、神霊協会との絡みがあって、もともと省いてあるんです。聴取が不可能でしたし--そもそも、死亡扱いになっているもので」
「なるほど……」
事件を起こしたのはダンドルグだが、手を汚したのは操られていたアクアだ。だが「血染めの聖戦士が」死亡したとしておけば、正体がばれない限りアクアが追求されることはないとの狙いだろうと、フェリルは納得した。
「前の事件の事なので参考になるか分かりませんが、何かの役に立てば幸いです。--後はよろしくお願いします」
「--と、いうわけでエルス様からこれを貰ったんだけど」
フェリルはそう言いながら、報告書をヴァインに渡した。ヴァインは無言で書類に目を通していたが、やがてため息混じりに口を開いた。
「……知れば知るほど殺意が湧いてくるな」
「ん? ああ、ダンドルグに。性格悪いなんてもんじゃないよね」
"禁忌狩り"と二つ名が付くほど神殿などを襲撃しながら、実際に本人が手を下したことは1度もなかったようだ。アクアだけにやらせてすぐに切れるようにしていたようにも、フェリルには思える。
「実物も嫌な感じだった?」
「つくづく、八つ裂きに出来なかったのが悔やまれる」
座った目で、ヴァインは間髪入れずに答える。「これはかなり怒ってるな」とフェリルは心の中で呟きながら相づちを打ち、報告書にもう一度目を通す。
書かれている大筋は、かつてアクアに聞いた話と同じだ。バーゲル殺害から始まり、いつどこで何を奪ったのか、人的被害はどのくらいかなどが書かれている。終盤に行けば行くほど人的被害が増えているのは、掛けられた賞金がどんどん高額になって、賞金稼ぎが増えたからのようだ。
「「帰還の書」以外はちゃんと見つかって返されてるんだね。気候を操る鏡に、生き物を鉱物に変換する絨毯--ってこれ、怖いな--っと、何もかも腐らせる禁呪の本に、人体再構築魔法の手引き、200年物のパライゾソーンの粉末……あ、魔神召喚の手引き本もある。危険なものが多いね」
「"禁忌狩り"だからな。それだけ揃えられると、神霊協会がエルス様に頼ったのも分かる」
「だね」
全てを使いこなされていたら、甚大な被害が出てただろう。禁呪を使いこなせるようになってなければいいが、と危惧しながらフェリルは頷いた。
(4に続く)