〆第五話 真実は時に悪夢よりも残酷に
ドナテロの厚意に甘えて二人は食糧庫をあさっていた。食糧庫はキッチンから下った先の地下室にある。薄暗い空間に灯るランプの淡い光。食糧庫にはドナテロの言った通り、大量の乾パンや野菜、そして果物が置いてあった。
「お前泣くなよな、いい年こいて」
果物を服の裾に取り込みながら、茶化すようにフェザリオは言った。
「あんまり言わないでよ。それよりそれ取り過ぎじゃない?いくら持っていっていいって言ったからってそれは……」
「いいんだよ。好きなだけ持ってけって言ったんだから」
服一杯に溜め込んだ果物を抱えてフェザリオは言った。
「僕はこのくらいでいいや。乾パンこれだけあれば一週間は持つよね」
「それじゃ足りねぇよ。もっと取っとけって」
そんな会話をしていたその時、上から降りてくる足音が聞こえてきた。
「ほらドナテロさん降りてくる前に少しそれ置きなよ。さすがに怒られるよ」
「嫌だね、オレ一度貰ったもんは返さない主義なんだ」
我儘をいうフェザリオを諌めていたその時、足音の主は現れた。
「ドナテロさんごめん、こんなにとっちゃ……」
言葉が途中で詰まる。
目の前に突然現れたソレにマウスは思わず言葉を失った。
「何やってるの……?」
ソレは何も言わずに二人に微笑みかけていた。
隣でフェザリオが果物を落とすのが見えた。
「どうして……? なんで……?」
目の前で微笑みかけるモノ。
それは。
「ドナテロさん……」
あの時見た『ピエロ』だった。
――ドナテロさんがどうして?――
あの首斬りパフォーマンスをしたピエロはドナテロだった?
――何のために?――
溢れ出る疑問。
胸が締め付けられるように苦しくなった。
「最悪だ」
フェザリオの顔は真っ青だった。
――最悪? 何が?――
何か悪い夢を見ているようだった。
その結論からただ逃げたくて必死に自分に問いかけ続けていた。
夢を見てるんだ。きっと。
「はは、嘘だ」
「マウス、目を背けるな」
フェザリオの声。
「嫌だ。信じない」
こんな現実信じるもんか。
「死にたいのかマウス!」
フェザリオの怒声が響いた。同時に引っ張られる身体。
「くそ! くそ!」
フェザリオは必死にマウスの手を引いていた。
外へ出る唯一の出口はアイツが塞いでいる。逃げる場所は一つしかなかった。
食糧庫の奥の鉄の扉。冷凍庫。
後ろも振り返らずに冷凍庫の扉を開くと、冷たい空気が身体を包み込んだ。
「嫌だ、もう嫌だ」
「諦めるな。ここで諦めたら全てが終わるんだぞ」
ふと辺りを見渡す。そこは積み重ねられた氷の世界だった。
壁際に詰められた木棚。そこには調理用の肉が並べられていた。
そして奥の棚に目をやった時、二人のその思考は完全に停止した。
それは陳列された肉と同じように棚へ並べられていた。
「……嘘だ」
それは
殺された二十四人の被害者達の首。
「……信じない」
そして、並べられた最後の首には
あの子の顔があった。
「うあぁぁぁぁぁ!!!」
「マウス! 落ち着け!」
気が狂う寸前だった。いや狂ったのかもしれない。
「信頼してたのに! 兄さんのように思ってたのに!」
「マウス! 落ち着けって!!!」
その時、冷凍庫の扉が開く音が聞こえた。
アイツはゆっくりと中へ入ってきた。
不気味な笑みを浮かべたまま。手には鈍い光沢を放つ包丁。
「口封じのためにオレらを殺す気か……?」
そう問い掛けるフェザリオの声は震えていた。
問い掛けに答える声は無い。代わりに僕らとの距離を縮める足音。
「お前は人間じゃない」
そう責めるフェザリオの声は悲しさに溢れていた。
フェザリオはすっと屈むと、その場に崩れ落ちていたマウスにそっと耳打ちをする。
――オレがあいつの注意を引く……その間に逃げろ――
震えた声。
それはフェザリオの覚悟の言葉だった。
――全てがスローモーションのように――
そしてフェザの身体が動いた。
がむしゃらに飛び掛っていくフェザの後ろ姿。
ピエロとフェザリオの身体が交錯する。
――待っている現実は――
真実は時に悪夢よりも残酷に。
首を吊り上げられたフェザリオに翳される凶刃。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
――その時、世界が瞬いた――