〆第四話 悲報
今朝はいつもと変わらない朝だった。何も変わらないと、そう思っていた。
ギルドに張り出された一枚の張り紙を見るまでは。
掲示板に張り出された一枚の張り紙。それを見た時、マウスの中で何かが砕けた。
――二十四人目の被害者――
『連続首斬り殺人事件についに二十四人目の被害者が出た。一番街A−25区画、大通りから路地に入るゴミ捨て場で被害者は発見された。被害者の少年は』
文字はあまり目に入らなかった。
マウスの目は紙面に載せられている、その白黒の写真しか見つめていなかった。
被害者の少年、それは紛れも無くあのネジを集めていた少年だった。
それから、どれだけの時間が過ぎたのか。
――暫く一人にして欲しいんだ――
フェザリオにはそう言った。
どうして、あの子が死ななければならなかったのか。
あんな幼い罪も無い子がどうして。
生まれてきた事が罪だとでも言うのか。
彼は死ぬために生きてたとでも言うのか。
彼は……彼は必死に生きてたじゃないか。
あんな擦り傷だらけの手一杯にネジを溜めて。
彼は死ぬために生きてきたんじゃない。
少なくとも、彼は。
ただ生きようと精一杯だったんだ。
「もういいのか?」
ギルドのロビーのソファーに腰掛けていたフェザリオはそうマウスに語り掛けた。
マウスは無言で、フェザリオの向かいに腰掛けた。
この街では、日常的に死が付き纏う。いちいち気にしてたらそれこそ身が持たない。
ましてや、名前も知らない、ただ一度触れ合った事のある少年に涙を流すなんて。
フェザリオが冷たいわけじゃない。何も言わないのが、彼なりの気遣いなんだ。
「あの時の影……覚えてるか」
フェザは唐突に切り出した。
影か。勿論覚えてる。三日前の夜に見たあの二つの影。一つは子供の影。もう一つは……
「事件が起きたのと丁度同じ区画だよな」
フェザリオの言いたい事は分かっていた。あの日見たあの影。
あれが、もしあの子だったなら。
「通報しよう。あいつが殺した犯人なら、重要な手掛かりになる」
マウスの言葉にフェザリオは頷いた。
犯人探しなんてそんな大それた事をするつもりは無い。
ただ自分達が見た事を伝える事で少しでもあの子の死が報われればと、そんな気持ちだった。
二人はあの日見た全てをギルドに話した。ギルドは有力な目撃情報として、二人の話を聞き入れてくれた。
――連続首斬り魔の正体は『道化師』との目撃情報有り――
そうギルドに張り紙が出されたのは日が沈んだ頃だった。
夕闇が空を染め上げた頃、二人はドナテロの店を訪れていた。表扉から入るとカランコロンと乾いた木の音が響いた。店の中に居る客は僅か。営業時間だというのに、お世辞にも繁盛してるとは言えない。
「こんな時間に来るなんて珍しいな」
カウンターでグラスを拭いていたドナテロは二人にそう声を掛けてきた。
「……まあね」
カウンターに座った二人にドナテロはすっと透き通った青のグラスを差し出す。礼も言わずにグラスを手に取り口に含むと、口の中に甘い果物の香りと一緒にアルコールの匂いが広がった。
予想していなかったアルコールの匂いに思わずドナテロを見つめる。
「たまにはいいだろ。子供だって酔いたい時はあるさ」
ドナテロの気配りは素直に嬉しかった。
マウスは客のいないカウンターで今抱えてる気持ちの全てを吐き出した。
ネジを拾っていた少年の事、あの日見た影の事、そしてあの子が殺された事。
「そうか……その子は亡くなったのか」
「僕は何も出来なかった」
そう、何も出来なかった。
「人間は残酷だな」
ドナテロはグラスを拭きながらそう呟いた。
その言葉はマウスの心を刺すようだった。
人は残酷。あの影がもしあの少年だったならば。
――僕は彼を見殺しにした――
「でも、マウス。お前は誇っていい」
――え?――
「お前は光になれる」
――光?――
「お前のその優しさが人を救うんだ」
ドナテロの言葉は何故かマウスの心に強く響いた。
「だから、そう自分を責めるのはよせ」
マウスは心の中で、何度もその言葉を繰り返していた。
自然と瞼が熱くなる。マウスは込み上げてくる感情を必死に堪えていた。
「ありがとう、ドナテロさん」
マウスの言葉にドナテロはふっと微笑んだ。
温かい微笑み、優しい笑みだった。
その笑みに抑えていた感情が思わず零れ出した。頬を伝う涙。
二人に見守られる中、マウスはただただ涙を流した。
いつの間にか店の客は僕達を残して誰も居なくなっていた。
帰り際、ドナテロは二人を呼び止めて言った。
「手ぶらで帰すのもなんだからプレゼントでもやるか」
「マジで。ならオレ金がいい」
そう言ったフェザリオの頭をドナテロは軽く小突いた。
「金が欲しいなら皿でも洗え。代わりに食い物やるから。乾パンでも果物でも好きなだけ持ってけよ」
「そんなこと言っていいの?全部持ってくよ」
マウスの言葉にドナテロはふっと笑って「好きにしろ」とそう言った。
ドナテロとはまだ知り合って一年も経っていないが、二人は心から彼に感謝していた。
辛い時はこうして助けてくれて。口には恥ずかしくて出せないが、いつもマウスは思っていた。
兄さんが居たらきっとこんな感じだろう、って。
微かな幸せを感じていたマウスはこの時完全に忘れていた。
――悲劇は突然やってくる――
その事を……。