〆第三話 二つの影
ドナテロの店を出た二人は噴水広場へと戻って来ていた。広場に面した三階建ての古びた木造の建物、そこに二人は用があった。
お金を持たない彼らにとっては、日払いの仕事でもやらない限り生きていけない。
――毎日ドナテロさんにお世話になるわけにもいかないしね――
両開きの木扉から請負所の中へ入ると、湿っぽくて独特の木の匂いが漂ってきた。中へ入るとまず見えるのが仕事の受発注カウンター。両脇には細い枝葉の伸びた観葉植物が置かれ、カウンターの中では二人のギルド職員が忙しなく動いていた。ここで仕事を引き受けたり、依頼したりする事が出来る。
「結構込んでるな。奥行こうぜ」
「うん」
奥へ向かって見えてくるのがロビー。中央にはガラス張りの大きなテーブルとその周りにはくすんだ葡萄色のソファー。ソファーでは数人が寛いでいた。それからロビーには掲示板がある。掲示板には様々な依頼情報が貼られていて、請負人はこの中から仕事を選んで受注する。そうやって二人はいつもここで仕事を選んでいるのだ。基本的には内容よりも報酬で仕事は選ぶが、あまり羽振りが良すぎる内容は警戒の必要がある。報酬が高いという事はそれだけそのリスクが高いという事に繋がる。何と言っても報酬よりも命が大事だ。好奇心もほどほどにしないと、ろくな結果にならない。
「とりあえず今日の飯代くらい稼がないとな」
「そうだね、そうなると派遣かな」
派遣という言葉にフェザリオはうんざりした表情を見せた。
「また派遣か」
『派遣』というのは、店の皿洗いとか掃除とか、荷物の運搬とか一時的に人手が必要な場所へ出向いて仕事する。派遣の場合ほとんどが日払いだから、すぐにお金が欲しい時とかに請け負うのだ。
「何にするか。荷物の配達とかしんどいよな」
「だねぇ」
掲示板の依頼に目を通していたその時、フェザリオが口を開いた。
「なんだ、先週やけに死亡件数多いな」
「ほんとだ」
掲示板には毎週、街の死亡・負傷者の数が張り出される。ここで出されてるのはここ周辺だけの人数だ。この街では到る所で人が死ぬからギルドもきっと正確な情報は出せてないだろうけど。ある程度の目安にはなる。
いつもは十数人くらいなのに、先週はその倍だった。
「二十三人目の変死遺体」
フェザリオはその隣の張り出し記事を読んでいた。
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●二十三人目の変死遺体
先月から相次いで発見されている変死遺体だが、今月に入り二十三体目の遺体が発見された。場所は一番街、噴水広場。被害者はこれまで報告されてきた遺体と同様に、首を斬られ死亡。遺体は噴水内に浮かんでいたところを通行人によって発見された。この一連の事件による犯人を決定づける手掛かりは今だ見つかっておらず、被害者の唯一の共通点としては『子供』である事が挙げられる。現在、ギルドの捜査は難航しており、犯行情報を集めている
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「一番街、噴水広場ってすぐここじゃないか」
「今月に入りって随分アバウトだな、いつだよ。それによっちゃ危なくて歩けないだろ」とフェザリオ。
この連続変死事件については知っていた。でも、まさかこんな近くで起きるなんて。
「それで、あの首斬りパフォーマンスか。どこのどいつだか知らねぇけど趣味悪すぎだ」
そうか、そういう事か。あのパフォーマンスはこの首斬り事件を皮肉っていたのか。
確かに、フェザリオの言うとおり趣味が悪過ぎる。拍手していた観客も気が知れない。
「全く狂ってるな。結局、やる事も配達しかねぇし」
フェザリオの言葉に、急に現実に引き戻される。
「やろうよ配達」
たとえ危険だろうが何だろうが、稼がない事には始まらない。
結局マウス達は二人で話し合い、配達の任務を請け負う事にした。
配達の仕事を終えると、辺りはすっかり暗くなっていた。
仕事は低賃金の割りに重労働だった。おまけに依頼人の高慢さといったらこの上なかった。
「あの、豚野郎。派遣だと思って鼻であしらいやがって」
「しょうがないよ」
しょうがない、か。口ではそう言ったものの正直納得はいかなかった。
でも、後悔したってしょうがない。この仕事を選んだのは自分達なんだし、大体納得の行く仕事に出会う事の方が少ない。
暗闇の中、建ち並ぶ廃墟を横目に、マウスとフェザリオは疲労した身体をひきずって帰路を歩いていた。
その時だった。
大通りの遠くで何か小さな影が道を横切った。シルエットからして『子供』だろうか。続いてそれを追いかけるように、もう一つの影。
「何だ今の」
暗闇に目を凝らした時には、影は路地の方へ消えていた。
一つめは子供のシルエット。もう一つの影は……
「見たか今の」
「うん。子供の影と……」
そう、あれは。
――『ピエロ』のようだった――
拠家についた二人を待っていたのは、薄ら笑いを浮かべた睡魔だった。
疲労した身体を寝台の上に放り込むと、マウスはそのまま眠りについた。
その日マウスは夢を見た。
暗い闇の中に浮かび上がったのは、まだ年端もいかない幼児だった。どこかで見覚えのあるその顔。
そうだ、今日ネジを拾ってあげた子だ。
男の子はマウスの存在に気づくと、満面に嬉しそうな笑みを浮かべて近づいてきた。まるで抱っこをせがむように、マウスを見上げるその瞳は愛らしかった。
――ごめんよ、もう飴玉は無いんだ――
マウスがそう言うとその小さな男の子は悲しそうな表情を見せた。
――ごめんよ。今度はきっと持ってくるから――
そう語り掛けた時には彼はマウスに背中を向け静かに走り出していた。
――待って――
呼びかけに彼は答えない。
マウスは必死にその後ろ姿を追いかけていた。
――待って――待ってよ――
けれども声は届かない。いつの間にか彼との距離は大分離れていた。
走っても走ってもその少年は遠ざかるばかり。
いつしかその姿は点になった。
――そして夢は途切れた――
目を覚ました僕を迎え入れたのはいつもと変わらぬ朝だった。
夢の事は、目覚めてから次第に虚ろになっていった。
変わらない、日常。そして、数日が過ぎた。